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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第五章
93/208

A級冒険者タツミVS闘技大会王者ズィーラス 前編

 飛び抜けた実力で大会を勝ち抜いたズィーラス。

 そのズィーラスが認め、戦いたいとまで言わしめた冒険者タツミ。

 両者の戦いは大半の観客の予想に反して静寂からのスタートとなっていた。

 

「……」

「……」

 

 互いに微動だにせず相手から視線を逸らさない。

 本来なら観る者からすれば退屈極まりない膠着状態。

 だがしかし彼らが放っている威圧感は会場中に広がり、無粋な野次を言うどころか声援すら送る事を許さない緊張感をもたらしていた。

 ざわめきすらもない不気味な静寂。

 

「……」

「……」

 

 見ているだけで息が詰まり、冷や汗が噴き出す。

 ごくりと唾を飲んだのは観客の誰だったか。

 

「ッツェヤァ!!」

 

 先に動いたのは、ズィーラス。

 

 彼の脚力に耐え切れずリングの床が弾け跳ぶ。

 間合いが一瞬でゼロになり、理想的な構えの正拳突きが放たれた。

 拳も体裁きも一般人には捉える事も出来ないだろう。

 それほどの速さで放たれた一撃。

 それが何の工夫もないただの正拳突きだったとしても、ズィーラスが使う事で必殺の一撃と化す。

 

「はぁっ!!」

 

 ズィーラスの行動に対してタツミは構えた刀で拳の軌道を逸らした。

 一瞬、タツミの顔がしかめられるがそれに気づいた者は対戦相手であるズィーラスと一握りの観客しかいない。

 弾かれるのではなく受け流された拳は空を切った。

 反撃とばかりに前蹴りを放つタツミ。

 ズィーラスは自らの拳に引けを取らないその一撃を左の拳で迎え撃つ。

 ぶつかり合う攻撃によって発生した風圧が観客席にまで届いた。

 数瞬の間を置き両者は示し合わせたように後方に跳躍、距離を取って構え直す。

 

 固唾を飲んで見守っていた観客たちにここでやっとどよめきが起こる。

 

 前情報のないタツミに関して観客たちは様々な憶測を立てていた。

 その大半が『本当にズィーラスが闘う事を望むほどに強いのか?』という彼の強さに懐疑的な物であったのだが。

 そんな疑問を今の一合は文字通り一蹴してみせた。

 

「ヌゥン!!」

 

 両手両足をリングに付いて着地をするズィーラス。

 吹き飛んだ姿勢からくるりと半回転し、足から着地するタツミ。

 

「なかなか良い蹴りするじゃねぇか」

「身一つで大会王者を維持する貴方に褒めてもらえるとは光栄だな」

 

 ぶつけ合った衝撃で痺れた右腕を見つめながらズィーラスは笑う。

 実に楽しそうな彼の心情を察しながらも、タツミは正眼に構えていた剣をあろう事か鞘に収め、両拳を握り締めて構えを取った。

 観客のどよめきが大きくなる。

 武器を使って闘うと思っていた彼が、一対一の決闘といえる状況で最も扱い慣れているだろう武器を仕舞う。

 彼の事を深く知らぬ者ならば困惑するのも無理のない事だろう。

 

 当然、ズィーラスもまた彼の行動の意図する所がわからなかった。

 しかし次の瞬間、彼から放たれる闘気が膨れ上がる。

 

「なんで武器を仕舞った? 確かにあの蹴りは大したもんだったとは言ったが、それでもお前の得意手はその武器だろう? まさかそいつ抜きでも俺に勝てると思ってんのか? 俺は……お前に侮られてんのか?」

 

 もしそうならば……と言外に含む言い回しをし、犬歯をむき出して威嚇するズィーラス。

 彼が放つ闘気を真っ向から受け止めて平然としているタツミは苦笑いしながら首を横に振った。

 

「違いますよ」

 

