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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第五章
71/208

加速する事態

今年最後の投稿となります。

今年一年、この作品を読んでいただきありがとうございます。

来年もよろしくお願いします。

「恐れていた事態が起こりました」

 

 深刻な表情をしながら両肘をテーブルに付いて手を組んでいたルドルフは、朝食後に集められたタツミたちの前で開口一番にこう言い放った。

 

「例の事件について何か進展が?」

「進展、ではなく被害が拡大です。昨夜一晩にして十数人の大会参加者が襲われました」

 

 全員が被害者の多さに目を見開き驚愕する中、オイチが気持ちを切り替えルドルフに質問した。

 

「死者の数はどれほどのものなのでしょうか?」

 

 彼女の質問にルドルフは躊躇うような間を置き、話し始める。

 

「いずれも瀕死の重傷ではありますが、どうにか生きております。不幸中の幸い、と言うには大きすぎる被害ではありますが」

「今まで殺されていたはずの被害者が全員生存した、と?」

 

 死者がいない事は幸いと言える。

 しかし今まで確実に殺害してきた犯人が今回に限ってなぜ1人も殺さなかったのか。

 それはその場の全員が疑問に思っている事だった。

 

「我々もそこについては疑問視しております。未だ現場検証もまだ全て済んだわけではございません。がしかし人的被害の確認と治療を最優先させておりますので間違いありません。報告された限りの情報ですと今回は刃物による痕跡以外に上から押し潰されたような跡、鈍器と思われる物による横殴りの力で壁に叩きつけられた跡、刃物と言うには細い鋭利な何かで切り刻まれたような痕跡、果ては被害者たちの愛用の武器など、なんと言いましょうか犯人が使った凶器の系統に節操がありません」

「今までは一撃で切り捨てられていたのに、ですか?」

 

 もたらされる情報からその凄惨な現場を想像してしまったのか、キルシェットは青い顔をしながら疑問を口にする。

 

「はい。これに関してはまた新たな情報が入るかもしれませんが、今のところその意図は不明です」

「(何か使い慣れていない技あるいは魔法を使った? そのコントロールが甘くて1人も死者が出ていない事に繋がった? 想像の域を出ないな。同じ現場で十数人が被害に遭っている事を考えると現場の状況が違い過ぎる事だけは確かなんだが)」

「……被害者は全員話せる状態ではないのですか?」

「現在、唯一話せる状態にまで回復出来た魔法使いの方がおります。ただ精神状態が思わしくありません。詳細はわかりませんが話す事が出来るような状態ではないと病院から報告を受けております」

「そう、ですか(よほど恐ろしい目に合ったのでしょうか? 可能な限り早くその方の心が安らぎ日が来ればよいのですが……)」

 

 オイチは被害者の状態を案じて目を閉じ、しかしその状態になってしまった状況について考えを巡らせる。

 

「今回の被害者に共通する事項は何かわかりますか?」

「……前回までの被害者を含めて全ての人物が『黒蛇のミットガルド』の傘下にいる者でした」

「前回も含めて、ですか?」

 

 つまりこの事件における被害は『黒蛇のミットガルド』の勢力に集中していたという事になる。

 前回までの被害者がそうであった事くらいわかりそうな物ではないか、とタツミたちが疑問に思うとルドルフは彼らの気持ちを察して苦笑いを零した。

 

「真に情けない話なのですが、我々はミットガルドの傘下に下っている者たちがどれほどいるのか正しく把握していないのです。せいぜいが彼の側近とされている実力者たちと一部の末端の者程度で今までの被害者は表向きは闘技大会の派閥に属さない一個人とされておりました」

「ではなぜ被害者がミットガルドの傘下の者だとわかったのですか?」

 

 キルシェットの当然の言葉に、ルドルフの柔らかな苦笑いがさらに苦味を帯びた。

 

「黒蛇のミットガルド自身から情報を貰ったのでは?」

 

 涼しげな声音に視線が集中する。

 

「オイチさん?」

「ミットガルドとしては自身の勢力が執拗に狙われる状況を打破したいはずです。エドガーさんを含む闘技大会の関係者の方々は過去最大規模の大会を今回の事件で台無しにされるわけにはいかない。どちらも早急な犯人の捕縛ないし撃退を望んでいる状況。となれば利害の一致から情報のやり取りがあったとしてもおかしくはありません」

