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恋歌  作者: よろず
タチアオイのつぼみ
22/57

2の15

 お風呂に口まで浸かって、ブクブク泡を作りながら考える。撮影後の帰りの車中、朔にキスをされた気がするんだ。疲れて寝ちゃって、唇に柔らかい感触がして目が覚めて、目の前には朔の顔があった。朔は何でもないみたいな顔してすぐに離れて、涎垂れてたとか言われたんだけど……垂れた涎拭ったにしても無理があるよ、朔! 寝込みを襲われた? でも洸くんとキスする夢を見た可能性も無きにしも非ず……うーむ……考えてもわからない事は、考えるのはやめにしよう。とりあえず今後朔の隣で寝るのは控える。それで決定!

 勢い良くお湯から上がり、髪を乾かして寝支度を整える。洸くんが帰って来るまでまだ時間があるから、私は時間を潰す為に練習室へ向かった。ピアノの用意をして、鍵盤にそっと指を乗せた私が奏でるのは、ショパンのノクターン。第一番から順に、弾く事にした。

 第十番の途中で防音の扉が開いた気配に顔を上げ、視線を向けた先にいたのは洸くんだ。お風呂は済ませた後みたいで、部屋着に着替えている。歩み寄って来た洸くんは、後ろから私を抱き締めた。


「部屋の窓叩いてもいないみたいだったから、玄関から来た」


 私達家族がいない間の管理を任せていたから、連城家にはうちの鍵を預けてある。洸くんがうちに来る時はいつも窓からで、その鍵を彼が使う事は滅多にない。私が思っていたより洸くんの帰りは早かったみたいで、仕事で疲れているのに待たせちゃった事に対して申し訳なさが沸いた。気持ちを伝えるように腕に触れ、背後に立つ洸くんの顔を振り仰ぐ。


「待たせてごめんね? お帰りなさい」

「ただいま。……何かあった?」

「どうして?」


 隣に座った洸くんが私の顔を覗き込む。にっこり笑ってから、触れるだけのキスをしてくれた。


「ちぃがショパンのノクターンを弾いてる時は何かあった時だって、慎吾さんが言ってたから」

「パパが? いつの間にそんな事聞いたの?」

「よく連絡取ってるんだ。付き合う報告もしたし。それで? あいつに何かされた?」


 鋭い。ここはポーカーフェイスで切り抜けよう。


「何もないよ? ただ、撮影疲れたなって。弾きたい気分になっただけ」

「ちぃにポーカーフェイスは無理だよ」


 笑顔の洸くんの顔が近付いて来て、唇が重なる。そのまま滑り込んで来た舌に私のそれを絡め取られた。


「な、んで?」

「何が?」

「ポーカーフェイス」

「教えないよ。教えたら気を付けちゃうでしょう?――それで? まだ隠す?」


 唇が触れたまま話されている所為で、くすぐったい。じっと目を覗き込まれてる。これは観念しないと、後が怖い。


「んー……あったのかなかったのか、わからないんだよ」

「何が?」


 言いづらくて、私は視線を逸らす。そしたらまた深く口付けられて、翻弄された。


「ちぃ?」

「はい」

「言って? 次言わなかったら、襲う」


 彼は本気だ。ちゅっと音を立ててキスをして、私は洸くんの首に腕を絡めて肩口に顔を埋める。女は度胸! と自分を叱咤してみる。


「帰りの車で、寝てたらキスされたのかも。でも夢かも。よくわかんない」


 無言の洸くんに髪を梳かれて、途端に不安になる。怒っているのか何なのか、知りたくなって恐る恐る彼の顔を覗き込んで、後悔した。


「次会ったら削ぎ落とすから、安心して?」


 目が笑ってないこの笑い方は、一ミリも安心出来ないよ。


「洸くんって物騒な事ばっか言う」

「ちぃに関する事だけだよ」

「素直に喜べない。……物騒な事なんてなしで、忘れちゃうくらい、考えられなくなるまでのキスが良い」

「……仰せのままに。俺のプリンセス」


 優しい顔で微笑んで、洸くんの顔が近付いてきてゆっくり唇が重なった。今度は私から彼の中へ滑り込んで、体もぴったり寄せる。洸くんの唇が首をなぞり手がパジャマのボタンを外し始めたけど、私は止めない。


「ちぃ? 止めないの?」


 珍しく自主的に止まって、洸くんが私の顔を見上げた。何て返したら良いのか、止めるべきなのかすらよくわからなくなった私は、黙って洸くんの髪を梳き続ける。


「……寝ようか」


 私の表情から何かを読み取ったのか、洸くんは優しいお兄ちゃんの顔で笑った。外したボタンを留めてくれて、軽くキスしてから身を離し、ピアノの蓋を閉じてくれる。


「抱き締めて、寝てあげるね」


 抱き上げられた私は洸くんの首に腕を回して、体を預けた。洸くんは強引で、物騒。でもちゃんと私の事を考えてくれて、やっぱりとっても優しい。


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