動き回る者たち
あれから数日。
大会の参加受付は締め切られ、いよいよ予選が開始される日となった。
その間、トラノスケは一度も宿に戻っていない。
しかし一日に一度、式神による伝令が送られてくる為、無事である事は分かっており仲間たちは彼の心配はあまりしていなかった。
トラノスケが帰らない間は、タツミが一時的にオイチの部屋に移って寝ている。
トラノスケがいない以上、誰かが傍にいて何か遭った時に備えなければならないからだ。
オイチ自身の冒険者としての腕が相当な物の為、常に誰かが傍にいる必要はないのだが万が一という事もある。
とはいえ別に男女が同じ部屋で数日の寝泊りしたからと言って彼らに何かがあったわけでもない。
ヤマトでは護衛として何度か同じ屋根の下で寝泊りをした事もある二人だ。
今更この程度の事で雰囲気に当てられる事もない。
トラノスケとしてはそこまで進展したらガッツポーズ物の収穫なのだが。
彼らは特にお互いを意識するという事もなく、ごく普通に就寝して終了である。
そして今日。
彼らは朝からこの宿のオーナーであるルドルフの使いと名乗る人間から「ルドルフから相談がある」と言われ、食堂に集まっていた。
食堂には既に使いを送り込んできた本人がおり、素早く椅子から立ち上がり軽く頭を下げる。
「朝食もまだだと言うのにお呼び立てして申し訳ありません。なにぶん、火急の用事でしたので」
「いえそれは構いませんよ。貴方にはこの宿を紹介していただいたご恩があります。この程度の事目くじらを立てる程でもありません。なぁ?」
「ふふ、そうですね」
「はい!」
オイチとキルシェットがタツミの言葉に同意を示すと、ルドルフは安堵した様子で微笑みながら頭を下げる。
「そう言って頂けるとありがたいです。とりあえずお話は食事をしながらにしましょう」
彼の目配せを受けて、朝食を運び込むスタッフ。
運び終えると彼らは一礼と共に厨房の奥へと引っ込んでいった。
「この街はどうですか?」
「活気のある良い街だと思いますよ。闘技の街だけあって荒くれ者は多いですが、その騒々しさもこの街の魅力でしょう。国境の街ガレスとは違った騒々しさがありますね」
3人全員が感じた事をまとめてタツミが話し始め、食事が始まる。
キルシェットもオイチも彼の言葉に頷きながら目の前の食器に手を伸ばした。
「そうですか。この街を気に入っていただけたようで何よりです」
スープを音も無く口に含みながら、ルドルフは彼らの好意的な感想に嬉しそうに笑う。
多少の世辞が入っているとはいえ街の運営に携わる人間として、外から来た人間に街を褒められた事が嬉しいのだろう。
そうして雑談しながらの食事をする事しばらく。
大体の皿が空になったところでルドルフはコップの水を飲み干し、空気を切り替えた。
彼の雰囲気が変わった事を察してタツミたちは居住まいを正し、話を聞く姿勢を取る。
「皆様にお願いがあります。これは貴方方を優れた冒険者と見込んでの個人的な依頼になります」
「……内容をお聞きしましょう(ようやく本題か。この人からの依頼って事は……例の大会参加者襲撃の件か?)」
ルドルフは一度咳払いを挟み、依頼の内容を語り始めた。
「昨日、闘技大会の参加者が何者かに殺されました。いずれも大会参加の常連ですが、状況から判断するに一太刀で斬り捨てられていると思われます。犯人は不明。事件は数日前から4件起きておりますが、街の有権者総出で情報封鎖を行っております」
「……(やっぱりか。しかし大した隠蔽能力だな。俺たちはトラノスケからの報告で事件の事を知っているが、街の人間には気付いた様子もない)」
「犯人の手掛かりとしては死体の状態から刃物、おそらく剣を使っているだろうという事、そして大会参加者ばかりが狙われている事から参加者かそれに近しい人間の犯行ではないかと予想される事。今までにも散発的にこのような事件はありましたが、多少時間はかかっても犯人を捕まえられました。しかし今回のように連続して事が起こり且つ手掛かりがまったく掴めないというのは初めての事です」
陰鬱そうにため息を零しながら、どこか探るような視線を向けるルドルフ。
無表情でその視線を受け止めながら、タツミは考察する。
「(……やはり俺たちが疑われているのか? Aランク冒険者という実力者で刃物を使う。大会参加者が仲間にいるから『仲間を優勝させる為に』という動機もある)」
大会常連という事は少なからず自分の実力に自信がある者という事。
そんな人間を一撃で殺す事が出来る人間は自然と限られ、Aランク冒険者ならば特殊な例を除いてそれくらいの実力は持ち合わせているのは周知の事実だ。
「俺たち、と言うよりも俺がキルシェットを優勝させる為に参加者を闇討ちしているのではないか、と疑っているという事ですか?」
