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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第一章
7/208

不安と疑念

 アスロイ村に無事到着した二人はまず村長の元に向かった。

 名うてのBランク冒険者が重傷を負った事で村の存続に本格的な不安を抱いていた彼は、Aランク冒険者が現れた事で安堵した様子を見せた。


「どうかこの村を守っていただきたい……!! どうか! この通り、どうかお願いします!」


 矢継ぎ早に言われ、口を挟む間もなく深々と頭を下げられてしまい、タツミはその勢いに気圧されてしまう。


「わ、わかりました。どうか顔を上げてください」


 彼は村長の形振り構わないその態度に圧倒され、つい事態の解決に協力する事を約束してしまったのである。

 流されてしまった感が非常に強いが、彼個人としてもこの件に関わる事については既に覚悟を決めていた。

 彼にはこの世の終わりとばかりに絶望していた村長の姿を、見ず知らずの他人であるところの自身に対してここまで必死に頼み込むその姿を、見なかった事にする事は出来なかった。

 キルシェットに教えられたスケルトンとフォレストウルフの存在が、フォゲッタ近辺にいるはずの無い魔物の存在が彼の中で引っかかっている事もある。


「じゃあ次は僕が入れてもらっている青い兜のメンバーを紹介しますね」


 キルシェットは何が楽しいのか、笑みを浮かべながらタツミの手を引いて先導する。

 彼から感じる裏の無い好意に戸惑いながらも付いていった先はアスロイ村の診療所、その一室だった。


「驚いたぜ。まさかAランク冒険者を連れてくるとはな」

「まったくだ。しかも連れてきたのが二年間、音沙汰無しで死亡説まで流れてたAランク最年少の坊主とはよ」


 ベッドの上で上半身を起こし、タツミと向き合う筋骨隆々で巨漢の男2人。


 人間種の剣士は『ギース・ラットリー』。

 黒髪を角刈りにし、四角い顔と吊り目の二重まぶたのせいで直情的な印象を与えるが、品定めするようにタツミを見つめるその瞳は静かなもの。

 2メートルを超える大柄な身体はそれだけで威圧的に見え、服の上からでも見て取れる均整の取れた筋肉とベテランの風格を感じさせる。

 装備を外した状態でこれなのだからベッドの傍に置かれている胸当てなどの防具をつければ、さらに感じ取れる圧力は増すのだろう。

 敵には畏怖や恐怖、味方には頼もしさや安心感を与える男なのだとタツミは理解した。

 


 視線をもう一人の男へと移す。

 異種族だと一目でわかる竜その物の顔をした竜人族ドラッケンの戦士『ゴダ・ガーテナー』。

 一目でギースを超えるとわかる3メートル級の巨漢。

 赤茶色の鱗肌は窓から降り注ぐ日の光を受けると、妙な光沢を放っている。

 背中には退化して機能しなくなった小さな翼が見て取れる。

 ベッド脇に置かれたその巨体を包み込む全身鎧が、本人同様の異様な存在感を放っている。

 人間ではありえない縦割りの瞳は睨みつけるようにタツミを見つめていた。

 

 

 2人のタツミを見つめる視線はどこか懐疑的な物だ。

 しかしそれも2人の立場からすれば仕方がない事なのかもしれない。

 Bクラスでそれなりに名の知れている自分たちが手酷くやられた所に『偶然』現れる格上の存在。

 さらにその存在は二年もの間、音沙汰がまったく無かったのだ。

 冒険者になってそれなりの月日を過ごした人間が、『自分たちはタツミ復活の大々的な宣伝の為の体の良い当て馬にされたのではないか?』という疑問が浮かべるには十分過ぎた。


「……貴方たちが遭遇したスケルトンとフォレストウルフについて情報をもらえませんか? キルシェットから大雑把には聞いてはいるんですが実際に戦った貴方たちの所感が知りたいんです」


