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恋歌  作者: よろず
タチアオイのつぼみ
21/57

2の14

 正月気分も抜けきらない、年明けすぐ。新年最初のお仕事は次に出す曲のPV撮影。まだデビューはしていないけど、こういうのは事前準備が大切なんだって。今の所レコーディングが終わっているのは、全部旭さんが歌詞を書いた曲。まずはイメージを定着させるのに統一性を持たせる為だと悟おじさんから説明された。

 今回も私が纏うのはドレスだ。何故なら私、姫ですから。漆黒のマーメイドラインのドレスに白い仮面、紅い唇。他のメンバー三人は白シャツ黒のスラックスでラフな感じ。それにお揃いの白い仮面をつける。カメラの前に立つのも三回目ともなると、みんな慣れて来たみたいでCM撮影の時程の緊張はない。監督の指示通りに動いて、歌って、演奏して。休憩に入るタイミングで悟おじさんが様子を見に現れた。洸くんも一緒だ。顔が見られて嬉しかったけど仕事中だし、駆け寄るのは我慢。朔と旭さん、翔平さんの三人も悟おじさんの存在に気が付いて、椅子から立ち上がり歩み寄って来た社長とその息子に頭を下げた。


「順調みたいだね。これ、うちの息子」

「連城洸です。はじめまして」


 悟おじさんに紹介された洸くんは、爽やか王子様スマイルで挨拶をする。メンバー三人もそれぞれ自己紹介して、順番に洸くんと握手をした。


「ちぃ。綺麗だね」


 挨拶が終わった洸くんが私に向き直り、指先へキスを落とす。流石乙女ゲームの王子様! 様になり過ぎる程その動作が似合ってる!


『それで? 俺が口を削ぎ落とすのはどいつ?』


 爽やか王子様スマイルキープの洸くんが、流暢な英語で物騒な事を言い出した。


『あれは事故だって言ったでしょ! しばらく、撮影見て行くの?』

『うん。一緒に帰りたいけどまだこの後も行く所があるんだ。――ちぃ? 教えないとここで激しいキスしちゃうよ?』


 脅すように囁いた洸くんに、ぐっと腰を抱き寄せられた。溜息を吐き出して、私は近付く唇を指先で止める。


『仕事中。プライベートはあんまり持ち込まない方が良いんじゃない?』

『関係無いさ。でも……見当は付いた。握手する時も睨まれたし、今も、俺を睨んでる』


 洸くんの視線はまっすぐ、朔へと向けられていた。狼の嗅覚は鋭いらしい。


『あんまり刺激しないでよ。彼だって、悩んでるんだから』

『俺のちぃは魅力的だからね。奪わせたりしないけど』


 そっと指先にキスを落とした後で、洸くんは私を解放してくれた。苦笑しながらも会話を聞いていた悟おじさんに連れられて、洸くんは他のスタッフさんや監督に挨拶する為に行っちゃった。溜息を吐きながら洸くんの背中を見送って、私は三人に振り向く。


「本物の姫と王子だったな」

「監禁王子かー。一見爽やかだったけどね。英語で何話してたの?」

「翔平さんは監禁からそろそろ離れてよ。この後の予定の話。まだお仕事なんだって」

「わざわざ英語で内緒話なんて、嫌味なやつ」


 忌々しそうに朔は洸くんを睨んでる。これは洸くんじゃなくてもわかり易いかなと思って、私は頭が痛む気がして指先でそっとこめかみを抑えた。


「おひーめさん」


 翔平さんにちょいちょいっと手招きされ、近寄ったら周りに聞こえないよう声を落として内緒話。


「ね。彼、朔の事話してたんでしょ? なんだって?」


 翔平さんの鋭さに驚いた。何て言うべきか、私は悩む。


「朔があからさまに睨んでたし、彼の方も挑発してる感じだったしさぁ。お姫さんが怒られたりは、なかった?」

「大丈夫。私は怒られなかったよ。ただ……朔、口削ぎ落とされちゃうかも」


 監禁王子だなんだと言われているし、もういいかなと思って諦めの気持ちで本当の事を言ったら、翔平さんはお腹を抱えて笑い出した。ひーひー苦しそうに喉を引き攣らせながら大笑いして、目には涙まで滲んでる。いつまで笑うんだろって見守っていたら、満足したのか楽しそうに息を吐き出してどうにか収めたみたい。


「流石監禁王子だね」


 楽しそうにそんな事を呟いた翔平さんは、朔と旭さんが座ってる所へ戻って行った。



 順調に撮影も終わり、最後まで見ていた悟おじさんと洸くんが声を掛けてくる。


「帰ったらゆっくり休めよ。お疲れさん」

「お疲れ様でした。生の演奏も聞きたいので、練習にもお邪魔させて頂きますね」


 洸くんの言葉に旭さんがお待ちしてますと答えて、三人は頭を下げた。私もお辞儀するべきかなと思ってそれに倣おうとしたら、洸くんの手で止められる。


「帰ったら、ちゃんと温かくして寝るんだよ?」

「わかってるよ。待ってても良い?」

「うん。日付が変わる前には帰る」

「ん。お仕事、頑張ってね」

「ちぃはお仕事お疲れ様」


 洸くんはまた私の指先にキスをして、にっこり優しい笑みを残して去って行った。

 撮影の後って、ライトをたくさん浴びるせいかとっても疲れる。帰りの車の中でうとうとしてると、伸びて来た腕に抱き寄せられて頭を肩にのせられた。あーまずい、朔だ。ぼんやり考えるけど、眠りかけの体は動かない。


「千歳」


 完全に眠りに落ちる寸前、呟く朔の声が聞こえた気がした。


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