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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第六章
98/208

病院での出来事

 タツミの姿は、この世界において異端である。

 鈍い光沢を放つ東洋甲冑を着て、左腰には刀、右腰には紐で吊り下げた兜。

 その姿はいる場所が気合の入ったコスプレ会場でもなければ、見られただけで不審者として即通報されるだろう。

 

 しかし彼の存在はこの世界のほとんどの人間に認識されていない。

 彼の半身である『双葉辰道』と意図せずして愛犬と魂が混ざり合い、あちらの世界にも行った事がある老人『空井健志』しかタツミを見る事は出来なかった。

 今までは。

 

 

「う~ん、ここにいるならもしかしてって思ったが病院前にはいないか」

 

 人間的な瞳をした特徴的な犬の姿は病院の外回りにはいなかった。

 それなりに大きな病院の外回りを1分足らずで見回ったタツミは、正面入り口から病院内に足を踏み入れる。

 やはり彼の姿を見る事が出来る人間はいないようで、彼の奇抜な格好に視線を向ける者すらいない。

 

「次は中庭か」

 

 以前に潜入した時と比べ、院内は慌しい雰囲気に満たされている。

 原因不明の意識不明患者が回復し、ましてや回復した理由も不明なのだから、検査やらなにやらで忙しいのかもしれない。

 

「っと……いないか」

 

 通り過ぎる医師や患者を何の気なしに視線を向けながら到着した中庭。

 しかしそこにもお目当ての人物はいなかった。

 院内の慌しい空気とは隔絶した穏やかな雰囲気が流れる場所で、貴重な休憩時間を利用して気を抜いている看護師や歩く為のリハビリに励んでいる患者の姿があるだけだ。

 

「あとは……あの子の病室だな」

 

 探している人物が助けたいと願った少女。

 塔の中で、そしてこの病院で。

 か細い呼吸を繰り返していた彼女の病的に白い顔を思い出しながらタツミは彼女の病室へ向かって歩き出す。

 

 以前に彼女がいた4階へ。

 長い廊下を歩きながら部屋にある表札を読んでいく。

 どうやら彼女の部屋は変わっていないようで、タツミは見覚えのある部屋で『空井静里』の表札を見つけた。

 室内からは僅かに話し声が聞こえている。

 

「ん?」

 

 聞こえる声は2人。

 いずれも女性であるとタツミにはわかった。

 彼はまたしても覗きのような真似をする事を内心で詫びながら、病室のドアをすり抜けて室内へと侵入する。

 

「(この幽霊さながらのすり抜けにも慣れたもんだよなぁ)」

 

 自嘲しながら中の様子を窺うとベッドから上半身を起こしている少女に、面立ちの似た女性が話しかけていた。

 

「元気になったら貴方が好きだった場所、どこにでも行きましょうね」

「はい。今からとても楽しみです」

 

 穏やかな談笑。

 とても少し前まで眠り続けていたとは思えない溌剌とした調子の声に、タツミは頬を緩める。

 

「(爺さん、お前の孫は順調に元気になってるぞ)」

 

 死して尚、孫の身を案じていた老人にタツミは呼びかけた。

 

「(だが肝心の爺さんは……部屋の中にもいない、か。どうしたもんかな?)」

 

 部屋の中をぐるりと見渡す。

 やはりあの老犬の姿は見当たらない。

 

「(孫が起きて満足して成仏したってんならいいんだが……。爺さんはあの塔に行動を制限されていたはず。あの状態で成仏なんて出来るのか?)」

 

 疑問点をまとめながら、彼は何の気なしにベッドの少女に視線を向ける。

 すると、彼女とばっちり目があった。

 

「はっ?」

 

 間抜けな声と共に目を瞬く。

 すると彼女の方も驚きで丸くしていた目を擦った。

 

「(おいおい。まさかこの子、俺が見えてるのか?)」

 

 驚きによる硬直はすぐに解けたようだが、彼女はタツミのいる出入り口をじっと見つめている。

 母親は話をするのに夢中で、娘の様子にまだ気付いていないようだがそれも時間の問題だ。

 

 踵を返し、また扉をすり抜ける。

 彼が背を向けた事に驚いたのか、少女は小さく「あっ」と声を上げたがタツミは振り返る事無く病室を後にした。

 

「やれやれ。こっち来てほとんどのヤツに見えてないからって油断してたな」

 

 後頭部を掻きながら彼はぼやく。

 しかしその声は隣を通り過ぎた松葉杖を突いた患者には聞こえていない。

 

「……よくよく考えてみればあの白い世界にいた事もあるあの子なら俺が見えるってのもあながちありえない事じゃない、か。……最悪、面会時間が終わってからあの子本人に色々聞くってのもありか?」

 

 考えを巡らせながら彼はいつの間にか病院の正面玄関まで戻ってきていた。

 

「……だが病み上がりも良い所なのに、下手に刺激するのも悪いよなぁ」

 

 彼はそのまま病院の敷地から出る。

 一度、病院を振り返りその真っ白な建物を見上げながらため息を一つついた。

 

「とりあえずは辰道と相談だな」

 

 結論付けて半身が待っている駅前に戻ろうと歩き出した瞬間。

 良く知っている匂いが鼻につき、思わず腰の刀に手をかけた。

 

「っ……」

 

 それは彼が間違えるはずのない匂い。

 あちらの世界では割と嗅ぎ慣れている、己であれ相手であれ流す物。

 

「(血の匂い。それも何度も浴びて染み付いているぐらいに濃い匂いだ)」

 

