本選は進み、事態も進む
ライコーの試合が終わってからしばらく。
タツミたちは本選に出場する実力者たちのバトルを観覧していた。
戦っている人間たちの実力や技を考察、分析を交えながら話すのは話題としては有効で、彼らの話は飽きが来るという事もなく続けられている。
他の観客たちが聞き耳を立てるほど熱心に戦力分析を行っている為、少々目立っていたがアルカリュードの面々を含めて気にしていなかった。
もっともこの時、タツミとトラノスケは話の種という以上に、例の事件の下手人らしき者が参加者にいないか探していたのだがこれまでの試合でそれらしい人物は見つかっていない。
そしていよいよ、キルシェットの出番が来た。
オイチもタツミも、普段と変わらない調子を装っているトラノスケもステージへ上がってくる自分たちの仲間とその相手に集中している。
パーティを組んでいる全員が、彼の事を気に入っているのだ。
トラノスケの厳しい物言いも、それは期待の裏返しに過ぎない。
「頑張れよ、初めての弟子」
次の試合に沸く観客たちの歓声にかき消されながら、タツミは適度にリラックスしている様子のキルシェットにエールを送った。
「よぉ、坊主」
「……なんでしょうか? ザドラ・ラストートさん」
石造りのステージの上で向かい合う2人。
最初に声を上げたのは女性の方だった。
獣人の中で俊敏さが売りの猫人の剣士。
手に持っているのは刃の薄い歪曲した片刃の刀身を持つ半月刀を肩に担ぐように構えている。
対してキルシェットは両手に、逆手のナイフを2本。
武器の性能に差はなく、両者ともに大会の運営がこの街の武器屋に依頼して用意した鉄製の品物で刃引きもされている。
素人目に見てもどちらが攻撃に適しているかなど容易く判断が出来るだろう。
「ん~、別に呼び捨てでも構わないぜ? フルネームなんて体が痒くなる」
「じゃあ、ザドラさんで。それで僕に何か?」
審判から下されるだろう開始の合図に神経を尖らせながら、2人の会話は続く。
「お前、強いか?」
「……どうでしょう? 少なくとも僕の周りにいた人たちは凄い人ばかりでしたから自分の事を強いと思った事ってはっきり言ってないです」
思い返すのは『青い兜』にいた頃から、タツミの元に強引に押しかけて過ごしてきた日々。
どちらの時も、自分は彼らの背中を見て追いつきたくてガムシャラに走っていた。
「ふぅ~ん。じゃあ質問を変えるか。お前、アタシに勝つ気はあるか?」
言葉と共に肌を突くような殺気が彼女から放たれる。
しかしキルシェットは、あくまで自然体のままその質問に答えた。
「あります。これから誰と当たろうと勝つつもりで戦います」
その言葉に、ザドラは目を細めて笑った。
「良い返しだ。アタシ好みの」
会場の熱気が最高潮に高まる。
キルシェットは地面に深く身体を伏せ、両腕を大きく広げ水平に構えた。
そして。
「第53試合。キルシェット選手VSザドラ選手。試合、開始!!」
審判の掛け声と共にキルシェットは伏せていた体そのままに駆け出す。
半月刀を肩に担いだ姿勢のまま、ザドラはその場から動かず迫るキルシェットを見つめる。
「っ!!」
そして突然、彼女の視界からキルシェットの姿が消えた。
観客たちのざわめき声が彼女の耳に入る。
しかし彼女はすぐさま刀を己の背中を庇うように構え直した。
次いでステージ上に響く鉄が激突する渇いた音。
「くっ……!」
「予選みたいな乱戦ならともかく1体1(サシ)の状況じゃお前の目晦ましは効果が薄い、ぜっ!!!」
背後でナイフを振り下ろしていたキルシェット目掛けてザドラは回し蹴りを放つ。
バックステップでその一撃を避けると、キルシェットはまたしても駆け出す。
