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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第五章
88/208

戦いの後

 戦いは終わった。

 しかし変貌したマーセナスからの反撃を受けたズィーラスは半死半生と言った有様で、タツミもまた完治も待たずに戦いに復帰した無理が祟って崩れ落ちるように倒れた。

 2人はすぐにルドルフとギルフォードが手配したスタッフに医務室に運ばれ、治療を受けている。

 オイチとカロルが手伝いを申し出た事もあり、2人の傷は数時間で塞ぐ事が出来た。

 ズィーラスに至っては既に目を覚まし、大量の食事を要求するほどに回復している。

 大会関係者は彼の健啖ぶりに安心し、その体躯に見合った膨大な食事量を物の10数分で平らげる様子を傍で見る事になったタツミの仲間たちは唖然としていた。

 

 タツミはまだ起きていない。

 電池が切れたように倒れてから落ち着いた呼吸を繰り返すばかりで起きる兆候も見られなかった。

 そんな彼の事は大会の医療スタッフに任せ、彼らはルドルフが用意した待合室と思われる部屋に集められている。

 

 より正確に言うならば押し込まれたという表現が正しい。

 今回の事件は、闘技大会の今後を左右する事にもなりかねない大きな問題で、タツミたちもルンたちも事件について知り過ぎてしまった。

 万が一にでも今回の事件について漏らされたくない、という思いで大会関係者は彼らを隔離したのだろう。

 キルシェットやカロル、ライコーはともかく他の面々はその事情に大なり小なり気付いている。

 文句も言わずに今の扱いを甘んじて受け入れているのは、無駄に事を荒立てないようにする為だ。

 

「俺が宿で耳長男を監視してる間にそんな事になっていたんですか……」

 

 有事に主の傍にいる事が出来なかったと落ち込み、待合室に陰鬱とした空気を振り撒くのは完全に蚊帳の外だったトラノスケである。

 宿に転がり込んできたキルシェットから事態を聞いた彼はエルフの男を俵抱きにしても尚、キルシェットを置き去りにする速度で駆けつけたが、辿り着いた時には全て終わっていたのだ。

 彼が持つ従者としての矜持が、主の危機に駆けつける事が出来なかった己の不甲斐なさを許せなかった。

 しかし彼が落ち込んでいる理由は、駆けつける事が出来なかった事だけではない。

 

「仕方ないですよ。闘技会場から宿までかなり距離がありましたし」

「そうよ。貴方にも役割があったから離れていたわけだし、そんなに自分を責めても意味ないわ」

 

 キルシェットとルンのフォローにも彼は肩を落としたままだ。

 

「しっかしエルフの兄ちゃんとこの人の睨み合いは凄かったなぁ。離れて見てたのに肌がチリチリしたぜ?」

「(あれは、怖かったです)」

 

 ライコーとカロルの言葉にトラノスケの肩がびくりと震え、先ほどから黙り込んで椅子に座っていたオイチの視線が鋭くなる。

 

 トラノスケが全てが終わった会場に到着するとほぼ同時にギルフォードとその従者である男性、そしてルドルフも現場に戻ってきていた。

 そしてギルフォードはトラノスケが乱暴な運搬をしたせいで気絶していたエルフの男を見て、鬼のような形相を浮かべた。

 常に冷静沈着だったギルド長が目に見えて怒りを露にするという異常事態である。

 彼はこのエルフの男とよほどの因縁でもあるのか射殺さんばかりの剣呑な感情をぐったりしている男に向けていた。

 

 そしてその態度のまま、彼からすれば見知らぬ男であるトラノスケに対してこう言った。

 

「貴様が何者か知らんが、その男はこちらの標的だ。引き渡してもらおうか?」

 

 普段なら絶対にしないだろうギルフォードの感情的且つ高圧的な言葉。

 状況はキルシェットから一通り聞いていたトラノスケは、見ず知らずの男からかけられた言葉を当然のように警戒し、己の不甲斐なさへの苛立ちも混じってつい売り言葉に買い言葉とばかりに喧嘩腰になってしまった。

 

「見ず知らずの人間相手に『はいそうですか』と犯罪者を渡せるか。と言うか誰だ、貴様?」

「なんだと?」

 

 通信球越しの声だけの面識ではお互いを知り合いだと認識できなかった事が、この衝突の大きな要因だろう。

 

 2人の間の空気は先ほどまでの戦いと遜色ない程に緊張状態になってしまった。

 ライコーやルンたちがマーセナスが倒されたという情報を聞いて会場に戻ってきた時は、既に臨戦態勢と言っても差し支えないほどに緊迫した状況だったのだ。

 そんな一触即発の空気はギルフォードとトラノスケ、両者と面識があるキルシェットが会場に辿り着き、息が整わないままに2人の間に入った事で事無きを得ている。

 男もキルシェットの取り成しでギルフォードに引き渡し済みだ。

 

「頭に血が上って私の言葉も耳に入っておりませんでしたからね、あの時のトラノスケは。キル君が身を挺して止めなければどうなっていた事か……」

「面目次第もございません」

 