「遺憾ながら、オイチさんのおっしゃる通りです。今までの被害者がミットガルドの傘下である事についてはこちら独自に行った身元調査と合わせてどうにか裏が取れましたので間違いありません」

 

 この街の暗部とも言えるミットガルドと情報のみとはいえ協力体制を取る。

 不本意ではあるがこれも街の為とルドルフは受け入れていた。

 しかしそうしなければならない程度の力しか持っていない自分たちの無力さに歯がゆい思いをしているという事は彼の表情から容易く読み取れた。

 

「ミットガルド自身の無事は既に確認されております。彼自身が言うには今回の一件の被害者たちは、今までの事件で仲間を倒された事に憤りを感じた者たちが犯人を倒そうと集団で出歩き、運良く……いえ運悪く当人を発見してしまい戦闘に発展し返り討ちにされたのではないかとの事でした」

「(確かに今まで1人を襲っていた犯人がいきなり十数人をいっぺんに相手取ろうとするって言うのは考え難い。仲間がやられて血が上った被害者たちの方から仕掛けて返り討ちにされたって言う方が筋が通っているな。とはいえ裏があるとわかっている人間からもたらされる情報をどこまで信用して良いものか……)」

 

 タツミはルドルフへの質問をキルシェットとオイチにほとんど任せて情報の整理に集中していた。

 

「ミットガルド自身は襲われていないのですか?」

「昨日は闘技場で予選を観覧した後は、ずっと自分の屋敷にいたという話です」

 

 タツミたちの表情が微妙な物になる。

 ミットガルドの言葉が正しいかどうか判断が出来ないからだ。

 なにせ直接の面識は無いのだ。

 噂話やトラノスケの調査結果だけでも一筋縄ではいかない人物なのはわかっているが、前情報だけでは『どこまでも疑わしく思えてしまう』というのが彼らのミットガルドについての印象である。

 

「その発言の信憑性は?」

「正直な所、微妙な所です。彼が家にいたという話は召使いの方々も証言しております。とはいえ身内の証言ですので……」

「口裏を合わせさせる事は容易、という事ですか」

 

 考え込む一同。

 疑ってばかりでは少しも話が進まない。

 

「被害者である彼の言を疑うのもどうかとは思います。しかし彼の場合、その立場が立場ですので」

「あれだけ公然として黒い噂が立っていれば社会的信用はありませんね」

「事の真偽についてはこちらでどうにか確証を得ます。今はとりあえず情報を正しい物と仮定して話を進めましょう」

 

 ルドルフは懸念事項をひとまず隅に追いやり、話を進める事にした。

 

 そして情報を共有したタツミたちは改めて事態を収拾する為に尽力する事をルドルフと約束した。

 

 

「いやはや中々どうして手強い輩よ」

 

 ここはボロス・ミットガルドが所有する屋敷。

 主人が使用人たちに誰にも立ち入らせないようと言い聞かせている地下室でタツミたちの会話の主な話題であるボロスはニタリと笑う。

 

「あの程度の手勢ではどうにもならん」

 

 自身の配下がやられたと言うのにその態度には余裕が見られる。

 

「(俺の攻撃を捌き、形勢不利と見るや逃げ出す。見た目やその様子は完全に正気を失っていたというのに物事を判断するだけの理性は残っているというのには驚いた)」

 

 彼の脳裏を過ぎるのは昨晩の闇との攻防。

 蠢く闇が形を変え、縄のように何本もまとまり地面をのたうちながら配下を蹴散らしていく姿。

 変幻自在の闇は敵と接触する寸前にさらにその形を変え、時に打撃、特に斬撃を引き起こす。

 縄状のまま武器を奪いその武器で邪魔者である配下たちを蹴散らす様はいっそ清々しく感じるほどに鮮やかだった。

 1分と持たずに壊滅した彼らに対してボロスはなんとも思わなかった。

 

 彼にとってこの時集めた者たちは闇討ち犯の実力を測り、自分たちが被害者である事を他者に強く印象付ける為だけに用意した捨て駒に過ぎない。

 やられる事など彼にとって予想の範囲内だった。

 だからこそ負けた連中には事前に昨夜についての記憶を恐怖で塗りつぶし情報を何も引き出せないようにする細工を行っていた。

 一定の感情を増幅し、それ以外の事を考えられなくする代わりに使用者の能力を一時的に引き上げる指輪型マジックアイテム『業の指輪』。

 今、病院に担ぎ込まれている部下たちは闇の圧倒的な力による恐怖心から死にたくないと考え、咄嗟に指輪を使った事で己を見失って狂乱状態だ。

 昨夜の真実を語る事など不可能だろう。

 

