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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第五章
65/208

闘技の街の調査

「疲れたな……」

「ああ、ほんとに疲れた」

 

 帰り着いた自宅の玄関。

 そこで2人は同時にため息を零した。

 

 瘴気を纏った騎士の一件が起きた朝方から、すでに日が落ちるほどの時間が経過していた。

 事件現場にいたという事で警察の事情聴取を受けた辰道。

 斉藤姉弟を助けた人身事故の件で一度受けているとはいえ、慣れるような物ではない。

 被疑者としての聴取ではない為、刑事ドラマであるような高圧的な質問のされ方をしたわけではないが疲れる物は疲れる。

 もちろんタツミはその存在を認識されていない為、事情聴取には参加していない。

 だが普段、気にしない事を気にしなければならない状況に加えて力が下がっているという状態での窮屈な戦闘は彼に精神的負担をかけていた。

 さらに何が起こるかわからない事から、彼は辰道の傍を離れず自宅の玄関に辿り着くこの時までずっと気を張り続けていた。

 悪条件が重なった上で丸一日にも渡る緊張状態の維持。

 辰道と同じように疲労困憊と言った有様になるのも無理からぬ事だ。

 

 タツミは素早く居間のソファに寝転がる。

 もう今日は何もせずに休むつもりなのだろう。

 辰道もこれから何かをするだけの余力は残っていない。

 彼もまた服を着替えると風呂に入る事もなくベットに潜り込んだ。

 

「気になる事は多いが全部明日だな。お休み」

「お~、お休み」

 

 2人の意識は示し合わせたかのように同時に途切れ深い眠りについた。

 

 

 

 目覚めた彼の視線に最初に入ってきたのは電灯が取り付けられた天井ではなく、質素でありながら頑丈な造りをした石作りの天井。

 彼の身体は辰道としての物からタツミの物に変わっていた。

 

「(またこっちに来た、か。最近、あちらとこちらを行き来する頻度が上がってる気がするな)」

 

 軽く手を握り開きして感覚に齟齬がない事を確認すると隣で眠っているだろうキルシェットを起こさないよう小さくため息を零す。

 彼は今がまだ日も昇っていない時間である事を知ると、起き上がるような事はせず寝たままの状態で思考を巡らせた。

 

「(タツミ? 聞こえるか、タツミ? ……やっぱり返事がない。いや今の俺にあいつの言葉が聞こえない、か。なんであっち側だとお互いに意思疎通が出来る上に分離して行動できるのに、こっちじゃそれが出来ないんだろうな? やっぱり身体がタツミだからなのか?)」

 

 静かに上体を起こす。

 ちらりと横に視線を向ければ、安らかな寝顔で毛布に包まっているキルシェットの姿が見えた。

 宿に泊まる度に見せるそのあどけない表情は、見ている側まで穏やかな気持ちにしてくれる。

 

「……それで? 何か用か?」

 

 先ほどからずっとタツミへ視線を向けていた存在に、彼は静かに問いかけた。

 問いかけた先は窓の外側。

 じっと中を窺っている『黒猫』がいた。

 素早くステータスを確認する。

 

「(名前は『マリス』、職業は『ロゼ・バラティエの使い魔』。ロゼって人間が何者かはわからないが、使い魔で様子を見に来るくらいだ。俺たちのいずれか、あるいは全員、もしくは『この宿』に何か含む所があるのは間違いない)」

 

 思考を巡らせながら視線鋭く黒猫を睨みつける。

 猫は尻尾を立て、全身の毛を逆立てながら威嚇するように一鳴きすると窓から飛び降りて彼の視界から消えてしまった。

 

「(……気配察知によれば一目散にここから離れている。文字通り尻尾を巻いて逃げたか。速いな、もう察知出来る範囲から抜けるぞ。使い魔だけあって普通の猫よりも能力は高いらしい)」

 

 彼は起こしていた上体を再び柔らかいベットに横たえ、目を閉じる。

 

「(……『猫』、か)」

 

 彼はあちらの世界で起きた猟奇事件、その犯人だった人物を思い出す。

 あの女騎士が瘴気に取り込まれながら求めていたモノの中に猫があった事を思い出す。

 

「(『猫』と『烏』と『蛇』。なんでもかんでも関連付けるべきじゃないと思うが……。まぁあの騎士との関連性はともかく監視されていたのは間違いない。あの猫とその主については皆にも話して警戒しておかないと)」

 

 情報を整理しながら、彼は夜が明けるまでの時間を過ごした。

 

 少しばかり曇り気味の天気の中、宿の食堂で朝食を取る一同。

 美味しい食事を全員が味わっている中、タツミは夜中の出来事を話していた。

 

「何者かに使役されている猫が、タツミ殿とキルシェットの部屋を覗いていた?」

「ああ。何が目的なのかはわからんが。そっちには現れなかったのか?」

 

 タツミの問いかけに皆の視線がトラノスケへと集める。

 

「どうなのですか、トラノスケ?」

「いえ、こちらにはまったく。タツミ殿よりそういうのに鋭い自信がありますので気付かなかったって事はないと思うのですが」

 

 侍従であり忍びでもある彼の気配察知は、タツミよりも上だ。

 さらに睡眠時であっても気配を感じ取れば起きる事が出来る。

 

