A級冒険者タツミVS闘技大会王者ズィーラス 後編
エキシビジョンマッチは一進一退。
攻撃を当てた回数ではタツミの方が多いが、一撃一撃の威力はズィーラスの方が高い。
肉体的な防御力はズィーラスに分があり、攻撃のバリエーションでは様々な職業をマスターし様々なスキルを修得しているタツミに分がある。
「(武装を変えずに……職業を変更する。やってみると案外、簡単で有益だったな)」
相手から目を離さず意識を逸らす事なく、タツミは頭の中のメニュー画面で職業を変更する。
すると対面している相手にも気付かる事無く、彼の能力が変化した。
変更した職業は上級職随一の素早さを持つ『レンジャー』。
攻撃能力で他職業に劣るが、『気配察知』や『気配遮断』、足音を発てずに高速で動く『サイレントラン』などの隠密、斥候に特化した能力を持つ。
加えてドロップアイテムのレア度を引き上げる『トレジャーハンター』と言った運が絡むスキルを持っている。
「(『サイレントラン』!)」
心中でスキル名を選択、発動。
レンジャー元来の素早さと相まってタツミはズィーラスの卓越した反射神経ですら反応出来ない速度での無音移動を行った。
巨体の後ろを取る。
反応すら出来ずにいるズィーラスを前に素早く職業を武道家へ。
素手での物理攻撃の最も高く、スキルが多彩である職業に変じ、彼は即座にコマンドスキルを発動する。
「掌底・発勁!」
掌から放たれる魔力とは異なるエネルギーの奔流が、今まさに振り返ろうとしていたズィーラスを直撃した。
「ぉおっ!!」
悲鳴を上げる間もなく巨躯は光に飲み込まれる。
「どう、だっ!」
確かな手応えを感じるタツミ。
しかしクリーンヒットを奪った高揚感は一瞬で冷めてしまう。
光の中から丸太よりも尚、太く見える腕が突き出され彼の顔面を鷲掴みにしたからだ。
「今度はこっちの番だなぁっ!!」
腕を外す暇など無く、タツミは剛力によってリングへと叩きつけられる。
「ぐぁっ!!」
「もういっちょ喰らっとけぇ!!!!」
叩きつけられた痛みで視界が明滅し、無防備になった隙。
その鳩尾にズィーラスの握り拳が突き刺さる。
「ごっ!?」
タツミの身体がリングの床へとめり込む。
リングは拳が突き立てられたタツミの身体を基点にして亀裂が入り、陥没。
クレーターへと変貌していった。
「タツミ様っ!」
思わず声を上げるオイチの声は、ズィーラスの拳の威力に観客たちが慄き黙り込んでしまった闘技会場に思いのほか大きく響き渡る。
「ふんっ!」
その声が力を与えたのかはわからないが、タツミは陥没したリングの中心から掛け声一つ上げて立ち上がった。
着ていた服の上半身は度重なる攻撃によって破け、鍛え上げられた上半身を晒している。
攻撃をもらった打撃痕は生々しいが、地面を砕くほどの一撃を何度も受けたにしては傷は浅いように見えた。
「(職業を『重戦士』に切り替えるのが間に合って良かった)」
全身を包み込む鎧を装備出来る特殊職業『重戦士』。
専用の巨大鎧を装備する事で真価を発揮する職業だが、職業その物の防御力も非常に高い。
攻撃される寸前、タツミはこれに職業を変更していた。
故にズィーラスの猛撃を受けてもこの程度で済んでいるのだ。
「気のせいか? 瘴気相手に大立ち回りしていた時よりも丈夫になってねぇか?」
「……色々と考えながら闘っていますからね。あの時は情けない事に不意を突かれて一撃で伸されてしまいましたし。今は肉体強化以外にもやっているんで」
「つまりその不自然な丈夫さには強化魔法以外にもタネがあるって事か。……まぁ俺としちゃ本気出しても問題ない相手とは出来るだけ長く戦いてぇから好都合なんだけどよ」
獰猛な笑みは変わらず、むしろタツミが立ち上がった事をズィーラスは心の底から喜ぶ。
「(攻撃は武道家で、防御は重戦士で、移動はレンジャーで。良い感じにイメージが出来てきている)」
戦闘中の職業切り替えその物は虫使いと戦った時にやっていた。
最適な装備を自動で装備する職業切り替えを、意識して装備を変えずに実行する事を思いついたのは、彼がベッドで今後の事を考えていた時だった。
