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恋歌  作者: よろず
はじまりは乙女ゲーム
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2

 セーラー服のスカートは規定通りの膝下丈で、白ソックスもきっちり三つ折り。後ろ髪は適当に黒ゴムで一つに結って、長く伸ばした前髪垂らして顔を隠す。更にダサフレームの伊達眼鏡を装着すれば、お外仕様のダサ子な私が完成!

 ダサ子仕様で地味に中学の入学式を乗り切った私は、「恋歌」の舞台である諫早いさはや学園の裏門前でコソコソ中を覗いている真っ最中。ヒロインが入学した日の放課後に起こるイベントがそろそろ繰り広げられるはずだ。このイベントでゲット出来るのは連城洸との初遭遇スチル。裏門側にあるゴミ捨て場に洸くんがゴミ捨てに来た所へたまたまヒロインが通り掛かるんだけど、洸くんの目の前でヒロインの髪留めが壊れて落ちちゃうの。それを洸くんが拾って、ちょちょちょいっと直してヒロインの髪に付け直してあげちゃうっていうドキドキな展開!


「ちぃ?」


 突然名前を呼ばれて、驚きのあまり私の体は飛び上がった。声がした方に視線を向けるとこちらへ駆け寄ってくる洸くんの姿。その後ろには、さらさらストレートの黒髪を春風に遊ばれている美少女、「恋歌」のヒロインである桃園ももぞの愛香あいかが立っていた。きめ細やかな白い肌をした彼女の唇はうっすら桃色に色づき、豊かな睫毛に縁どられた黒い瞳は大きいけれど白目とのバランスが取れていて愛らしい。顔も体も全てのパーツが美しく整った彼女は、正しくヒロインにふさわしい風貌をしていた。美男美女のらぶらぶスチルを間近で堪能できるなんて楽しみ過ぎる! って踊り出したい気分になったけれど、残念ながら一足遅かったみたい。スチルイベント、もう終わっちゃったのかな? がっかりだな。


「迎えに来たの? すぐ鞄持ってくるから、正門の方で待っててくれる?」


 ふんわり優しい笑顔の洸くんに頷きを返してから正門の方へ歩き出す直前、視界の端で、ヒロインがこちらを睨んでいるのに気が付いた。大人しくてお淑やか、博愛主義という設定のヒロインにあるまじき表情。驚きのあまり、私は逃げるようにその場を後にした。速足で正門へ向かいながら、ある考えが私の頭を過る。心臓は、今や痛い程に拍動している。まさかとは思うけれど……あのヒロインが私と同じように、前世の記憶を持っている可能性はないだろうか? 前世の記憶だけでなく「恋歌」のゲームの記憶もあるとしたら? その場合、一体ゲームの進行はどうなるんだろう。もし正しいルートを知っている人間が、シナリオ通りの行動をとって恋をするなんて事が起こったら……それってズルなんじゃないのかな。

 本物が生で見られると思ったからわくわくしていたけど、もしそれがずるっこの恋愛なんだとしたら、当人達ってどう感じるんだろう?


「ちぃ、お待たせ」


 思考の渦にはまりかけていた私の元へ、鞄を持った洸くんが走って来た。肩で息をしている洸くんを見上げ、そんなに急いで来なくても大丈夫なのにと思って私は笑う。


「ねぇ洸くん。さっき一緒にいた子と何かあった?」


 イベントは終わっていたのかが気になった。だけど洸くんは、私の手を取って歩き出しながら首を傾げてる。


「美少女と一緒にいたでしょう? ゴミ捨て場で」

「ちぃを見つけてすぐに声をかけたから。他に誰かいた?」


 愕然とした。私、イベントの邪魔をしたんだ。だから睨まれてたんだ。初遭遇イベントを失敗してしまったら、洸くんルートは攻略不可になっちゃう!


「うち帰ったらで良いから、ちぃが可愛く制服着た姿を見たいな」


 頬を染めたはにかみ顔で告げた洸くん。私は前世でこの表情を目にした覚えがある。高感度が上がった後に起こるイベント、ヒロインとの初下校風景。初めて手を繋ぎ、照れた洸くんが浮かべた表情だ。この可愛い笑顔が好きで、連城洸ルートは何回もプレイした。だからこそ、生で本物のイベントスチルが見たかったんだけどな。