 彼らの疑念に勘付いたタツミだったが、あえて彼らの不躾とも言える視線に対して言及はしなかった。

 不快に感じなかったと言えば嘘になるが、あちらの立場で考えればそう思われても仕方がない事だと割り切ったのだ。


「お願いします」


 日本人としての性で相手を立て、さらに頼む側として誠意を示す為に頭を下げる。

 その態度が意外だったのだろう。

 ギースとゴダは目を見開いて驚いた顔をした。


「お、お前。あ~……わかった。俺らが感じた事で良けりゃ教えるよ」

「あ~、皮肉利かせたってのにそんな風に頼み込まれるとはなぁ。調子狂うわ」


 無事な方の手で頭を掻くゴダ。

 ギースもまた格下であるはずの自分たちに対してここまで下手に出られるとは思っていなかった為に困惑していた。


 そもそもこの世界ではランクという物がかなり重要視されている。

 実力があるからこそランクは上がる。

 その結果、自分に自信を持つのは当然の事であり、それを誇る事自体は決して悪い事ではないのだ。

 もちろん度が過ぎれば反感を買うが、ランクが下の人間に対して対等に話をする人間は珍しいと言えた。

 タツミのように下手に出る人間はさらに希少だ。


 この世界で生まれ育ったタツミであったなら、このような態度は取らなかっただろう。

 あちらの世界の自分と融合した事で形成された今のタツミの性質が、この世界の常識よりもあちらの世界の常識を無意識に重視しているからこその態度と言えた。

 その態度が困惑と同時に、2人の態度を軟化させる切っ掛けになった事実は今の彼にとっては皮肉な事だろう。


「つっても俺にわかったのはスケルトンの方はまるで生きてる人間みてぇに隙がなかった事くらいだな。技まで使ったのには驚いたぜ、ほんと」

「スケルトンについては俺も同じ印象だ。あとフォレストウルフだが……獣形の魔物とは思えねぇほど理知的な目をしてやがったな。まるで長年生きたドラゴンを相手にしてるみたいな気分だったよ。まぁ長生きしてるドラゴンなんて見た事はあっても戦った経験はねぇからあくまでそんな気がしたってだけだけどな」

「生きてる人間……骨が魔力を帯びて動いてるんじゃない。亡霊の類が憑りついてそいつが自分の経験で身体を動かしてるのか? ウルフの方は、感じ取れるほどの知性があるのなら逆になぜ人里を襲うような真似を……」


 2人からもらった情報から二体の魔物についてタツミは考察を始めた。


「行動から見てもこのスケルトンは自然発生とは考えにくい。……突然変異か、あるいは誰かが作為的にやった可能性が高い。だがならウルフの方はなんだ?」

「……そういえば俺たちスケルトンには攻撃されたが、あのフォレストウルフには何もされなかったな。スケルトンの攻撃が激しい上にやたらしつこかったせいで逃げ切るまで狼の事は頭から抜け落ちてたぜ」

「そうだな。いた事を忘れちまうくらいほんとに何もしてこなかった。殺気か敵意を向けられりゃ気付くと思うんだが、それすら無かったな。というか依存関係も関連性も無さそうな二種類の魔物が一緒にいるってよく考えればおかしくねぇか? 魔物同士で上下関係がある奴もいるにはいる。ゴブリンとゴブリンキングとかな。だが……スケルトンとウルフなんて関連性皆無だろ?」


 ギースの言葉通り、通常の魔物は同種の存在で徒党や群れを作る事はあっても他種族同士でとなると前例は少ない。

 他種族同士ならばむしろ敵対する事の方が多い。

 格上の存在が異種族を従える、あるいは自身の持つ特殊能力で他種族を屈服させている者もいるにはいる。

 しかしそれらは例外的なケースとされており、非常に稀な出来事に分類されている。


「言われてみれば確かに。スケルトンの強さもそうですがウルフの方は本当に謎だらけですね」


 男3人が顔を突き合わせて唸り声を上げる事数分。

 これ以上、魔物についての情報は出てこないと感じたタツミは次の話を切り出す事にした。


「頻発する魔物の襲撃については何かわかったことはありますか?」

「そっちは俺の仲間が襲われた隣町の人間から話を聞いたぞ。襲撃してくる魔物は見た限りは獣系で割合としちゃ見た限り狼が多かったな。他には鳥やら熊やら雑多なもんだったらしい」