物は試しとさっそくやってみれば思っていたよりもずっとすんなりと出来た。
あまりにもあっさりと出た結果に彼自身、拍子抜けしたほどだ。
そしてその事が彼に一つの確信を与えた。
自身しか使えないと思われるメニュー画面。
これは基本的な機能こそゲームシステムの物だが、タツミ自身の発想に対して柔軟に対応する事が出来るのだという事を。
そうと理解できれば、これを利用して出来る事は非常に多い。
この闘いの中ですらも、彼は自身にしか出来ない謎の力の使い方を模索している。
「次、行くぜ?」
「ええ、どうぞ」
ズィーラスが一足飛びで間合いを詰める。
振りかぶられた右腕を見据えながら、タツミは職業を武道家に変更。
武道家の固有コマンドスキルを使用する。
「だらぁあっ!!」
「『鉄砕き』、っ?!」
振り下ろされる腕はタツミではなく、直下にある地面を砕いた。
ただでさえ亀裂が入って脆くなっていた地面が吹き飛び、飛礫となってタツミに襲い掛かる。
彼が迎撃の為に放った体当たり技は飛礫を弾くだけに終わった。
「ちぇぇえええりゃぁあああ!!」
「がぁああああああっ!?」
タツミの腰をズィーラスの前蹴りが捉え、横からの衝撃に豪快に吹き飛ばされる。
盛大に数回転しながら地面を転がったが、すぐに立ち上がり追撃に向かってくるズィーラスに手刀での『斬空』を数発お見舞いする。
「ちっ」
両拳で迫る風の刃を打ち落とすズィーラスにダメージはないが、足を止める事には成功した。
「喰らえ、『大斬空』!!」
身体全体を使って大きく振り下ろされた右の手刀。
その軌跡をなぞり、込められた力によって今までにない巨大な衝撃刃が形成、ズィーラスへと高速で放たれる。
「こっちにだって似た技があんだよぉおお!!」
足止めされた状態で握り拳を放つ。
拳の形をした衝撃波が風の斬撃とぶつかった。
拮抗したのは一瞬。
相殺した一撃の余波が周囲に広がる。
しかし両者は技を放つと同時に駆け寄りながら勢い任せに跳躍し、示し合わせたかのように蹴りを放つ。
「でぇいや!」
「せぇいっ!」
掛け声に合わせて放たれる飛び蹴りは綺麗に激突。
しかしそれだけでは終わらない。
両者はそのまま空中を落下しながらで何度も蹴りをぶつけ合った。
「そらそらそらそらぁ!」
「だららららららっ!!」
蹴りはすべてお互いの蹴りで相殺されている。
やがて地面が迫ると攻撃を中断して着地。
ズィーラスが即座に踏み込み、真正面から拳を放つ。
タツミはあえて踏み込まずに横っ飛びになる事でその一撃を避け、やや距離を取りながら右手をかざす。
「『発勁』っ!」
「効かねぇ!!」
放たれた光線に視界を塞がれながらも、ズィーラスは光の放出源がいるだろう位置に拳を振るう。
しかし振るった拳は空を切るだけに終わった。
「なにっ!?」
驚く彼の腕にタツミの手が添えられる。
「『鎧通し』っ!」
「ぐがぁああああっ!?!?」
右腕にクリーンヒットした一撃は筋肉の鎧を貫き、彼の右腕に内側から破裂させようとするかのような激痛を叩き込んだ。
拳が握れなくなるほどの激痛に絶叫するズィーラス。
その隙は致命的だった。
「おおおおおおおっ!!」
放たれた右拳を顎に受け、ズィーラスの巨体が宙に浮き上がる。
「ここだぁっ!!」
素早く体勢を整えたタツミはこの瞬間を勝機と捉え、腰の刀を一息に引き抜き、必勝の一撃を放った。
「タダでやられるかぁっ!!」
抜刀と共に振るわれた斬撃を身体で受けながらもズィーラスはカウンターの蹴りをタツミの胸部に叩き込んだ。
両者とも相手の渾身の一撃を受けてリングから弾き出されてしまう。
観客席に背中から突っ込むズィーラス。
観客席とリングを仕切る壁に激突し、瓦礫に埋もれるタツミ。
膠着状態からの目まぐるしい流れに言葉もなく戦いに魅入っていた観客たちは、しばし呆然としどちらが勝ったのかとざわめき始める。
「うっがぁああああ!」
気合の咆哮を上げながら立ち上がるズィーラス。
刀で付けられ、胴体に斜めに走る傷が痛々しい。
刀の刃が潰されていて且つ致命傷を避ける結界が闘技会場に施されていなければその体は分断されていただろう。
