本選1日目終了
アーリたちの試合の興奮冷めやらぬままに続けて2試合が消化された。
いずれの闘いも盛り上がり、勝ち抜いた彼らが参加する明日の試合への期待も否が応にも高まっていく。
優勝候補と言われている前回優勝者ズィーラスと準優勝者ボロスはシード枠であるが故に今日は試合が無い。
それでも大会常連の者たち、外来の無名の者たち、冒険者として名が知られた者たちが鎬を削る様は観客たちを熱狂させた。
そして日が暮れ始めた頃、本選1日目の最終戦が行われる。
「この試合が本日の最終戦となります。両者、ステージへ!!」
十数人の棄権者が出た為に試合の数自体は想定した物よりも少なくなったが、そんな事は些細な事と言わんばかりな盛り上がりを見せている。
タツミたちもまた今日最後の戦いに注目していた。
ただし他の人間が純粋に最終戦を楽しみにしているのに比べ、タツミが注目しているのは対戦する人物の片割れに集中していた。
理由は1つ。
「(やっぱりあいつが最終戦の選手だったか)」
ステージに立っているのが、トラノスケから怪しまれステータスが文字化けしていた女性だったからだ。
「オイチ、女性の方を注意して見ておいてくれ」
「では彼女が?」
「ああ」
タツミが隣の彼女にのみ聞こえるほどの小声で言った言葉。
それに含まれた意図を持ち前の聡さで察したオイチは、何も言わずに頷き、ステージを注視する。
彼もまた試合に意識を集中させた。
少しでも事件解決に繋がる情報を掴む為に。
「本日の最終戦、第60試合。マーセナス・ミゼストーガ選手VSアルト・ワーレン選手。始め!!」
マーセナスと呼ばれた女騎士とアルトと呼ばれた男の竜騎士。
両者の実力は拮抗していた。
アルトが突撃槍による突撃攻撃を行えば、見本のような正眼の構えからの受け流し。
マーセナスが幅広の直剣を振り下ろせば槍の曲面を利用して受け流される。
幾度も繰り返される激突は、試合開始から10分が経過しても続き、お互いに有効打を与えられていない。
手に汗握る展開と言えるだろう。
観客たちもいつしか固唾を飲んで見守っていた。
しかしタツミはマーセナスを訝しげに見つめていた。
「(フォレストウルフやリザードマンたち、そしてあの蟲使い。……瘴気に侵蝕された奴らの能力は桁外れに上昇する。その力を使えばあれくらいの相手なら一蹴出来ても不思議じゃない。やはり大会で瘴気の力は使うつもりはないのか? そもそもあの力は任意で使用できるように制御できるような代物なのか? ほとんどのヤツが正気を失くしていたんだぞ……)」
例外はフォレストウルフだが、彼はタツミと同じくあちらとこちらの存在が合わさった特異な存在だ。
純粋なこちらの世界の存在である彼らと同一視は出来ない。
試合を注視しながら思考を広める彼の目の前で戦局が動く。
マーセナスが跳びあがり上空から横一文字の斬空を放ったのだ。
落下するような勢いで奔る衝撃の刃。
それは見ているだけの観客ですらもその威力を察する事が出来るほど強力な一撃。
アルトはその一撃を回避するべく地面を滑るようにして斬空を潜り抜けた。
ステージを飛び越えた衝撃刃は地面に突き刺さり、膨大な土煙を上げる。
マーセナスとアルトの姿が観客から覆い隠されてしまう。
「(目晦まし!! これは相手に対してだけじゃない。俺たち観客の目を隠して何かするつもりか!」
タツミは鷹の目を使い、今まで以上に意識を目に集中させる。
凝視する戦場は今も煙に覆われている。
しかしその中で、彼は僅かにあの黒い霧が見えた気がした。
同時に今まで嫌というほど感じてきた不気味な気配を感じ取る。
そして次の瞬間。
「がっはぁあああああ!?」
煙の中から竜騎士アルトが飛び出してきた。
いや飛び出してきたというのは語弊がある。
何らかの強い力の直撃を受けて、ステージから吹き飛ばされたのだ。
背中からステージ外の地面に叩きつけられ、そのまま風で吹き飛ぶ枯葉のように転がり観客席とステージ周辺を隔てる壁に衝突してようやく止まった。
闘技場内部が先ほどまでとは違う意味で静まり返る。
そして煙を払うようにしてマーセナスが姿を現した。
剣を空へ掲げ、沈黙のままに己の勝利を誇示しているようだ。
歓声が上がる。
決着が着く瞬間が見れなかったとはいえ、本日最後の戦いは観客たちを満足させる一戦になったようだ。
幸か不幸かルンやカロルは瘴気の事には気づいていない様子で今の戦いについて話し込んでいる。
「オイチ、気付いたか?」
「……はい」
熱狂に支配される空間の中、タツミとオイチは黙したままステージから去っていくマーセナスの姿を瘴気を纏っているという確信を胸に秘めたまま見つめていた。
他にも彼女を見つめている視線に気付かぬまま。
「くくく。一度直に相対したせいか、ヤツがあの力を使う瞬間を感じ取る事が出来たな」
観客席で試合を見ながらボロスは愉しげに嗤う。