「(僅か数手とはいえ剣を交える事が出来たのも僥倖だった)」

 

 わざと攻撃せず、ひたすら闇の攻撃を受け流し回避する事に集中したボロスは、闇の攻撃手段をある程度見切り、さらにその正体に当たりをつけていた。

 

「(ヤツはターゲットと認識した者に対して剣で斬り殺すようにしているようだ。そしてターゲット以外の邪魔者に対しては視線すら向けずに身体に纏った闇で薙ぎ払う。この闇が非常に厄介だ。自身の正体を隠し、他者から攻撃を防ぎ、さらに攻撃すらも行う)」

 

 ボロスは確かに隙を付き、闇の胴体を貫いたはずの一撃を濃度の増した闇の塊に受け止められた時の鎧を突いた時よりも硬い感触と手への痺れを思い出す。

 防御など許さぬ高速の突きは、彼にとって絶大の信頼を置く一撃だった。

 防がれた事への悔しさが無いわけではない。

 しかし彼にはそんな感傷に浸っている暇は無い。

 何よりも敵の正体を暴く事が急務だった。

 

「(あの剣筋は、間違いなく正統の騎士の物だった。闇の中から僅かに見えた甲冑も合わせてほぼ間違いなくそちら側の連中の人間と見て間違いない。ではそんな連中の中で私と私の傘下の獣人を襲うほどに恨む者となると誰になるか)」

 

 今まで陥れてきた人物を脳内でリストアップする。

 その中から条件に合う人物は数人がピックアップされ、さらにそこから既に死んだ者を除外する。

 闇に覆われていても近づく事で大体の体格を掴んだボロスは記憶の中から1人の人物を探り出した。

 

「ああ、あの小娘か。くくく。正々堂々を掲げ、悪である俺たちを断罪すると嘯き、あっけなく返り討ちにされたが。……ジャックの奴め、肝心のとどめをしくじったな?(襲われた奴らが獣人に偏っていたのは私とジャックを狙っての事か)」

 

 ボロスの笑みが深まりその頬が裂けるように三日月を描く。

 この状況を愉しむように。

 

「ヒヒヒ。ジャックと私は本選に出ているが、果たして小娘はどうだろうな。事件を探るA級冒険者の仲間だという男の始末も未だに出来ていない。……ククク、なかなか切羽詰まってきたじゃないか。ああ面白い、ああ楽しい。これからどうなっていくのやら。そろそろあの猫も獅子も目障りになってきた……ククク、ヒヒヒヒヒ。どいつから苦しませてやろうか、どいつから殺してやろうか。ああ、実に楽しみだ」

 

 残虐な本性を剥き出しにして密やかに笑うボロス。

 その目の奥には闇が纏っていたモノと同種の黒が宿っていた。

 

 

 

 本選開始の前祝いだと騒がしい。

 酒場は毎日満員御礼の大繁盛状態だ。

 そんな酒場の一角に、騎士甲冑を着た女性が座っている。

 不思議な事に彼女の席だけは異様な静けさに包まれているが、周囲の人間はまるでその事に気づかず騒ぎ立てている。

 まるでその席だけが他から切り離された世界であるようだ。

 

「く、ボロスめ。私の攻撃から逃れるとは」

 

 悔しさに歯噛みしながらテーブルを叩く。

 木製のテーブルに罅が入るが、彼女にそれを気にする余裕は無い。

 

「この借り、本選で必ず返す。そして……死にたいと懇願するほどに痛めつけてから殺してやる」

 

 ボソボソと殺意を乗せた言葉を紡ぎ、彼女は唯一注文していたジョッキを全て飲み干し無造作に代金をテーブルに置いて酒場を出て行った。

 殺気だった雰囲気を隠そうともしない彼女とすれ違いながら、騒ぎ立てる人間は視線すら向けることはない。

 見る者が見れば違和感を覚えるその光景に気付いたのは。

 

「あからさまに怪しい人ですねぇ。殺気立ちすぎだ」

 

 気配や違和感に敏感で、さらに異質な物を意識して調査をしていたトラノスケだけだった。

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