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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第五章
85/208

学習する瘴気

 隙あらば追撃するつもりで様子を窺っていたズィーラスは、タツミが観客席まで吹き飛ばされた時の攻防に疑問を覚えていた。

 

「なんだ、さっきのは……(タツミの一撃、最初のは傍目から見ても効いてた。だが2発目は効く効かない以前に刃が触れた瞬間に弾かれたぞ)」

 

 タツミを倒したと思ったのか、影は剣の切っ先をズィーラスへと向ける。

 

「かっ! 調子に乗りやがって!」

 

 伸縮自在の影の剣鞭を手甲で弾く。

 大会参加者用の量産品でしかない手甲に罅が入った。

 

「(ちっ……こんなもんじゃ長くは持たねぇか)」

 

 愛用の手甲であれば、こんな事にはならなかった。

 それぞれが手持ちにしている武器はスタッフに預け、厳重に管理されている為、すぐに取りにいける場所にはない。

 物理攻撃の効果が薄い相手である事といい、状況はズィーラスに不利だ。

 

「だらっ!!」

 

 左腕をその場で思い切り振るい、自身の試合で上空にいた敵を打ち落とした技『空拳』を放つ。

 相変わらず防御する気はないのか、衝撃波は影の頭部を打ち据え、上半身を仰け反らせた。

 しかしすぐに仰け反っていた頭部は元に戻り、目どころか鼻も口もないのっぺりとした顔をズィーラスへと向ける。

 

「ち、これも効かねぇか」

 

 影はゆっくりと近づきながら剣の鞭を放つ。

 何度も振るわれ、勢いのついた斬撃はまさに嵐のようだ。

 

「はっ! 武器が変わっても太刀筋は正直だな。そんな所だけ中身が嬢ちゃんだった時と変わらねぇか!」

 

 軽口と共にズィーラスは駆け出す。

 反撃を受ける覚悟での突撃だ。

 

「効かねぇなら効くまで殴るだけだっ!!!」

 

 通り抜け様にボディブローを叩き込み、浮いた身体をさらに蹴り上げる。

 影が蠢き、身体の一部を針のように尖らせてズィーラスの身体に突き立てた。

 しかし王者はそんな物を意に介さず頭上に浮き上がった影を追い跳躍する。

 

「グォオオオオオオオッ!!!」

 

 獣の咆哮と共に大回転しながら影を追い抜き、勢いを乗せた右足の踵落とし。

 大木を思わせる足による一撃は人体など容易く粉微塵にしてしまうほどの威力があるだろう。

 上空へと向かっていた力と叩き落とす衝撃とに挟まれ、身体を折り曲げながら影はリングの床に墜落する。

 しかしその際にも影の一部は反撃を忘れない。

 痛烈な一撃と同等の威力を持つ反撃は人の形を作っていた影の半分を使用して具現化された巨大な拳だった。

 防御もままならぬままにアッパー気味に放たれたその一撃を受け、ズィーラスは体勢を崩して宙を舞い地面へ叩きつけられてしまう。

 

「ごっふっ!?」

 

 しかし巨大な拳を形作る為に自身が纏っていた影を使った為に幾らかの影が剥がれ、彼の良く知る見慣れたマーセナスの姿が顕になっていた。

 

「ガァアアアアアア!!」

 

 その『隙』をズィーラスは本能で察知し、反射的に攻撃に動く。

 立ち上がる暇すらも惜しいと腕のスナップだけで放たれた空拳が、マーセナスの胸部に叩き込まれる。

 体勢が悪かった為に威力は格段に落ちている。

 しかし王者の一撃はたとえ不完全であっても強力無比の物だ。

 

「うぐっ……!」

 

 その一撃を受けたマーセナスは、受けた衝撃に苦悶の声を上げて身体を仰け反らせた。

 すぐにそんな苦悶の表情も、影が纏わり憑く事で見えなくなってしまう。

 しかしダメージを受けたのは誰の目にも明らかだった。

 

「はっ! どうやら影を剥いじまえば効くらしいなっ!!」

 

 仰向けの状態から上半身の筋力を使って飛び跳ねるようにして立ち上がる。

 ついでに口に溜まった唾液を吐き捨てる。

 口の中が切れていたらしく、血が混じっていたがズィーラスは痛みを気合で抑えつけて影を睨みつける。

 

「(つってもあの反撃は厄介だ。決定打を与えるにはあの影を剥いで生身を晒す、その隙に攻撃する。この2つを確実にやらなきゃならねぇ。1人じゃ手が足りん)」

 

 振るわれる剣鞭を避ける。

 生身を晒され攻撃を受けた事を警戒したのか、その攻撃は威嚇するような積極性に欠けた物。

 ズィーラスからすれば躱すのは容易だ。

 

 チラリとタツミが吹き飛ばされた観客席に視線を向ける。

 ぐったりと頭を垂れるタツミとそんな彼に呼びかけながら回復魔法や手当てを行っている彼の仲間たちの姿が見える。

 よほど傷が深いようで、タツミの腹部からは未だに血が出ているようだ。

 ルンが布で傷口を押さえているが、あまり意味を成していない。

 

