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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第五章
95/208

闘技の街との別れ

「そしてまた医務室送り、か。いい加減学習したらどうだ、タツミ」

 

 呆れ果てたという感情を視線にたっぷりと込めながらベッドで横になっているタツミを睨みつけるギルフォード。

 彼の後ろでは従者である男性が苦笑いを浮べている。

 

「いや、まぁ……心配かけて悪かったよ」

「……フン。こんなところで私のところから輩出されたA級冒険者に再起不能になられては困るんだ。少しは自重を覚えろ」

 

 照れ隠しなのか、不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向くギルフォードにタツミは笑う。

 

「厄介事を持ってくる側にそんな事を言われてもな」

「だから私が厄介事を持っていくまで自重しろと言っている」

 

 相変わらずの不遜な物言いだが、ギルフォードはその自分勝手な言葉ほどに理不尽な真似をした事はない。

 その事をそれなりに長い付き合いで知っているタツミは気を悪くするような事はなかった。

 

「唯我独尊過ぎるだろう」

「フン」

 

 そんな2人なりの和やかな談笑は、ギルフォードが気を取り直すようにした咳払いで中断する。

 

「お前たちから引き渡されたエルフから色々と聞くことが出来た。あの男は以前、国から命じられて『瘴気』を研究していた者の1人だ」

 

 紡がれる言葉の意味するところを察し、タツミの顔が険しくなる。

 

「国はずいぶん前から『瘴気』について把握していたって事か」

「ああ。一般人に対しては入念な情報規制を行い、冒険者にすら秘匿しながら、な。最初はどうだかわからんが晩年の研究は『瘴気の軍事利用について』だった。あの男は研究成果として『人為的に瘴気を取り込み力を増大させる薬』の発明に成功。しかし当時の被験者は軒並み死亡し、唯一とも言える成功体はその肉体を変貌させ理性も無く暴れ回り、当時の研究施設を更地に変えたという話だ。今回の事件の被害者であるマーセナスが使っていた物は研究者で唯一生き残ったあの男が諦め悪く個人的に続けていた研究が形になった物。……その結果はお前も知っての通りだ」

「胸糞の悪い話だな」

「まったくだ。……マーセナスの父親とあの男には個人的な、まぁ平たく言えば親友同士という繋がりがあった。マーセナス自身とあの男にも面識があったようだな。ボロス・ミッドガルドへの復讐に手を貸したのはその辺りが絡んでいるようだ。だがどう言い繕ったところで非人道的な薬を用いて彼女の人生を破滅させた事に変わりは無い。ヤツには然るべき報いを受けさせるつもりだ」

 

 友人を謀略にかけられた恨み。

 その境遇には一考の余地はあったのだろうが、それでも被害の大きさを考えれば安易に同情する事は出来なかった。

 

「とはいえ国ぐるみで闇に葬ったはずの研究の当事者なんぞ表沙汰にしたら何をされるかわからん。最悪、余計な事を知った私やお前、その縁者ごと消しにくるかもしれんな」

「勘弁して欲しいな、それは」

「わかっている。歯がゆいが今の私ではこの事を公表したところで握り潰されるのが関の山だ。軽はずみな真似をするつもりはない。本来ならこのような悪事、すぐにでも白日の下に晒したいところなのだがな」

 

 端正な顔を苦々しげに顔を歪めるギルフォード。

 自身にはどうにも出来ない事実に苛立っているだろう事は誰の目にも明らかだ。

 

「だがこのまま済ませるつもりもない。私はこの眼であらゆる真実と向き合い、その全てを暴く。かつて同胞の過ちを公表した時のようにな」

 

 ギルフォードの並々ならぬ決意と気迫に呼応して彼の瞳が淡く輝く。

 

「そこまでにしとけ。お前の決意はわかったから。俺に出来る事があったら手伝う。だから一人で突っ走るなよ?」

 

 タツミは触れれば切れるほどに鋭い雰囲気を放つギルフォードの肩を落ち着かせるに叩いた。

 

「……そうだな。少し気が立っていたようだ」

 

 頭を振りながら無意識に目に集まっていた力を霧散させると、ギルフォードは落ち着きを取り戻す。

 

「ひとまず私はあの男を連れてフォゲッタに戻る。お前はこのまま旅を続けるつもりだろう?」

「ああ、このまま北に行く。行って確かめなきゃならない事があるんだ」

「……ふむ。詮索はせんが、人知れず屍を晒すような事だけはないようにしろ」

「心配してくれてありがとう。そっちも気をつけろよ?」

 

 互いの身を案じつつも、互いの今後の方針を確認し始める。

 