「トラノスケが気付かなかったならそっちには来てないって事か」

「恐らくは……」

「じゃ、じゃあその猫はタツミさんを監視しに来たのでしょうか?」

「いや俺とも限らないだろう。キルシェットは例の大会に出るからな。その偵察という事も考えられるぞ。現チャンピオンと話してるのも見られているし、妙な連中がいるという話もあるからな」

「え、ええ!? いや、そんな僕なんて偵察されるほど強くなんてないですよ!」

 

 あわあわと手を振りながら否定するキルシェット。

 そんな様子に微笑ましさを感じながら、オイチは彼の自己評価の低さを諌める。

 

「キル君。そんなに自分を卑下してはいけません。貴方はお強いです。そしてまだまだ強くなれます。トラノスケも、タツミ様もそう思っていますよ」

 

 「ね?」と同意を求めるオイチの言葉に話を振られた2人は同時に頷いた。

 

「勿論です」

「ああ、そうだな。安心しろキルシェット。お前は俺と出会った頃よりずっと強くなってるから」

 

 その言葉にキルシェットが驚きで目を丸くし、強くなれると言われた事に喜び犬耳をぴくぴくと震えさせた。

 

「まだまだ教えられる事は沢山あるからな。お前が望む限りは鍛えてやるよ」

「レンジャーとしての技能なら俺も幾らか覚えがある。教えられる事もまだまだあるからしっかり着いて来い」

「は、はい! これからもご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします!」

 

 思わず立ち上がって頭を下げたキルシェットを、給仕をしていたホテルスタッフと厨房でデザートを作っていたコックが微笑ましげに見つめている。

 

「わかったから座れ。食事中に無闇に立ち上がるな」

「あ! あの、す、すみませんでした!」

 

 タツミに諌められ、自分が騒ぎ立ててしまった事に気づいた彼は同席しているタツミたちは勿論ホテルスタッフにも頭を下げ、いそいそと椅子に座り直した。

 

「さて、お話が逸れてしまいましたので戻しましょう」

「そうだな。一先ずは妙な猫には注意してくれって事を頭に入れておいてくれ。あとトラノスケには猫の使い魔を持っている何者かがこの街にいるかという事と、あと出来れば闘技場関係者の動きについての調査を頼む。俺たちも今日は街の散策がてら聞き込みをしてみる。何か意見はあるか?」

 

 軽く手を叩きながら話を戻すオイチ。

 タツミはその流れで今日の予定を告げ、全員に意見を求める。

 

「そちらは表から、俺は裏から調べるって事ですね。了解です。俺がいない間、2人の事はお任せしますよ?」

「ああ、わかってる。と言っても2人とも俺のお守りなんて必要ないくらいに強いがな」

 

 肩を竦めながらのタツミの言葉にキルシェットは恐縮して身を縮め、オイチはどこか期待するように彼を見つめた。

 

「それでも私はタツミ様に守って欲しいと思っておりますよ?」

「……そうか。なら精一杯お守りするとしよう」

「お願いいたしますね」

 

 にっこりと上機嫌に笑うオイチ。

 仕方ないと言う風に装いながらも、どこか楽しげなタツミ。

 

「えっと……これは黙って見守っているべきなんでしょうか?」

「馬に蹴られたくなけりゃそうしておけ(いやぁお二人の仲が最近目に見えて進んでいるようで何より何より)」

 

 なんとはなしに展開された2人の世界に、隣り合って座っていたトラノスケとキルシェットは小声で言葉を交す。

 トラノスケはどこか満足げに頷いて2人の様子を窺っていた。

 

 

 

 食事を終えて部屋に戻って数分。

 トラノスケはオイチを連れてタツミたちの部屋を訪ねると、早々に調査に出かける事にした。

 

「それじゃ俺はさっそく調べてきます」

 

 足早に部屋を出て行く彼の背中に各々が声をかける。

 

「気をつけてな」

「トラノスケ。言うまでもない事ですが、くれぐれも油断や慢心などないように」

「お気をつけて!」

 

 かけられた言葉に笑みを浮かべながら、トラノスケは振り返って軽く頭を下げた。

 

「肝に銘じておきます。そちらもお気をつけて」

 

 ドアを閉め、彼は意識を切り替える。

 姫を守る侍従としてではなく、闇に紛れ闇を渡り闇に生きる忍びへと変じる。

 

「さて……一筋縄じゃ行かないだろうし、今回は本腰入れていくとしますかね」

 

 自分の役目を果たすべく、廊下の窓を開け音もなく彼は飛び出していった。

 

「それじゃ俺たちも出掛けるか(こっちで表立って情報収集すればトラノスケから目を逸らせるかもしれない)」

「はい」

「はい!」

 

 トラノスケが出て行って程なく彼らも行動を開始する。

 

「(俺にしかわからない情報もある。『ロゼ・バラティエ』という人物について。そして可能性は微妙だが『猫』がもしもこの人物に関わっていたとするなら……『烏』と『蛇』も、そして『あの騎士』もどこかにいる可能性がある。……いや蛇と名指される存在の事を俺たちは既に知っていたな)」

 

 タツミの脳裏につい先日出会った王者の言葉が過ぎる。

 

「よし、行くぞ(『黒蛇のミットガルド』、だったか。こいつについてもこっちで調べられるようなら調べてみるか)」

 

 調査する事柄について算段をつけ、彼は2人を引き連れて宿を出て行った。


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