本人が一番その事をよくわかっている。
「げっほ……(まさかあの武器での一撃がこんなにも強烈だとはなぁ)」
明滅する視界を気合で安定させ、リングを挟んで向かい側に出来た瓦礫の山を睨みつける。
「(破れかぶれとはいえ、カウンターで良いヤツが入った。俺ほどじゃねぇとしてもあいつもダメージは受けてるはずだが……」
タツミが瓦礫を押しのけて立ち上がってくる様子は見られない。
意識を失ったか、それとも反撃の機会を瓦礫の下から窺っているのか。
ふらふらの身体に喝を入れ、ズィーラスは無理やりリングへと歩き出す。
観客たちが見守る中、精一杯の虚勢として顔に笑みを浮かべて。
「(まったく。ここまで面白かった試合なんていつ以来だろうな?)」
ここ数年、彼と真っ向から闘える者はいなかった。
どれだけ相手が必死に向かってこようとその気になれば片手であしらえてしまう。
本気を出せない事への不満や鬱憤は日に日に溜まり、そんな相手が現れる事も諦めていたという時に現れたタツミの存在。
「(嬉しかった。ああ、本当に。嬉しかったんだ)」
笑みが深まり、満身創痍でありながら試合開始前と引けを取らない程の圧力を伴った闘気が彼の身体から立ち上り始める。
リング上に着地し、もう一度タツミがいるだろう瓦礫の山を見つめた。
「終いだな、この楽しくて仕方ねぇ時間も」
大して大きくもない声。
実に残念そうな声音だ。
瓦礫の山がガラリと音を発てて崩れていく。
瓦礫をのけてズィーラスに負けず劣らずボロボロの姿のタツミが姿を現した。
「ふはっ、大概タフだな。お前も」
「貴方が言えた事ですか(『一刀両断』に『鎧通し』を併用した一撃を受けても立っていられるんだからな)」
彼の手に握られていた模造刀はもはや柄しか残っていない。
鍔も刃も先の一撃の際に粉々になってしまった。
刀だった物を右手にタツミはリングへと歩みを進める。
やがてズィーラスの目の前にまで歩み寄り、2人はリングの中央で向かい合った。
「楽しかったぜ」
「ええ。俺も、楽しかったです」
両者共に次の一撃を最後の攻撃だと決めていた。
「(ぶっつけ本番だが……上手くいってくれよ!!)」
職業を『大将軍』にしたまま、『剣聖』の職業で覚えるコマンドスキル『オーラブレイド』を使用する。
本来、武器の威力を引き上げるだけのスキルだが、そこにタツミのイメージを加えた事により、右手に握られていた柄から白色の刀身が出現した。
「う、……ぐっ」
本来の使い方をイメージのみで大幅に書き換えた影響か、タツミは自身の身体から膨大な量の力が吸い上げられていくのを感じ取った。
思わず上げた呻き声、一瞬意識が遠のくが歯を食いしばって堪える。
「へぇ、そんな技もあるのか」
「……行きます」
意識を保つのも辛い状態で、それでもタツミは言葉少なく決着を促す。
「おお……来い!!」
白色の刀を下段に構えるタツミ。
右拳を大きく振りかぶるズィーラス。
「せいやぁああああっ!!!」
「うぉおらぁあああっ!!!」
両者の最後の攻撃が激突する。
ぶつかり合う攻撃によって巻き起こる風圧に観客たちは思わず顔を庇った。
視界を覆い隠した観客たちの耳に、風切り音と何かが激突する轟音が届く。
音の発生源である観客席と闘技会場とを遮る壁に会場中の人間の視線が集まる。
そこには数年もの間、闘技大会の頂点に君臨し続けた男がうつ伏せに倒れる姿があった。
チャンピオンが倒れている姿に観客たちがざわめく。
次いで彼らの視線は吸い込まれるようにリング上へと集まる。
そこには最後の攻撃によってもはや柄すらも粉々になった武器の残骸を手の中から零しながら立ち尽くすタツミの姿があった。
今までどこかに隠れていたのだろう審判が彼の元へ駆け寄る。
なにやら話しかけ、彼が応えているようだがその内容までは観客たちには聞こえない。
やがて審判の男性は彼の右手を取り、天高く掲げて宣言した。
「勝者! タツミ選手!!」
ざわめきの中でもその声は会場の隅々へと届き、続いて爆音のような歓声が会場を包み込んだ。




