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疾走せよ我が青春の猛り  作者: カスミカ
湛然無極のディコトミー
2/49

東北新幹線 シンアオモリ~ヨコハマ間にて


『車内販売をご利用のお客様は、お近くの添乗員にお申し付けください……』


 車内放送の音声を耳にし、綾瀬慧一あやせけいいちはゆっくりと目覚めた。

 心地よい震動、完璧に制御された空調。こうしたうたた寝は、新幹線を使っての長旅の醍醐味だ。

 トウキョウ駅を過ぎてからと言うもの、車内の人口はめっきり減少した。平日の早朝という時間帯もあるだろうが、それにしては寂しすぎる。

 目的地であるヨコハマは、関東地方有数の大都市だ。二〇〇〇年代初頭から続く世界規模の人口減少にも反して、約数百万人が集うメトロポリスである。


「ねえ、たける。やけに静かだよね、そんなにヨコハマって人気ないの?」


「うわッ。何だよ、お前起きてたのか」


 慧一の左隣に座る少年、柏木猛かしわぎたけるは、驚いた様子で彼に言葉を返した。

 操作していたスマートフォンをジャケットのポケットに突っ込み、慧一に向き直った。


「わざわざ新幹線使ってヨコハマ行くような奴は、俺達みたいな暇な高校生だけだぜ」


「悪いね、呼び出すような事しちゃってさ」


「気にすんな。少ない故郷の友人に、ヨコハマからお呼びがかかったんだ。エスコートくらいはするさ。俺も親父に顔見せできたし。にしても、ずいぶん久しぶりだからなあ」


「猛がイハトを引っ越してから、六年ぶりくらいかな?」


「そんなもんか。俺はこうしてヨコハマのハイカラな荒波に揉まれている間……お前は何にも変わってないんだな。何ッにも」

「ひどいな」


「ほら、その声からしてそうだぜ。変声期まですっ飛ばしちまったのかよ」

「好きですっ飛ばしたわけじゃないよ」


 猛の言うとおり、慧一の喉から発せられる声は、少女のように透き通った、透明感のある美声である。


「向こうのハナマキ駅で待ち合わせしただろ。そん時はもうビックリしたね。『うっわ! 何だあの子! ヤッベ、超ヤッベ! 超かわいい!』って、小躍りしたくなっちまったよ」


「あのな……」


 呆れた声を漏らす慧一を見てもなお、猛は矢継ぎ早に話を続けた。


「だってよ、数年ぶりに再会した幼馴染のダチがさ、数年前そのまんまの顔立ちで、しかもあんな女の子みたいな声で喋るもんだからよ」


「やっぱり、驚いた?」


「そりゃあもう。お前んち、でっけえ畑を結構な数持ってただろ。雨にも負けず風にも負けずにせっせと肉体労働させられて……俺なんか片手で持ちあげて、ベンチプレスできるようなマッチョになってるかと思ったからな。お前から連絡来るまでは」


 おもむろに、猛は慧一の二の腕を掴み、感触を確かめてみる。


「ぷよぷよ……」


「なかなか筋肉つかないんだよ。悪かったね」


 猛の言うとおり、慧一は筋骨隆々の蛮勇とは程遠い、華奢な美少年然とした顔立ちである。体格も少女のように華奢で、素肌の白さ、きめ細やかさはシルクのよう。どこかか細さを感じさせるその上品な雰囲気は、人々の庇護欲を煽るものであると言えよう。


