伸びる力と勝ち取る勝利
その対戦カードが明らかになった時。
タツミは密かに、いつでも乱入できるように身構えていた。
「(結局、ルドルフさんにはこちらに情報を伝えられなかった。マーセナスが今日も試合に出られたって事はあっち側は対処できなかった、あるいは何らかの理由で対処しなかったのかもしれないな……)」
眼下で向かい合う2人の姿を見つめる。
キルシェットの表情は真剣そのものであるが、マーセナスの表情は能面のように固定されその瞳もキルシェットを見ているはずであるのにどこか別の場所を見ているようにも見えた。
「オイチ。何かあったら動けるようにしておいてくれ」
「心得ています」
何気ない仕草で着物の裾に仕舞ってある札を確認する彼女に頷き、ルンとカロルに視線を移す。
「2人にはもしもの時の観客たちの誘導や護りをお願いしたいんだが……頼めるか?」
「(任せてください! 僕の魔法で絶対に守って見せます!!)」
「ええ、派手な事になれば会場全体が混乱するのは目に見えてるもの。こっちは任せてちょうだい」
ローブの胸元から顔を出したリューも主であるルンの言葉に同調するように一鳴きする。
「ああ、その時はよろしく頼む(倒せとは言わない。だが……頑張れ、キルシェット)」
知らぬうちに拳を握り締め、タツミは試合の行く末を見守る。
その顔はまるで家族の身を案じるように真剣で、彼にとってキルシェットの存在がいかに大切かがオイチたちにはよくわかった。
「それではキルシェット選手VSマーセナス選手。試合、開始!!」
試合開始の合図。
「っ!?」
同時に感じる悪寒に、キルシェットは床を蹴って横っ飛びした。
先ほどまで彼がいた床が鋭い斬撃によって切り裂かれる。
「(前の試合の時より速い!!)」
全速力で距離を取り、振り返る。
すると既に目と鼻の先という距離にまで迫り、剣を振り上げた姿勢のマーセナスの姿が彼の視界に飛び込んできた。
「くっ!」
盗賊の自身に容易く追いつくマーセナスの異様な素早さに驚愕する。
しかし彼は動揺をすぐに抑え込み、迫り来る剣をバックステップで避ける。
そして後ろに下がった足で地面を蹴り、剣を振り下ろした姿勢のマーセナス目掛け、両手に構えたナイフを十字に交差させて突っ込んだ。
マーセナスが引き戻そうとした剣を持つ右手を足で踏み、武器を構えようとする動きを封じる。
「(狙うのは首筋……!)」
刃引きされて鈍器同然のナイフであっても首筋に叩き込まれれば多大なダメージを与えられる。
そう考えての行動だった。
しかし彼は自身の行動の浅はかさを僅か数秒後に実感する。
確かに首筋に命中したナイフから伝わる硬い何かを殴ったような手応えによって。
「なっ!?」
彼が狙い打ったマーセナスの首筋はいつの間にか血の通わぬ黒色へと変化していたのだ。
そして手応えと合わせて明らかに異常なその肌の変化に驚愕したキルシェットの隙を見逃すほど彼女は甘くはない。
踏まれた姿勢のまま、空いている左腕をキルシェットの脇腹に叩き込む。
「ごっ!?」
悲鳴にならないうめき声をこぼしながらキルシェットの身体はリングの上を水平に吹き飛ばされた。
「ぐぅぁあっ!!」
水平に流れていく地面に足を叩きつけ、無理やり勢いを殺して受身を取る。
「げほ、がはっ!(さっきの首、まるで鋼みたいに硬かった。あの肌の色といい……明らかに、普通じゃない)」
考察する彼目掛けて高速で迫るマーセナス。
考える暇など与えないと言わんばかりの猛攻に晒されながらも、キルシェットは冷静にマーセナスを観察しどう倒すか考察を続けていた。
「(さっきの防御方法……見ているだけで不安になるあの感じは『瘴気』で間違いない。理屈はよくわからないけれど、『瘴気』を防御に利用したんだ。普通の打撃も、あの硬さだと斬撃も通るかどうか怪しい。『斬空』じゃ足止めにもなるかどうか)」
「……」
不気味な無表情と裏腹に、その攻撃は苛烈の一言でキルシェットは攻撃を避け、受け流すので精一杯だった。
観客たちも一方的な展開にどよめいている。
タツミたちもまた手に汗を握りながら、試合の行方を見守っていた。
