決着
「っつはぁっ!?」
目覚めた拍子にタツミは上体を起こす。
いつまでも続く浮遊感はなく、痛む頭部を押さえながら目を開ければそこはあの白い空間ではなく、塔の中の狭い部屋でもなかった。
「……戻ってきた、のか?」
「タツミ様! 大丈夫、ですか?」
彼が視線を上げれば不安げに瞳を揺らすオイチの顔のアップがあった。
周囲を見回せば彼女と同じようにタツミを心配そうに見つめるルンやカロルの姿もある。
「タツミ! 大丈夫?」
「(タツミさん!)」
「ああ、大丈夫だ。心配かけて悪かった」
謝罪しながら気を失う前に付けられた横腹の傷を撫で塞がっている事を確認する。
「俺が気絶してからどれくらい経った?」
「2、3分というところよ」
「(あの出来事が夢だったとは思えない……となるとあの場所とこことも、こちらとあちらの世界と同じように時間の流れ方が違うのか?) マーセナスとズィーラスさんはどうなった?」
白い世界での出来事から目覚めたばかりだと言うのに、彼の体の調子は不思議な事に悪くなかった。
これならばと彼は立ち上がり、今の状況を見ていただろう仲間たちから状況の聞き取りを開始する。
「(まだ戦っています。一度、影をマーセナス選手から引っぺがして攻撃を当てたんですがすぐに元に戻ってしまって……。でも影を引っぺがした後の攻撃では明らかに今までと反応が違いました)」
「なるほどな(影を引っぺがして攻撃? そんな事が物理一辺倒の狂戦士で出来るのか? ズィーラスさんに確認する必要があるな)」
気絶している間の状況の推移を聞きながら、未だに戦いが続く闘技場に視線を向ける。
「まだ動かれてはっ!」
「いや、大丈夫だ。それよりオイチ、お前はあいつの動きを止める為の準備を頼む」
身を案じて座らせようとするオイチの手を優しく引き剥がす。
「ルンとカロルは、たぶん来るだろう大会参加者の野次馬たちに事情説明してここには近づけないようにしてくれ。キルシェットとライコーもだ。ズィーラスさんが苦戦する相手じゃ数を揃えたところでどうこう出来るもんじゃない」
「むしろ余計な怪我人が増えるだけって事ね。わかったわ。確かにあんなの相手じゃ私たちは足手まといにしかならないしね。……悔しいけど」
「すまん」
「気にしないで。本当の事だもの。でもま、いずれは追いつくつもりだからそれは覚えておいてちょうだい」
「(僕もこの悔しさを糧にもっと強くなります!!)」
まだまだのっぴきならない状況が続いている中で、場違いとも言える二人の決意表明にタツミは心強いと笑う。
「オイチ、俺が銃を撃ち込むのが合図だ。ヤツをその場から動けなくしてくれ。ダメージを与える事は考えなくていい。やつは一度受けた属性攻撃に対して強い耐性が出来るようだからな」
「……病み上がりのタツミ様が戦う事については甚だ不本意ではありますが、致し方ありません」
不満げに柳眉を顰め、文句を言いながらもオイチは札を構える。
「ですがこの後はお医者様に看て頂き、きちんとした休養を取っていただきますからそのおつもりで!」
しかし釘を刺すのも忘れない。
念押しする程に心配をかけたのだと理解し、タツミはオイチにしっかりと頷きを返した。
「ああ、わかった」
「良いお返事です。……では援護はお任せください」
「頼む」
自身の身長に対して大きめのタツミの武器を抱き抱えるようにして持っていたカロルが彼の傍へ近づく。
「ありがとう」
差し出された刀を八双に構えながら彼は少年に礼を言った。
「(いえ。頑張ってください!)」
「ああ」
一度、深呼吸して精神を統一するとその場で彼は刀を振り下ろした。
「うおおおおおおおおおおっ!!!」
二度、三度と刀を振るい、衝撃の刃を飛ばす。
それらは狙い過たずに影の鎧を纏ったマーセナスの足元の床ごと削り飛ばした。
「ふんっ!」
そして観客席からリングに向かって跳躍。
ズィーラスに並ぶように着地し、影がいた場所に刀の切っ先を向ける。
タツミの攻撃で上がった土煙のせいで、影がどうなっているか確認する事は出来ない。
しかし元々、ズィーラスと合流する為の時間稼ぎが目的の攻撃だ。
ダメージは期待できないだろう。
「病み上がりだってのに、こっちに戻ってきて平気か? かなりキツイのもらっただろ?」
「オイチの治療のお蔭でなんとか。それに……あいつは一人じゃ厳しい相手でしょう?」
「かっ! まあな。正直、手が足りなかったからありがてぇよ。どうもあの影を引っぺがすのには強力なのをお見舞いしないとならんみたいでな、その隙に乗じるには影の戻りが早すぎて俺一人じゃ倒しきれねぇ」
「……つまり影を引っぺがす役とマーセナスを攻撃する役がいるという事ですね?」
「察しが良くて助かる。影を引っぺがすのは強力な一撃に対してのヤツの反撃を受けるまでやらんといかん。お前さんよりは俺が適任だろう」
「では俺は隙を付いての攻撃をします」
「何度も使える手じゃねぇ。次で決めろよ?」
「心得ています」
土煙の中からマーセナスが現れる。
やはりダメージを受けた様子は見られない。
しかし顔に当たる部分で頭上を見上げて動きを止めていた。
「? なんだ?」
攻撃してくる様子もなく隙だらけになっている黒い甲冑をズィーラスは訝しむ。