「……狼種が多いというのが引っかかりますね。やはり例のウルフが何か関係していると見た方が良さそうだ」

「俺たちも同意見だ。それでな……まぁキルに聞いたと思うが、今回の一件は俺たちじゃ荷が勝ち過ぎるって考えたわけだ。あのスケルトンがいる上にウルフの方は戦闘能力が未知数だからな。足の速いそいつにギルドと連絡を取ってもらおうって事になったわけだが……」


 自分たちの不甲斐なさを嘆いてかゴダは竜人特有の火の息の混じったため息をついた。


「ったくギルドからの名指し依頼だったから金になると思って受けてはみたものの、思った以上に厄介な事になったもんだ」

「仕方ないと思いますよ。そもそもこれがどういう事象なのか調査するのが目的でしたからね」

「そいつを言われるとなぁ。とはいえ、俺らにもBランク冒険者としてのプライドってもんがある。手に負えねぇってのはよくわかったがだからってこのまますごすご逃げ帰るってのもしたくねぇってのが本音だ」

「かと言って俺たちだけじゃどうにもならんだろ?」


 ギースとキルシェット、ゴダの会話を聞きながら、タツミが考えるのはフォレストウルフの事だ。

 通常の魔物では考えられない行動と、高い知性を持つ点。

 そして何より獲物と言っても過言ではない彼ら3人を前にしても手を出さなかったと言う事実。

 只の魔物とは到底思えないというのがこの場にいる全員の共通認識だ。


「(ならその存在はなんなんだ? ゲームとして出てきたモンスターの中にも狼で知能がある存在なんて……俺の知る限りいなかったはずだ。弱っている奴を狙うような頭が良い奴ならいるが、タツミとして大陸を回ってきた記憶の中にある知能の高い存在は『ドラゴン』くらい。奴らの中には知能が高い者が多い。人語を理解するどころかしゃべる奴もいた。けどそういう奴は街や村に手を出す事自体が少ない。もしもその狼がドラゴンクラスの知能を持っていたなら自分の領域から出て、こんな騒ぎを起こすにはそれなりの理由があるはずだ)」


 タツミの思考は堂々巡りをしていた。

 集めた情報を何度も様々な形で並べてみるものの、相手についての情報が少なすぎる為に明確な答えを出せない。


「今、フィリーとリドラ……って名前言ってもわからねぇか。仲間の僧侶と医者が襲われた村の生き残りに改めて話を聞きに行ってる……なんでもいいから情報を掴んでくれてると嬉しいんだが、まぁ望み薄だな」


 ギースの言葉には状況が変わらない事へのもどかしさに対する苛立ちが含まれていた。


 タツミは魔物についての考察を思考の隅に追いやり、ゴダとギースを見つめる。

 先ほどからの言動、村までの道中でキルシェットが語った青い兜の面々の性格。

 それらを加味し、今の状況を考えたタツミは内心の緊張を押し隠しながら2人にある提案を行った。


「今回の件、そちらが良ければ俺にも手伝わせてもらえませんか? 俺は正式な依頼で来たわけではありません。なので今のところ現場での優先権はそちらにあるので、よほど無茶な事で無ければそちらの指示に従う事をお約束しますよ」