「あ、やっぱりそうなんですか?」
タツミの言葉に疑問の声を上げたのはキルシェット。
不安げなその表情に苦笑いしながらルドルフは首を縦に振った。
「正直に言わせていただければその可能性を考慮し、容疑者の一人として数えられております。私個人としてはそのような事をするとは思っておりませんが、なにぶん実力から動機まで揃い過ぎておりますので」
「さらに私たちが関わった大会で、このような事件が起きた。確かに疑うなという方が無理でしょうね」
頬に手を当てて困ったようにため息をつくオイチ。
「で、でも同じ条件の容疑者は他にもいるんじゃないんですか?」
「ええ。貴方と同じ、ないし近い意味合いの容疑者は十数人おります」
キルシェットの質問にルドルフはあっさりと頷いた。
「あら。意外と該当者が多いのですね」
「過去最大の大会規模が裏目に出まして、ね。それにその容疑者の中に犯人がいるのかも不明です。あくまで動機や実力がある、というだけですので」
「話はわかりました。それで依頼と言うのは?」
前提を話し終えたと見たタツミが続きを促すと、ルドルフは真剣な面持ちで切り出す。
「この事件の解決にご協力いただきたい。秘密裏に解決する事が大前提ですので、受けていただいた場合はその行動に条件を付けさせていただきますがその分報酬には色を付けさせていただきます」
「ふむ(犠牲者が大会参加者である以上、キルシェットも狙われるかもしれないから他人事じゃない。トラノスケから聞く限りだと大会常連ばかりが狙われているらしいが……かと言って断るといつまでも容疑者扱いのままだ。彼が俺たちをどう思っているかは別としてこのまま事件が続けば俺たちの行動に制限を入れられる可能性がある。この依頼は受けておいた方が都合が良いか)」
考えをまとめたタツミは仲間たちに目配せする。
その意を察した2人は彼に頷く事で応えた。
「その依頼、お受けしましょう」
「そうですか。懸命なご判断に感謝します」
こうして彼らはまたしても騒動の渦中に身を投じる事になった。
その日の夜。
トラノスケは夜闇に紛れた民家の屋根の上にいた。
物音を何一つ立てず、彼はひらりひらりと夜の街を疾走している。
「あ~~、やっぱりそうなるんですね」
トラノスケが頭を掻きながら小さくぼやく。
彼の肩にはオイチが送ってきた鳥型の式神がおり、今朝のタツミたちとルドルフのやり取りを報告されていたのだ。
「……っと」
とある民家の屋根の上に音もなく着地する。
彼は肩に乗った式神に伝言を吹き込み、飛び立つのを見送った。
「……」
トラノスケは無言で周囲を見回す。
月は既に真上に昇っており、巨大な闘技場に影を作っていた。
「(これはなかなか……。月の光を背にしたあちらの城に似ている。圧巻だな)」
ヤマトで見た事のある景色を想起させる光景に、彼は一瞬緊張感を緩めた。
瞬間。
「っ!?」
真後ろからの風切り音を察知し、トラノスケは振り返る。
背中を狙って放たれた投げナイフを人差し指と中指で挟み込むようにキャッチし、彼は襲撃者がいるだろう方向へ視線を送った。
「……もういない、か」
周囲を見回しながら気配を探る物の、ナイフを投擲してきたと思われる人物は見つからない。
彼が隙を見せた瞬間を狙って行われる襲撃は、今回を含めて既に十数回に及んでいた。
忍として掛け値なしに優秀であるはずのトラノスケが、ただの一度も襲撃者の姿を捉えられない為に。
「(ずいぶん消極的だな。的確にこっちの隙を狙ってる割に攻撃は毎回決まって一撃だけ。追撃してくる事もない。あちらさんも俺が単調な攻撃でやれるような腕じゃない事には気づいてると思うんだが……)」
軽く屋根を蹴って跳躍する。
路地裏に降り立ち、闇に紛れて月明かりの届かない暗がりを駆ける。
「(俺が姫様たちと別れて行動し始めて五日ばかり。一日と経たずに襲撃が始まったという事は俺たちの事を以前から監視していた可能性が高い。もしかしてタツミ殿が見た猫がソレか?)」
考えながらも周囲の気配を探り続ける。
「(今日も尻尾を掴ませない。よほど慎重に行動していると見るべきか。ここ数日どこから攻撃してきたかを俺にまったく悟らせないってのは大したもんだ。揺さぶりを兼ねた嫌がらせとしちゃかなり精神的にくる。……2、3回攻撃してくれれば居所が掴めると思うんだけどな。あっちもそれは承知って事か? どっちかが致命的な隙をさらすまでの持久戦がお望みだと言うなら……受けて立ってやる)」
時折感じ取れる視線の元を探っては見失うという行為を繰り返しながら、トラノスケは今宵も闇の中へと姿を消す。
彼らの耐久鬼ごっこの様子を複数の虫が目撃していた。




