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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第一章
8/208

談笑と不意の遭遇

 『青い兜』の面々がタツミについて協議している頃。

 話題の張本人はアスロイ村の外周部を歩き回っていた。


 フィリーが村の敷地を包み込むように使用した『白色の遮光』。

 ゲームでは『一定時間、使用者よりもレベルが低い敵とエンカウントしないようにする』という効果の魔法スキルだ。

 タツミがゴダたちから聞いた話でスキルの使い手を女性と推測していた彼は、診療所ですれ違った僧侶然とした女性のステータスを確認していた。

 結果、彼女の名前がフィリーでありレベルが40、僧侶の職業レベルが7だという事がわかっている。

 フォゲッタ近辺はイベントのボスですらレベルは35程度。

 よってこの周辺の魔物であれば、彼女が『白色の遮光』を使用すればまったく寄り付かない。

 これが普通の状況であったならばアスロイ村の安全は、魔法の効果が及ぶ範囲であれば保障されている事になる。


 しかしゴダたちが接触したスケルトンとフォレストウルフは『弱い魔物』の範疇には入らないだろうと考えられた。

 戦士の職業レベル7でレベル50のゴダと剣士レベル7、レベル48のギースが歯が立たないまま退却せざるをえない力を持ったスケルトン。

 そしてそんな存在と共に現れたフォレストウルフ。

 そんな2体のレベルがフィリーのレベルを下回るとは彼には思えなかった。


 力尽くで結界を抜ければ術者であるフィリーが感知できる。

 こちらの世界での『白色の遮光』にはゲームには無いそういう効果がある事を『タツミの知識』にあった。

 しかし『奴ら』の異常性を考えれば使用者であるフィリーにすら気づかれずに村に侵入してくるという可能性も考えられた。

 だからタツミはその可能性の警戒も兼ねて、こうしてアスロイ村の見回りをしているのだ。

 おとなしく青の兜が出す結論を待っている事が出来なかったという彼自身の気持ちの問題も多分に含まれているが。


「……今のところは、何も起きないか」


 『白色の遮光』の有効範囲である村の敷地ギリギリを『鷹の目』を使って歩き回ったタツミは、何事も無い事に安堵の息を付いた。

 とはいえキルシェットの盗賊としての技能と獣人のポテンシャルを掻い潜った魔物が相手。

 レベルが3桁を超え基礎能力が格段に違うとはいえ、タツミ自身が持つスキルの効果もどこまで通用するのか明確な所はわからない。

 今いるこの場所はタツミがやっていたゲームの世界ではないのだ。

 平穏な世界で過ごしてきた記憶を持つ彼に、気を抜く事など出来なかった。


「……」


 彼が立ち止まった場所は、ゴダやギースたちが一度偵察に向かったフィンブ村へ続く道の前だ。

 フォゲッタからアスロイまでの道と比べてほとんど整地されておらず、人の足で歩くならばともかく荷車や馬車を走らせるには不向きに見える。

 人の行き来によって生まれた自然の道といった所なのだろう。

 この道のずっと奥に滅ぼされた村がある。

 つい先日まで人が暮らしていた村が。


「……っ」


 こちらの世界に来てから何度目かの恐怖に彼の身体が震える。

 魔物に襲われて命を落とす人間は多い。

 たとえ魔物と直接対峙する事が多い冒険者でなくとも、今回のような魔物の襲撃を受ければ少なくない怪我人と死者が出るのだ。

 その事をこちらでの記憶によって彼は理解している。

 しかしそれでもやはり人の死を身近で感じ取る事には慣れなかった。


 この世界で生きるタツミが持つ残酷な記憶。

 実感を伴って思い出せるその記憶よりも、今この時に自身が感じている思いの方が彼には現実味があった。


「(所詮、記憶は記憶って事だ。そう考えて割り切っていかないと……これからますます大変になる)」


 数えるのも億劫になるほど繰り返してきた深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 恐怖で狭まりそうになっていた意識を宥め、どうにか平常心を取り戻したタツミの耳に近づいてくる足音が聞こえてきた。


「タツミさん!」

「んっ?」


 彼は呼びかけられた声の方を振り返る。

 視線の先には笑みを浮かべながら走ってタツミに近づいてくるキルシェットと、彼の後に続いて歩み寄る診療所ですれ違ったウェーブかかった金髪の女性の姿があった。


「キルシェット……それに、えっと(ステータスで確認したし、一応ゴダたちから話は聞いているから名前を知っていても問題はないと思うけど……名乗りあってもいないのに名指しは失礼、か?)」