 彼の言葉にゴダたちは驚きの余り、目を見開く。

 Aランク冒険者が格下の存在である青い兜の指揮下に入る事を明言したからだ。

 格下の人間の指揮下に率先して入るなど普通はまず考えない。

 よほど特殊な状況に置かれていなければ、だが。

 その考えで行けばタツミが置かれている状況は確かに特殊だ。

 しかし本人でなければ事情など理解できない。

 故にゴダたちから見れば不自然な物に見えてしまう。

 彼らから見ればこの提案は、タツミにはメリットの無い物だ。

 自分たちの置かれた状況を考えれば、Aランク冒険者の助力はありがたい。

 しかし目の前にぶら下げられた餌に考え無しに飛び込むような真似をするほど、彼らは浅慮ではなかった。

 よって彼らはタツミの提案には何か裏があると考え、その真意を読み解こうとするのは当然の流れと言えた。



 タツミがこんな事を言い出したのには理由がある。

 彼の中の一般人として過ごしてきた記憶や常識は戦闘時の足枷になる可能性が高い。

 キルシェットを助ける時はどうにか落ち着いて対処する事が出来たが、次も同じ事が出来るとは限らない。


 命の懸かった戦いに挑む気概、依頼を果たす上で必要な行動。

 それを目の前のBランク冒険者たちから実戦を交えて自身の記憶と摺合せながら少しでも多く『学び直す』というのが彼の狙いだ。

 何よりも戦いの場特有の殺伐とした空気に彼はなるべく早く慣れなければならない。


「(毎回毎回、あの不可思議な感覚に身を任せるのは、正直厳しい)」


 理由のわからない、それまでの緊張を全てリセットするあの感覚。

 不気味とすら思えるあれは、なぜそうなるのかという原因がわからない状態で多用するのは躊躇われた。

 だからこそ自分の意思で落ち着けるようになる為に、あえて自分の身を危険に晒す。

 緊張で身動きが取れなくなってしまったあの無様な状態になる可能性は残ったままだ。

 しかしだからこそ覚悟を持ってあの緊張の場に飛び込み、克服しようと決めていた。


 彼らの指揮下へ入るという提案は、知識だけの自分が一人で自発的に行動するよりも誰かが一緒にいた方が心情的に楽になり、もしもの場合のフォローが期待できるという打算あっての事だ。

 Aランク冒険者という肩書に対して彼らが疑問を抱く可能性が高いと言うリスクがあるが、それを踏まえても早急にこの世界の日常に慣れなければならない。

 先ほどの戦いを通してタツミはそう考えていた。


「お前、それ本気で言ってるのか?」

「俺らが逃げたくないってのは完全にこっちの都合なんだぞ? 依頼の優先権ったってAランクのお前の意見を覆すような力は俺たちは持ってない。なのに俺たち格下の意見を尊重してくれるってのか?」


 Aランク冒険者とBランク冒険者には簡単に埋まらないだけの力の差がある。

 単純な戦闘能力だけで考えたならばBランク十数人分に相当する実力を持っているのが普通だ。

 知識、魔法など別分野での能力を買われてAランクになった人間もいるが、タツミはその『強さ』を持ってAランクに昇格した男であり、その事はランクアップ当時に冒険者界隈で知れ渡っている。


 そんな人間が自分たちの指揮下に入ると言うのだ。

 困惑するのも疑念を抱くのも当然の事だろう。

 わざわざ彼らに歩調を合わせる必要などないのだから。

 Aランクになるだけの実力があるならば、Bランク冒険者に頼らずとも大抵の事態を収拾するだけの力があるのだ。


「ええ、そうです。命がかかった事態に直面した場合なら、申し訳ないが指示を仰ぐような呑気な真似はせずに動くでしょう。しかし今は冷静に物事を考えられて行動出来ますから。最低限、必要な筋は通すべきです」


 苦しい言い訳だとタツミは胸中で舌打ちするも、その苦み走った思考を表情に出す事はない。

 既にこの提案自体が冒険者としての常識から外れており、その事を彼らが疑問に思っている事はタツミも察していた。

 だからこそこれ以上、不審に感じられるような態度だけは取らないよう適度に身体の力を抜いた自然体を維持するよう注意していた。

 彼はどうしても青い兜の協力を得たいのだ。


「(あっちが俺の提案に利点を見出してくれれば、怪しくは思っても乗ってくれるはずだ。常軌を逸した強さのスケルトンと実力不明のフォレストウルフ。これらに加えて他の魔物の対応。全てをどうにかするには戦力不足だと嘆いている彼らならAランクの戦力が加わるのは渡りに船のはず……)」


 打算に濡れた提案をした自分への自己嫌悪を顔に出さないように神経を張り詰めながら彼らの顔色を窺う。

 ゴダたちは提案された内容について目配せしながら考え込むと、しばらくしてこう応えた。


「あ~、お前さんが本気だってんならそれは俺たちにとってとんでもなく有益な提案だ。とはいえちょっと即答はできネェ。チームのメンバー全員の意見を聞くまで答えは待ってくれるか? 勿論、奴らがどう動くかわからん状況であんまり時間をかけるつもりはねぇ。だがほんの少しだけでいい。話し合う時間をくれ」


