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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第六章
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もたらされる変化

 一年の昏睡から目覚めた少女。

 彼女については新聞の記事になった後、ニュースでも取り上げられた。

 それによると彼女が犯人の捕まっていない強盗殺人事件の被害者であったという事、警察は彼女が落ち着き次第、事件についての事情聴取を行う方針である事、などが報道された。

 病み上がりの、それも被害者に対して既に事情聴取を行う事が決定されているような報道に、ネット上では批判が集まっている。

 

 いつ頃に聴取が行われるかという点については警察は明言していない。

 あくまで彼女の体調が良くなり、医師の許可を得てからと話している。

 未解決事件の直接的な被害者、それも犯人を目撃した可能性が高いとなれば警察が食いつくのはある意味で仕方のない事なのだろう。

 しかし性急過ぎる対応は、彼女の心情と世論を考えれば見送る他ないのだ。

 

 

 辰道の職場でもこの件については話の種になっていた。

 

「一年前、怖い事件があったんですねぇ」

「ああ、これな。うちも被害者の子と同じくらいの子供がいるから当時はけっこう怖かったな。犯人は今も捕まってない、かぁ。早いところ捕まえて欲しいもんだ」

 

 のんびりと事件についてのネットニュースを見て他人事のように感心する者もいれば、強盗殺人事件の当時の事を思い出す者もいる。

 

「嶋さんは確か息子さんがいらっしゃいましたね」

「ああ、そうだよ。俺も当時は怖かったね。っというか犯人まだ捕まってなかったんだね。これはまたしばらくは息子に注意しておこうかな。生意気盛りの中学生じゃどこまで言う事聞いてくれるかわからないけどね」

 

 最近の息子の様子を思い出しながら苦笑いする裕也。

 困ったもんだと眉尻を下げながらも、微笑ましく見守る気持ちがその瞳からは感じ取れる。

 

「(良い父親をやってるんだな、この人は)」

 

 自身の父親を思い出しながら辰道はそんな事を考えていた。

 大体の人間は犯人がまだ捕まっていない事を不安がっている。

 そしてそれは辰道も同じだった。

 

「(同一犯と思われる事件がないって事は、彼女の家を個人的に襲った可能性がある。また狙われるかもしれない。……病院にいるうちは大丈夫だと思うが)」

 

 必死に孫娘を助けてほしいと頼み込む老犬の姿をした老人の顔を思い出す。

 

「(空井さんは今、どうしているんだろう? 孫娘が目覚めた事を知っているんだろうか?)」

 

 死した今も彼が孫娘を心配していた事を知っている彼とタツミは、切に知っていて欲しいと願う。

 

「(孫の無事を確認。満足して成仏、って事には出来ればなってほしくはないよな。完全にこっちの都合だが)」

「(……まぁ俺たちの事情を考えるとな。せめてもう1回くらいは話がしたいってのが本音だ)」

 

 オフィスの自席に座っているスーツ姿の男性。

 その後ろに居座る帯刀した甲冑姿の男性。

 見える人間がこの場にいたら、自分の目を疑う光景だろう。

 もっともタツミの姿が辰道以外の人間には認識されていないからこそ、彼は堂々とその場に姿を現しているのだが。

 

「(というかそう考えるとあの爺さんが今週末までこの世に残ってるかわからないんだよな)」

「(かと言って仮病で休むっていうのはやりたくない。最近はなかなか忙しいし、休むと他に皺寄せが回る。俺たちの問題で嶋さんたちに迷惑はかけたくない)」

「(お前ならそう言うと思ったよ。まぁ色々と特殊な幽霊っぽい爺さんが自分が満足したって理由で成仏できるかっていうとそれも微妙なんだけどよ。あんまり考え過ぎても仕方ねぇし予定通り土曜日に行ってみるって事でいいか)」

 

 そんな談笑をしながら辰道たちはその日の昼休みを過ごした。

 

 

 それからさらに数日後の土曜日

 外出の準備をする傍ら、彼らはテレビを見ていた。

 

 『彼女に起きた悲劇』と題して彼女が昏睡状態になった原因である強盗殺人事件の事が連日報道されている。

 大体の事は健志から聞いていた物と同じで辰道にはあまり実りはない。

 しかししつこいくらいの報道に辰道たちはある懸念を抱いていた。

 

「(未成年が被害者だから実名報道はされていない。だがここまで大々的に取り上げて、まだ捕まってない犯人を刺激してしまうかもしれないとか考えてないのか?)」

 

 報道されている内容は、ある程度の事情を知る人間ならば彼女が誰であるか特定できる程度に詳細な物だ。

 健志から事情を聞いている辰道たちですらわかっているのだ。

 当事者である犯人が、目覚めた少女が自分が襲った少女である事に気付かないとは思えなかった。

 

「(……報道連中は考えていないんだろうな。俺の時もどうでもいい事までやたら詳しく報道してくれたし)

 

 命を賭けて人助けをしたという事で悪い報道はされていないが、それでも辰道は『報道の自由』とやらを謳う報道関係者から根掘り葉掘り聞かれていた。

 

「(1回目のインタビューがあんまりしつこかったから2回目からはインタビューの類は全部録音して、いざという時は使おうと考えてたが。杞憂で済んで良かったが、まぁそれでもうんざりしてたっけな)」

 

 当時の様子を思い出してため息を零す辰道。

 彼がインタビューの時の事を思い出している事がわかったのか、タツミは苦笑いしながら慣れた手つきでテレビのチャンネルを変えた。

 