 自分の顔を見つめて言い淀むタツミの姿に、女性は微笑みながら口を開いた。


「先ほどはご挨拶が出来ませんでしたね。『フィリー・ミスティ』です。僧侶として青い兜に所属しています。戦いの場で補助や回復などを担当しています。貴方はタツミさん、で良かったかしら? 最年少ランクA冒険者とこうしてお会いできて光栄です」


 ゆったりとした所作で女性は彼に対して頭を下げて名乗りを上げた。


 鼻筋の通ったシャープな顔立ち、翠色の瞳は相手を落ち着かせるように柔らかい輝きを放っている。

 全体的にほっそりとした女性らしい丸みを帯びた肢体は異性からは羨望、同性からは嫉妬の視線を向けられるだろう事が容易に想像できる。

 やや小柄な身体に対して青を基調としたゆったりめの服は、タツミの現代知識では僧侶と言うよりも修道女が着る服装に見えた。

 外に出ている為か、先ほどまでしていなかった青色の頭巾を被っており、流れるような金髪が頭巾からはみ出すようにして自己主張している。

 冒険に向いているとは言い難い袖や裾が大きい頭巾だが、彼女の動きはきびきびとしていて服装のイメージとは異なっていた。

 よく見れば修道服には深めのスリットが入っており、さらに腰、手首には皮製のベルトがついている。

 いざ激しい動きを要求される際には、このベルトを締める事で服を固定する事で動きやすくするのだろうと推察できた。

 

 

「タツミです。辺境の村の出身ですので家名はありません。よろしくお願いします。ランクの事はあまりお気になさらず。そちらがやりやすいように接していただけると助かります」


 この世界では家名、あちらの世界で言うところの苗字が無い事は珍しい事ではない。

 辺境の村で生まれ育った人間は持っていない事の方が多い程だ。

 逆にある程度大きな街で生まれ育った人間は多すぎる人口を管理する政策の一環としてほとんどの人間が家名を持っている。

 街にある役所に申請すればそれまで家名を持っていなかった人間も持つ事が出来る。

 必要ならば手に入れ、必要でなければ持つ必要はない。

 この世界に置ける家名は貴族や王族などの権力者を除いてそういう扱いの物だ。


「ふふ、わかったわ。それと今回の件、青い兜は協議の結果、貴方に協力を要請する事になったわ。頼りにさせてもらうからよろしくお願いね」

「……わかりました、こちらこそよろしくお願いします」


 青い兜が出した結論を聞き、内心でタツミはほっとする。

 しかしほんの少しの気の緩みが生み出した本人すら気づかなかった不自然な言葉の間を、フィリーは敏感に察知した。


「いえいえ。こちらこそキルシェットから聞いた素晴らしい剣の腕前、頼りにさせてもらうわね? (……もしかして私たちが協力要請をした事に安心したの? Aランク冒険者なのに?)」


 彼の心中を探ろうとフィリーは会話を続けながら観察を続ける。

 彼女の言葉の裏にある探りに気付いていないタツミは『頼りにしている』という(くだり)で顔が引きつりそうになるのを抑えながら当たり障りのない受け答えをする事に必死だ。


