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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第五章
66/208

騒々しい表、血生臭い裏

 周囲をレンガの壁に囲まれた小さな部屋。

 窓のない、おそらく地下だと思われるその場所で、蝋燭の小さな光が揺らめいている。

 その部屋の唯一の出入り口である鉄製のドアにはどす黒い錆色の何かで魔法陣が描かれていた。

 

「まさかああもあっさり気付かれるなんて……」

 

 仄暗く、重々しい空気が満ちている部屋の奥。

 質素な木製テーブルに肘を付き、同じくテーブルで横になっている猫の喉を労うように撫でながら女性は独白する。

 

「さすがA級冒険者って所かしら。まぁ別に彼が目的じゃないのだけど、これは迂闊に近づくと藪蛇になりそうね(……そんなA級冒険者の弟子と噂される獣人の盗賊君。もうちょっと観察しないと実力の程はわからないわねぇ)」

 

 猫と戯れながら狭い天井をぼんやりと見上げる。

 やがて考えがまとまったのか、使い魔に命令を発した。

 

「マリス、ミットガルドに伝えなさい。『彼の事も含めて大会出場者の調査は続行。経過として本人の実力は未知数なれど傍にいるA級はマリスの気配を察知できる程の腕前』ってね」

「ニャァ……」

 

 彼女の言葉に頷く使い魔。

 従順な愛猫の頭を一撫でし、彼女はマリスを胸に抱えながらそっと立ち上がる。

 のそのそとした歩みでドアの前まで近づくと、錆色の魔法陣に猫をそっと差し出す。

 同時に魔法陣の錆色が鈍い輝きを発し、猫は輝き出した陣の中へと消えていった。

 

「これで良し。はぁ、面倒だわ(『私たち』の事を探ってるヤツがいるから気をつけないとまずいって言うのはわかるのだけど……早いところ始末をつけてくれないかしらねぇ)」

 

 心中でぼやきながら彼女『闘技大会実行委員』の1人、『ロゼ・バラティエ』はテーブルに突っ伏して3日ぶりの眠りに付いた。

 

 

 

「つ、疲れました……」

「武器屋、防具屋、アイテム屋。あらゆる店に引っ張りだこだったな」

「闘技大会参加者とその身内、という事で目を付けられてしまいましたね」

「サービスも入っているとはいえ幾らか掘り出し物が手に入ったし、俺としては何も問題はないぞ」

 

 満足げに戦利品の入った袋に目をやるタツミ。

 オイチとキルシェットの手にも、タツミの物よりも小さいが買い物袋があった。

 買ったのは回復アイテムと魔術的な効果が付与されているアクセサリーを幾つか。

 アクセサリーはタツミがステータスを見て、通常の物よりも効果が高い事がわかった為、即決で購入した物だ。

 

「(人物相手のステータスの詳細を見るには条件があるようだが、装備品やアイテムの情報を見るのに制限は無い。店主すらわかっていない物の価値が数値的に理解できるというのは大きいな)」

 

 ゲーム上の値段なら軽く倍はするような品も安く手に入れる事が出来た事から、この力の恩恵は凄まじい物だとわかる。

 目利きを本職にしている人間がこの力の事を知れば、泣き崩れるだろう。

 

「この街の内情についてもそれなりに教えてもらえましたし、良い事尽くめですね」

「まぁ、店の人間の口を軽くさせる意味でも買い込んだからな。流石に裏事情に詳しい人間はいなかったが、一般的に知られてる事を世間話がてら教えてもらえただけでも充分な収穫だ」

 

 幾つかの店でアイテムを大量に購入したお蔭で、口が軽くなった店主や店員は彼らに様々な情報をもたらしてくれた。

 

「猫の使い魔を持っている人はわからなかったですけど、数匹の猫を飼っている人についてはすぐにわかりましたね。僕と同じ獣人の方でしかも闘技大会の関係者だなんて……」

「ロゼ・バラティエ。猫人の女性で年齢不詳ながら見た目は20代にしか見えないらしい。種族らしく飄々として好奇心旺盛で魔法も使える事からそちら方面の知識にも精通していると思われる。だが、特に悪い噂は聞かないって事だったな」