「(ち、あれじゃこっちに加勢ってのも難しいな。ボロスの野郎が加勢にくりゃ解決すんだが……)」

 

 ズィーラスは素早く観客席に視線を巡らせ、同時に会場内の気配を探る。

 しかし独特の怪しさを伴う闘技場のNo2の姿は見られず、その気配も感じ取る事は出来なかった。

 苛立ちに思わず歯噛みする。

 

「(あの野郎、逃げやがった。……いや逃げたってよりどっかに隠れてあのニヤケ面で見てる可能性の方が高ぇ)」

 

 ボロスの愉しげな笑みを思い浮かべ、反射的にタコ殴りにする。

 想像に過ぎないが、あの男の性根をよく知っているズィーラスにとってはもはやこの可能性はほぼ確信に近い物だ。

 そしてその想像は当たっていた。

 

 

 ボロスは人のいなくなった観客席の影から戦場と化した会場を窺っていた。

 

「(ヒヒヒヒッ。せいぜい気張って奮闘する事だ、ズィーラス。私はお前たちがヤツと戦う所をじっくり観賞させてもらうよ)」

 

 ボロスの能力はトラノスケに近く、そのレベルも彼に比肩するほど高い。

 気配遮断などお手の物であり、本気を出せばたとえ相手がズィーラスと言えども他に気を取られているような今の状態で位置を気取られる事はない。

 

「(瘴気を纏った戦い方。せいぜい研究させてもらうぞ、馬鹿な騎士の馬鹿な小娘)」

 

 ボロスは目的だっただろうボロスやその一味の抹殺を忘れて暴れ狂うマーセナスを嘲笑う。

 抑えきれない喜悦を笑みの形にしながら、自身の目的を果たすべく戦場に意識を集中させた。

 

 

 影の断続的な攻撃は続く。

 しかしその攻撃はズィーラスが思考をまとめながらであっても避けられる程に単調な物で、さらに先ほどまでは確かにあったはずの殺意や敵意が今行われている攻撃からは感じ取れなかった。

 

「……?」

 

 その事に気づいたズィーラスは訝しげに影を観察し、そして気付いた。

 影の足元から湧き出るように溢れ出ている瘴気に。

 それが影の足元を伝って影の身体に纏わり付いていく事に。

 

「チィッ!!!」

 

 盛大な舌打ちと共にズィーラスは駆け出す。

 それは直感的な行動だった。

 影が何をするつもりかはわからない。

 しかしそれを許せば、こちらが不利になる。

 ズィーラスの突撃と同時に先ほどまでとは打って変わって嵐のように振るわれる剣鞭。

 彼は突撃を留めかねない一撃のみを避け、叩き落とし、最短距離で影に迫る。

 

「ウォオオオオオオっ!!!」

 

 雄叫びと共に繰り出される拳。

 しかしその一撃が影を捉えるよりも溢れ出た瘴気が、新たな形を作る方が早かった。

 人間だった影のシルエットが、纏わり付いていた瘴気がその形を変える。

 真っ黒な鎧が影の身体を包み込んでいた。

 

 甲高い音と共にズィーラスの一撃が弾かれる。

 同時に罅の入っていた手甲は相手の硬さとズィーラス自身の攻撃の威力に耐え切れず粉々になってしまった。

 

「ぐぅっ!?」

 

 本気の一撃を鋼もかくやの鎧で受け止められ、王者は思わずうめき声を上げる。

 

「かってぇ!! って何!?」

 

 鎧の胸部が巨拳へと姿を変え、敵対者目掛けて突き出される。

 鎧という形から拳の形へ変化する僅かな間。

 その間に彼に出来たのは両腕を胸の前で交差し、防御を固める事だけだった。

 

「がっ、は……」

 

 ズィーラスの全身をバラバラにせんとばかりに繰り出された影のパンチ。

 それによって彼の巨躯は宙を舞った。

 しかし防御が間に合ったお蔭で意識を失わずに済んだ為に、彼は衝撃を殺しながら着地する。

 鎧に弾かれて痺れた右手をぶらぶら振りながら、黒い甲冑姿になった影を睨みつけた。

 

「俺がくれてやった一撃を警戒して、防御を固めたってわけか(憑いてるのが人間のせいか? こっちの攻撃を学習して対策しやがる。長引けば有効な手がどんどん減ってくぞ)」

 

 ゆらりゆらりと身体を揺らしながら、影はズィーラスに向かって歩き出す。

 彼は迎え撃つべく両拳を浅く握り腰の横に構えた。

 

「うおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 そこに響く第三者の声。

 次いで観客席から放たれた真空の刃数発が影の周囲を直撃し、床を抉り飛ばす。

 足元を崩された影は為す術なく吹き飛ばされ、壁に激突した。。

 

「タツミか!」

 

 攻撃が行われた方向を見やれば刀を振り下ろした姿勢で荒く呼吸しながら影を睨みつける男の姿があった。


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