「……さぞやおモテになられるのでしょうな、憎ったらしいぜ」


「まさか。猛の方が、女の子寄せ付けるでしょ」


「うわ、うぜえ! このマセショタが調子こきやがって」


「誰がマセショタだ、同い年だろうが!」


「あー、やだなー。お前みたいなのが来たら、ますます俺みたいなカスが彼女さんにありつける可能性が減少するじゃないか。このやろう、地獄に落ちやがれ」


「このやろう、落ちてたまるか」


 添乗員から購入した缶コーヒーで喉を潤した猛は、座席のネットに提げられていた観光冊子をぺらぺらめくる慧一に問いかけた。


「急にヨコハマに呼ばれて、面食らったりとかしないのか?」


「最初はびっくりしたさ」


「大体は十二、三で総合学科に入学するだろ。十六で中途編入だなんて珍しいな」


「気づくのに時間かかっちゃったからね。僕が『蕾の子』だって分かったのもごく最近、血液検査でバイタルマナの陽性反応が出たからってわけで」


「そういう例もあるのな。凡人の俺にゃあわからんこってす」


 そう言って、猛はぐびりと缶の余りのコーヒーを飲み干した。


「で、お前は何ができんの?」


「何って……何? 資格とか?」


「ちげえよ。ジュネッス、ジュネッスだよ」


「……固有式パーソナルコード)の事?」


「蕾の子ってのは、みんな『ジュネッス』って魔法みたいな能力が使えるんだろ?」


「そうらしいね」


「そうらしいって……お前も何かできんだろ? 火吹いたりとか、水吹いたりとか」


「できるわけないじゃん。今まで普通に農家の息子やってただけだよ、そんなの無理」


「うわ、何それつまんねぇ。それじゃあただのマセショタじゃん」


 ただのマセショタって何だ。

「ああ、それにしたって羨ましいもんだ。俺らにとって総合学科って言えば、美男美女揃いの蕾の子が一堂に会する夢の園だぜ。蕾の子の彼女を作りゃ、少なく見積もっても今から十年は今の可愛さのまんま……たまんねーわ。あとひと月もすりゃあ夏休みだぜ、ひと夏の思い出づくりがてら、お近づきになりたいもんだ」


「競争率高そうだ」


「そりゃもう。学院の関係者以外にも蕾の子のファンがいるんだ。その子らへの告白志願者に倍率かけてさ、放送委員会やネットを通してバクチやってる連中だって……」


「悪いけど、あんまり興味ないなあ。っていうか、それって怒られたりしないのかよ」


「おええ。出たよ、出ましたよ。俺は異性になんか興味ないアピールいただきましたよ。そうですよね、俺みたいな凡人と違ってマセショタさんは男女問わず……」


「何言ってんのさ、そんなんじゃないよ!」


 慧一が反論を口にしたのとほぼ同時に、猛は視線を窓の方へと移した。


「おい、見えてきたぜ」


 車両は沿岸部へとさしかかる。窓からは、再開発によって大きく生まれ変わったかつての横浜沿岸部、湊町ヨコハマが一望できた。

 白を基調としたビル群が建ち並び、先には朝日で煌めく太平洋の海原。内陸育ちで、ただでさえ海を目にする事はこれまで数えるほどしかなかった慧一だが、これには感動した。


「すごいなあ……イハトにはこんな場所ないよ」


 実家の畑をすべて合わせても敵わないほどに広い面積を持つソーラーパネル群、天を突くほど巨大な高層ビル群、沖合に浮かぶトウキョウ湾メガフロート。そのどれもが、慧一にとって新鮮かつ、ノスタルジックに映った。

 本格SFを扱う小説は昨今でこそ国内ではさほど取り上げられないが、慧一の実家には父が買い集めた海外作家の古典作品が本棚狭しと並べられていた。それらを読みふけって育った彼ならではの捉え方だろう。思い描いた近未来とは少々外連味の足りない、小ざっぱりとした機能美。慧一にはそれが思いのほか魅力的に感じられた。


「槍みたいなのをぐるっと囲むように建ってるのが校舎。目立つから迷う事はねえやな」


 猛の言う槍とは、埋め立て地である旧ダイコク埠頭のビル群から真っすぐに伸びる隆起の事である。縦に長い円錐形に近い形状をしているその表面は、ごつごつした岩盤に包まれており、近代的な雰囲気を纏うヨコハマにおいては異質な存在に見えた。