 主からの呆れたような半眼の視線にひたすら平伏し、冷静でいられなかったあの時の自分をトラノスケは自身の脳内で叩きのめす。

 

「後でギルフォード様には謝罪を。それと終わった事を引きずるのはおやめなさい。私が信頼する従者は反省を次に活かす事が出来る人間です。失敗にいつまでも縛られるような女々しい人間を傍に置いた覚えはありません」

「はい……」

 

 今一度、深く土下座しそこで彼は気持ちを切り替える事が出来たようだ。

 素早く立ち上がるとキルシェットやルンたちにも頭を下げる。

 

「気を遣わせてしまってすまない。それとキルシェット、俺が間違える前に止めてくれた事、感謝する」

 

 その言葉にキルシェットは慌てながら恐縮しきりで両手を振る。

 

「い、いえ。自分に出来る事をしただけですから!」

「そのお蔭で事態がさらにややこしくならなかったんだ。素直に誇ってりゃいいだろ」

 

 慌てているキルシェットが面白いらしくライコーはにやにやと笑いながら茶々を入れ出す。

 トラノスケが原因で発生していた陰鬱とした空気はここに来てようやく払拭された。

 

 

 

「いっ……!?」

 

 目覚めたタツミが最初に知覚したのは両手両足を襲う激痛だった。

 

「う、ぉおお……(いってぇ……『縮地』と『二の太刀要らず』を使った影響がまだ続いてるのか!?)」

 

 ぴくぴくと痙攣するばかりで力を入れる事もままならない自身の体。

 それでも無理やり身体を動かそうとすると、まるでその行動を諌めるように痛みが体中を駆け巡る。

 

 タツミはマーセナスを倒す為に2つのコマンドスキルを使用した。

 縮地しゅくち

 対象との間合いを一瞬で詰める技である。

 どれほど離れていても対象との間に障害物がなければ一瞬でその間合いをゼロに出来る。

 ただし対象との距離が遠ければ遠いほど代償が大きくなる。

 彼は長時間、自力で移動する事が出来ない状態になっているのだ。

 

 二の太刀要らず。

 一撃で持って相手を打倒するヤマトで覚えられる物理攻撃スキルの最高峰。

 このスキルを使用しての物理攻撃は自身の攻撃力を10倍にし、必ずクリティカルするという破格の攻撃力を持つ。

 ただし相手に与えたダメージの総量に比例して時間、武器攻撃をする事が出来なくなるという代償がある。

 

 今、タツミは『縮地』の代償で両足が使い物にならず、『二の太刀要らず』の代償で『武器攻撃する事が出来ない=両腕が使用できない』という状態に陥っている。

 

「ぬ、ぐぅ……(こんなにも反動がキツイとは……。確実に仕留める必要があったとはいえ無理をしたな)」

 

 マーセナスは瘴気を取り込んだ為かステータスが見えなくなっていた。

 相手のHPがどれほど残っているのかわからず、しかし隙を見て攻撃できるのは一度だけ。

 故にタツミは後先の事を考えずに自身に出来る最高の一撃を放とうと考えた。

 

 結果、マーセナスを一撃で倒す事は出来たがその反動で今は動く事も出来ない有様となっている。

 起き上がる事を諦め、中途半端に上げていた状態をベッドに戻す。

 痛みを堪える為に食いしばっていた口を緩め、長く息を吐き出した

 

「おう、タツミ。起きたか」

 

 隣から聞こえてきた友好的な声に、タツミは首だけをそちらに向けた。

 

「ズィー、ラス、さん、ですか」

 

 枯れ葉激痛の名残で残る痛みに喉を引きつらせながら声をかけてきた人物の名を呟く。

 その巨躯に巻かれた包帯は痛々しい。

 しかし思いのほか血色も良く、タツミと比べれば遥かに元気な様子だ。

 

「おう。きつそうだな、お前」

「くっ……そういう貴方は元気そう、ですね。確かヤツの一撃が腹を貫通した上に枯れ葉のように吹き飛ばされていたと思ったんですが?」

「おう。まぁここの医療班はけっこう使える奴らだったって事だよ。伊達に長い事、この闘技大会の裏を支えてるわけじゃねぇ」

 

 ズィーラスは刺し貫かれた腹部を笑いながら叩く。

 医療班の尽力はもちろんあるだろう。

 しかし既に元気その物になっている理由は、この男の狂戦士としての異様な頑丈さによるものだ。

 ステータスが見えるタツミにはその事がよくわかる。

 

「元気そうで何よりです」

「お前はきつそうだな。あれか? 俺が総毛だつような力を感じた最後の一撃のせいか?」

 

 彼は影に吹き飛ばされ地面を転がった後も、事の行く末を見届ける為にずっと起きて会場を見つめていた。

 故にタツミの瞬間移動とその後の一撃を入れる様子も目撃していたのだ。

 質問というよりは確認と言った語調のズィーラス。

 そんな彼に対して隠すつもりもないタツミはあっさりと肯定する。

 