 鞘に収めた得物を左手で軽く持ちながら気負いもなくあっさりと彼は告げる。

 

「大会側から支給されたこいつは俺の武器である刀を突貫で模倣した物ですが……こいつは強度がまるで足りません」

「なにっ?」

 

 目を瞬かせるズィーラスを見つめながらタツミはさらに言葉を紡ぐ。

 

「愛刀と同じように技を放てばそれだけでおそらく壊れてしまうし、先ほどのように攻撃を受け流すだけでも持って数回ってところでしょう。よって確実な勝機にしかこいつは使えません。こいつは攻撃の切り札とさせていただきます。なのでここからは格闘主体で行きます」

 

 タツミは鞘から手を離し、改めて握り拳を作る。

 彼の言葉を聞き、ズィーラスは額に手を当てて天を仰いだ。

 

「あ~~、準備不足って事かよ。確かにその武器、普通の剣に比べて細いし鋭いしで模倣も簡単じゃあねぇよなぁ。このエキシビジョンだって突然決まったもんだろうし。納得したわ」

 

 首をぐるりと回し、なにやら間を作るズィーラス。

 拍子抜けしたと見えるような態度だが、その闘気は決して弱まってはいない。

 

「万全の状態じゃねぇってのはちと残念だが……もちろんお前はそんなハンデ背負ってても勝つつもりなんだよな?」

 

 質問ではなく確認の意図で紡がれる言葉にタツミは当然とばかりに頷いた。

 

「もちろん。隙を晒せばリングに沈むと思っていただきたい。そちらが油断すればこれを使わずとも勝ててしまうかもしれませんよ?」

「かっ、お前相手に油断なんてしねぇよ。多少不満は残るが……やるからには全力だ」

「ええ、そうしてください。お互いこの勝負に悔いなんて残さないように。誰もが釘付けになるような勝負をしましょう」

 

 世間話も打ち切り、お互いに構え直す。

 ウォーミングアップはここまでだと告げるような両者の沈黙に、観客たちのざわめきは感化されて消えていく。

 

 

 先に仕掛けたのはタツミだ。

 足音がまったくしない無音の疾走。

 彼はあっという間にズィーラスの間合いを侵略し、ギリギリで感づき胸の前で腕を交差して防御体勢を取る事が出来たズィーラスに両拳を連続して突き出した。

 

「『爆裂拳』」

 

 まるでマシンガンのような拳の連打がズィーラスの身体を休み無く打ち据える。

 反撃する暇など与えず、いつまでも止まらない連打に業を煮やしたズィーラスは打ち込まれる両腕をダメージ覚悟で受け止め両手首をがっしりと掴んだ。

 

「けっこう効いたぜ。けどまぁ、俺を沈めるには役不足だ!!」

「う、ぉ!?」

 

 掴まれた両腕ごと頭上に持ち上げられ、勢い良く振り下ろされる。

 優に80キロはあるだろうタツミの身体はリングに叩きつけられその衝撃でバウンドした。

 そこにいつの間にか離されていたズィーラスの右拳が迫る。

 放たれる轟拳を咄嗟に突き出した肘で逸らし、ぶつかり合った際に生じた衝撃の勢いに逆らう事無く吹き飛ばされる事でタツミは距離を取った。

 

「強引過ぎる破り方をしてくれますね」

「あのままじゃタコ殴りされて終わってたからな。ちっ、けっこう効いたぜ」

 

 どうやら『爆裂拳』で口の中を切ったらしく、ズィーラスは唾と共に口に溜まった血を吐き出した。

 

「こっちとしちゃさっきの叩きつけで全身の骨を砕くつもりだったんだが……案外頑丈だなお前も」

「そう簡単にやられてちゃつまらないでしょう、お互いに」

 

 リングの床が砕けるような勢いで叩きつけられたせいで全身に激痛が走っているのだが、タツミはそんな事はおくびにも出さない。

 