後を追おうと一歩踏み込んだザドラは、背筋を走る悪寒に本能的に半月刀を上段から振り下ろしていた。
先ほどの交差よりも強烈な激突音。
逆手に持っていた二振りのナイフが自身の胸に突きたてられるのを、彼女は寸前で受け止める。
「ったぁ、油断も隙もねぇな。大したもんだよ、坊主」
「それはどうも!(でも外した。次はこんな隙は見せてくれない。他の手で行かないと……)」
襲撃が失敗したと見るやキルシェットは今度こそ本格的に距離を取った。
ザドラはそんな彼を追わない。
脚力では適わない、純粋な鬼ごっこをしても自分では追いつく事も出来ないという事を彼女は今の攻防で理解したからだ。
「(隙がないなら作るまでです!!)」
数秒の思考の後、キルシェットは彼女の周囲を弧を描くように走る出す。
「? ぐるぐるとアタシの周りを回って……撹乱のつもりかい?」
一周、二週と自身の周囲を回り始めたキルシェットをザドラは訝しげに窺う。
しかしすぐに彼女は彼を目で追う事をやめていた。
キルシェットの今の動きを頭上から見ればまるで真上から見た渦のように見えるだろう。
そんな目まぐるしく動き続ける相手を目で追ってしまえば無駄な体力を使い、付け入る隙が出来てしまう。
「(坊主は隙に付け込んでの一撃必殺が得意なようだし、そんなチャンスはやれない。狙うならカウンターかねぇ?)」
肩に担いでいた構えを解き、腰と並行する程度の高さに半月刀を構え直す。
どこから来ても反応できるよう意識を研ぎ澄まし、彼女はその時を待った。
しかしその考えはあっさりと裏切られる事になる。
「『斬空』っ!!」
「うぁっ!?」
彼女の周りを旋回しながらキルシェットは両手のナイフを振るった。
その軌跡をなぞるように放たれた真空の刃が彼女に襲い掛かる。
反射的に刀で防御するも、一般的に『剣士が覚えると言われている技』をキルシェットが放った事にザドラは動揺した。
「坊主、なぜお前がソレを使える!?」
その声に応える声は無く代わりに斬空が放たれる。
旋回しながら連続して放たれる真空の刃は、半月刀1本で受け切れるものではなく、彼女はまるで大人数に全方位を包囲されて攻撃されているかのような感覚に襲われた。
キルシェットの素早さ、ナイフ2本という取り回しの良い武器、そして斬空という使い勝手の良いスキル。
それらが揃ってこその擬似全包囲攻撃。
そしてそんなステージという逃げ場の無い戦場でそんな攻撃に晒されたザドラは、致命的な隙を作ってしまった。
武器が斬空の連続攻撃を受けて手から離れてしまったのだ。
しかし愛刀であっても捌けるかどうかという攻撃を、支給品でこれまで凌いでこれただけでも良くやったと言える。
「ここまでです」
「ああ、くそ。そうだな、その通りだ」
首筋に突きつけられたナイフを前に、ザドラは両手を上げて降参の意を示した。
「勝者キルシェット選手!」
歓声が上がる中、ザドラはため息をついた。
「はぁ……油断したつもりはなかったんだけどなぁ。いやそれも言い訳にしかならねぇか。おめでとさん、キルシェット」
「はい! ……あれ、僕の名前を?」
「まぁ、なんだ。尋常な勝負で勝った相手を坊主なんて呼べないって事さ。次も勝てよ、応援してる」
「はい、ありがとうございました!」
どこか照れくさそうにそっぽを向くザドラに深く頭を下げ、キルシェットはステージを降りて行った。
「へぇ~。凄いわね、あの子。見違えたわ」
「(凄いです。フォゲッタにいた頃とは別人のようです)」
「強引に弟子入りした成果ってわけかしら?」
「まぁな。といっても俺が教えたのは斬空を含めた幾つかの技だけで、あとは実戦の相手とかその程度の物だ。動き方とかを叩き込んだのはトラノスケさ」