 毛色の違うAランク冒険者からの提案をどうにか自分の中で整理したギースの言葉にタツミはしっかり頷いて応えた。

 話が一区切りした所で、彼の耳に診療所の外から複数の足音が聞こえてくる。

 タツミが聴覚に意識を集中すると、バタバタと騒がしい足音が2つ。

 彼が足音に気付いた数秒後、ゴダたちも近づいてくる物音に気付いた。


「あ、2人が戻ってきましたね」

「お? 噂をすればってか?」

「そのようですね。……それでは俺は一旦、失礼します。少し村の中を見て回っていますから話がまとまったら声をかけてください」


 話題の当人が傍にいては腹を割った話し合いなど出来ないだろう。

 タツミの気を回した発言の意図を察し、ギースは苦笑いしながら頷いた。


「ああ、わかった。それじゃまた後で会おうぜ」

「はい」


 タツミは背を向けて病室を去っていく。

 診療所の廊下ですれ違った2人の男女に軽く会釈をして通り過ぎる。

 ウェーブかかった金髪の女性はどこか気品のあるふわりとした会釈を返し、細身の青年は柔和な笑みを共に頭を下げて応えた。

 粗野な印象のゴダやギースとは違い、彼らは礼儀正しい人物のようだ。

 その事に好印象を抱きながらも特にその場で会話をする事なくタツミは診療所を出ていった。


 しばらく歩き、村の端にまで来ると周囲に誰もいない事を確認。

 1分ほどかけて人の姿が無い事を確信し、そこで彼は緊張を解きながら大きなため息を付いた。


「はぁ……上手くいってくれるといいんだが」


 先ほどまで自然体を心がけ且つ内心の不安を表に出さないよう気を張っていたタツミは肩を落として脱力する。

 思わず口を突いて出た言葉は彼自身が思っていた以上に暗く、彼の耳にだけ響いた。




「……と言うわけなんだが、どう思う?」


 タツミの去った診療所の一室。

 そこに集まった青い兜の面々は顔を突き合わせて話し合いをしていた。

 議題はもちろん『なんか変わっているAランク冒険者タツミの申し出を受けるか否か』だ。


「僕は、あの、タツミさんに手伝ってほしいです。そ、その……僕を助けてくださりましたし、5匹の狼をあっという間に倒したその腕前は頼りになると思います」


 最初に意見を出したのはキルシェット。

 タツミに助けられた事もあり、彼に対して好意的だ。


「そういやあいつが戦ったところ、キルは見てたんだよな?」

「彼はどのような戦い方をしていたんですか? キル君」


 彼の言葉に反応して声を上げたのはゴダ、さらにリドラが疑問を口にする。


「あ、えっと……腰の武器で狼を斬っていました、たぶん……ですけど」

「? たぶん、とはどういう意味ですか? 戦いを見ていたのでは?」


 訝しげに問いかけるリドラに、キルシェットは気まずそうに視線をあちこちに彷徨わせる。


「実は……タツミさんの動き、僕には見えなかったんです。あの人に飛びかかった狼は気づいた時には真っ二つになっていて……」

「おいおい、獣人のお前の目で追えない速さで動いたって事か?」

「はい。正面から襲ってきた敵が真っ二つになったらその後ろにタツミさんが移動していたので、たぶん走り抜けながら斬り捨てたんじゃないかと思うんですけど」


 自信なさげに自分の見た事を身振り手振りで語るキルシェット。

 他の四人は彼の語るタツミの強さについてそれぞれ考え込む。


「……Aランクっつっても最年少だから正直見くびってたんだが……そんな芸当が出来るっとはな。やっぱあいつもAランクって事か」

「剣士として相手に気付かせずに斬るってのはある種の目標地点だ。それこそ生涯賭けて挑むような、な。それをあの年でやっちまうとは。嫉妬するよりも先に呆れるぜ、流石に」


 ゴダがため息を吐きながら顎を撫でる。

 ギースは自分が想像するよりも遥かに上にあったタツミの実力にやるせなさそうに頭を掻いた。


「私の知る限り、ギースさんの剣士としての腕前は確かな物でしょう。その貴方にそこまで言わせるのであれば彼の腕も相当の物であると判断できます。やはり協力を要請した方が良いように思いますね。例の2体に加えて魔物の群れと敵対する可能性がある以上、戦力は多い方が良い。それが実力者であれば尚更です。……とはいえ私自身、戦いはそこまで得意ではありませんので前線に出る皆さんの意見に従いますよ」


