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隘(せまい)・綾

十円玉で買える物。

 三面鏡は過去を写す、タイムトラベラーの入り口なのだろうか?


だから母は、思い出に浸り泣いていたのだろうか?



『アナタは良くやっているよ』

そう言いながら、自分を慰め癒やす。

母のため息が聞こえてきそうだった。


きっと母も、この三面鏡の前で泣いたのだろう。


手垢で汚れた鏡面が、歴史を感じさせた。



母と同じように泣いていると、又父の嫌がらせを思い出した。


それは日曜日の午前……

それも相当早い時間だったと記憶している。





 朝の散歩を兼ねて、コンビニにパンを買いに行った時の事だった。


レジ前のテーブルに玩具が置いてあったんだ。

私は欲しくなって母にねだった。



母は首を振った。



「余計な物を買って帰るとお父さんに叱られるよ」

そう言いながら。


だから帰ってから父にねだったんだ。

その玩具が欲しいと。


その結果、父は買って来ても良いと言った。





 早速二人分のお金貰って、近所のお友達とそのコンビニに行った。



レジ前にお金を二十円置いて帰って来た。



そう……

父が渡したお金は二十円だったのだ。



『いいか綾、これがお金だよ。これ一枚で何でも買えるんだ。その玩具だって、何だって』


父はそう言った。

何度も何度も、十円玉一つだけで何でも買えることを強調した。



だから私は、お友達の分もと思い二枚貰って買いに行ったんだ。



やっと補助輪の取れた自転車に乗って、母と朝買い物に行った場所へ。





 「この玩具何。処から持って来たの!?」

お友達のお母さんが怒鳴っていた。


私は怖くなって、自分の玩具を隠していた。



何故そうしたのかは解らない。

ただ何となく怖かったのだ。



おばさんは母に事情を聞くために詰め寄った。


でも母が知る訳がない。


私の手に玩具も無いと知ると、おばさんはお友達に手をあげようとした。



私は思い余って、お友達を庇った。





 仕方なく隠した玩具を持って来る。


私のおどおどした態度は、おばさんの目を輝かせていた。



してやったりと言いたそうな顔をして、おばさんは私を見ていた。



「見た。悪いのはこの子よ。でも私は家の子が許せない」


おばさんはそう言うと、お友達を連れて家に戻って行った。





 そして私には万引き犯と言うレッテルが貼られた。



「申し訳ありません。以後気をつけます」

母はコンビニに行ってお金を払った。

本当の値段は一つ三百九十八円だった。

その二つ分を……


その頃母はマイホームの資金作りのために、節約に節約を重ねていた。


だから朝玩具を買わなかったのだ。

それなのに私が玩具を持って帰ったばっかりに……


母にとって痛い出費となったのだった。



おばさんは、その警察に行くと言う。

お店の物を持ち帰ったのは事実だから、正直に話そうと思うと言った。



「正義感に溢れた人だね」

母はそう言った。





 「てめえは子供の躾も満足に出来ねえのか!?」


父の罵声が飛ぶ。


私が万引きしたと正直に話した母に、父は最上級のイヤミも言った。


何て言ったのかは覚えていない。

でも、物凄く汚い言葉だった事は確かだ。



母にもう二度あんな思いはさせたくないと、思った位に父は見下したのだ。


私と母を……



きっと父は……

私を万引き犯に仕立てるために十円で何でも買えるなんて言ったんだ。


遣りかねない。

と思った。


あの父なら……





 私は翌日又母とコンビニに行った。

それは私の潔白を証明するためだった。



「お父さんからお金を貰って、買い物に行ったの」

私は……

昨日の一部始終を母に語っていた。



「お父さんがそんな事言ったの? 綾を何だと思っているの?」

母はそう言いながら泣いていた。


私は母が解ってくれたと思っていた。


私は嬉しくなって、どんどん歩いていた。



「綾はお父さんの玩具じゃないのに」

母はそう呟いた。





 「はい、確かに昨日二十円ありましたが」

店員はそう言った。



「そうか。お父さんはその玩具を見ていないから、一つ十円だと思ったのか」

店員はそう言いながら私の頭を撫でてくれた。



でもそれで、私の万引き犯と言うレッテルが外れた訳ではない。

でも真実を知って欲しかったのだ。


私は万引きなんかする娘じゃないって知ってほしかったのだ。





 おばさんが解ってくれたかどうかは知らない。

でも又二人は遊べるようになった。



私達は保育園で同じクラスだった。


だから本当に嬉しかっのだ。