「しかしこれ、もしかして病院って張られてるんじゃないのか?」

「ありえそうだ。念のため、俺は病院には近づかない。他の人間に姿が見られないお前が静里さんの様子と、健志さんがいるかどうかを確認してくれ。可能なら健志さんから話を聞いて欲しい」

 

 手提げの鞄に財布を入れながら行動の方針を決めていく2人。

 

「任せろ。お前は駅前で買い物でもしてろよ。人が多いところなら前みたい襲われる事もないだろ。……たぶん」

 

 2人が思い出すのは瘴気を纏った騎士に襲われた記憶。

 苦い顔をしながら辰道はタツミの不安を煽る最後の言葉を否定する。

 

「……いやいやいや、それらしい事件もなかったし、流石に大丈夫だろう」

 

 そうは言うものの、一度頭を過ぎった不安は家を出た後も消えてはくれなかった。

 

 

 

「(じゃあ俺はデパートの中にいるから、そっちは頼むぞ)」

「(ああ。それじゃ手早く調べてくるぜ)」

 

 何事もなく到着した駅前でタツミと別れ、辰道は駅前にある大きめのデパートに入る。

 各階の案内板を確認し、ひとまず本屋に行こうとエスカレーターを昇っていった。

 

 それなりに大きい本屋に入り、雑誌コーナーへと向かう。

 適当に週刊誌や趣味雑誌を見て回る。

 すると後ろから声がかかった。

 

「辰道さん、ですか?」

「んっ?」

 

 聞こえてきた声に彼が振り返るとそこには高校指定のジャージを着た少女が立っていた。

 

「明美ちゃん?」

「はい。お久しぶりです」

 

 にこりと笑う少女に釣られて辰道は口元を緩め手に持っていた本を棚に戻してから近づいてくる彼女に向き直る。

 

「ああ、久しぶりだね。格好を見る限り部活かい?」

「はい。練習試合に行く途中なんです。集合場所がここの駅前なんですけど早く来すぎてしまって。時間を潰しに」

「そうなんだ。俺はぶらり歩き中さ」

「ぶらり歩き?」

「特に目的もなく適当な駅で降りて練り歩く。遠出する散歩みたいなものかな。こんな所で立ち話もなんだし君がいいなら座って話そうか?」

 

 言いながら辰道は視線で本屋外に備え付けられた椅子を示した。

 明美は彼の視線の意味を汲み取る。

 

「まだ時間はありますし、辰道さんさえ良ければお話ししてもいいですか?」

「俺から誘ったんだ。構わないさ」

 

 2人は連れ立って本屋を出て店の外にある椅子に座った。

 

「部活はテニスかい?」

 

 辰道は明美が持っている学校指定なのだろう鞄とテニスラケットケースを見つめながら問いかける。

 

「はい。なかなか試合には出れませんけど、身体を動かすのが好きですから楽しいです」

 

 10分ほど、2人は特に意味のない雑談に興じる。

 そのうちに明美は最近になって妙な夢を見る事を辰道に話し始めた。

 

「最初は何か夢を見たという事しか覚えていなかったんですけど。何度かそういう事が続くうちに夢の内容を鮮明に覚えているようになってきたんです」

「どういう夢だったか聞いてもいいかい?」

「なんて言いますか……夢の中の私はしゃべる事が出来ない、というか意図的にしゃべる事を禁止している私よりも年下の男の子みたいなんです。それで年上の如何にも大人、という感じの女性2人と旅をしていて。その2人がまた変わっていて……ローブで全身を隠して蛇を飼っている女性と物語に出てくるような竜を相棒って呼んでる女性なんです」

「へぇ、ファンタジーな世界なんだな」

 

 ゆっくり思い出すように夢の内容を話す明美。

 そんな彼女に辰道は表面上、真剣に相槌を打ちながら内心では驚愕していた。

 

「(おいおいおい、この子が話している人物の特徴はどう考えてもアーリとルンの事だ。おまけに彼女自身の特徴はカロルその物じゃないか。これは偶然の一致なのか?)」

 

 彼女の弟の拓馬をキルシェットに似ていると思っている辰道からすれば、彼女の話の内容とあちらの世界との類似性を偶然で片付ける事は出来なかった。

 

「突拍子のない夢だと自分でも思うんですけど。なんだか現実感があって夢だけど夢と思えないというか」

「寝不足になったりはしないのかい?」

「いいえ。むしろ夢を見た次の日ってすごく目覚めがいいんです。ただなんであんな夢を見るのかは気になってます」

 

 自分の髪を弄りながら呟く彼女の横顔に疲労の色は見られない。

 体調に異常がないというのは嘘ではないようだ。

 

「そりゃ気になるだろうな。とはいえ俺にはそういう経験はないし……力にはなれなさそうだ(身体に異常がないのは良かったけど……俺が何か言うのも不自然だよな、これは。どうしたもんか)」

「いえいえ、こんな話が出来る人ってなかなかいないですから、真剣に聞いていただけるだけでも助かります。友達に話すと茶化されそうで……」

「なら良かった(タツミに相談、だな)」

 

 夢についての話はそこで打ち切られ、それからは明美の集合時間まで雑談して過ごした。

 

「暇潰しに付き合ってくださってありがとうございました」

「いやこっちも程よく時間が使えたからな。こちらこそありがとう」

「はい。それではまた」

「ああ、またね」

 

 笑い合って2人は別れる。

 明美はそのまま部活へ行き、辰道はタツミが現れるまで別の階で暇潰しを続けた。

 

 明美に起きているこの現象が彼女以外にも起きているという事を辰道たちが知るのはもう少し先の事である。

 

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