「オ、オオ……」
呻き声のような物を上げるとマーセナスはバネのように勢いよく身体を反らす。
そして心臓の鼓動のような音を発しながら、身体を痙攣させ始めた。
「……これは?」
震えと鼓動は一定のリズムで続き、影が再びその形を変え始める。
身体からは今までよりもさらに勢いを増して瘴気が溢れ出ていた。
「またなんかやる気か」
「時間が経てば経つほど強くなる。手が付けられませんね、これは」
「よっぽど強くなりたいとでも思っていたのかねぇ? あの嬢ちゃんは……」
切迫する状況に反して暢気な2人のやり取りを尻目に、マーセナスの変化は続く。
噴き出した瘴気を取り込み影の鎧がさらに肥大化、もはや元の体格などわからない程の大きさになっていった。
「……俺よりもでけぇな。ここまで来ると魔物と変わらんな」
「そこまでしてやりたかった事ももう覚えてないんでしょうね、これは」
全身真っ黒な裸の人間、まさに影が実体を得たような姿は、正しく化け物と言えた。
ギョロリと蠢く瞳に三日月に裂けた口。
口の中から覗く白い歯がその異様さに拍車をかけている。
強さを望んだ人間の変わり果てた姿を前に、タツミとズィーラスは構えを取った。
「まぁこれ以上になる前に倒しちまうとするか」
「ええ。これで終わらせましょうか」
タツミの右手が輝き、その手に火縄銃『鬼殺し』が握られる。
「お、なんだそりゃ? 手品か?」
「似たような物です。それよりこの一撃が合図になりますから強力な一撃をお願いしますよ」
「ほぉう? わかった、任せな」
ズィーラスとの短いやり取りを終え、タツミは銃の引き金を引いた。
轟音と共に銃口から真っ白な閃光が放出される。
飛び掛ろうとしていたマーセナスは閃光の威力に押されて吹き飛ぶところを、その場で四つん這いになって踏ん張る事で耐えていた。
動きが完全に止まり、その場に釘付けになったのである。
その瞬間、ズィーラスは頭上高く跳躍する。
火縄銃の一撃は影の表皮を蹂躙するが、それでも引き剥がすほどの力はなかった。
しかしズィーラスの行動から目を逸らし、攻撃したタツミに影の意識を向けさせるには充分過ぎる威力を持っている。
「こいつが奥の手の一つだ。しっかり味わえよ」
静かな声音と共にズィーラスの全身から誰の目に見えるほどのエネルギーが溢れ出し、右足へと集中する。
降下する勢いと相まって当たったモノ全てを打ち砕くほどの威力を持った一撃だ。
「ッギ!?」
火縄銃の閃光が途切れ、影がズィーラスに気付いて頭上を仰ぐ。
その瞬間、影の巨人の身体を地面から生えた無数の腕が捕らえ、その場に引き倒した。
オイチの符術による拘束だ。
「『獅子剛槍』」
影の無防備な背中に突き刺さる蹴撃。
影は踏ん張る事も出来ずに地面に叩きつけられる。
「おおおらぁあああああああああっ!!」
しかし衝撃でクレーターを作っても尚、その勢いは止まらず地面に大穴を開けそこに影を飲み込んでいった。
「ギアァアアアアアッ!!」
しかしそれほど強力な一撃を受けても、影は反撃した。
強力無比な一撃を再現してズィーラスに返す為に大幅に増量された瘴気が使用され巨体がその形をみるみると縮めていく。
そして影の中から上半身を剥きだしにしたマーセナスが現れた。
もはや鎧や服がほとんど意味をなしていない。
憎悪に塗れた黒い瞳をズィーラスへと向けている。
「ぐおぁあッ!!」
作り出された巨大なスピアが放たれ、ズィーラスは防御する暇もなくその一撃を腹部に受けた。
苦痛の声を上げるよりも早く攻撃の衝撃で彼の身体は紙のように吹き飛ばされる。
瞬時に集まる瘴気がマーセナスに取り込まれようとした瞬間。
「『二の太刀入らず』」
コマンドスキルを呟く声と同時に彼女の身体は斜めに切り裂かれていた。
「……あ」
目の前に現れたタツミの兜を視界に入れながら、マーセナスは意味のない言葉を発する。
ぐらりと崩れ落ちる自身の身体が地に落ちるよりも早く、彼女はその命を失った。
宿主を失った事で力を失った瘴気は少しずつ液体状になり地面に水溜りを作り始める。
「……(結局、殺す事は出来ても助ける事は出来なかったな)」
足元を瘴気で出来た水に濡らしながら、タツミは仲間たちが駆けつけるその時までマーセナスの遺体を見つめ続けた。
自分が殺した命を胸に刻むように、ずっと。
かつては確かに持っていたはずの感情を失い、たった一つの感情に突き動かされた哀れな少女。
彼女が死の間際に何を思い浮かべたのか。
それは誰にもわからない。
しかし闘技会場で起きた前代未聞の騒動は、彼女の死を持ってようやく終息した。
「ふ、ふふふ、ヒヒヒヒヒ……」
戦いの様子を粒さに観察していたボロスは堪え切れない笑みを押し殺す。
「これほどか。これほどの力があるのか。これには」
自身の懐に入れた小瓶を愛おしげに撫でながら呟く。
「しかし使いこなせれば無様に暴れまわるだけ。それでは面白くない」
今すぐにでも懐の薬を飲みたい衝動を抑え込み、ボロスは今後について考える。
「まずは……これの解析と量産だな。ヒヒヒ、愉しみだ。実に愉しみだ」
目撃者がいれば全身を総毛立たせていただろう不気味な笑みを浮かべながら、蛇はその場を後にした。




