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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第五章
89/208

闘技大会再開

 タツミが再び目を覚ましたのはズィーラスと仲良く医務室送りにされてから1日が経過して頃だった。

 彼が目を覚ました時には周囲に人はおらず、気配もない。

 いや彼の真横のベッドで豪快に鼾をかいている人物はいたが、彼は意図的に無視した。

 

「向こうに戻るかも、と思ってんだが……」

 

 今まで事態が収集した後の気絶や睡眠時にタツミはあちらの世界へ戻っている。

 今回もそうなるのではないかと無意識に思っていたからこそ起きた彼の第一声は、聞く者がいれば首を傾げるような間抜けな物となった。

 

「(身体は……問題なく動く。となると俺が寝入ってから最低でも2、3時間は経過しているはず)」

 

 縮地と二の太刀要らず。

 双方とも代償が大きいコマンドスキルとして知られているが、ゲーム上での情報ではそれぞれのコマンドを使用したところで代償時間はせいぜい10分程度である。

 しかし今、彼がいる世界はゲーム世界と理が似ているだけの現実。

 技と使う事で支払う事になる代償もまたこの世界の理に沿った物となっていた。

 

「(覚悟していた事だったが……やはり一か八かの賭けでしか使えないスキルだな。ゲームでは最強の廃人プレイヤーの一角なんて言われていても所詮はこんなものか)」

 

 何度となく瘴気絡みの厄介事に関わってきた彼。

 これまではその単体最強の身体能力でどうにか切り抜けてきたが。

 それだけでは日に日に力を増していく瘴気には非常に大きな危機感を抱いていた。

 

「(……これからも塔を追い続ける以上、瘴気と関わる可能性は非常に高い。当面の目標が『運命神の試練場』だって事も変わらない。目的が『俺たちが置かれた状況の打開』と『あの子を助け出す事』である事も変わらない。だがそれらをこなす上で、もっと鍛えないとそう遠くないうちに足元を掬われかねない)」

 

 今までも危険な事は何度となくあった。

 しかし瘴気に関連した事象は、何故か関わる度に強力で凶悪な物になる傾向にある。

 最初は魔物をパワーアップさせるだけだった瘴気は、虫使いの男の能力を高め、今回にいたっては取り憑いた者の姿すらも変貌させていた。

 正直なところ、ズィーラスという大陸有数の戦闘能力を持つ人物との共闘がなければ殺されていた可能性が高い。

 

「(ならどれほどの強さの敵が現れても対処できるように仲間たちと一緒に俺も強くなるしかない)」

 

 横の巨大なベッドで大の字になって寝ているズィーラスに視線を送る。

 

「(今まで自分なりに頑張ってきたつもりだったが……それだけじゃ足りなくなってきてるって事だ)」

 

 ぐっと拳を握り締める。

 

「(俺の不甲斐なさでタツミを死なせない為にも、今までよりも強くなるんだ)」

 

 この身体の本来の持ち主である半身を思い浮かべ決意を新たにした彼の元に、仲間たちがお見舞いに訪れ起きている彼の姿を見た彼らがちょっとした騒ぎを起こす事になる。

 

 

 

 この数日後、闘技大会は無事に再開される事になる。

 瘴気を纏った選手は駆けつけた冒険者とズィーラスによって鎮圧された事が公表された。

 大会の再開に当たって出場選手たちの身元や身体検査が改めて実施され、他に瘴気に侵されている者はいないという事が証明された。

 瘴気のせいで破られていた致命傷を避ける術式も新しく張り直され、もしもの事態に備えて瘴気すらも弾く結界が張れる術者を観客席に配置する事で安全性も確保されたという事も合わせて公表されている。

 取れる対策を全て取った大会運営だったが、それでも当初は客足が遠のく事が懸念されていた。

 しかしそこはヴォラドが誇る最大の娯楽である闘技大会。

 多少の危険に目を瞑ってでも見たいという人間は多く、観客席は事件前と変わらず満席。

 選手たちもマーセナスの不遇に同情する者こそいたが、大会へのやる気が削がれるという事はなかった。

 

 

 それからさらに数日、大会もいよいよ終盤に差し掛かっていた。

 実力者たちの手に汗握る闘いに今日も観客は大声援を送っていた。

 

 キルシェット、アーリ、ライコーらの参加者は順調に勝ち抜き初参加にしてベスト8入りしている。

 並みいる常連、外来の猛者たちを倒す彼らには既にファンが出来ていたりする。

 ボロスとズィーラスもまた順当に勝ち進んだが組み合わせに恵まれなかったボロスがズィーラスとぶつかって敗退している。

 その闘いはまさに激闘と言っても過言ではなかった。

 ただ対決したズィーラスはボロスが何かを試すような、探るような動きをしていた事に気づいている。

 しかし彼はどうせまたろくでもない事を考えていたんだろうと疑問を形にする事なくすっぱり切り捨ててしまった。

 ズィーラスは自身の渾身の一撃を受けて倒れたボロスの口元が負けたにもかかわらず三日月を描いている事に気付く事はなかった。

 

 今日はいよいよベスト4入りを決める試合だ。

 会場のボルテージはいつにもまして高い。

 

 そんな中、運営関係者用の観客席にタツミとルドルフは揃っていた。

 

「大会の方の事件のどさくさに紛れて闇討ちの事は揉み消したんですね」

「……彼女も瘴気に取り憑かれた被害者です。それに彼女の境遇を考えれば力を求める気持ちは痛いほどにわかりますから」

 

 わざわざ観客席を貸し切りにしてまで彼らが話すのはこの街で起きていた出来事についてだ。

 

