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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第五章
79/208

襲撃者はエルフ

 タツミは期せずして依頼内容に触れる事となったルンに翌朝になって事情を掻い摘んで説明した。

 

「闘技大会で盛り上がるこの街で、そこまできな臭い事になってたなんてねぇ。荒くれ者たちの街だなんて言われてる所だから危ない目に遭うのも何か起きるのも想定してはいたんだけど、ここまで厄介な事に巻き込まれるのは予想してなかったわ」

 

 事情を聞いて苦笑いしか出てこない彼女の心中は察して余りある。

 完全なとばっちりなのだ。

 

 タツミは彼女たちを巻き込んでしまった事に負い目を感じていた。

 そしてあやうく殺される所だったルンとカロル、そして彼らの仲間たちには事情を知る権利があるとして、状況を聞く為に宿に現れたルドルフに事情を説明する旨を伝えた。

 未だに眠るカロルは別として既にルンについては事後承諾という事になったが、ルドルフは2人への説明を許諾した。

 

 しかし彼女らのパーティメンバーへの事情説明には難色を示した。

 知る人間は少ない方が良いと考えているのだ。

 

「事態に巻き込まれてしまった当事者であるお2人ならばともかく、それ以外の者に知られるのは申し訳ないのですが了承できかねます。命を狙われ、危険な目にあったお二人を前に言う事ではないとは思いますが、こちらにも事情がある事をどうか考慮していただきたい」

 

 命を狙われた上に、情報の制限を行う事を申し訳なく思うと頭を下げるルドルフ。

 そんな彼に対してルン自身の反応はあっさりした物だった。

 

「私が文句を言うとしたら、あの瘴気塗れの剣士さんとカロルを攫ってくれた人の黒幕さんに、よ。この街のいざこざとは関係ない所にいたタツミたちはもちろん事態の収拾に動いているルドルフさんに文句を言うつもりはないわ。そこまで詳しくはわからないけれど、騒ぎ立てて祭に水を差すなんてしたくないもの。まぁそっちが私たちを巻き込んだ事に負い目を感じてるって言うならおいしい食事でも奢ってちょうだいな」

 

 余裕たっぷりの笑みと共にこう言い放つルンの表情に、タツミは艶やかさの中にもどこか力強さを感じた。

 

 

 そんな朝のやり取りが終わり、ルンは仲間たちと泊まっている宿に戻っていった。

 オイチの式紙で2人の無事を連絡しているが彼女は早く無事な姿を見せて安心させたいと言う事だ。

 未だに眠っているカロルはタツミたちに預けている。

 

「あんまり動かすのもまずい気がするし、貴方たちになら安心して預けられるわ。すぐに皆を連れて戻ってくるつもりだからそれまであの子の事よろしくね」

「ああ、わかった。任せておけ」

 

 タツミはルンを見送ると、身体を少しでも休ませる為に自身の部屋へと戻る事にした。

 

 しかしベッドに寝転んだ彼は休む事が出来なかった。

 男を担いだトラノスケが窓から帰ってきたからだ。

 

 今回の一件に関わる重要人物かもしれない人物を捕らえたという彼にタツミの眠気はどこかへと飛んで行ってしまった。

 重要人物をタツミのベッドに寝かせ、トラノスケ側の事の次第を聞かせてもらう。

 

「そっちもなかなか大変だったみたいだな」

「いえいえ。尾行は失敗しましたがお蔭で鬱陶しかった襲撃者は捕まえましたから。こいつから情報取れればとんとんって所でしょう」

 

 軽く談笑交じりに情報を共有した彼らはベッドで眠っている男に視線を向ける。

 闇夜に紛れるような漆黒のローブは既に外され、素顔が露になっていた。

 綺麗な緑色の髪をした男性だ。

 幾分か年を取っているようだが、線の細い美しい顔立ちをしている。

 そしてその耳は特徴的な尖り方をしていて、その男の種族を雄弁に語っていた。

 この人物はエルフだったのである。

 

「エルフ。それも顔立ちを見る限り相当長く生きてるヤツだな」

「確か長寿なんでしたっけ?」

「ああ、個人差はあるが人間で言うところの5、60年くらいで外見年齢1歳分の年を取るって話だ」

「だとすればこいつは……」

「見た目が3、40って事はかるく1000年は生きてるな」

「はぁ~~、そいつは凄い」

 