 香ってきた匂いの元をタツミは反射的に追い、交差点を挟んで向かい側の歩道に目を向ける。

 そこには一見、普通のスーツ姿の男性の姿があった。

 

「(あいつか!)」

 

 彼は一足飛びで交差点を飛び越え、男の傍に着地する。

 空から降って来るようにしてすぐ傍に着地したタツミに対してあの男が何の反応も示さなかった。

 どうやら男には彼の姿は見えていないようだ。

 男はタツミがすぐ横にいる事にも気づかず、じっと病院を見つめている。

 

「なんだ、こいつ?」

 

 その男の目は、何も映していなかった。

 背筋が寒くなるようなその目が病院の何を見ているのかはわからない。

 ただ男が纏っている得体の知れない空気に、タツミは警戒心を剥き出しにする。

 その男が放つ気配が、タツミに瘴気を纏った人間を想起させたからだ。

 

「…………ぃ」

「なにっ?」

 

 男は近くにいるタツミにも聞き取れないほどに小さく何事かを呟くと緩慢な、もはや千鳥足と言っても良い動きでその場を去っていく。

 その背を見送りながら彼は目を細めた。

 

「……怪し過ぎる」

 

 思いついたら即行動。

 タツミは何があっても対応出来るようスーツの男から5メートル程度の距離を取って尾行する事にした。

 

「……」

 

 男はふらふらと歩く。

 すれ違った人間が男を怪訝そうに見つめるが、すぐに視線を逸らしていった。

 男の異様な雰囲気とふらふらとした歩みが、関わる事を拒否させているのだ。

 

「(どう考えても普通じゃないからな。しかもこいつ……さっきから同じ所を回ってやがる)」

 

 男は病院の周囲を大通りを挟んでぐるりと回るように歩いていた。

 そして病院が見える位置で必ず立ち止まり、一分程度そちらを見つめ、また歩き出す。

 そんな行為を繰り返している男を、どうしたものかとタツミは考え込む。

 

「(このまま放っておくのは論外。……となると千鳥足でいつ倒れてもおかしくないくらいフラフラしてるし、手っ取り早く寝かせるか)」

 

 同じ行動しか取らないが、だからこそ怪しい男に対してタツミは一歩で接近。

 首筋に絶妙な手加減をした手刀を振り下ろす。

 すると男はあっさりとその場に崩れ落ちた。

 

 同時に。

 

 男の口や耳、身体のありとあらゆる穴から瘴気が溢れ出す。

 崩れ落ちた男の顔色は真っ白でまるで生気が感じられなくなっていた。

 

「ちっ! 似てるって感じたのは間違いじゃなかったか!」

 

 後ろに跳躍して距離を一気に広げ、腰の刀を抜く。

 瘴気はまるでボールのような球体の形に収束すると、タツミ目掛けて飛翔する。

 

「ちぇぇらぁっ!!」

 

 掛け声と共に飛翔する瘴気の塊目掛けて刀を振り下ろす。

 

「ちぃ、手応えが無い!」

 

 縦一文字に切り裂かれるよりも早く二つに分裂した瘴気はタツミの横を通り抜けていった。

 すかさず背後を振り返るタツミ。

 瘴気は彼の攻撃範囲から逃げるように空高く舞い上がる。

 

「逃がすかぁ!!」

 

 彼の意思に呼応し、刀が光り輝く。

 その光はやはり通行人には認識されていないが、確かな力として存在していた。

 

「辰道に倣った合わせ技、行くぜ。『斬空・聖光』!!」

 

 タツミの刀から放たれる斬空の刃に聖なる光が宿る。

 その一撃は二つに分かれて空へと逃げていった瘴気の塊を両方同時に両断、消滅させた。

 

「……逃がさずに済んだ、か?」

 

 彼はしばし周囲を窺いいつでも技を放てるよう身構えていたが、3分ほど経過して何も起きない事を確認すると刀を鞘へ納めた。

 

「さて、あとはこいつか」

 

 タツミは取り憑かれていた男に警戒しながら近づく。

 そっと首筋に手を当てて脈を確認すると、弱々しいがまだ息がある事がわかった。

 

「いつ死ぬかわからねぇほどに弱ってるな。どうにかして救急車を呼ばないと……っん?」

 

 どうするか思案する彼の耳に、彼が呼ぼうとしていた特徴的なサイレンの音が聞こえてくる。

 周囲を見回せば青い顔をして倒れ込んだ男を見つめながら、携帯電話に何事かを話している人間が目に入る。

 

「どうやら俺がどうにかする必要はなさそうだな」

 

 タツミは目撃者がいた幸運に感謝し、最後にもう一度倒れている男を一瞥する。

 

「(こちら側の生きている人間に、瘴気が取り憑くようになった。となると……変化は良い方向ばかりってワケじゃなさそうだな)」

 

 これから何が起こるのかという不安を抱きながら、タツミはその場を走り去っていく。

 何をするにも一度半身と合流した方がいいという判断をしたのだ。

 

「そう言えば今回は前より力が出せた感じだったな。前は半分程度だったが、今は大体6割~7割くらいってところか」

 

 公道を馬もかくやという速度で走りながら自身の能力を客観的に考察する。

 

「こっちの世界に俺の力が馴染んできたって事になる、のかね?」

 

 老犬の居所、静里にタツミが見えた事、瘴気を内包した男の不可解な行動。

 様々な事を考え、辰道に相談する為に頭の中でまとめながら、彼は民家の屋根を跳躍して目的地である駅前デパートを目指した。


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