本選開始
あけましておめでとうございます。
今年も作品共々よろしくお願いします。
「怪しい奴を取り逃がしました」
「はい?」
闘技大会本戦当日の朝。
泊まっている部屋に現れたトラノスケの心底、悔しそうな言葉にオイチは反射的に首を傾げた。
「あ、この話は食事の時にでもタツミ殿たちを交えてご報告させていただきます。改めましてただいま戻りました、姫様」
膝を付き、頭を垂れる彼に主たる彼女はふんわりと笑いながら応じた。
「はい、お帰りなさい。ご苦労様です、トラノスケ」
柔らかく彼を労う言葉に、従者は肩の力を抜いて顔を上げた。
「では今までの事をご報告させてもらいます」
ご無沙汰だった全員が揃っての食事を堪能した後、食事休憩も程々にトラノスケが口火を切った。
「昨日、闘技場付近の酒場であからさまに怪しい雰囲気の人間を見つけました。……ですが話を聞こうと声をかけたところ逃げられまして。後を追ったんですが振り切られました」
「正直、驚きました。トラノスケさんが相手を取り逃がすなんて」
師匠と呼べる人物の失態にキルシェットが驚きと戸惑いの声を上げる。
ガレスでの彼の手腕、今まで傍で見てきたその卓越した腕前を知る彼からすれば、その追跡を逃れる者がいる事が信じられないのだ。
「単純な追跡でトラノスケが遅れを取る事はまずない。となると何らかの技か魔法で出し抜かれたのか? それとも第三者の妨害があったとかか?」
「追跡を第三者に妨害されました。中間報告で伝えた俺を襲撃してきている輩ですね。相変わらず気配が掴めず、そのナイフ攻撃に気を取られた隙に追っていた人物にも逃げられてしまいました。気になるのは追跡相手が逃げ切れるよう援護するタイミングで襲ってきた事ですね。それもまだ人気が多い繁華街で、です。ナイフは全て回収しましたが結構な騒ぎになりましたよ」
肩をすくめおどけたように報告する彼の姿は平静その物だが、オイチはその態度が自身のふがいなさに対する苛立ちを隠すための物だと気付いていた。
「貴方に怪我がなくて何よりです。それに相手の顔は確認できたのでしょう? であれば次の機会を逃さぬようにすれば良いのです」
「オイチの言う通りだぞ。お前は良くやってくれてる。欲張って怪我をしたなんて笑えないぞ」
オイチの言葉に続いてタツミもフォローを入れる。
自身の内心を2人に悟られた事に気付いたトラノスケは照れながら頭を下げた。
「ありがとうございます。え~、話の続きですが姫様の仰る通り、怪しい人物の顔は把握していますので次は逃がすつもりはありません。任せてください」
「今日から大会は本戦に入りますから、参加者なら出てくるんじゃないですか?」
「そうだな。何らかの理由で下手人は夜中にしか動かないようだ。そっちの調査が一段落したならトラノスケも昼間は俺たちと一緒に行動した方が良いんじゃないか?」
タツミの言葉にトラノスケは腕を組んで唸り声を上げながら難色を示した。
「タツミ殿のおっしゃる通り、調べられる事は調べましたんで一緒に行動するのは問題ないです。……ただ俺が姫様たちと合流すると俺を襲撃してくる奴がどう動くかわからないのが気になりますね」
彼は未だにその正体を掴ませない襲撃者の事を苦々しげに思い浮かべる。
「外出する際に私が防御術をかけておけば不意打ちの初手は防げるのでは? 刃物の投擲程度ならば問題ない強度の術だと自負しているのですが」
「それで大丈夫そうか、トラノスケ?」
しばしの黙考を終えるとトラノスケはオイチの提案に頷いた。
「……確かにクナイより刃が大型でしたが、姫様の術なら大丈夫だと思います」
「ではそのようにいたしましょう」
両手をぽんと合わせて笑うオイチ。
キルシェットがはっと何かに気付いたように慌てて発言する。
「あ、でも大会では魔法使用による能力強化は試合中以外は禁止されてます!」