「まぁ、そうです。にっちもさっちもいかない状況で賭けに使うような大技ですよ。なにせ反動が凄いので早々使う事は出来ませんから。あれからどれくらい経ったかわかりませんが、まだ身体が碌に動かせないって言うのがその証拠です。やっぱりよほど恵まれた状況でないと使えない(ゲームでは割とポンポン使ってたんだがな。現実的に考えるとデメリットがきつすぎる……なんとかする方法を探さないとな)」

「それくらい身体に負担がかかるって事か。ありゃまさに必殺って感じの威力だったからそれも当然か」

 

 天井を見上げながら答えたタツミに対してズィーラスも納得したように頷いた。

 

「オイチやルンたち、あの場にいた俺の仲間たちは無事ですか?」

「ああ。お前が倒れた後くらいか。オイチって子の従者とキルシェットの坊主、召喚師の嬢ちゃんも来たが。まぁ元気だぜ。お前の事すげぇ心配してたぞ」

「そうですか。……あとで、謝らないと……な(ああ、まずい。眠く……))」

 

 遅い来る睡魔に逆らえずタツミはそのまま目を閉じる。

 

「……すみません。また寝ます」

「おう」

 

 ズィーラスの返事が耳に届いたかどうかというタイミングで彼の意識は途切れた。

 

 

 

「さて……貴様には洗いざらい話してもらうぞ」

 

 闘技会場にある一室。

 急遽、ルドルフの手配で用意してもらったそこは掃除こそされているが殺風景で、調度品はテーブルと椅子が複数だけだ。

 ギルフォードは闘技大会の混乱の収拾を手伝う事、この件について他言しない事を条件に、エルフの身柄の一時的預かりとこの部屋の提供を交渉していた。

 最終的に今回の事件の重要参考人であるエルフの身柄はこの街の人間に預ける事になる。

 そうなってはギルドマスターとはいえ、こうして面と向かって話す機会はそう得られなくなってしまう。

 故に混乱に乗じて自身の都合を押し通すような強引な真似をした。

 これも普段の彼ならば、ありえない事だろう。

 それだけトラノスケが捕らえたエルフの男に含むところがあるのだ。

 

 テーブルを挟んでトラノスケを襲い捕縛されていたエルフの男とギルフォードが睨みあっている。

 いや男の方は生気が抜けたような青い顔でただギルフォードを見つめているだけだ。

 

「……私に、何を話せと言うのだ?」

「全てだ。瘴気研究の第一人者にして禁断の薬の開発者『ミルバス・カタロジアス』」

 

 己の名を言い当てられた事に彼は驚愕し、目を見開いた。

 

「貴様の事は瘴気について調べているうちに知った。かつて国ぐるみで行われていた瘴気の研究。当初はその脅威をより詳しく知り、対処法を生み出す為という目的に基づく物だったそうだな?」

 

 テーブルをこつこつと細い指が叩く。

 静かな空間にその音は思いのほか大きく響いた。

 

「しかしその研究は数十年と経つ頃には『瘴気を利用する研究』へと変貌していた。そして目的を履き違えた研究は倫理を無視した実験を伴う悪魔の所業へと変わっていき、その末に生み出された物が人為的に瘴気を取り込む薬」

 

 顔面を蒼白を通り越して土気色にしながらミルバスと呼ばれた男は、祈るように両手を組んで俯いた。

 

「被験者は全員死亡。うち1人、いや1体はその体を変異させて暴れ回り、最後には当時のA級冒険者数名に突然変異の魔物として討伐された。これがおよそ30年前の話だそうだな? 研究所として使われていた場所は一面焦土と化し、生存者は絶望的と思われたが……貴様は生き延びていたというわけだ」

 

 俯く男に侮蔑と怒りに満ちた視線が突き刺さる。

 

「マーセナスと言ったか。将来有望な若者の命を奪ってまで行った実験の気分はどうだ? 貴様は結局、前の一件で懲りたかと思えばそんな事はなく、此度に以前の失敗を繰り返した」

「私は……わたしは……」

「私に貴様の懺悔を聞く心算はない。かつての研究について。貴様がどうやって逃げ延びたのか? どうやって研究を続けて薬を作ったか? そしてその薬がまだ現存するのか? 今もまたなんらかの組織に属しているのか? 聞きたいことは腐るほどある。洗いざらい吐け。拒否権などない。私に情けなど期待するなよ? どう言い繕うが貴様は犠牲者を出した犯罪者なのだからな」

 

 ギルフォードの瞳は彼の感情に呼応するように緑色の輝きを増している。

 

「私に虚偽は通じない。何度となく言ったが、あえてもう一度言おう。貴様には洗いざらい話してもらう」

 

 その言葉の重圧が部屋を満たし、マーセナスが死んだ事にショックを受けたミルバスにギルフォードに逆らう気力はもはや残っていなかった。

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