話を向けられたトラノスケは自身に向けられる視線に対してひらひらと手を振りながら軽い調子で言う。
「別に。嫌でもそう動けるよう訓練させただけですよ」
「あらあら、私は他の侍従に見せた事がないような熱心な様子で指導していたと記憶していますけど?」
「姫様。余計な事言わんで下さい」
「最初から素直に弟子が可愛くて仕方ないと言っておけば良かったんじゃないか?」
「ここぞとばかりに茶化しにかかりますね、タツミ殿も……」
恨みがましい据わった目でタツミとオイチを睨むトラノスケだが、当の2人はどこ吹く風という顔で笑っていた。
「うふふ。人が増えても楽しそうね。見てるこっちも楽しくなってくるわ」
「そういう楽しみ方はやめてもらえませんかね? やられる側はけっこう不快なんですよ」
茶化された腹いせにか、彼は随分と棘のある語調でルンに食って掛かる。
「あら。せっかくの男前が台無しよ? 女性との会話はもっと余裕を持ってこなさないと。ね?」
「……はぁ(ああ、さっき名乗りあった時から思ってたけど。この人、苦手だわ俺)」
ふわりと笑いながら滲み出る殺気を受け流す彼女に、トラノスケは渋い顔をしながらため息をつく。
そして彼女から逃げるように視線を対面の観客席に向けて、目を見開いた。
「……見つけた」
小声で呟く彼の視線の先にいたのは、彼らの座っていた正面にステージを挟んで逆側の観客席に座っている女性だった。
観客席が今の試合について話し、次の試合に期待してざわめいている中にあって、眉一つ動かさずただステージを見ているだけのその顔はトラノスケが確かに昨日追った人物のものである。
「あいつか? トラノスケ」
その雰囲気の変化を感じ取ったタツミも周囲の喧騒に紛れるように小声で、彼が向ける視線の先を読み取り『鷹の目』を発動して確認する。
確認した女性の顔には彼も見覚えがあった。
「(あっちの世界で暴れた女っ!! 間違いない、同じ顔だ。……あちらの世界で暴れていた奴は瘴気に取り憑かれていた。となればあいつも?)」
つい最近あちらの世界で蛇、猫、烏に並々ならぬ執着を抱き、周囲に破壊を撒き散らして暴れまわっていた存在。
共有された記憶によって辰道も彼女の顔を知っていた。
あっちの世界に比べてまだ顔に生気があるが、見間違えようがない。
「ええ、そうです。昨日は荒れていたと思ったんですが……雰囲気がずいぶん違いますね。まるで能面でも被っているようです」
「意図的に感情を抑え込んでいるのか? 見る限りこの場で何かする気はないみたいだが……」
「そのようですね。とはいえ注意しておきましょうか。追跡の準備もしておきますね。ってもいつでもいけますから心構え程度ですが」
「ああ、そうしてくれ(ステータスは……っ!?)」
少しでも相手の情報を収集しようとステータスを確認する。
表示された情報を見て、彼は思わず息を呑んだ。
名前から最低限表示されるはずの能力までがすべて文字化けしていたのだ。
かつて瘴気に取り込まれていたフォレストウルフのステータスがそうであったように。
そして彼は連想して思い出す。
ステータスを見た時のフォレストウルフの反応を。
そして彼の脳裏にサイコロが浮かび上がる。
「(うぉわっ!?)」
無常にも転がったサイコロの結果は『2』。
そしてその効果はすぐに現れた。
「むっ!?」
横でトラノスケが警戒する。
タツミは視線を前方に固定したまま動かない。
能面のような無表情のまま、赤く鋭い目を爛々と輝かせ自身を睨む女性から目を逸らさない。
「こっちが見てる事に気づかれたようですね」
