誘拐のち襲撃
オイチたちは和やかな雰囲気で出店が多数並ぶ広場を練り歩いていた。
男は小柄な少年だけで、残りは年齢に多少のばらつきはある物の見目麗しい女性ばかり。
最も年下だろう額に角を生やした少女ですら、健康的な美を感じさせる。
男ならば目を奪われないはずがない、そういう集団だ。
しかし男なら即座に食いつきそうな彼女らに声をかけるチャレンジャーは今のところいない。
そのうちの2人が大会の1回戦を突破した猛者である事もまた、知れ渡っているからである。
好奇心はあるが、生半可な腕の者は寄り付かない。
下手な事をして怪我をしたくはない、とそういう事である。
それでも諦めきれず、あるいは機を窺っているのか彼女らを遠巻きにして向ける視線の数は多い。
タツミやトラノスケがいれば多少は緩和できたのだが、当人たちは仕事でこの場にはいなかった。
見るからに小柄で幼いカロルではそういう輩の虫除けにはならないのだ。
女性だらけの一団に向けられる下心を隠そうともしない下卑た視線に、オイチは辟易としている。
「(タツミ様も共に行ければ良かったのですが……)」
悩ましげにため息を零す。
共にありたいと最近になってより強く想うようになった人が隣にいない事に本人も気づかぬうちに気落ちしていた。
夕食をとルンに誘われた時は喜んで同行したのだ。
今も年の近い女性と話をしていて楽しくないわけではない。
しかしタツミが傍にいない事に、オイチは同性との語らいの楽しさ以上の寂しさを感じていた。
「あら、どうしたの?」
「えっ?」
目を覗き込むようにルンに声をかけられ、オイチは無意識に俯き気味だった顔を上げる。
「調子が悪いのかしら? どこかで休む?」
「い、いえいえ大丈夫です」
慌てて取り繕う彼女に、ルンは訝しげに首を傾げるが深くは追求しなかった。
「そう? なにかあったら遠慮なく言って頂戴ね?」
それは処世術に長けた彼女の気遣いである。
「はい。ありがとうございます。ちょっと視線の多さに気疲れしただけですので」
彼女の意図を理解したオイチはふわりと笑った。
自然に浮べられたソレに、ルンは納得したように微笑み返す。
「ああ、そういう事ね。でもそれは仕方ないわよ。これだけ綺麗どころが揃っちゃったのだもの」
悩ましげなため息をつく彼女に、下卑た視線が強くなりあからさまに口笛などを吹く男が出始める。
「あら、変な風に刺激しちゃったみたい。魅力的なのも考え物ね」
「ルンさんはとても魅力的な方ですもの。殿方の視線を集めて当然です」
おどけて肩を竦める色気溢れる美女の仕草は女性的な魅力に満ちている。
その事をオイチは素直に褒め称えた。
「あら、ありがとう。でも貴方も充分に魅力的よ?」
「ありがとうございます」
女性2人が語り合う後ろで、やれここの果物は美味そうだの、そこの屋台の肉が食べたいだのと色気よりも食い気な会話が繰り広げられていた。
男はそんな彼女らを気付かれぬように距離を取って窺っていた。
職業柄持っている遠くまで見通せる視力と、後ろ暗い仕事に携わっているが故に磨かれた気配遮断能力は完璧であり、人混みに紛れている事も相まって標的であるオイチたちにはまったく気付かれていない。
「(奴らから情報を奪うには……。手っ取り早いのは人質を取っての脅迫。丁度良く人質になりそうなヤツがいるようだし)」
男が見つめているのはライコーに引っ張られながら一緒に串焼きをかじっているあどけない顔立ちの少年。
「(……あの小僧がどれほどの実力かはわからないが、身のこなしは大会出場者に遠く及ばない。他の連中の隙を付ければ攫うのは簡単だ)」
彼我の戦力を分析し、尤もリスクの少ない相手を選び出し、そして静かにその時を待つ。
男は今まさに獲物を狙う狩人だった。
「(……あとは機会を待つだけ)」
静かに、自らが動くべき時を彼は待ち続け。
そして彼らが夕食を食べる為に入ったレストランでその時は来た。
「……(ルン、ちょっとトイレに行って来る)」
「あら、そう。わかったわ。いってらっしゃい」
男からは何を話しているかはさっぱりわからない。
しかし目を付けていた少年が1人で席を立った。
向かう場所はレストランの中にあるトイレ。
「(ここだ……)」
彼以外が全て女性であったという事が、カロルを一時的に孤立させたのだ。
用を済ませるカロル。
彼に続くようにトイレに入った男は用を足す振りをして、少年が背を向けるその瞬間を待つ。
「(っ!)」
そして一足で間合いを詰め、無防備な首筋を一撃。
じっくりと機を窺い続けた甲斐あって、拍子抜けするほどに容易くターゲットは悲鳴1つ上げる事なく意識を失った。
倒れこむより先に小さい身体を抱え上げ、個室へ。
そしてあらかじめ服の下に隠しておいたずだ袋に少年を放り込む。
このままレストランに戻れば人目を引くので、備え付けの窓枠をやや強引に外して外へと逃げ出す。
いずればれるだろうが、男は逃げ切る自信があり、店の損害など頓着していなかった。
第一段階が無事に終了した事に男はほんの少しだけ気を緩めて息を吐いた。