「あ、あのあの! フィリーさんの治療魔法や補助魔法は凄く効果があるんですッ!! 絶対頼りになりますよ!!」

「あら、キル君。私なんて教会の司祭様に比べればまだまだ未熟者よ。そんなに持ち上げても何も出せないわ」


 興奮気味に自分の仲間の事をタツミに紹介するキルシェット。

 そんな彼をクスクスと気品のある笑みを浮かべながら宥めるフィリーの姿は、種族こそ違えどまるで彼の姉のようだとタツミには思えた。


「僕なんて怪我が多いから青い兜に入れてもらってから今まで数え切れないくらいお世話になっていて!!」


 キルシェットの態度もまるで出来の良い姉を自慢する弟のようで。

 タツミは二人の微笑ましいやり取りに自分の置かれている状況も忘れて頬を緩めた。


「あ……タツミさん、やっと笑ってくれた!」


 彼の表情の変化に気付いたキルシェットは晴れやかな笑みを浮かべて飛び跳ねる。


「お、おい? なんだ、急に……」

「タツミさん、出会ってからずっとしかめっ面でなんだかピリピリしてましたから……笑った顔が見れて僕なんだか安心したんです!」


 裏の無い満面の笑みを浮かべて我が事のように喜ぶ彼の様子にタツミは困惑した。


「ふふ、この子。貴方の事をずっと気にしていたのよ? ここに来るまでの間も貴方の為に何か出来ないかってずっと私に相談していたくらいだし」

「……そう、なんですか。(出会ったばかりのキルシェットに気付かれるくらいに俺はわかりやすく緊張してたって事か。……参ったな。年上としての面目丸つぶれだ)」


 笑みを崩さないままのフィリーによって語られるキルシェットの気遣い。

 自分はそんなにもわかりやすく緊張していたのかと、タツミは情けなさに肩を落とした。


「わーわーわー! フィリーさん、それは言わないでください! 恥ずかしいじゃないですか!!」

「あら、いいじゃない。それに……彼も適度に力が抜けたみたいよ。こういうのを結果オーライって言うのよね?」


 タツミの様子に気付いているのかいないのか、姉弟のようなじゃれ合いを続ける二人。


「ふふふ、はははっ……」


 その明るい声のやり取りを聞いているうちにタツミの中に燻っていた恐怖が軽くなっていく。

 先ほどは頬を緩める程度だった。

 しかし今度は控えめにではあるが声を上げて笑っていた。


「ありがとう……」


 自分を気にかけてくれたキルシェットとフィリーに感謝を告げる。

 礼を言われた当人は、フィリーを怒るのに夢中でタツミの笑みにも言葉にも気づかずに頬を膨らませていた。

 しかし笑いながら弟分の怒りを受け流しているフィリーはタツミの笑みにも感謝の言葉にも気づいていたようだ。

 彼にチラリと視線を巡らせ、後ろ手で彼にヒラヒラと手を振って応えていた。



 キルシェットを間に挟む事で打ち解ける事が出来た3人は和やかにお互いの事を語った。

 もちろんタツミは自身のややこしい事情については省き、こちらの世界で過ごしてきた記憶を元にした当たり障りのない範囲だけを話したが、それでも今までの態度と比べればとても積極的に交流を図っていた。


「(何故かはわからないけれど、彼はとても警戒心が強いのね。キル君の裏表のない態度のお蔭でずいぶん緩和されたみたいだけど……慕われる事に慣れていないのかしら? 今の彼を見ているとゴダたちが言っていた事務的な態度が作られた物だって事がよくわかるわ)」


 フィリーはゴダたちから聞いていた印象を覆す程に自身の事を年下の少年に語る青年の姿に、自身が事前に持っていた『極端に自分に自信が無い』という悪印象を上方に修正する。

 人を助けてきた事を語る彼の姿は自信に満ち溢れていた事から、自分の今までの行動に自信を持っている事が窺えたからだ。


「(初対面の人間に対して警戒するのは当然の事。だけどとてもそれだけとは思えないくらい明らかに彼は一線を引き、行き過ぎとも言えるその態度が謙虚を通り越して卑屈に見えた。……今はそんな事は無さそう。単純に警戒心が強いだけなのかしら? 思った以上に複雑な身の上みたいだし)」


 タツミは両親を早くに亡くしてから我流で技を磨き、冒険者だった彼らの後を追うようにその道を歩んだ。

 行く先々で騒動に巻き込まれ、少なくはない辛い出来事に見舞われてきたが、それらを真っ向から乗り越えてきた。

 そう誇らしげに語る彼の姿には『自分を信じられない』という言葉はあまりにそぐわないとフィリーは感じる。


「(友人知人はいるみたいだけど冒険者のパーティを組んだ事はない……。実力に差があるから? Aランクになれるほどの冒険者ならありえる話だけど……一歩引いていた事と言い、何か理由があるのかしらね? ……この様子なら信頼するには少し危ういけれど信用は出来そう)」