「それならばキル君の術は本戦が始まる前に解けば、不正と見做される心配もないと思いますよ」
「あ、解く事が出来るなら確かにそうですね」
しかし彼の懸念はあっさりと解決した。
「それじゃこれからはご一緒させてもらいます。試合頑張れよ、キルシェット」
「はい! トラノスケさんとタツミさんとの訓練を活かして精一杯頑張ります!!」
「ああ。悔いを残さないよう全力で挑め」
昨日の被害者急増で暗くなっていた雰囲気を払拭する暖かな空気で彼らの朝は過ぎていった。
「第7試合を始めます! 出場選手の方は私どもの後についてきてください!!」
選手たちの待合い室。
選手の半数を入れても尚、余裕があるこの大部屋で選手たちは自分の出番を今か今かと待っていた。
もちろんキルシェットも例外ではない。
「よっ! 今日は元気そうだなお前」
「あ、あなたは……ライコーさん。こんにちは」
彼はアルカリュードの新入りであるライコーに捕まっていた。
先日の祝勝会では早々に酔いつぶれてしまった為にほとんど話をしておらず、キルシェットとしては少々気まずかったのだが、彼女はそんな事関係ないと言わんばかりに積極的に話しかけている。
アーリは出場選手のもう半数がいる別の控え室におり、精神統一の瞑想中だ。
「へぇ、お前。あのタツミの弟子なのか。そりゃ期待できそうだな」
「色々教えてもらっているけど弟子って言う程の物じゃないよ。僕なんてまだまだだしね。だけど試合で当たった時は全力を尽くすよ」
「いいねいいね! それくらいの気概があった方が相手としては面白い。当たるのが楽しみだ!」
彼女の積極性に当てられ、彼もいつの間にか会話の堅さが取れ、和気藹々と話すようになっていた。
大会本戦の控え室にあって彼らの周りだけ場違いと言ってよいほどに和やかな雰囲気を醸し出していた。
「ライコー選手! 第23試合に出場するライコー選手はおられるか!」
控え室に響き渡る誘導係の声に、ライコーはニヤリと笑いながら立ち上がる。
「よっしゃ。じゃ先に楽しんでくるわ」
「うん。油断しないようにね」
「あはははは。わかってるって」
瞳の奥に炎のような気迫を宿し、ライコーは誘導係の元へと歩いていった。
「第23試合……僕の試合はもう少し先だな(頑張ってください、ライコーさん)」
自分の順番をトーナメント表で確認し、キルシェットは自分に支給された武器の最終確認を始める。
ライコーの勝利を願いながら。
「ライコーの出番が来たわね。相手はドラッケンの戦士か」
「(得物は大型のハンマーですね。典型的なパワーファイターでしょうか?)」
「パワーファイターではあるが……どうやらあの大男は片手でハンマーを、もう片手で身体を隠してしまえるほどの大型タワーシールドを使う攻防一体の堅実な戦法をする相手のようだ。防御にも攻撃にも長けているとなると中々対処は難しいぞ」
「普通の武器での攻防なら苦戦は必至ですね。とはいえ俺やタツミ殿なら鎧越しに攻撃を通す事が出来ますからその限りじゃありませんがね」
「ライコーさんは召還師。精霊と心を通わせ力を借りる者ですが、相手の防御力を物ともしない攻撃手段を持っているのでしょうか?」
「無いとは思えないが、果たしてこの試合で使うかどうか。相手も今回初参加らしいが……さてどうなるかな?(割と際どいところかもしれないな)」
タツミは対戦相手とのレベル差をステータスで確認する。
レベル差は5でライコーが上回っていた。
しかし能力の成長度合いや技の習熟度、本人の油断や慢心、究極的には運によってひっくり返す事が可能な差である。
しかし鷹の目で強化した視覚がライコーの浮かべている自信に満ちた笑みを捉えると、タツミは「心配する必要はないな」と何の根拠もなく確信した。
「……予選で派手にやっていた奴か?」
「派手にやったのは他にもいるが、イフリートを喚んだのは俺だぜ」