「(あとはあの女を通して、ボロス様の知りたい事を聞き出す。足りなければ調べさせる。する気がなければこいつは殺す)」
まるで物を捨てるように淡々と、男はカロルの行く末を決定する。
彼にとって目的を果たす為に赤の他人を利用するのはごくごく当たり前の事である。
殺す事すらも彼の心に揺らぎはない。
ずっとそうして生きてきたからだ。
これからもそうして生きていく。
ただ漠然とそう考えていた
しかしこの数時間後、彼は目的を何一つ果たす事が出来ずに地面を転がる事になる。
トイレに行くと言ったきり、帰ってこなかったカロル。
彼を探して夜の街を走っていた為、そのルンの顔には疲労の色が濃い。
オイチにも手伝ってもらって(彼女から申し出てくれた)手分けしたのだが、カロルが捕まっていたこの古びた屋敷に辿り着くまで数時間を要していた。
もう夜も更けている。
あるいはもうすぐ日の出が拝めるかもしれない時間だ。
それほどの時間、彼女は休む事なくカロルを探し続けていた。
可愛い弟分の身を案じて。
「リュー、見つけたの?」
彼女の言葉にローブの内側から顔を出し、シュルシュルと舌を鳴らしながら彼女の相棒であるリューは頷いた。
魔物使いが持つ相棒は常に人間と密接な関わりがある為、例外なく知能が発達する。
リューの場合は、カロルの魔力を覚えていた事によってこの古びた屋敷に彼がいる事を突き止める事が出来たのだ。
「やっぱりあの子攫われていたみたいね。何が目的かまではわからないけど……」
明らかに何か良からぬ事が行われそうな廃屋。
カロルの他にも何か気配がする事を察知したリューのお蔭で、ルンは警戒しながら1人で潜入した。
思慮深い彼女らしからぬ行動だ。
誰かが共にいたのならば彼女の暴走を止めていただろう。
いつも通りの態度を取り繕ってはいたが、彼女は内心ではカロルを心配しとても焦っていたのだ。
血が繋がっていなくとも家族だと、お互いにそう思っていると口に出さずとも伝わっていた仲の2人なのだから。
真っ直ぐにカロルの魔力が感じられる部屋までリューに誘導してもらい、突入と同時に奥の手『人獣一体』を行使。
ゲーム的にはあらゆる能力が一定時間だけ二乗化するこの技を用いて、部屋にいた怪しい男を無力化した。
「うちの子に手を出して、ただで済むと思わないでね」
右手に瞳を黄金色に輝かせる蛇を纏い、同じように瞳を黄金色に輝かせた女性の妖艶な微笑み。
それが男の見た最後の光景となった。
「……なんだったのかしら? この人」
目の前で身体中に青あざを作り顔面蒼白になって気を失っている男を見下ろしながらルンは呟く。
部屋の床で寝転がされていたカロルの呼吸や外傷が無いことを確認して、ようやく普段の落ち着きを取り戻した。
となれば気にするのはカロルを攫った男の目的だろう。
「弱ったわね。思いっきりやっちゃったからしばらく目を覚まさないわよね」
既に技の効果は切れており、彼女とリューの瞳から黄金色の輝きは消えている。
か弱い女性の腕力すらも戦士に匹敵するほどに上げる技は強力ではあるが持続時間は短く一度使うと数時間は使用できなくなり、さらに他の技も使えなくなるという制約があった。
今の彼女たちは多少優れた身体能力を持った女性と頭の良い蛇でしかない。
そしてリューは技の疲労で彼女のローブの中に滑り込んで隠れてしまっている。
「単独犯なら良いのだけど。何が目的かも吐かせられないんじゃこのまま放置ってわけにもいかないわね。とはいえ縛る物なんて持ち合わせてないし、その辺にもなさそうだし。せめてアーリたちと連絡が取れればいいのだけど……どうしましょうか?」
悩ましげにため息をこぼしながら、ルンは柳眉をひそめる。
これからどうしようかあれこれと考える彼女の耳に物音が聞こえた。
「……誰、かしら?」
カロルを自身の背に庇うように立ち位置を変え、音が聞こえてきた方向を睨みつける。
音の主は部屋の外にいるようだが、姿を見せる気配はなかった。
「この人のお仲間? ならお呼びじゃないから出て行ってくれるかしら?(ちょっとまずいかしらね、これは)」
ローブの下で冷や汗を掻きながら、彼女は意識して出した余裕ぶった声音で外にいる誰かに話しかける。
「……」
何者かは応えない。
沈黙を保ったまま、しかしその場から離れようともしない。
「(どういうつもりなのか読めないわね。もう、ただでさえ徹夜みたいな事をしていて疲れているのに……!)」
何が目的かが見えてこない事に、ルンが焦りと苛立ちを募らせていく。
そしてその苛立ちが伝染したのか、はたまた相棒であるルンを守る為か。
リューがローブの中から顔を出し、部屋の外にいる何者かを威嚇するようにシャーっと声を上げた。
その瞬間、事態は動いた。
瘴気を纏った騎士が、部屋の外の壁を破壊して現れるというルンにとって最悪の展開で。
「なっ!?」
騎士甲冑から噴き上がるように瘴気を纏い、鎧が隠さない部分を黒い靄で覆い隠した正体不明の人物は、一切の躊躇いもなくルンに向かってその幅広の剣を振り下ろした。