「ふっ!?(さっきの一撃。僕と変わらないくらいのあの細い腕から放たれたとは思えないほどの強さだった。魔力が感じ取れなかったからたぶんあれも『瘴気』による強化だ)」
キルシェットは考えを巡らせながら腹部を貫かんばかりの突きの一撃を交差させたナイフで受け止め、しかしあえて踏ん張らずに衝撃に身を委ねてマーセナスの剣から逃れる。
距離が開く寸前に突きを放った姿勢のマーセナスの武器を持った手を蹴るもダメージを受けた様子はない。
蹴った瞬間、まるで岩を蹴飛ばしたような痛みが靴越しに感じ取れただけだ。
「(どれだけ隙を付いても防御される。それだけこの人は瘴気を強く深く利用しているっていう事になる。……でも、あの力はそう長く使えるような扱いやすい物じゃない)」
キルシェットは思い出す。
『瘴気』に取り憑かれた者たちが例外なく暴走していた有様を。
「(使えば使うほど正気を失う諸刃の剣。タツミさんは『瘴気』の力をそう言っていた。……明らかに短期決戦を狙っている戦い方。この人は『瘴気』の力を長い時間使えない)」
畳み掛けるつもりで放たれた攻撃を捌き切ったキルシェットに焦りを覚えたのか。
マーセナスの攻撃は激しさこそ増していくものの、それに反比例するかのように単調な物になっていった。
「(この攻撃はもう僕では受け止める事は出来ない。たぶん一撃でも受け止めればナイフが折れてしまう。でも攻撃自体は単純な物になって読みやすくなった。これなら避けられる。避けながら次の手を考えられる)」
観客たちも少しずつ状況の変化に気付きつつあった。
猛攻に晒されていながら未だに立ち続けるキルシェットと、苛烈な攻めの全てを躱されているマーセナス。
誰かが気付けばそれは波紋のように広がる。
先ほどまで一方的な展開に戸惑うようにどよめいていた彼らの声が歓声に変わるまで、各々を応援する声に変わるまで時間はかからなかった。
『常に冷静であれ。相手から、状況から目を離すな。どれほど劣勢に立たされても諦めるな、思考を止めるな、常に次の行動を考え続けろ』
頭を過ぎるのはトラノスケから鍛錬する度に呪文のように言われ続けた言葉。
耳にタコが出来るほどに言われてきたその言葉は、キルシェットの頭に刻み込まれている。
「まだまだ! (攻撃がどんどん速くなっている)」
マーセナスの攻撃は際限などないと言わんばかりに、その鋭さと重さを増していく。
攻撃が読みやすくなったと言っても、自力に差が出来ていけばいずれは追い込まれる。
徐々にキルシェットはマーセナスの攻撃を避けきれなくなっていた。
「どんどん強くなってる……(でも、顔こそ変わらないけど汗がすごい出ている。あっちにかかる負担も相当の物なんだ。まだ行ける!!)」
キルシェットは避けきれない攻撃に関して致命傷のみを避けて受けるようにした。
少しずつ傷を増やしていくキルシェット。
必死ながらも押されていくその様子に、タツミとオイチは思わず乱入しそうになる身体を押さえ込むのに必死だった。
戦いはそれでも続き、そしてとうとう決定的な瞬間がやってきた。
受けてきたダメージが限界を超えたのか、キルシェットが足をもつれさせた。
その隙を逃さず、大上段に振りかぶった剣を振り下ろすマーセナス。
「おおおおおおおおお!!」
今まで無表情、無言のまま戦っていた様子からは想像し難い怒号と共に振り下ろされる刃。
対戦相手であるキルシェットほど近づかなければわからないが、もはや彼女は滝のような汗を掻いておりどう見ても限界が近い事が読み取れていた。
ここで外せば己が持たない。
この時、彼女はそう考えたのだろう。
故に放たれた当たればただでは済まないという事が誰にでもわかるほどの必殺の一撃。
振り下ろされる刃に対して右手のナイフを掲げるが、焼け石に水だろう事は誰もが、おそらく本人ですら気付いている。
寸断される刃引きされた刃。
勢いを落とす事すら出来ないまま、渾身の一撃はキルシェットへと迫る。
しかしその一撃はキルシェットの肩に触れると同時に無意味な物となった。
「『変わり身の術』!」
キルシェットの姿が一瞬で斬撃の前から消え、そこに残った上着だけが斬り捨てられる。
「っ!?」