 すっかり気落ちしていまった私は大人しく、洸くんに手を引かれながらお家へ帰った。


 一緒に帰った流れで洸くんが我が家へ来たから、彼の希望通りちゃんと可愛く着こなした制服姿を見せる事になった。

 洸くんには一階のリビングで待ってもらい、私は自分の部屋でちょっとした手直しを加える。スカートはウエスト部分で折り込んで膝上丈にして、髪を丁寧に梳かして女学生風の緩い三つ編みにした。長い前髪はサイドに分けて顔を出し、眼鏡は外してリップを塗って、白ソックスは紺色のハイソックスに履き替える。鏡で最終点検をした私の姿は、完璧な美少女に化けた。自分で言うのもなんだけど、制服を押し上げている胸の所為で中学生には見えないと思う。


「洸くん、見て見て!」


 自分の出来に満足した私は階段を駆け下り、そのままの勢いでリビングへ入ってくるりと一回転。ふんわり舞う裾も、制服の可愛さを引き立てるよね。


「ちぃ、すごく可愛い。これ見られるのって俺だけだよね?」


 赤い顔でそんな事を言う洸くん。この顔もスチルで見たなって思い、はたと気付く。近くにいたらスチルと同じ表情の洸くんが見られるんだから、別にゲームに拘る必要、ないよね? 目から鱗がぽろりだ。


「ねぇちぃ、今日はしばらくその格好でいて欲しいな。久しぶりに、ちぃのピアノと歌も聞きたい」

「でも、制服が皺になっちゃう」

「じゃあ夕飯までで良いから。今日もうちに来るでしょう?」


 口の中で蕩けるチョコレートみたいな甘い声で囁いた洸くんが、両手を私の腰へ回して身体を寄せて来た。日本人なのにスキンシップが多いのは、私が妹的存在だからかな?


「おばさんにはもう言ったんだけど、ご飯は自分で作って食べるよ。向こうでも家事は私の仕事だったし」

「ちぃの手作りかぁ……俺、食べたい」

「いいよ! じゃあ一緒に食べる?」


 にっこり嬉しそうに笑った洸くん。ヒロインに惹かれた連城洸がこういう表情をしていて、ひっそり暴れ出したいくらいきゅんきゅんしたのを思い出した。だけど小さい時から知っているからか、生の洸くんはゲームとは少し違う。優しくて甘い笑顔が可愛いのはそうだけど、なんだろ? 何が違うんだろう?


「ちぃ?」


 考えてたらいつの間にか眉間に皺が寄っていたみたいで、親指と人差し指で皺を伸ばされた。へにゃり笑うと、洸くんも笑ってくれる。


「なんかちぃ、甘い匂いがする」


 匂いの元を辿るようにして、洸くんの鼻が私の唇に寄せられた。隠れて一人で美味しい物を食べた訳じゃないよって弁明しつつ、憤慨してみせる。


「リップがミルクの香りなだけだよ。お腹空いてるならお菓子でも食べる?」

「ふーん。……美味しそうな匂い」


 唇のすぐ側まで洸くんの鼻が寄って来た。私はお菓子を取りに行こうと思って身体を離そうとしたんだけど、離れられない。洸くんの胸に両手をついて押してみても離れる気配がないのはどうしてだろう?


「ねぇちぃ? 俺、ロリコンかもしれない」


 囁いた洸くんが唐突に舌を伸ばして、私の唇を舐めた。そのまま吸い付くように、キスをされた。何が起こったのかわからなくて、ぽかんとなる。赤い顔して瞳を潤ませた洸君が私を見つめてる。二回、三回、四回と唇が重ねられ、私の頭は真っ白。


「…………ちぃ。何か言って?」


 甘い声が掠れている。瞳の奥でくすぶっているこれが何か、私は知っている。前世で見た。欲情した男の顔だ。


「え……えっと……洸くん?」

「ん?」

「なにゆえ?」

「ちぃ、可愛いんだもん。あの時からずっと、キスしたかった」

「あ、あの時?」

「うん。ちぃが変態に捕まった時。俺のなのにって、思った」


 まさかの! 当時五歳児ですよ私!

 驚きのあまりフリーズしてしまった私を、洸くんが舐める。首筋に耳と順に舐められて、腰が抜けてしまった私はずるずると座り込んだ。


「ロリコンだとしても、ちぃにしか興味ないよ。ねぇちぃ。ちぃも俺を好きでしょう?」

「へ? あ、あの……好き、だけど……だってずっと、おにぃちゃんだと――」


 優しいお兄ちゃんの正体は狼でした。しばらくの間キスされて、舐められて、狼な洸くんの恋人になる事を頷かされてしまった私、まさかの展開に呆然です。


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