 男が寝ているベッドからは距離を取り、油断なく視線を向けながら彼らは会話を続ける。

 

「こいつが起きないと何も聞けないし、推測ばかり話すのも建設的じゃないか」

「起こしますか?」

「その前にオイチにこの事を伝えてきてくれるか? 眠ったままのカロルを隣の部屋で見ているんだが」

「そうですね。帰還の挨拶がてら少し行って来ます」

「ああ」

 

 音も無く部屋を出て行くトラノスケの姿を見送り、タツミは目を細めながらベッドに視線を戻した。

 

「起きてるんだろう?」

 

 言葉を向けられたエルフの男は目を開き、上体を起こした。

 

「……気付いていたのか」

「まあな(ステータスで相手の状態が確認できるって便利だなほんと。相手の様子を注視しないでも確信できるって反則だ)」

 

 起き上がった男はタツミをじっと見つめ、次いで自身の身体を、そして最後に部屋の中を検分するように見回すとやがて諦めたようにため息をついた。

 

「逃げるのは無理だな」

「諦めが良いな。まぁあんたの持ち物は没収させてもらっているから何かする気なら自力で、と言う事になるが」

「マジックアイテムが無ければ私に逃げる術はない。彼我の戦力差くらいは見極められる」

 

 実にエルフらしい冷静な判断をする男。

 

「冷静なのは結構だ。だがだからと言って俺たちの追及が緩むという事は無いぞ」

「承知している。私とてそれなりの覚悟で事に関わったのだ。報いは受けるつもりだ」

 

 皮肉めいた言い回しをするタツミに対して、男は臆せずに言葉を返す。

 その声にも、態度にも虚勢は無い。

 だからこそタツミは問いかけずにはいられなかった。

 

「報いを受ける事になるとわかっていて、お前はマーセナスの闇討ちに加担したのか?」

「……」

 

 タツミの言葉に、男は答えない。

 しかしその無言が肯定を意味している事を彼は察していた。

 

「勝手な事を。お前が覚悟しているという事と、犠牲者の命が等価値だとでも言うつもりか?」

 

 怒気の篭った言葉に男は重々しく口を開く。

 

「ではヤツらのやってきた所業が犠牲にしてきた者たちの命と釣り合う物だとでも言うのか?」

 

 静かだが、それでもタツミに気圧されないだけの怒気の篭った言葉が返される。

 

「……つまりマーセナスとお前の目的は『ボロス一味への復讐』という事だな」

「っ!?」

 

 思わず己の口元を覆う男。

 その行為が既にタツミの言葉を肯定している事に気付き、苦々しげに彼を睨みつける。

 

「図られたか。強かな男だ」

「これでもそれなりに生きてきてそれなりに経験を積んでいるんでね。尤もエルフとは比べ物にならないほど短い時間だけどな(とはいえ、あんな分かりやすい煽りに引っかかるとは思わなかったな)」

 

 タツミが思い浮かべるエルフは、常に冷静沈着で同族以外には冷たい印象が強い。

 例外であるのはフォゲッタのギルドマスターである彼くらいのものだし、彼のような相手であったとしても、タツミの挑発など鼻を鳴らして受け流してしまうだろう。

 そんな基準を元に軽い駆け引きのつもりで放った言葉に、いとも容易く感情を乱した目の前の男にタツミは違和感を覚えた。

 

「……私から話す事は何もない」

 

 しかし気を取り直した男は、口元を引き結ぶ。

 何をされても話さないと態度で示した男に、タツミの眉間に皺が寄った。

 それは目の前の男への怒りであり、苛立ちが表情に表れた物だ。

 

「マーセナスが襲撃するのがボロス一味に限定されていたんなら……俺はここで引いていたかもしれないな」

「なに? うぉっ!?」

 

 タツミは瞬時に間合いを詰めると名も知らぬエルフの襟元を掴む。

 そしてそのまま男の身体を引き寄せ、突然の事にされるがままだった男の額に引き寄せる勢いを利用して頭突きをした。

 