 

 情報収集した結果を、タツミは言葉に出して反芻する。

 聞き出した情報だけでは条件に一致する人物という事しかわからない。

 しかし彼には、彼だけがわかる情報というアドバンテージがあった。

 

「(とはいえあの使い魔の主と名前は一致してる。猫を使って俺たちを見ていたのはロゼとやらでまず間違いない。あとはなんで俺たちを覗いていたかがわかればいいんだが……)」

 

 外面を取り繕える人間など幾らでもいる。

 表では清廉潔白を謳っていても裏では真っ黒だという前例を、タツミは身を持って知っていた。

 

「闘技大会を運営している方々のお一人という事で、名前も顔もある程度の行動範囲までこの街では知れ渡っている事がわかりましたね」

「そうだな(好奇心旺盛で且つ闘技大会実行委員となると、単純に参加者を観察していただけという可能性も無くはないが、そういう風に装う事で誤魔化そうとしている可能性もある。厄介な相手だな)」

 

 隠す事などないと言わんばかりの成果だが、既に事前情報を得ているタツミからすれば逆に怪しく思えた。

 より怪しい人間がこの街には大量にいる事から、余計にそう感じられる。

 

「黒蛇の、『ボロス・ミットガルド』は、やっぱり怖がられているみたいですね」

「この街にいる荒くれ者の半数以上がその方の配下だと言うお話でしたね。それほどの影響力がある人物ともなれば無理もない事かと。それでも私たちを案じて教えてくださった事に感謝しなければなりません」

 

 ボロスについても思った以上に情報が集まっていた。

 この街に初めて来たという事を伝えると、彼らは忠告の意味でその男と彼が抱える一派について教えてくれた。

 

「そうだな。どこで手下が聞いているかわからないと言うのに、それでも教えてくれた。感謝の意味も込めてまた買い物にでも行くとしよう」

 

 また掘り出し物が見つかるかもしれない、店の売り上げに貢献できる。

 お互いに損はないだろう。

 

「しかしボロスとやらに対して陰口を叩くだけで人知れず闇討ちされるだなんて話まであるとは。噂の真偽はともかく皆が恐れて、実際に恐れられているような事をしているのは間違いないな」

「でもそう考えると昨日会ったズィーラスさんは凄いですね。周りにあれだけの人がいる中で堂々と文句を言っていましたよ」

「自分なら大丈夫だと言う絶対の自信があるんだろうな。それにあの風格と肌から感じ取れた強さ(さらにあのステータス)なら並大抵の相手ならたとえ不意を突こうが数でかかろうが返り討ちが関の山だ」

「闘技場の王者は伊達ではない、という事ですね。あれほどの覇気、ヤマトでもそうはおりませんし」

 

 雑談する3人は、立ち並ぶ店や露天を冷やかしながら街の中を進む。

 なるべく人の目を引くように大通りを進むのは今も調査を行っているだろうトラノスケから意識を逸らすという意図があった。

 幸いにも先日のズィーラスとの1件で彼らは既に注目を集めていた。

 

「(思った以上に昨日の事が知られてるらしいな。キルシェットが参加者だって事を知ってるヤツまでいる。確かに昨日受付したから見ている人間もいるだろうが、それにしても情報が広がるのが早い)」

「次はどちらに行きましょうか」

「下見も兼ねて闘技場に行くか。確か受付を締め切るまでの間に何度かエキシビジョンマッチが予定されているし、運が良ければ観戦できるかもしれん」

「あ、それはいいですね。行きましょう!」

 

 試合が見れるかもしれない事が嬉しいのか、荷物片手にはしゃいで先に行くキルシェット。

 そんな彼を微笑ましげに見つめながら、オイチとタツミも後を追おうとする。

 

「「っ!?」」

 