「俺たちはこの街じゃ名が売れすぎた。だから厄介事にならんうちに……支度に1日使って明後日にはここを出るつもりだ」

「こちらは先に言った通り、あの男をフォゲッタに連行する。とはいえ私人として来ていたというのに身分を明かした挙句、派手な越権行為までしてしまったからな。その辺りの処理とあの男の存在をなかった物とするよう工作しなければならん。ここを出るのはお前たちよりだいぶ遅れる事になるだろう」

 

 さらりと裏工作する事実を語るギルフォードだが、タツミはあえてそこに突っ込みを入れる事はなかった。

 聞くだけ野暮と思う事にしたのだ。


「ああ、そうだ。何かあれば通信球を通して伝える。なので朝と夜はなるべく通信球を気にかけていてくれ」

「そうか、わかった」

 

 友人との談笑ですっきりしたのか、医務室に上がり込んだ時と比べて、心持ち足取り軽くギルフォードは医務室を後にする。

 

「ではまたな」

「ああ、次に会うまでお互い無事にな」

「ふ、そうだな」

 

 ずっと彼の背後に控えていた従者は、タツミへ軽く会釈をすると主の後に続いて音もなく出て行った。

 

「次はノーダリア。いよいよタツミの故郷、か(だいぶこっちに馴染んできた感じがするが……そこが故郷だっていう実感は俺にはないな。まぁ当然か)」

 

 本人にしかわからない物思いに耽りながら、タツミは明日の退院に備えて眠りに付いた。

 

 

 退院後、タツミたちは手分けして旅に必要な食料や消耗品の補充を行った。

 エキシビジョンだったとはいえ現チャンピオンを下したタツミは当然のように注目の的となり、それは派手な戦いを披露して観客に顔を覚えられてしまったキルシェットも同様だった。

 これでは買い物にも時間がかかってしまう。

 そこでトラノスケが一計を案じ、2人が衆目を集めている間にオイチとトラノスケが買い物を済ませるという作戦を取る事に。

 タツミとキルシェットはあえて人の多いところに顔を出し、丸一日を人混みの中で過ごす事になった。

 宿に戻った頃には両者ともに精神的な疲労でふらふらになり、食事も取らずに眠ってしまう。

 

 余談だがこの時、タツミとキルシェットはダイスロールで仲良く『2』を出してしまい、たちの悪いストーカーのような自称ファンに追い回される事になった。

 使い捨ての道具や服の切れ端を欲しがる男女数名の姿はドン引きものであり、2人の体力の大半はこのストーカーたちから逃げる為に費やされた。

 なにせ一度撒いてもいつの間にか近くをうろついている為、気が休まる時がなかったのだ。

 

 そんな騒動の最中で、タツミはズィーラスと遭遇している。

 

「おう。忙しそうだな」

「ええ、まぁ。そちらも元気そうで何よりです」

「俺の丈夫さは医者も呆れるくらいだからな」

 

 エキシビジョンマッチについて触れる事もなく、2人の会話は穏やかで短い物だった。

 

「まぁあれだ。また来い、この街に。そんでそん時はまたやるぞ」

「……そうですね。また来ます」

 

 死闘を繰り広げた二人はその闘いの密度と反比例するかのようなあっさりさで別れる。

 それはお互いが死ぬ事など考えていないが故の気安さだった。

 

 そして翌朝。

 太陽が上がるよりも早く、彼らは街を出て行った。

 

「一先ずは俺の故郷を目指す。このまま北進するぞ」

「タツミ様の故郷、ですか。ふふ、なんだか行くのが楽しみです」

「そう大した物があるわけでもないんだがな」

 

 オイチは浮き浮きとした様子でタツミの横を歩く。

 

「ノーダリアには行った事がないですから、どんなところなのでしょう?」

「とにかく寒いし、雪が多い。あと山が多いから天候も変わりやすい。魔物よりも自然の方が手強いだろうな。気を引き締めろよ?」

「はい!」

 

 まだ見ぬ地に思いを馳せるキルシェットの表情に昨日の疲れは見られない。

 

「俺としてはもう少し平和な方がありがたいんですがね」

「そればかりは俺に言われても仕方ないな、トラノスケ。別に俺は自分から厄介事に首を突っ込んでいるわけじゃないし」

「えっ?」

「えっ?」

 

 若干の認識の相違に驚きながら彼らは歩みを進める。

 その先に何があり、これから先の彼らの冒険に何か起こるのか。

 知る者は誰もいない。

 

 

 ただ。

 

「はぁい、昨日ぶりね。タツミ御一行」

「(あ、あのその……待ち伏せしてすみません)」

「待ちかねたぞ」

「おっす! これからよろしく頼むぜ!!」

 

 どうやら旅の仲間が増える事だけは決まっていたようだ。


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