「口の減らねぇヤツめ。……次はこっちの番だな」

 

 強靭な脚力でリングを砕き、正面から突撃するズィーラス。

 今まで以上に強大な威力になっているのだろう振り上げられた右拳を前に、タツミはあえて避けようとせずその場で待ち受ける体勢を取った。

 僅かに呼吸を整え、迫り来る拳に対して腰を落とす。

 体格差からどう見ても無謀でしかないその行動に観客たちが驚く。

 

 ルンたちも彼の行動に驚いていたが、ヤマトで戦場を共にした事があるトラノスケとオイチはむしろ然もありなんと納得した顔をしていた。

 

「うぉおおおおおらぁ!!!」

「『鉄砕き(てつくだき)』」

 

 迫り来る右腕に対し、タツミは己の右半身を前に出した突進を放つ。

 彼が踏み込んだリングが割れ、迫り来る右腕を弾く。

 突進の勢いは衰えず、ズィーラスの胸部にタツミの右肩口から肘がめり込んだ。

 

「ぐっほ!?」

 

 走りこんできた勢いをまとめて跳ね返されたズィーラスは仰向けになって空を舞う。

 さらに彼を追って跳躍したタツミの振り上げられた腕が正確にズィーラスの背中に突き刺さる。

 しかし敵もさる者で、背中への攻撃の勢いを利用してその場で一回転。

 空中で実行された回し蹴りはタツミの頬を捉え、彼を地面に叩き落とした。

 

「がっは!」

 

 苦悶の声を上げるタツミ向かってズィーラスは空中を疾駆する。

 アーリとの戦いの際に見せた『空駆け』だ。

 勢いの乗った状態で放たれる蹴りを、タツミは横に転がって回避する。

 次いで蹴りがリングに着弾、爆音を轟かせ土煙を巻き上げた。

 

 爆発の勢いにリングを転がりながらも立ち上がり、立ち上った煙で閉ざされた視界の中で敵の気配を探る。

 同時に脳裏に浮かぶメニューのショートカットから自身の強化を行う補助スキル数種類を一括で使用。

 防御力を高める『プロテクション』、攻撃力を高める『ストレンジパワー』、素早さを高める『クイック』。

 基本的であるが故にその効果に絶大の信頼を置ける補助魔法だ。

 一人で冒険をしていたタツミにとってこれらのスキルは生き延びる為に必須の物であり、そうであるが故にいずれも熟練度は上限に到達し、その効果や持続時間は強化されている。

 ショートカットから実行した事で魔法を唱える事すらもスキップし万全の体制を整えてタツミは相手の出方を待った。

 

「後ろっ!」

 

 丸太のように太い足による土煙を吹き飛ばしながらの浴びせ蹴り。

 頭部を狙ったソレを髪数本を犠牲にしながら紙一重で避ける。

 素早さを強化していなければ回避する事も危うかっただろう。

 いよいよ持って本気になったのだと、タツミは理解した。

 

「『鎧通し』!」

 

 着地の隙を付いての掌底。

 防御をすり抜けて衝撃でもって体の内部にダメージを与える一撃。

 格闘における一つの切り札とも言える攻撃。

 しかしその一撃も当たらなければ意味はない。

 

「フン!!」

 

 放たれた一撃の脅威を戦士の直感で感じ取ったのか、ズィーラスは拳底を防御せず腕を下から掬い上げるようにして弾いた。

 お返しとばかりに放たれる左拳を、タツミは膝蹴りで受け止め迎撃する。

 

 零距離での睨み合い。

 

「「(ここで引けば確実に付け入られる)」」

 

 この時の両者の考えは完全に一致し、次の行動も同様だった。

 

「ヅァ!!」

「せいやぁ!!」

 

 お互いの拳が相手に当たる。

 歯を食いしばりながらも両者は怯む事無くさらに攻撃を重ねる。

 お互い深いダメージになりえる攻撃だけを防いでの殴り合い。

 今までの激突全てを凌駕する、どちからが引くまで続く壮絶な我慢比べが始まった。

 

