表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/24

EYE(目)・綾

これより綾章です。

 (渋谷ってなんて賑やかなんだろう)


素直にそう思った。

不思議だね、初めて来たわけでもないのに。



風邪から肺炎を起こして、ずっと寝込んでいた祖父が一ヶ月位い前に亡くなった。


そのために田舎にずっと行っていたから尚更感じるのだろうか?



でも懐かしくて……

だからついつい遠回りをする。



母と此処に来たのは何年振りだろうか?



スクランブル交差点で、母の手をそっと握ってみた。



途端に見た、びっくりしたような母の顔。


これを待っていた。



「もっと楽しもうよお母さん」


すかさず私は言った。





 母ったら、哀しみを一人で背負っているような顔をして歩いている。



(もうー、なんで私が誘ったのか分かっているの?)


全く、娘にこんなに心配かけて。



そんなこと思いながら歩いているから人とぶつかったりする。



(これもみーんな母のせいだ!)


愚痴の一つも言いたくなって、母のいる方向を見た。



(ん、あれっー!?)



一瞬。

母の姿を見失って、慌ててキョロキョロと探したみると……



母は渋谷のシンボルタワーと言うべき建物のの前で立ち止まっていた。



(おいおい又かよー。そっちは道が違うだろ)


そうなのだ。

私の遠回りの原因は、この母の行動だった。



(先が思い遣られるなー)


私はもはや呆れかえっていた。





 「疲れた?」

それでも私は母の傍に行って、顔を覗き込んだ。



「ん……ううん」


かったるそうに、首を振りながら母が言う。



「ごめんね誘って!」

私は思わず強い口調で言った。



「CD買うならやっぱり渋谷だと思って。それにお祖父ちゃんが亡くなってお母さん落ち込んでいたから」


ヤバいと思って言葉を足した。



「分かっているよ。ごめんね、お母さん駄目ね。綾に心配ばかりかけて……」





 (もうー。分かっているならもっと楽しもうよ。せっかくの母娘デートなのに)


嫌みの一つでも言いたい。

でも……



「ううんそんなこと。お母さん大好き!」

憎まれ口の代わりに、母の肩に頬ずりしてみた。



「本当にごめんね綾」

私の肩に手を伸ばしてきた母は泣いていた。



「ほら、又泣く!」

私は苦笑いをしながら、バックからハンカチを取り出した。





 子供の頃から三面鏡の前で泣いている母を見てきた。


何がそんなに哀しいのかは分からない。



でも一つだけ思い当たる事が……


それは、父が会社に行く前に母に掛けた言葉だった。



『お前は父親から可愛がられたんだろうな』

そう父が言った。



『何故?』

と母が尋ねる。



『だって、馬鹿な子供程可愛いって言うだろう』

得意そうに父が言う。



父はそのまま仕事に出かけた。残された母の目に涙。





 『お前は馬鹿だ』


父はそう言いたかったのだろう。


子供の私にもそれは分かった。


だから今でも鮮明に記憶しているのだろう。



あの後、母は泣きじゃくった。


声が引きつっても尚泣きじゃくっていた。



『私はお父さんに可愛がられてなんかいない!』

母は泣きわめきながら言っていた。



子供の私は見守る事しか出来なかった。

だから背中を叩いて振り向かせた。


とびっきりの笑顔をあげたかった。



(私は此処に居るよ。何時でも傍にいるよ)


そう言いたかった。


そうだ。確かにあれから母は泣いてばかりいるようになったんだ。


だから私は、母から目を離す事が出来なくなった。



でも母は私の前では泣かなくなった。

私が心配することを警戒してか、陰で隠れて……



だから余計目が離せなかったのだ。





 その建物の前ではタレントらしき人が熱唱していた。それを懐かしそう見てる母。



「知ってる人?」

私が聞くと首を振った。



(そりゃそうだ。私の知らないユニットを母が知る訳ないか?)


そう思っていた。



「前にここで見た人のファンになってね」



「ああ、RD?」



(えっ!? RD? そうか此処で出逢っていたのか? あんなに夢中になれる存在に……)



ここ何ヶ月か母は同じ歌ばかり聴いている。


年甲斐もなく、若者の歌が好みのようで、CDラジカセからはいつもロックが流れていた。

RDと言うグループのハピネスと言う曲だった。



このグループは元々、ノリノリのダンスメロディーが多かった。


でもこれはしっとりしたバラードだった。



(きっと父に内緒で此処に来たのだろう)


私の知らない母が其処にはいた。





 母の居る場所はすぐに解る。

それは何時もこのグループの曲が流れている傍。



母は音楽好きだった。

と言うより、音楽依存症だったのだ。



父の居ない時に、哀しみを音楽で癒していたのだった。



その哀しみが何処から来るのかは判らない。

でも、父と結婚したことが関係していると思っていた。





 此処には雑貨や小物はあってもCDは無いはずだと思い、私は母の手を引いた。


ふと見ると母の目には涙が溜まっていた。



「ほらまた泣く。CD買うなら渋谷でしょ?」

私はそう言いながら、母の背中を押した。


母の背中が小さく思えた。

母はまだ祖父の死を背負っていた。





 私はさっきから、じっと一点を見つめている一人の老人が気になっていた。


その老人の視線の先には母がいた。



「お母さん、あの人知ってる?」

私は老人に目配せをした。



「さあ、あの人が何か?」



「さっきかずっとお母さんを見てる」



「そう? 気のせいでしょう」

母はそう言いながらも老人に目をやった。



「やっぱり知らないわね。気にしないで行きましょう」

母はそう言った。





 でも私は老人の事が気になり、思い切って近付いて行った。



「さっきからずっと母の事見ていますが、母と知り合いなんですか? 母は知らないと言ってますが」

私はきっと、かなり厳つい顔をしているのだと思う。

幾分か興奮してきたようで、胸がバクバクしていた。



「いや何でもない。私はただあの人の目が気になっただけだ」


それでも老人は、しっかりと私の目を見て言った。



「目? 母の目ですか?」



「そうだ。私は初めと見た。あんな哀しそうな目をした人に」

老人の言葉に驚き、私は母を見つめた。



「母は父親を亡くしたばかりなんです。哀しそうな目はそのためだと思いますが」





 「いいや、あの目はそんな生易しいものではない。そうだ娘さん、あんたお母さんの瞳の奥を覗いて見たことがあるかい?」

私は首を振った。



「一度覗いてごらんなさい。きっと何かが見つかるから」

老人はそう言い残し駅に向かって行った。



「誰だった?」


母が駆け寄ってきた。



「人違いだったみたい」

私はとっさに嘘をついた。



(なーんだ、やっぱり気になっていたのか)


私は母の目を見ている自分に気付き苦笑いしていた。



(ありゃー、自分が一番気にしてる)


私は照れ隠しに……

本当は老人の事が気になり振り向いてみた。

でももう、老人の姿はもう何処にもなかった。



「気にしない気にしない。さあ行きましょう」

私は母の背中をもう一度押した。






しばらく綾章になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