その瞳は試合が終わった会場を映しているものの、彼自身は別の事に想いを馳せていた。
「(あれほどの力を、あのような小娘がどうやって手に入れたのか……どうすれば手に入れる事が出来るのか。それを突き止める為にもう少しの間、ヤツは泳がせておく方が良いか)」
考える事は、『仲間を倒した女への報復』ではなく『自分にとっても有用だろう異質な力の手に入れ方』だ。
「(あれが大陸中に周知された危険な現象『瘴気』。それを己が身に取り込み自在に操る術を、騎士崩れの小娘が1人で手に入れられるとは思えん。必ず手を貸した者、いやその術を授けた者がいるはず。この街で私に隠せる事などないのだ。その力、私が奪い取ってやろう。かつて貴様の父から奪ったようにな。クククク!)」
ボロスがその場で手を上げる。
周囲に集まっていた彼の手の者たちは、その手を合図にばらばらに行動を開始した。
ある者はマーセナスの監視に。
ある者はマーセナスと繋がっている人物を探しに。
「ああ、待て。お前たちは奴らを張れ」
すぐ傍を通り過ぎようとしていた部下たちに声をかける。
男たちは立ち止まるとボロスが視線で示すターゲットを見つめた。
彼らの視線の先には何事か話しながら観客席を立つタツミたちの姿がある。
「私たちとは別ルートで事件を追う奴らを張り、有益な情報があれば手に入れろ。もちろん手段は問わん」
彼らは物騒な言葉に無言のまま頷くとボロスの前から去っていった。
「(まぁ正面からの戦いでは勝ち目は無いだろうが。せいぜい私が動きやすくなるよう上手く立ち回ってやつらの気を引いてくれ)」
自分勝手なエールを去っていく気配に送ると彼もまた立ち上がる。
「ヒヒヒヒヒ。お楽しみはまだまだこれからだ」
「そう、ですか。彼女が、マーセナスが怪しいのですか」
その日の晩。
タツミは1人でルドルフとの会合に臨んでいた。
闘技場で運営関係者(タツミがステータスで職業を確認したので間違いない)にルドルフへ伝言を頼んだところ、つい先ほど宿へと彼がやってきた。
今は人払いをした食堂でテーブルを挟んで向かい合って話をしている。
「彼女の事をご存知なのですか?(今の反応から察するに個人的な親交があるのかもしれないな)」
キルシェットは明日も試合があるのだからと言い聞かせ、先に休んでいる。
オイチはルンたちと共に食事に行っている。
思いのほか、彼女らと意気投合したらしい彼女は生き生きとした様子で出かけていった。
トラノスケは昼間に別れてから宿には戻ってきていない。
「彼女は3年前から大会に参加しておりますいわゆる『大会の常連』です。常連の者の中で大会戦績は中の上、と言ったところでしょうか。上位に上がるにはあと一押しが足りない、というところです。しかし彼女の正々堂々とした姿勢には勝手ながら好感を抱いておりました。事件の調査を依頼した身ですが『出来ればこの報告が間違いであってほしい』と思う程度には」
苦渋がありありと伝わる苦い表情で語るルドルフ。
その表情と言葉から嘘は感じ取れなかったタツミは、しかし安易な慰めを口にする事はなく話を続ける。
「……彼女にボロス・ミッドガルドやその縁者を狙う動機はありますか?」
タツミの質問に、ルドルフは眉間の皺を深め黙り込んだ。
しばらく考え込むとやがて重いため息と共に口を開く。
「……ございます。当事者であればボロスや彼に組する者を殺したい程に憎むだろう理由が」
「そうですか。……詳細は聞きません。動機がある事だけ分かればこちらとしてはソレでいい」
「申し訳ありません。気を遣わせてしまいましたね」
眉間の皺を緩めて苦笑するルドルフ。
痛々しさが抜けきれない笑みには、苦悩の色が濃く残っている。
「動機があり、怪しい動きをしている。まだ確定ではありませんが限りなく黒に近い、と俺たちは考えています。ですのでそちらでも注意をしていただけないでしょうか? もちろん犯人が彼女ではない可能性もありますが」
「いいえ、こちらで監視の手配をさせていただきます。これ以上の犠牲者を出さない為にも」
「俺たちは引き続き調査をし、可能であれば証拠を掴み犯人を捕らえます」
「よろしくお願いします。では私はこれで。他の方々にもよろしくお伝えください」
ルドルフは宿のスタッフたちと共に食堂を後にする。
席を立つ際の深々とした一礼に、彼の決意が感じ取れた。
「(彼女のプライベートにも詳しいとなるとやっぱり個人的な関わりがあったと見て間違いないだろうな)」
頭を掻きながら背もたれに体重をかけて沈み込む。
「全てを丸く収めるのは難しい。俺に出来るのは少しでも被害を少なくするよう動くだけか(強い力を持っていても、他の人間にはないアドバンテージがあっても。1人の人間に出来る事なんてこんなものか)」
改めて思い知る現実に、苛立ちを感じつつも、タツミは自分に出来る事に全力を尽くす事を誓った。