「清廉潔白を旨としていた父親をボロスに謀殺され、病床の母親を救う為に剣闘士に。しかし貯めた金で買った薬にも、この街で有数の医師にも母は救う事は出来ず。母親は他界。以後、行方不明になっていた彼女は瘴気を纏い恨みに身をやつしてここに戻ってきた、と」

 

 ルドルフから聞いたマーセナスの半生をタツミは反芻するように呟く。

 痛ましげに頷くとルドルフはさらにこの一件についての事情を語る。

 

「父君を謀殺した疑いがある者には大会運営に携わる者もおりました。証拠も何もない状況でボロスと繋がっている者を糾弾する力が私どもになかった故、最終的にこの件を黙殺しております。我々もまた彼女に恨まれていた事でしょう。しかしそんな中で彼女は現場に残っていた羽から実行犯を鳥の獣人と考えボロス傘下の彼らを中心に襲い、さらにボロスをも手にかける機会を虎視眈々と狙っていたのでしょう。彼女が住んでいたと思われる廃屋の壁には支離滅裂ではありましたが恨み言と思われる文面が書き連ねられていました」

「……(酷い話だ。なんて言葉をかけていいかわからん)」

 

 自身の無力さを悔い、歯噛みしながら俯くルドルフにタツミは何も言う事が出来なかった。

 

「此度の一件、事が大きくなる前に解決していただき本当にありがとうございました。この場を借りて改めて感謝の言葉を送らせていただきます」

 

 ルドルフは柔らかく微笑みながら、椅子から立ち上がりタツミに向けて腰を折って頭を下げた。

 

「いえ……俺は結局、彼女を殺す事しか出来ませんでしたから」

「貴方はこれ以上、あの子が罪を犯す前に止めてくださったのです。ご自分を卑下なさらないでください。彼女の無念を晴らすのはこの街に生きる私どもの役目です」

 

 頭を上げた彼の目には、並々ならぬ決意のような物が感じられた。

 

「どうなさるおつもりですか?」

「ふふ、私どもも何もせずにいたわけではございません。不本意ではありますが今回の一件はある意味での好機ともなりました」

 

 彼女の死を利用する事への罪悪感をそれ以上の決意で飲み干し、彼は笑って見せた。

 

「貴方方への依頼はこの後の『あの件』を持って完了とさせていただきます故、これ以上はお聞かせする事は出来ません。大会が終わった後、貴方方はこの街を後にされるのでしょう? これから忙しくなります故、お見送りをすることは叶いませんが皆様の旅のご無事をお祈らせていただきます」

「わかりました。……またご縁があればお会いしましょう(何か大きな事をするつもり、なんだな。それに俺たちを巻き込まないように詳しい事は話すつもりはないんだ。本当に良い人だな、この人は)」

 

 タツミは観客席から立ち上がる。

 出口から足を踏み出す前に頭を下げ続けるルドルフに向かって元気付けるように告げた。

 

「……例の件、派手にやらせていただきます。彼女がこの場にいない事を悔やむような闘いをお見せしますよ」

「! 本当に、ありがとうございます」

 

 タツミの言葉に驚きルドルフは反射的に頭を上げる。

 しかし彼の視界の中にはもうタツミの姿はなかった。

 残ったルドルフは椅子に座り直す。

 今も戦っている闘士たちの雄姿を眩しい物を見るかのように目を細めて見つめた。

 彼らの戦っている姿を通して、『友人の娘』の姿を幻視していたのかもしれない。

 

 

 

「あら、タツミ様。お話はお済みになったのですか?」

「ああ。ライコーとキルシェットの試合には間に合ったか?」

「次の次辺りのようですね。こちらへどうぞ、タツミ殿」

 

 一般観客席にいた仲間たちの元に戻ってきたタツミはトラノスケが空けてくれた席にどっかりと座り込んだ。

 トラノスケの配慮により、席はもちろんオイチの隣である。

 

「しかし見知った顔同士の対決とはね。どうなると思う?」

 

 彼らの前の席に座っていたルンが誰にともなく問いかけると、3人の声が綺麗に唱和した。

 

「「「キルシェット(キル君)の勝ち(です)」」」

 

 質問をしたルンはもちろん、カロルや周囲で聞き耳を立てていた観客たちも呆気に取られた顔をする。

 

「(え~っと、理由をお聞きしてもいいですか?)」

 

 戸惑い気味のカロルの問いかけにトラノスケが腕を組み、鼻を鳴らしながら答えた。

 

「あの鬼のお嬢の力は強い。それはわかるし侮るつもりもない。だがそれを踏まえてもキルシェットが負けるのはありえん。それくらい自信を持って言えるくらいにの鍛錬を課してきたし、あいつはそれをこなしてきた」

「トラノスケが全部言ってしまったから以下同文で」

「ふふ。同じく、です」

 

 キルシェットの勝利を疑っていない3人にルンとカロルは思わず苦笑いする。

 彼女らとてライコーの事を信頼しているが、タツミたちに比べてパーティーの練度はどうしても低い。

 実力に差が出てしまうのはある意味、仕方のない事だと理解していた。

 しかしその事を悔しく感じていないという事でもない。

 

「(とはいえ言われっぱなしって言うのもしゃくよね。やっぱり以前から考えていた事、みんなに話してみましょう)」

 

 なにやら考えているらしいルンを置いて、試合は進む。

 そしていよいよ大会初参加にして注目を集める新進気鋭の2人が姿を現した。

 

「負けないぜ、キルシェット」

「僕もそのつもりはないです。ライコーさん」

 

 軽く言葉を交わしながらステージの真ん中で向かい合い、構える。

 両者の準備が整った事を確認し、審判は右腕を高く掲げた。

 

「キルシェット選手VSライコー選手。 試合、開始!」

 

 開始の合図と同時に飛び出す両者はお互いの距離を一瞬で0にし、互いの武器を甲高い音を発てて激突させた。

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