ドラッケンの鋭い視線を向けられても気圧される事なく、無用な気負いもなく両腕に装着された手甲を胸の前で打ち鳴らす。
「ふむ。こいつはついてるな。初戦から歯応えのある相手とやれる」
お互いに顔を見合わせて獰猛に笑う。
「おお、奇遇だなぁ。俺もおんなじ事思ったぜ」
ブロックを重ね合わせて作られた円形ステージの中央で2人の選手が向かい合う。
「それでは第23試合。ライコー選手VSウーゼル選手。試合、開始!!」
闘技場全体に響く審判のかけ声を合図に。
ライコーは弾かれたようにステージの床を蹴り、ウーゼルへと突撃した。
「そらぁあっ!!」
突き出される拳。
鉄の塊でコーティングされた一撃は、同じく分厚い鉄の塊の楯によって防がれた。
「楯越しでも響く強い拳だ」
「カカカカカッ! そりゃどうも」
「次はこちらの番、だぁあああああ!!!」
握りしめられる右手。
彼の意志に呼応するように右腕の筋肉が盛り上がる。
下段から振り上げられる大槌。
アッパー気味に迫る槌を、ライコーはその場から飛び退いて避ける。
「それで避けたつもりかっ!!」
ライコーのソレと比較にならない脚力でウーゼルは床を蹴る。
ブロックが砕かれ、それで得た推進力をもって彼は獲物を追いかけた。
そして振り上げた大槌を追いつき様に振り下ろす。
振り下ろされる圧力を伴った豪撃。
当たればただでは済まないという事が素人目にもわかる一撃だ。
「あはははははっ!!」
だと言うのに標的であるはずの小柄な少女は、高らかに笑いながら。
飛び退いた足が地面に付くと同時に向けられた大槌めがけて突っ込んだ。
そして身体全体をひねり、迫り来る豪撃を掠めるようにして避ける。
「ぬっ!?」
正気の沙汰とは思えない回避方法にウーゼルは思わず怯んだ。
しかし次の瞬間には持ち直し、左手のタワーシールドを迫りくる敵と自身の間を遮るように突き出す。
「甘ぇっ!!」
突き出されたシールドに対して勢いそのままに跳躍。
「シルフ!!」
一瞬、彼女の頭の上に掌サイズの妖精が無邪気な笑みを浮かべながら現出。
ライコーの意志に答え、風を彼女の身体に纏わせる。
さらに敵の頭上を飛び越え、精霊の力を受けて空中を自在に動き体勢を整えた。
そして相手の無防備な背中に対して回し蹴りを放つ。
「ごはっ!? っつぅ、なんと身軽な奴!」
彼女自身の身のこなしに加えてその脚部の後ろで風が噴き出し推力を得た蹴り。
その一撃は鬼の身体能力と風の加護を併せ持ち、その威力は強大。
華奢な外見を裏切り、ドラッケンの巨体を宙に浮かせてみせ観客を驚愕させた。
「まだまだ行くぜぇ!」
「させるかぁ!!」
背後の敵を排除する為に、ウーゼルは振り返り様に大槌を横薙ぎに振るう。
しかし手応えがまるで感じられなかった事からその攻撃が空振った事を認識して舌打ちした。
同時に槌にかかる重みにウーゼルは眉をしかめ、次いで武器の上に仁王立ちする相手を見て驚愕に目を見開いた。
「隙有りって奴だぜうおおおおおらぁああああああ!!!」
気合いの雄叫びと共に大槌から跳び、その場で縦に一回転。
長い髪を振り乱しながら伸ばされたしなやかな足、その踵がドラッケンの頭部に叩き込まれた。
悲鳴を上げる間もなく床に叩きつけられた巨体。
「カハハハハハッ! どうだよ、オッサン。効いたかよ、俺の一撃はよぉお!!」
手を腰に当てて笑う。
絶対の自信を持って放った一撃によって地に沈み気を失って動かない対戦相手を見下ろす。
ステージの外にいた審判が駆け寄り、倒れたまま動かないウーゼルの状態を確認する。
「またやろうぜ」
皮肉などまったく含まれていない純粋に再戦を望む言葉を紡いだところで、審判がウーゼルが気絶している事を確認した。
彼はライコーの手を掴み、闘技場に見えるように掲げる。
「勝者ライコー選手!」
「おっしゃぁああああああ!!」
歓喜の雄叫びを上げる彼女に引き寄せられるようび会場中から歓声が上がった。