 リドラは現在の状況と自分たちの戦力を冷静に分析し、中立よりではあるがキルシェットに賛同した。


「私は彼の人柄が気になるのだけど……。3人の話を聞く限りだと彼は謙虚と言うよりも自己評価が低過ぎる気がするわ。過信や慢心は身を滅ぼすけれど、自分を信じられない人間もまた別の意味で危ういものよ」


 僧侶として精神修練に重きを置いているフィリーは、タツミの強さではなく内面に着目する。

 彼女の言葉に相槌を打ったのはギースだ。


「そうなんだよ。キルの言った通りの腕ならそれこそ血を滲むような修練をしたんだろうに。なのにあいつには修練して技を習得した人間が持つ重みっつー物が欠けてる気がする。ベテランの風格ってもんはあるのにそれと言動が合ってないんだ。なぁんかちぐはぐなんだよ。だから話してると調子が狂うんだ」


 ぐしゃぐしゃと短い髪を掻きながら、困惑した様子を見せる彼にゴダが同意を示した。


「だよなぁ。今まで見た事ねぇタイプの人間だわ。話した感じ悪い人間じゃなさそうなんだが……手を組むとなると頼りないっつーか。今の状況考えるとAランクの人間なんていたら普通はこっちが不利になっても手を借りたいところなんだが。気味が悪いとまでは言わねぇが、なんかいまいち信用出来ないんだよな」


 渦中の人物がこの話し合いを聞いていたら、目を見開いて驚愕していた事だろう。

 ギース、ゴダ、フィリーの言葉は、今の彼の性質を少なからず言い当てていたのだから。


「ええ? そ、そんなぁ」


 タツミとの協力に消極的な意見ばかりで、キルシェットは肩を落とす。

 あからさまに落ち込むその素直な少年の姿に4人は苦笑いした。


「んな落ち込むなよ。別にあの坊主の提案に乗らないってわけじゃねぇ」

「えっ?」


 ギースの言葉にキルシェットは顔を上げた。

 先ほどまで垂れていた尻尾が彼の感情に呼応してピンと直立する。


「色々と悪い風に言っちまったが、現状を打開して俺たちがクエストを達成するにはあいつの力が必要なんだよ。選択肢なんてはなっから無いんだ」

「そ、そうなんですか? でもならどうしてこんな話し合いの場を?」


 その説明に疑問の声を上げるキルシェット。

 それに答えたのはゴダだ。


「あいつが『ちぐはぐだって事』を共有しておきたかったんだよ。このご時世、いくら強くてもちょっとした隙が命取りになるってのはざらにある。ムラがある強さってのはいざって時に崩れると頼ってたこっちにも皺寄せが来るもんだ。有体に言えば敵はもちろんあいつにも注意しとけってこった」

「直接、面識がない私やフィリーさんの意見については参考程度でいいんですが、ゴダさんやギースさんが言うんですから心に留めておいてください」

「う~ん、なんだか納得できませんけど……わかりました」


 子供っぽく不満げに口元を尖らせながら頷くキルシェットに、リドラは苦笑いする。

 まだ若く経験の浅い彼の態度が微笑ましかったのだ。


「それじゃあ私が協力要請をしてくるわ。自分の目で彼の事を確認しておきたいし。あ、ゴダとギースは怪我を治す事に集中してね。一応、治ってはいるけれどまだ本調子じゃないのだからね。間違っても武器を振り回したりしないように」

「わかってるから睨むなよ!!」

「こええからそう睨みつけるなって!」


 目を細めてまだ怪我が完治していないゴダとギースを睨みつけるフィリー。

 そんな彼女に速やかに両手を掲げて降参の意思表示をしつつ、悲鳴のような声を上げる二人。


「……リドラ、二人の監視をお願いね?」

「ふふ、任されました。ああ、キル君はフィリーと一緒に彼の元へ行ってください。ここは私一人で充分ですから」

「わかりました!」


 僧侶とは思えない迫力を伴った視線で部屋の中を一度睥睨してから出ていくフィリーとそんな彼女に付いていくキルシェット。

 二人が部屋の戸を閉め、気配が遠ざかっていくのを確認すると残った三人はタツミの戦力を踏まえた上での今後の方針を練り始めた。

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