 そこで2人は自分たちに向けられる視線の中に殺気が混じった物がある事に気づいた。

 弾かれたようにそちら、自分たちの背後を振り返る。

 視線だけで周囲を窺うと人混みの中で一回り背が高い男と視線が交わった。

 

「あいつか(ズィーラスより少し低い程度の背丈だが……背中の翼から察するに鳥人か)」

「そのようですね。それにしても完全に補足されたと言うのに逃げる素振りも見せないとは」

「こっちから突っかかってほしいのかもしれないな」

 

 先ほどの視線のお返しに、タツミはこちらを見る男を殺気を込めて睨みつける。

 直接、殺気を向けられたわけではない一般人たちが慌てて彼の視界から逃げ出す。

 

 そういう殺伐とした感覚に疎い人々ですら、何も考えずに逃げるような気迫。

 それを直接向けられた男は一溜まりもなかった。

 身体を震わせながら目を見開いて驚くと、平静を保ちながらも足早に彼らの前から去っていった。

 しかしタツミとオイチは男の頬を伝う冷や汗を見逃さない。

 

「……あれくらいで気圧されたか」

「ふふふ。鬼すら臆する視線で睨みつけられれば当然の事だと思いますよ」

「まぁいい。っと、キルシェットは1人で行ってしまったみたいだな。さっさと追いつこう」

「はい」

 

 2人は逃げていった男を追わず、あらためてキルシェットを追いかけていった。

 到着したところでタツミたちと逸れた事に気づいたキルシェットは、行き違いになる事を恐れて闘技場の巨大な出入り口で落ち着かない様子で棒立ちしていた。

 彼らが現れた時のあからさまにほっとした表情と、2人に駆け寄る姿はまさに犬その物だったと言うのはその場に居合わせた者の総意だった事だろう。

 

 

 

「う、ぐっ……なんて殺気を向けてくるんだ。あの男……」

 

 先ほどタツミに睨みつけられて逃げ出した男は、手近な路地で壁を背にして荒くなった呼吸を整えていた。

 

「くそ、あいつの使い魔に気付いた冒険者がどの程度か確認するだけだったのに。とんだ藪蛇だったぜ」

 

 悪態をつきながら壁に拳を叩きつけて八つ当たりをする。

 彼は闘技場で、上から数えられる程の実力者だ。

 ズィーラスやボロスほどではないが実力はあり、彼自身も己の実力には自信を持っていた。

 しかし彼はタツミの一睨みで己との圧倒的実力差を感じ取ってしまっていた。

 

「あいつが今回の大会に出なくて良かった。とてもじゃないが勝てない。勝てっこない。真っ向勝負じゃボロスだって、下手すればズィーラスだって負けるかも……」

 

 ぶつぶつと呟く彼は、気付かない。

 さほど離れていないはずの大通りの喧騒が自分の耳に届かなくなっている事に。

 そして、彼の背後から闇を纏った騎士が赤く輝く瞳を自分に向けている事を。

 

「烏……」

「えっ?」

 

 すぐ傍で聞こえてきた女の声に、男は振り返る。

 彼の目には自分に向かって振り下ろされる剣が纏ったどす黒い闇が写っていた。

 

 その日の夕方、路地裏で身体を斜めに両断された死体が発見される。

 闘技大会の常連である人物が、死体の状況から察するに一撃で斬り殺されたという事実は一部関係者以外には秘匿され、目撃者には緘口令が敷かれた。

 大掛かりな大会を前に、水を差す騒動を握り潰した形になる。

 水面下では大会運営者たちによる調査が行われるが、犯人はいまだに捕まっていない。

 

「きな臭い事件だ。俺たちに関係するかどうかはわからないが、一応これについても情報を集めるとするかね」

 

 闇に忍ぶ者は当然のようにこの事件についても察知していた。

 

 

 タツミたちが運良く席が取れ、エキシビジョンマッチを楽しみながら観戦している間に、事態は少しずつ進みつつあった。


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