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恋歌  作者: よろず
タチアオイのつぼみ
18/57

2の11

 快復した私は、元気いっぱい絶好調で学校とレッスンと練習を頑張る日々に戻った。だけどあれから朔が過保護で口煩い。洸くんには、元気になってから電話した。悟おじさんから風邪の事を聞いて心配していたみたい。もう大丈夫だと伝えたら安心してくれた。でも無理しちゃダメって釘を刺されて、これからはもっと気を付けますって約束した。



 寒さが本格的になった十二月。私達はデビュー曲のPV撮影に臨んだ。

 私の芸名はあだ名そのままの姫で決定された。顔もあんまり出さないし、普段はダサ子ファッションの私。本名を隠した方がプライベートを守れるからという事でそうなった。他のメンバーは下の名前をローマ字表記にするだけみたい。私の芸名が姫に決まったもう一つの理由が、コンセプト。バンド名であるHollyhock、意味は聖なる花。その花が、私なんだって。姫で花な私に傅く騎士のメンバーっていうのがデビュー曲のPVを形作るストーリー。

 今回の衣装は真紅のプリンセスラインのドレス。生地はサテンでドレープがたくさんあって、同じ生地で作られた大輪の花が腰から下の右半分を飾っている。胸元から上は露出するタイプで、髪はウェーブを付けて右側に纏めて下ろされた。仕上げは、唇にのせられた深紅とゴールドの仮面。


「おー、今回も美女! お姫さん、流し目してー」


 声の方へ顔を向けると、三人の騎士がいた。白いズボンに腿まであるダークブラウンのブーツを履いて、ダークグリーンの騎士服をびしっと着こなしている。


「すごく格好良い!」


 三人とも仮面はまだ手に持った状態だけど、騎士服だけでもすごく素敵! 似合い過ぎるくらいに似合ってる! 写真を撮りたいって私が騒いでいたら、これからたくさん撮るよって旭さんに笑われた。旭さんはスキンヘッドの騎士……有りだ。とっても強そう。翔平さんの髪はオールバックの状態で一つに結われている。


「朔は新米騎士だね!」


 いつものように身軽に近付こうとしたんだけど、ドレスが動き辛くて断念した。残念な気分が表情に漏れ出していたのか、朔の方から近寄って来てくれる。


「千歳飴は、中学生に見えねぇよ」

「なんかその言い方だと老けてるって言われてるみたい!」

「褒めてんだよ。そんな色気ダダ漏れの中学生、有り得ねぇから」


 貶すような褒め方が、なんだか朔らしくて笑うしかない。

 スタッフの人に呼ばれて向かったセットは、舞踏会の会場みたいだった。私達は仮面をしているし、まるで仮面舞踏会だ! 楽器がセットしてあるから、どうやらここで歌うみたい。

 まずはじまったのはジャケット撮影。豪華な椅子へ腰掛けた姫の周りに侍る騎士達の写真を撮ってから、それぞれをピンで撮影した。ジャケット撮影の次はいよいよ歌うんだけど……監督さんから、自由に動いてとにかく格好良い感じで、ボーカルは大人の色気下さいなんて言われてしまった。もしかして私、中学生だと思われていないんじゃないかっていう疑惑が浮上。でも、気にしたら負けだ。セットに立って、四人揃って叫んで緊張を飛ばして、気合を注入! 大きな声を出すと緊張も一緒に飛んで行っちゃうんだって。旭さんが言ってた。

 カメラが回りはじめ、旭さんのスティックが最初の合図を送る。それに翔平さんのベースと朔のギターが加わって、音が色づき出す。私が惚れた、三人の音。心地いい音を耳で拾い、私は大きく息を吸い込み歌う。英語も交えた歌詞の、大人かっこいい恋の歌。歌詞の情景を思い浮かべ、それを声にのせた。

 音の余韻に酔いしれながら目を閉じて、私はじっとカットの声を待つ。全ての音が空気へ溶け込み、辺りがしんと静まり返る。その後で掛けられた声を合図に息を吐き出した。スタッフの人達が動き出す中、私達四人は顔を見合わせて高揚した気持ちを共有する。だけどすぐに忙しなく誘導され、それぞれメイクを直された。メイク直しが終わったら、今度は歌いながら動くらしい。姫が歌いながら騎士を誘惑しないといけないんだって。