 それはある日の午後。

お友達の家に遊びに行くと猫がいた。

前足の先が黒ずんで、耳の先も同じようだった。



「迷子の猫を預かっているの」

お友達はそう言っていた。





 その日。

母が迎えに来た。



「シャム猫のようだね」

そう母は言った。



「あのね。ママが迷子の猫だって言ってたの。飼い主が現れたら返すんだって言ってたよ」


その子はハッキリとそう言った。





 結局その猫は、近所の家の飼い猫だった。



翌日。

地域に一つだけある公園で遊んでいると子猫が出てきた。



その猫は昨日お友達の家で見た猫にソックリだった。



「あらあの猫?」

母も気付いたようだった。



「もしかしたら、同じような猫が居なくなっていませんか?」


そう、その家の人に母は聞いた。



「そうなの、一匹居なくなったの。ずっと探しているんだけど見つからなくて」



親戚の子供がその猫が大好きで、どうしても欲しいと言われて引き渡すことになっていたと言った。





 「昨日お宅で見た猫なんだけど、迷子なんですってね。実は、公園の前の家の猫らしいの」



「その家の人に、家に居るって言っちゃたの?」


母の言葉を遮るようにおばさんが言った。


母は首を振った。



「言ってないよ。ただ居なくなっていないか聞いただけ」



「それが、言っちゃったってことよ。それであの人は何て?」



「一週間位前から居なくなって、一生懸命探しているって言ってた。親戚の子が大好きで、親離れしたらあげる約束だったらしいよ」

母はそう言った。





 「アンタのお陰であの猫返さなくてはいけなくなっちゃったじゃない!!」


午後、おばさんは家に怒鳴り込んで来た。



「何で、何で黙っていなかったの!!」


その剣幕は物凄くて、何時ものおばさんとは違っていた。


その後もおばさんは母を罵った。



「だから私は別に……」


母は本当に何も言ってなかった。


ただ、何処かで同じような猫を見た。

元の飼い主にはそう言っておいた。


そうしておいてからおばさんには、公園の前の家の飼い猫かも知れないと言っただけだった。





 私は怖くなった。


おばさんは私と母に、迷子の猫だから飼い主を探してるって言ってたんだ。



母がおばさんに何をしたと言うの?

どうして怒鳴り込まれなくちゃいけないの?



おばさん家の飼い猫が居なくなり、探しているとあの猫がいた。


迷い猫だと思って家に連れて帰り体を洗う。

その余りの可愛らしさに心を奪われ……



でも、その言い訳は通じない。


子猫を見つけた場所は、飼い主の裏庭だったから。


横に畑があり、親猫と遊ぶ為に出てきただけだったのだ。



「あんな汚い猫が、あんな可愛い猫を産めるなんて考えもしなかったわよ!!」


おばさんは最後にそう言って、玄関のドアを勢い良く閉めた。





 結局おばさんは、正義感に溢れた人では無かった。


ただの自己主張が強いだけの心の狭い人だった。


でもそのお陰で、父が引っ越しを決めてくれたんだ。

マイホームの夢が一歩前進することになったのだった。



引っ越しする前日、あの公園に行ってみた。


公園に面しているその家の飼い猫が、子供に撫でられていた。



『あんな汚い猫』

おばさんの言葉がよみがえってきた。



「あの猫はね、ああやって子供と遊ぶでしょう。だから何時も体をキレイに洗われていたの。だから汚くなんかないのよ」


悲しそうに母が言った。



おばさんは、ただ自己満足しているだけだと思った。


今なら解る。

正義と言う仮面を付けただけだと。


でも私も母もその人に憧れていたのだった。



だから尚更、あの怒鳴り込みが影を落としていた。



お友達の家をそっと見てみた。



(こんなにこの家と近かったんだ……)


飼い猫を捨て猫だと思って連れ帰った。

そこまではいい。

確かにありえる話だ。


でもおばさんは、返すのがイヤで隠していたのだ。

だから見つけた母に腹を立てたのだ。


どちらか理不尽なのかは小さな私にも解る。

だから余計に母が可哀想だったのだ。



母はその家を見ながら泣いていた。


きっとあの怒鳴り込みのことでも思い出したのだろう。



母も私もあの人の豹変ぶりで、大きく人生観が変わったのだ。


それほど大きな人だった。



アパート暮らしの中で、初めて母に出来た友達だったようだ。

だから尚更辛かったのだ。

だから尚更立ち直れなかったんだ。



私には未だにあの人が判らない。

まるで陽炎ような人だった。






心の狭いおばさんの正義の仮面は剥がされた。


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