観客と選手たち、そしてマーセナス。
誰もが動揺する中で、マーセナスの背後に回ったキルシェットに向けてタツミが叫んだ。
「今だ! キルシェット!!!」
その声に後押しされるようにキルシェットは無防備な彼女の背中に残ったナイフを叩きつける。
「『気刃・発勁』!!」
彼の気迫に応えるようにナイフの刃全体が光を纏い、黒い防御を物ともせずにマーセナスの身体に確かなダメージを与えた。
ナイフの小さな刃が放った光が至近距離でマーセナスの身体を貫く。
背中からの衝撃に身体をくの字に仰け反らせ、マーセナスは声にならない悲鳴を上げて吹き飛ばされた。
正面からリングに叩きつけられ、ごろごろと受身も取れずに転がった彼女はリングの端でようやく止まったが立ち上がる気配はない。
「う、お……ああ」
両手をついて呻きながら立ち上がろうとするものの身体は言う事を聞かない有様だ。
キルシェットの決死の一撃が効いているのは明白である。
「はぁ、はぁ、はぁ……(まだまだ実戦で使えるような技じゃなかった、けど。上手く行って良かった……)」
キルシェットは荒くなった呼吸を整えながら、ヴォラドに辿り着くまでの間に必死に覚えた技が成功した喜びを噛み締めながら、立ち上がろうとしているマーセナスを警戒していた。
本来、盗賊や武道家、戦士などの物理攻撃を専門とする下級職は攻撃魔法を覚える事が出来ない。
しかし物理攻撃を魔法攻撃に変換するコマンドスキルが存在する。
そしてそれらの技はゲームでは職業によって覚えられるかどうか、どの程度の練度まで極められるかが数値的に決められており、その限界値を超える事は出来ない。
しかしこの世界は現実である。
正しい使い方を知る人間が教え、覚える為の努力を怠らなければ適性には個人差はあれど習得する事は可能なのではないか。
そう仮説を立てたタツミはキルシェットにまず汎用性の高い『斬空』を覚えさせた。
予想以上の練度まで仕上がり、1回戦を突破できるレベルにまで実用性を持たせたのは間違いなく彼自身の努力の成果だ。
思った以上の成果に、タツミは盗賊であるが為に足りない魔法攻撃を補うスキルをキルシェットに覚えさせた。
それが『気刃・発勁』である。
ヴォラドに来るまでの一ヶ月もの間。
キルシェットは時間さえあればこのスキルの書と睨み合い、実戦を繰り返しヴォラドに辿り着く頃にようやく使えるようになったスキルだ。
そしてタツミだけが気付いていた。
スキルを放つ瞬間。
キルシェットの頭上にサイコロが出現し、それが『6』という最良の結果を出していた事を。
クリティカルの効果をダイスの結果がさらに引き上げ、見た目以上に強力になった一撃になっていた事を。
「どうにか、勝ったみたいだな……」
キルシェットが勝った事実を噛み締めるように、確認するようにタツミは呟く。
「(本当に運が良かった。出目が悪かったらキルシェットは死んでいたかもしれない。……まったく随分と空気を呼んだダイスロールだな。今回は)」
今朝、ダイスロールで椅子が壊れて後頭部を打ち付けた苦い記憶を思い出し、無意識に眉間に皺が寄っていた。
「はい! キル君がやってくれました!!」
「(すごい! 凄いです、キルシェットさん!!)」
「まさかあんなに追い込まれていた状態から逆転しちゃうなんて、ね」
興奮してお互いの手手を合わせ喜びを分かち合い笑いあうカロルとオイチ。
驚愕を通り越して呆れたようにため息をつくルン。
異なる反応をしながらも、彼らの気持ちはキルシェットの勝利を喜ぶ物で統一されていた。
観客たちも劇的な大逆転に興奮しきりで歓声を上げる。
審判が立ち上がる事が出来ないマーセナスを戦闘不能と判断し、キルシェットの手を高らかに掲げる。
「マーセナス選手、戦闘不能!! 勝者……」
審判が勝者を告げようとした瞬間。
タツミには見えた。
マーセナスの瞳が血のように紅く染まる瞬間を。
次いで彼女の身体から山が噴火したような勢いで瘴気が立ち昇る。
「アァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
闘技会場に怨嗟に塗れた金切り声が響き渡った。