 その周囲には、淡く輝くライトグリーンの輪が浮遊していた。学園施設のランドマークか何かだろうか。


「あれが『三号隆起』? ほんとだ、思ってたよりずっと大きいね」


「トウキョウに建ってた電波塔なんかより何倍も高いぜ。数十年前の沿岸開発の折に、いきなりズボッっと出てきたらしくてさ。けっこうデカいニュースになったんだってよ」


「そんなのの周りにどうして学校施設なんか建てたんだろうね。ご丁寧に円周上に……危なくないのかな」


「現地で妖精のようにカワイイであろうクラスメイトにでも聞け」


 若干の嫉妬を混ぜながら、猛は言い放った。


「あーチクショウ、俺も蕾の子だったらなあ! 魔法を使って青春を謳歌してみてえ!」


「猛はもう六年ヨコハマに住んでるんでしょ? 蕾の子の知り合いとかいないの?」


「まあ、何人かとは知り合いだが」


「その人たちが実際にジュネッスを……魔術を使ってるところ、見た事ある?」


「……俺は、ない。噂じゃすっげー早く走ったり跳んだりするらしい」


「さっき猛の言った、火を吹いたりするような人は?」


 無言で猛は首を横に振った。自分から言い出してそれはないだろうに。


「き、きっとそういうのはレアなんだよ! 俺達みたいな普通科の生徒の前で、火吹いたりとかの魔術は無暗に使ったりしないんだ」


「そんな事、学校案内に書いてあったかな……」


「きっとそうだぜ。規則を破って魔法を使うと、闇の暗殺部隊に消されちまうんだ」


 そうした妄想も考えられなくもないが、魔術を扱う為の基礎知識を培う教育施設でいちいち闇の暗殺部隊に出張られても困るものがある。


「あれだな。きっと女の子を虜にするようなエロ魔法使うと暗殺部隊さんがやってきて、でっけえナイフで喉笛ブッ裂かれて殺されるんだ。そうに違いない」


「やめてよ」


「ようし慧一、お前それやって暗殺部隊さんのお給金の元になってこい。きっと彼らは歩合制だから喜ばれるぞ。そして俺に彼女ができる可能性も増加する」


 顔はそこまで悪くない猛だが、こういうくだらない戯言をべらべら並べ立てる事こそが同年代の異性を遠ざける要因であろう。


「仮にそんないかがわしいエロ魔術があったとしても、僕はそんなもん使わないよ」


「暗殺部隊さんが臨時休業で出勤してこないとしてもか?」


「もちろんさ」


 自信たっぷりに慧一は言った。


「さわやか好青年……いや、マセショタめ。せいぜい大勢の年上の美少女をコマして楽しい楽しい肉欲学園生活に溺れたまえよ。あー、でもおこぼれは下さい。ぜひ俺にください」


「僕の学園生活がそんな堕落したもんになってたまるか」


 猛の主張はいささか不道徳かつ下劣すぎるが、高校生男子として異性に興味を持つ事自体はそこまでおかしいものではない。しかし、猛の言う『モテモテの学園生活』に対し、慧一はあまり興味をそそられなかった。


「まさかお前、その年で性的不能か? お気の毒に……お前の人生全年齢対象だわ」


「何言ってんだ」


「それじゃ同性……」


「その手の人達には申し訳ないけど、僕はノーマルだ」


「そんなら万々歳じゃないかよー。流行んないぜ、据え膳を食わないイケメンは」


「僕なんてイケメンじゃないだろ。僕に興味持つなんて、相当の物好きしかいないよ」 


「またそんな事言いやがって、お前はどんなのが好みなんだ? お姉様系か、妹系か。お姉様系ならそうだな。有森評議会長なんか、すげえレベル高いぞ」


 脳内美少女アーカイブから、めぼしいページを逐一ピックアップしていく猛。


「見ず知らずの女性をナンパするような度胸は、今の僕にはないよ」


 やがて、慧一はぼそりと窓に向かって呟いた。

 誰に向かって喋るわけでもない、小さくか細い声で。


「――――ヨコハマには、僕が心に決めた女性がいるから」


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