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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第五章
92/208

エキシビジョンマッチ

 大会決勝『ズィーラスVSラッセ』の試合は大方の者が予想した通りの展開となった。

 ラッセは健闘むなしく敗退。

 彼の自身の実力に見合った堅実な戦い方は戦士として正しい。

 しかし闘技場での魅せる戦いとは言えず、先の準決勝や準々決勝に比べると盛り上がりに欠けていた。

 観客たちも物足りなさを感じていた事だろう。

 ラッセが悪いわけではないが故に、誰も口に出そうとはしなかったが。

 

 

 優勝者であるズィーラスが観客たちや大会参加者たちが見守る中、会場に設営された表彰台へと昇る。

 その顔は平静を保っているが、どこか不機嫌そうであると近くにいる大会運営者は感じていた。

 無理もない。

 最後の最後で消化不良とも言うべき試合になってしまったのだから。

 

「……」

 

 無言のまま台へと上がる。

 彼の巨躯によって台はミシミシと軋むが長年、彼を乗せてきたソレが音を発てるのはいつもの事だ。

 

「今大会の優勝者はズィーラス選手です! 優勝おめでとうございます!」

 

 壇上に上がった彼にトロフィーが授与される。

 やはり無言のまま受け取ると、彼はそのまま頭上へと掲げた。

 観客たちの拍手が、歓声が会場に響き渡る。

 ズィーラスは優勝セレモニーが行われる際はいつも無言だ。

 対戦相手に闊達に語りかけていた事が嘘のように表情も変わらない。

 

 それは一重に大会優勝者としてこの大会に不満を持っている事を隠そうとする気持ちの表れだった。

 とはいえその様子が普段の彼とあまりにもかけ離れている事は誰の目にもわかる。

 今回も彼を心底楽しませるような人間は現れなかったんだな、と古参の者はそう理解していた。

 

 そしていつもなら後は無言のズィーラスが表彰台から降りて表彰式はこれでお開きとなるのだが。

 

「会場にお集まりの皆様」

 

 そこで静かな声が周囲に響き渡った。

 どうやら魔法によって会場全体に聞こえるようになっているらしく静かな声音は誰の耳にも届いている。

 

「この度はヴォラドが誇る闘技大会へのご参加、誠にありがとうございます。お蔭で此度の大会は過去最大の人数が参加され、この大会に新たな風を吹かせる事が出来ました」

 

 声は鼓膜を直接震わせるように響いている為、まるで耳元で囁かれているような感覚がするが、音声の発生源がどこであるかはわからなかった。

 どこにいる誰の仕業なのかと誰もがざわめく中、声は続ける。

 

「少々のハプニングもございましたが無事に決勝までを終えることが出来ました。これは一重に大会運営の皆様の尽力と皆様方のお力添えがあったからでございましょう。重ねて御礼を申し上げます」

 

 ライコーやキルシェットたちも観客席からこの声の主を探すものの見つけられずにいた。

 

「この声、間違いなくルドルフさんなんですけど」

「(どこにいらっしゃるんでしょうか? 魔力を探知できません)」

 

 キルシェットは周囲を見回し、カロルは目を瞑り己の優れた魔力感知能力を最大限に利用するも見つけられず。

 

「あの方はこのような高度な技をお持ちだったのですね」

「伝令に便利そうな技ですね。機会があれば是非ともご教授願いたいですよ」

 

 ヤマトの主従は害意がないと察しているのか特に周囲を探るような事をせず暢気なやり取りをしている。

 

「ところでタツミはどこに行ったのかしら? 決勝が終わってすぐに出て行ったけれど」

「ふむ。彼の事だから一人で帰ったなどという不義理な事はしないだろうが……少し遅いな」

 

 両手に巻かれた包帯が痛々しいものの元気な様子のアーリとルンの会話はこの場にいないタツミの事だった。

 

「オイチ、何か知らないの?」

「ええ。私も尋ねてみたのですが『ギリギリまで隠しておいた方が面白い』との言われまして」

 

 頬に手を添えて悩ましげにため息をつくオイチ。

 

「おや、あの方がそんな遊び心を出すなんて珍しい事もあるもんですね」

 

 その言葉に驚きを露にするトラノスケ。

 

「ええ。悪い事ではないとは思うのだけど色々とあった後ですから少し不安で」

「そうねぇ。本人がいくら大丈夫って言ってもねぇ」

 

 闘技大会の裏では辻斬り事件やカロルの誘拐事件が起こり、大会の中では『瘴気』を纏った選手の暴走。

 大会の期間だけでこれだけの事件が起きたのだ。

 不安になるなという方が無理な話だろう。

 