 タツミが語る冒険譚を朗らかに笑いながら聞き入るキルシェット。


「その時、俺は初めて見るドラゴンを相手に身体が震えた。圧倒的な強さを肌で感じたよ……」

「そ、それからどうなったんですか?」


 語り合う二人の姿を眺めながら、フィリーは自身が抱いていたタツミの評価を次々と書き換えていく。

 彼女は二人の語らいに区切りが付いた所を見計らい声をかけた。


「二人とも。楽しく談笑しているところ申し訳ないのだけどそろそろ診療所に戻りましょう。他の皆も交えて今回の件について腰を据えて話したいわ」


 声をかけられた事で1時間も話し続けていた事に気付いたタツミは我に返り、申し訳なさそうにフィリーに頭を下げた。


「すみません、一方的に話してしまって……行きましょうか」


 ばつが悪そうに頭を掻きながら二人を先導するように先に歩き出すタツミ。

 キビキビとした動作ではあったが、彼女にはそれが照れ隠しだという事がわかった。

 手が届かないほどの実力者が見せる物とは思えない微笑ましさにフィリーはついつい口元を綻ばせてしまう。


「あ、待ってください! どうしたんですか!? 急に早足にならないでくださいよ!」

「気にしなくていい! 早く行くぞ。やる事は沢山あるんだからな!」


 スタスタと早足で進むタツミの背中を追いかけるキルシェット。

 騒がしい二人の後ろを笑みを絶やさぬまま付いていくフィリー。

 少なからず打ち解ける事が出来た3人の間に流れる空気はとても穏やかだ。

 少し前までぎこちなかった様子はもはや無い。


 しかし。

 過度の緊張が良い意味でほぐれた状態で精神的な視野が広がったタツミは、自分を見つめる僅かな気配に気が付いた。

 殺意や敵意の感じられない視線を訝しげにお思いながら何の気なしに視線の方に振り返る。

 そして視線の主と目が合った瞬間、驚きの余り表情を凍りつかせた。


「ッ!?」


 先ほどまで彼が気にかけていたフィンブ村へ続く街道。

 真っ直ぐに伸びたその道のど真ん中にいつ現れたのか四本足で直立し、彼らを見つめる狼がいた。

 遠目からですら感じ取れる異質な雰囲気から、タツミはその狼こそがゴダやギースが話していたフォレストウルフであると直感する。


「二人とも、俺の後ろに下がれ!!」


 和やかだった雰囲気を切り裂くように彼は鋭い声を上げた。


「「えっ!?」」


 焦りの伴ったその声に動揺する二人を尻目に、タツミは自身の後ろに付いてきていたキルシェットとフィリーを庇うようにウルフと二人の間に一足飛びで移動した。


「つっ、あれは……」


 動揺を一瞬で抑え込み、タツミの視線の先を確認したフィリーは息を飲む。

 悠然と立ち尽くすその姿はただの獣とはとても思えないほどに堂々としていた。

 手にしていた杖を握る力が自然と強くなるほどに緊張する。


「キル君、例の狼よ!! ゴダたちに伝えて!!!」

「は……はいっ!! 二人とも、気を付けてください!」


 二人から一拍遅れて事態を把握したキルシェットは彼女の指示を受けて放たれた矢のようにその場から駆け出す。

 狼は去っていく少年の姿には見向きもせず、視線は残った二人に固定していた。


「キル君の事は眼中にない、という解釈でいいのかしら?」

「……キルシェットを追うような他の気配は感じられません。奴は完全に一体で、眷属の類はいないと思われます。だからあっちは恐らく大丈夫、だと思います」

「すごいわね。私のように結界を張っているわけでもないのにそこまで周囲の気配を感じ取れるなんて……タツミ君はレンジャーの技能も持っているの?」


 盗賊の上級職の一つであるレンジャー。

 ダンジョンの構造解析、宝箱の罠解除などエリア探索に長けた職業である。

 そのパッシブスキルの一つである『気配察知・上級』をマスターしているタツミは、その気になればアスロイ村程度の面積の内側にある気配ならば完全に把握する事が可能だ。


「一人でなんでも出来るようになりたかったか、なんでも覚えたんですよ」


 タツミとしての記憶と、ゲームでソロプレイヤーとして楽しんでいた時の記憶。

 二つがない交ぜになって彼の口から出たその言葉は、思いの他フィリーの心に重く響いた。


「そう……頼りにさせてもらうわ」

「期待に添えるよう努力します。しかし……」


 静かに仁王立ちし瞬きだけを繰り返す狼から目を逸らさずにタツミは会話を続ける。


「ゴダさんたちから聞いた通り、あちらに戦意は無いみたいですね」


 前触れの無い突然の出現に慌てて迎撃態勢を取りはした物の。