「がぁっ!」

「だが、あいつはあろう事かボロスとまったく無関係な俺の友人にまで手を出した。その行為が瘴気で暴走しているのだとしても、許すわけにはいかないし、許すつもりもない」

 

 乱暴に掴んでいた服を離し、ベッドに倒れ込んで額を押さえて呻く男に告げる。

 色々と偶然が重なった結果とはいえ、ルンは危うく殺される所だったのだ。

 こちらの世界に辰道の意識で来てから出来た数少ない繋がり。

 それを壊される所だった彼にとって、当事者であるマーセナスを庇い立てする目の前の男はとても許せる物ではなかった。

 

「ま、待て。無関係の人間を彼女が傷付けた、だと?」

 

 額を押さえながら男は信じられないと言わんばかりの表情でタツミを見つめる。

 

「マーセナスが本来どんな人間性なのかは知らない。だが瘴気に取り込まれた魔物が、あるいは人間がどんな風になるのか、俺はそれなりに見て知っている。……まだどうにか理性が歯止めをかけているみたいだが、これ以上は止めないと取り返しがつかない事になるぞ」

 

 タツミの言葉がよほどショックだったのか、男は先ほどまでの頑なな態度を完全に崩していた。

 

「馬鹿な。まさか効果が残っている間にさらに服用した、のか?」

 

 顔を青褪めながら、身体を震わせてぶつぶつと独り言を言い始める。

 よほど焦っているのか、タツミの事が頭から抜け落ちてしまっているようだ。

 タツミはこれ幸いにと男が落として行く情報を聞き漏らさぬよう男の言葉に集中する。

 

「(『効果』に『服用』。どうやら瘴気に憑かれている今のマーセナスの状態にこいつが関わっているのは間違い無さそうだな。単語から推測するに……瘴気を取り込む薬を誤った用法で使ったって事になるが。あんな物を制御するような薬が存在するって言うのか? 薬が開発されるくらいに瘴気の解析が進んでいるって事になるぞ)」

 

 彼にとって関わりが深く、そしてそれ以上に得体の知れない存在である瘴気。

 あちらの世界にすら存在するアレは、対処方法など取り込まれた者を倒すくらいしか思いつかなかった物だ。

 そんな物が研究されていて且つ制御を可能にする(と思われる)薬すらも存在するという事実に、タツミは問題が思った以上に根が深い事を感じ取っていた。

 

「(闇討ち事件の犯人探しだけのはずだったって言うのに、厄介な問題に首を突っ込んでいる気がしてならない。どの道、瘴気が絡んでいるなら首を突っ込む事になっていただろうが)」

 

 自身とタツミが2つの世界に存在する謎と、今の状況を改善する為にも原因と思われる瘴気に関わる事をやめるわけにはいかないのだ。

 そこまで考え、彼はずれていた思考を戻すために一度、首を振る。

 今考えるべきは事件の解決であり、その為に目の前の男から情報を引き出す事なのだ。

 

「……お前がどういう目的でマーセナスに手を貸したのかなんて俺にはどうでもいい。止めるつもりもなかった。だがお前らの復讐と無関係な人間が巻き込まれてあやうく死ぬ所だったんだ。今まではあくまで依頼として、そして瘴気の危険性を知っている人間としてマーセナスを追っていたが、これからは友人を殺されかけた人間としても追うつもりだ。今まで手を抜いていたわけじゃないが、これからはマーセナス自身の身の安全は保証しないからそのつもりでいろ。それを邪魔するつもりならお前の命も保証しない。それだけ俺は怒っているんだ。お前らにも、カロルを誘拐したボロス一味にもな」

 

 怒気はいつの間にか殺気へと変わり、タツミの語気が自身の感情に引きずられて強い物へと変わる。

 

「お前に無関係な人間を巻き込んだ事への罪悪感が少しでもあるんなら……お前が知っている事を全部話せ」

「う、うう。……わ、私は」

 

 タツミは頭を抱えて呻く男を冷めた目で見つめながら部屋に備え付けられた椅子に座る。

 男が妙な行動を起こさないようにいつでも取り押さえられるよう気構えした状態で見張りながら、彼はトラノスケが戻ってくるのを待った。

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