 カメラの前に再び立った私達は、まずは自由に動いてみようとかいう無茶振りに困惑した。四人で顔を見合わせて浮かべたのは、苦笑い。

 スタートの掛け声で録音の前奏が流れ始めて、私は声を出すと同時に閉じていた目を開ける。歌いながら旭さんにしなだれかかってみたり、翔平さんに微笑み掛けながら絡み付いてみたり、朔にはキスすると見せ掛けて突き飛ばしてみたりした。悪女みたい。でも、結構楽しい。


「カットー! お姫様、良いよ、最高! 騎士達素で振り回されていたけど、それもそれで良いな。――映像チェックしてみよう!」


 監督さんに褒められたのが嬉しくて、やったねって三人を振り向いたら赤い顔したみんなから視線を逸らされちゃった。


「お姫さん、やばい。何か降臨してた」


 翔平さんは感心して、私に拍手を贈る。


「惚れる。中学生。十四歳。これは子供」


 頭を抱えてぶつぶつ言ってる旭さんが、ちょっと怖い。朔はおっきい溜息を吐いて蹲っちゃった。

 三人それぞれの反応は適当に流してから、映像が観たくて気になって重たいドレスを何とか捌いて移動しようとしていたら、朔が二の腕掴んで乱暴なエスコートをしてくれる。ドレスが動き難いからかなり助かるんだけど、朔って過保護なのか乱暴なのかわかんない。

 朔と並んで大人達の後ろから覗き込んだ小さな画面の中では、姫が騎士達を誘惑して翻弄していた。しかもとっても楽しそうに妖艶に笑っている。騎士達は戸惑いながらも翻弄され、手を伸ばすと姫はするりと逃げてしまう。


「悪女がいる」

「これ、自分だからな」

「私、悪女?」

「……悪女かもな」


 朔に悪女認定された。でも素が悪役美女面だし仕方ないよねって納得しておく。

 満足そうに頷いた監督さんがオーケーをくれて、次はまたメイクを直してから何パターンか指示通りに動いて撮った。デビュー曲のPV撮影が終わり、後は編集する人のお仕事。完成が楽しみだな!


「ねぇ広瀬さん。私が中学生だって、スタッフさん達は知らないの?」


 帰りの車の中で、運転中のマネージャーさんに聞いてみた。香水の時といい今日といい、中学生にあるはずのない大人の色気ばかりを要求されるんだもん。


「それは、知らせてないわね。姫君は年齢不詳の美女って事にしたいの。だから多分、成人しているか十代後半だと思ってるはずよ」


 バックミラー越しに言われた内容にショックを受ける。老けてると言われた気分だ。


「お姫さん、中学生に見えないもんなぁ」

「マジで、言い聞かせておかないと惚れそう。今日は特に色気が凄かったなぁ」


 翔平さんと旭さんが二人で私の色気について語りはじめた。褒められているのだとは思う。けど、若さがないのは前世の記憶があるせいかもしれないって本気で悩む。


「千歳飴。着くまで寝とけ」


 悩んでいたら、隣に座ってる朔に言われた。確かにへとへとだし、家に着くまではまだ一時間くらいある。だから、ひんやり冷たい窓へ体を預けて目を閉じた。



「起きろ。着いたぞ」


 そっと揺すられて、ほっぺを抓られた。痛くはない抓り方だったけど、眠くてむっとする。


「キスするぞ」


 耳元で囁かれて、びくっと覚醒した。目を開けたら何故か私は、朔に身を預けて肩まで抱かれている。反対側の窓に寄り掛かって寝たはずなのに、いつの間に動いたんだろう?


「お前の家、着いた」


 混乱しながらも、促されたから頷き車を降りる。寝起きのぼんやりする思考のままみんなに手を振ったけど、朔まで車を降りて来て二の腕を掴まれ連行された。首を傾げつつも短い距離だしと疑問は飲み込み、素直に従う。そうやって玄関へ辿り着くと朔の手は離れていった。私は、お礼とまた明日の挨拶の為振り返る。


「さっさと寝ろよ」


 言葉と共に伸びて来た手が私の頬を滑り、耳元を撫でた。そのまま踵を返して車へ戻る朔を見送った私の中に、答えがすとんと落ちてくる。朔のあの瞳は確定だと、気が付いた。朔は私を好きだ。だけど直接言われた訳じゃない。瞳だけが、好きだと語り掛けてくる。断ろうにも断れない現状に、私は頭を抱えるしかなかった。


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