 こうして目を合わせて向き合ってみれば、タツミにもフォレストウルフに攻撃の意思が無い事が容易く読み取れた。


「ええ。でも油断は禁物よ。ゴダたちが遭遇した時とは状況が違うもの」

「勿論、警戒を怠るつもりはありませんよ(試してみるか……ステータスを)」


 タツミは深呼吸を挟み、意を決して目を細めより一層、魔物を注視する。

 彼の決意とは裏腹にあっさりとフォレストウルフのステータスが表示された。

 表示された項目は以前に街のウェイトレスを相手にした時と同じで名前、種族、レベル、職業、職業レベル。

 しかし。


「(なんだ、これ。名前と種族、職業が文字化けしている。レベルは……104?! この辺りにいていい魔物じゃないぞ!!!)」


 魔物の種類や名称が分かれば何らかの情報を得る事が出来るかとやったステータスから出た事実。

 その驚愕を彼はなんとか心中のみに抑え込む。


 しかし自分の情報を盗み見られた事を直感的に察したのか、狼の行動は素早かった。

 今まで鋭くも害意の感じられなかった視線に、初めて明確な意志が宿る。


「ウォオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーン!!!!」


 気高く雄々しい雄叫びを上げると自らが出した声を置き去りにするかのような速度で駆け出す。

 一直線にタツミを目掛けて。

 村を包み込んでいた白色の遮光の内部に入り込んだと言うのに結界に違和感は見られない。

 力の差が大きすぎるのか、それとも狼の固有スキルなのか。

 結界などまるで存在しないかのように、その内側である村に侵入してきた。


「う、おおおおおおおお!!!!」


 腰の刀を抜こうとしていたらとても迎撃は間に合わなかっただろう。

 彼はマスター済みの武道家としての能力で甲冑の手甲を顔の前で交差させ、狼の衝撃波を伴ったタックルを受け止めた。

 そうする事が最善だと言う自身の直感に従って。


「ぐっ!?」


 痺れるような痛みがタツミの両腕に走り、踏ん張った足が地面に沈む。

 しかしタツミにダメージは無かった。

 攻撃を受け止めた両手甲を勢いよく開き、狼を突き飛ばす。


 狼は空中で器用に一回転し、地面に着地した。

 その視線はタツミに固定されており、彼の背後にいるフィリーには見向きもしない。

 しかし攻撃をしてきたというのに狼の目には相変わらず敵意や害意は感じられず、タツミはこの狼への疑問を強めた。

 何かを見定めようとするような狼の視線を見据えられながら、場はまたしても膠着状態に陥っていた。


「なんなんだ、こいつ……」


 膨れ上がる疑念がふとタツミの口からこぼれ落ちる。

 それは応えなど期待していないただの独白だ。


「タツミ君!! 今、補助魔法を!! 『プロテクション』!!」


 プロテクションは職業レベルに応じて防御力を一時的に強化する魔法だ。

 タツミの足元に円形の魔方陣が浮かび、光が沸き上がるように彼の身体を包み込む。

 フィリーの職業レベルならばゲームと同様に考えれば防御力は基礎能力の1.8倍、魔法の持続時間はレベル1時の持続時間5分の1.5倍になる。

 レベルと職業補正で基礎能力が高いタツミに対して、その効果は絶大な物だ。

 並大抵の攻撃では今の彼を傷付ける事は出来ないだろう。


「感謝します!」


 短く礼を言い、彼は腰の刀を抜き正眼に構える。

 狼は彼らの行動を邪魔する事もなく、何かを探るような視線をタツミにのみ向けていた。


「お前が何者で何が目的なのかわからんが……来るって言うなら相手になるぞ!!」


 威嚇するように声を上げ、彼は狼を睨み返す。


「「っ!?」」


 しかし睨み合いは村の外から近づいてくる気配に両者が気づいた事で唐突に終わりを告げた。

 フォレストウルフがその場から飛び退き、タツミから距離を取る。

 そして自身の背後、フィンブ村に続く街道に視線を向けた。


「な、なに……?」


 狼の動きを追っていたフィリーは、遅れて村に近づいてくる邪気と地鳴りのような複数の足音に気が付く。


「くそっ! 次から次に……」


 鷹の目で速やかに足音の聞こえる先を確認したタツミは、悪くなっていく状況に悪態をつく。

 スキルを使って強化した彼の視覚には全身から黒く淀んだ黒いオーラをまき散らしながらこちらに迫ってくるスケルトンと、その邪気に引き寄せられたと思われる正気を失った魔物の群れが映っていた。



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