 そんな彼らの会話を他所に声の主は言葉を続ける。

 

「さて前置きはここまでとしまして。我々、大会運営から今大会最後のイベントを発表させていただきます」

 

 突拍子も無い言葉に観客、選手の区別無くざわめきが広がっていく。

 ズィーラスですら今までのポーカーフェイスを崩し、目を見開いて言葉に聞き入っていた。

 

「この街に滞在しておりましたA級冒険者と現王者ズィーラスによるエキシビジョンマッチです」

 

 ざわめきが増すが、声だけのルドルフは構わず話し続ける。

 

「彼は大会を混乱させた『瘴気に憑かれてしまった選手』をズィーラスと共に撃退した実力者。ズィーラス自身も彼を高く評価しております。そうですね、現チャンピオン?」

 

 話の水を向けられた王者は自身すら聞かされていなかったサプライズに口の端を吊り上げながら答える。

 

「ああ。機会があれば闘ってみたいと思ってたぜ」

 

 その言葉は心の底からそう望んだのだとわかるほどに感嘆に満ちた語調だった。

 だからこそその言葉を聞いた者たちは今度は期待にざわめき出す。

 

「それではご登場願いましょう。今大会最後の選手の入場です!」

 

 その言葉と共に選手入場口から人影が現れる。

 

「ああ、やはり……」

 

 ルドルフの紹介の時点でA級冒険者に察しがついていたオイチたちはため息を零す。

 リングへと近づく人影は、いつもの甲冑こそ着ていないがタツミその人だった。

 

「……」

 

 彼は無言のままリングへ進み、ズィーラスへと視線を向ける。

 そして挑発的に口元を緩め、指で手招きをした。

 

「ははははっ!! わかりやすいパフォーマンスありがとよ、タツミィ!!!!」

 

 表彰台が壊れるのも構わずその場から思い切り跳躍。

 彼の目の前に飛び込むように降りると仁王立ちする。

 その口元はもはや隠す気もない好戦的で野生的な笑みが浮かび上がっていた。

 

「喜んでもらえたようで何よりです」

「ああ。大会にゃ弟子だけ参加させてたから今回はチャンスがねぇと思って諦めてただけに嬉しさも倍増だぜ」

 

 観客であれ、選手であれ何度もこの場所に足を運んでいる者はリング上で笑うズィーラスに対して同時にこう思う。

 

 『こんなにも楽しそうな顔をするチャンピオンは初めて見る』と。

 

 向かい合う両者の間にもはや言葉は要らない。

 タツミは腰の刀を抜き放ち、正眼に構える。

 刀が彼の愛刀でない事に目の良いキルシェットとトラノスケ、アーリたちが気付いたが、大会規定にあった個人の武器での参加不可を考慮した結果なのだろうと思い至った。

 トラノスケは刀を粒さに観察し、粗悪な劣化品である事を理解すると眉をしかめたが、そもそも刀はこの大陸では普及していない。

 形だけでも似せた武器が作れただけでも御の字なのだろうと彼は納得し不満を心の底に沈めた。

 

「タツミ様。……防具無しで挑まれるのですね(防具が邪魔になると判断したという事でしょうか?)」

 

 ズィーラスの攻撃力の高さはこれまでの試合を見ていても明らか。

 タツミが付けている甲冑は総合的な防御力が高く、ヤマトに現存する防具の中でも1、2を争う性能を誇る。

 しかし高い防御力と装備者の行動を阻害しない作りとは裏腹に、重量もまた破格である。

 ズィーラスの巨躯からは想像し難いその圧倒的な素早さに対処する為には重量過多の鎧を脱ぐ必要があったのだ。

 

 

 ズィーラスは両手を握り、無造作とも言える動作でタツミに右拳を向ける。

 かつてないほど真剣に相手を睨み据える姿と放たれる威圧感が、元々大きな彼の体がさらに大きく見えるような錯覚を起こしていた。

 見ているだけで背筋が伸びるなんとも言えない緊張感。

 ズィーラスが未だかつて大会で見せなかった本気を出そうとしている事に気付いた大会古参の者たちは冷や汗を流しながら生唾を飲み込んだ。

 観客たちもまた固唾を飲んで試合の開始を見守っている。

 

「それでは。ヴォラド闘技大会エキシビジョンマッチ! 王者ズィーラスVS冒険者タツミ! 試合開始!!」

 

 ここに強者同士の闘いが幕を開けた。


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