「そうだな(おそらく俺がステータスを見た時点で誰かに見られている事には気づいたはず。そこにダイス目が加わった事で俺の居場所まで特定されたってところか。トラノスケ、すまん)」
2人の緊迫した雰囲気を察してか談笑していたオイチとカロルたちが訝しげに彼らを見つめる。
「タツミ様、トラノスケ。何かありましたか?」
代表して問いかけるオイチに対して事の次第を伝えるよりも先に無関係のアルカリュードの2人に周囲を気にしながら声をかけた。
「ルン、カロル。俺たちは今、少し厄介な依頼を受けているんだ。悪いんだがこれからの俺たちの会話は深く聞かないように、そして他言無用にしてくれるか?」
「ああ、そういう事なのね。なら私たちは席を外すわね。その方が動きやすいでしょ? 飲み物でも買ってくるから。カロル、行くわよ」
「(はい。皆さん、お気をつけて)」
2人が傍を離れた事を確認し、3人は横並びに座り直す。
「例の依頼の容疑者がこっちを見ているんだ」
「なるほど」
伝えられた言葉に動揺する事なく、オイチはゆったりと視線をタツミたちが向けている方角へ移す。
「さすがに私では闘技場を挟んだ向こう側の人間の顔立ちや表情まではわかりませんわね」
「正面にいる。俺とトラノスケの視線に気づいてこっちを威嚇してるな」
「殺気立ってるわけじゃないようですから襲いかかってくる事はないと思われますが……油断は禁物でしょう」
トラノスケが取り逃がしたという女性は、傍にいたカロルたちの動向は一切気にせずタツミのみに視線を集中させていた。
「あちらはどうも俺の事が気に入らないようだな(ダイスロールで良い目を当ててれば気付かれなかったかもな。『運命逆転』を使って出目を変えておけば良かったかもしれない)」
思考を巡らせ、会話を行いながらも視線は逸らさない。
あちらは瞬きすら忘れたように目を見開いてこちらを睨みつけている。
その異様な様子から、『視線を外すと襲い掛かってくるかも』という懸念を抱くのも無理からぬ事だ。
「このままだと俺は迂闊に動けん。あちらもこんな人が集まっている場所で派手な真似はしないと思うが……ん?」
唐突に女性は両手で頭を抑えて俯いた。
頭痛を堪えるように震えながら、何度も頭を振る様子は明らかに異質だ。
「なんだ?」
「なにやら風向きが変わりましたかね? 少し追ってきます」
「気をつけてくださいね、トラノスケ」
「もちろんですよ。では」
何気ない動作で席を立つトラノスケを見送り、タツミは頭を抑えている女性を注視する。
すると女性は立ち上がり、足早に会場を後にしてしまった。
「念の為だ。俺も行ってくる(明らかに異常とわかる行動を見た以上、事件と関係あるかどうかは別にしても気になる。そしてもし犯人ならここで捕らえておけばこれ以上の被害を出さずに済む)」
即座に立ち上がるタツミに対してあくまで平静を保ったままオイチは頷いた。
「お気をつけて。アーリさんの試合までにはお戻りください」
「ははは。ああ、わかった」
余裕を持った彼女の物言いに笑いながら頷き、彼は容疑者の女性を追いかけるべく観客席を後にした。
「あら、2人はどこにいったの?」
何食わぬ顔で戻ってきたルンとカロルの手には人数分のコーヒーカップが載ったトレイがある。
「少しお仕事で進展がありましてちょっと出ております。その内戻ってきますわ」
「あら、そう。なら私たちは試合を楽しみながら待ちましょうか」
「はい。あ、カロル君。飲み物ありがとうございます」
「(いえいえ、こちらが好きでやらせていただいた事ですから)」
闘技会場の安全の為にあえて残ったオイチはそれと感じさせない態度で談笑しながらも、いつでも対応できるよう袖の下に入った札を握りながら周囲を警戒していた。