「うぉおおおおおおおっ!!!」

「だぁあああああああっ!!!」

 

 鼓膜を破れといわんばかりの咆哮と共にお互いの拳が互いに打ち込まれる。

 体格の差が明白であり、殴り合いの勝敗は明白だと誰もが思ったが、しかし10分を過ぎてもタツミは一歩も引く事なく泥沼とも言える闘いを続けていた。

 

「(タツミさん。魔法を唱えた様子はないですけど肉体強化してる)」

「え、そうなの? 一体いつの間にそんな事を」

「……闘いながら、だろうな。王者の蹴りが作った土煙で視界から隠れた時があった。おそらくその時だろう」

「(確かに魔法詠唱の短縮が出来れば隙はほとんど出ませんけど……その域に達するにはその魔法を使い続けて習熟しなければならないはずです)」

「タツミ様は基本一人旅で必要な技能は全て己で習得したと聞いております。魔法もその一環という事でしょう」

「パーティーも作らずたった一人でパーティーで分担して行う事を全て自身で請け負わなければならない。それだけの事を長年続けてきたからこそ彼はA級冒険者に上り詰めたわけか。以前から知っていたつもりではいたが、力の差を改めて確認させられたな。私はまだまだ修行が足りない」

 

 壮絶な殴り合いが続く中、タツミのパーティーメンバーは闘いから目を離さずに談笑していた。

 

「おら、タツミィ!! 負けんじゃねぇぞ!!」

「タツミさん、ファイトです!」

 

 ライコーとキルシェットは手を振り回しながらリング上のタツミの応援に熱中している。

 観客たちも泥臭くも熱い意地のぶつかり合いに沸き立っている。

 

「おおうらぁあああ!」

「ぐぅっ!?」

 

 鳩尾に痛烈な右拳を受けたタツミの身体が宙に浮く。

 それは決定的な隙だった。

 

「『獅子豪砲』っ!!」

 

 力を込められたズィーラスの左拳が、浮き上がり無防備になったタツミの胸目掛けて突き出される。

 かろうじて両手での防御が間に合ったものの彼の身体は凄まじい勢いで吹き飛び、リング外の壁に激突した。

 

「まだまだァ!!」

 

 畳み掛けるようにズィーラスは跳躍する。

 彼はタツミがまだ立ち上がると確信しているが故の追い討ちだ。

 

「獅子ごうそっ、がぁ!?」

 

 地面にクレーターを作る蹴りを放とうとしていたズィーラスを衝撃波が打ち落とした。

 

「今のは『斬空』?」

「とうとう武器を抜いたのかしら?」

 

 壁から立ち上がった彼の腰には相変わらず帯びたまま抜かれた様子のない刀がある。

 

「出来るもんだな。手刀での『斬空』」

 

 ボソリと呟きながら両手を振るう。

 その軌跡をなぞるように発生する衝撃の刃がリングに着地したズィーラスへと殺到した。

 

「ちぃっ!?」

 

 手の動きが見えないほどの速さで振るわれ、向かってくる衝撃刃の群れに対して彼は舌打ちしながら右腕を大きく振るう。

 腕の振りによって発生した衝撃波が衝撃の刃を全て飲み込んだ。

 

「仕切り直しか」

「ええ、そうですね」

 

 衝撃波によって視界が塞がった瞬間を利用し、タツミはズィーラスを避けるように移動し、リング上へと戻っていた。

 両者共に防御をほぼ度外視した殴り合いなどの影響で少なくない傷を負っているがまだまだ余力を残している事が観客の目から見てもわかる。

 

「まだまだこっからだよな」

「ええ。もっとも隙あらば倒しますけど」

「言ってろ」

 

 後に闘技大会史上、五指に入る名勝負と言われる2人の戦いはまだ終わらない。

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