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浮気、寝取られ、無理矢理、軽いR描写など、人によって不快な表現を含みます。
ご了承頂いた上でお読み頂ければ幸いです。
空港のゲートを通り抜け、重たいスーツケースを引きずりながら迎えに来ているはずの知り合いを探して私は視線を彷徨わせる。
「ちぃちゃん、こっち!」
探し人は大きく手を振り、私に存在を知らせてくれた。六年前と変わらない笑顔を見つけた瞬間、柔らかな安堵が胸に広がる。
「悟おじさん! お久しぶりです!」
浅黒く焼けた肌に白い歯が眩しいこの男性は、私が六歳まで住んでいた家のお隣さん。父の友人で、これからお世話になる予定の人だ。そしてその後ろで優しげな笑みを浮かべている人が私の帰国目的。青年になりかけで少年のあどけなさが残る、爽やかだけれそどこか甘さが滲む超が付く程整った顔立ちをした彼は私の幼馴染、連城洸。私は、彼の今年の春から始まる恋愛劇を観察する為だけに帰国したのだ。
私の名前は楠千歳。濃茶で少しウェーブがかった髪に紫の瞳。日本人とイギリス人のハーフで悪役っぽい美女面してる。だって私、乙女ゲームのライバルキャラだから。
私には前世の記憶ってものがある。最近までは、世の中にはそんな事もあるんだななんて思うだけだったんだけど、洸くんの近況報告メールに添付されていた写真で気付いてしまったの。その写真に写っていた洸くんが、前世の私がハマっていた乙女ゲームの攻略キャラそのものだったんだもん!
恋は音楽と共に、通称「恋歌」。アイドルや歌手、音楽系の道を目指す者や既に仕事をしている人達が通う学園で巻き起こる恋愛模様を描いたゲームで、四人いる攻略キャラの内の一人が連城洸。彼の攻略ルートと逆ハールートで登場するライバルキャラが私、楠千歳なのです。洸くんが攻略されたり逆ハーの一員になったら、私には人生転落街道まっしぐらなシナリオが待っている。でもそこから這い上がるのも面白そうだし、ヒロインが現実でどう動くのかとか、きゅんきゅんスチルを間近で見たいから急遽帰国を決めて傍観する事にしたの。元々ゲームの千歳も洸くんが好き過ぎて一緒にいる為この時期に帰国していたし、この行動は今後のストーリー展開の邪魔はしていないはず。
中学へ入学したら傍観ライフのスタートだ! 今からワクワクしちゃう!
空港まで迎えに来てくれた悟おじさんの車に乗り込んだ私は、六年振りに日本の我が家へ帰り着いた。これからこの大きな家で一人暮らしがはじまる。隣に連城一家がいるからこそ許された一人帰国だったけど、家事は自分で出来るからあまり頼る気はない。うちの父はピアニストで母はバイオリニスト。商売道具の指を傷付ける訳にいかないから、家事はずっと私がやって来た。私が六歳になるまでは日本での仕事が主だったんだけど、両親がオーストリアのオーケストラと契約してからはそちらに居を移し家族で住んでいた。
荷物は事前に送って運び込んでもらってあるからまずは掃除かなと意気込んでいたんだけど、どうやら連城のおばさんと洸くんである程度のところまではやってくれていたみたい。
「日本落ち着くー」
空気が違う。カーテンと窓を開けてから、長時間の移動で凝り固まった体を伸ばすようにして床へ寝転がった私を上から洸くんが覗き込んで来た。
「母さんがご馳走用意して待ってるから、荷物片付けたら行くよ」
「はーい。でも時差ボケで眠いよぅ……」
「なら、起こしてあげるから少し寝たら?」
六年の間は一度も会ってなかったけど、メールや電話は良くしていた。変わらず優しいお兄ちゃんな洸くん。前世の私に姉はいたけど兄はいなかったから、こうやって甘やかされるのって新鮮でなんだか心地良い。
「おかえり。ちぃ」
眠りに落ちる直前、囁くように言葉を落とした洸くんに頭を撫でられた。空港でも挨拶したのに、変な洸くん。
なんだか温かい。何かに包まれている。それが何なのかがわからなくて、寝ぼけながらも手で探ってみる。……布? でも布自体の温もりじゃなくて、どうやらその下が熱源みたい。うー……眠い。顔を擦り付けるようにして身を寄せたら、柔らかな笑い声が降って来た。
「くすぐったいよ、ちぃ」
予想外の距離から聞こえた低くて甘い声。驚いて、一気に目が覚めた。勢い良く目を開けて見上げると、視界いっぱいに洸くんの顔。――ち、近い!
「起きた?」
この甘い声と甘々な笑顔! ゲームで見たよ、聞いたよ! 生だ! 生の連城洸だって感動しつつまじまじと眺めてしまった。ゲームで見たスチルと同じだぁなんて考えながら胸を高鳴らせたままぼけーっとしている私の髪を、洸くんが指で梳く。
「寝ぼけてるの? このまま寝ちゃう? ちぃのベッド、すぐ眠れるようにしてあるよ?」
お兄ちゃんって存在は、こんなに甘くて優しいものなのか……私がオーストリアへ行く前もよくこうやって頭を撫でられたなって思い出す。洸くんは昔からとっても優しい。
「おばさんがご飯作ってくれてるんでしょ? 行くよ」
「眠いなら、昔みたいに抱っこして行ってあげようか?」
「もうそんな子供じゃないよ。中学生になるんだから」
それに精神年齢はだいぶおばさんだし。起き上がって欠伸をしたら、大きく開けた私の口に掌を当てて「あわわわわ」なんてやって洸くんが遊ぶ。子供はどっちだ。十七歳はまだ子供だもんね。
「ちぃは大きくなったね」
確かめるみたいにぎゅむぎゅむ抱き締められた。
発育は良いんだよね。身長は百六十センチあるし、胸なんてCカップになった。ハーフってすごい。前世でこの年齢の時の私はちまっこくて、まだスポーツブラだったよ。そんな事考えながら自分の胸を両手で持ち上げていたら、私の手元を見た洸くんが目を丸くしてから真っ赤になってそっぽを向いた。初心な反応。なんだか、申し訳ない。
「ちぃ。そういう事、他の男の前でしたらダメだからね」
「しないよ。痴女じゃあるまいし」
思わず笑ってしまったら、何やら複雑な顔をされた。お兄ちゃん的には心配なのかもしれない。
「大丈夫だよ! 私外ではダサ子だから誰も興味持たないって」
私は家の外では地味でダサい子を目指している。五歳の時、知らないおじさんに誘拐されかけてそのまま変な事されそうになったもんだから身を守る為にそうする事にした。変態は怖い。
「ちぃは可愛いよ」
さてご飯を食べに行こうと立ち上がったら、後ろから伸びてきた腕がお腹へ回されて閉じ込められた。首筋にかかる吐息がくすぐったい。昔から洸くんは私に甘くて心配症。変態おじさんの魔の手から、真っ青な顔して必死になって助けてくれたのも洸くん。彼は、優しくて頼もしい私のお兄ちゃん的存在なんだ。