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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第五章
64/208

撃破

 ガソリンに引火したのか激しい炎を上げているトラック。

 どうやら運転手は既に逃げた後のようで辺りにそれらしい人物はいない。

 トラックの積荷と思われるガラス張りの箱は全て砕かれ、中にいたのだろう蛇は悉くあちらの世界では見る事のない整地された床に転がっていた。

 

 素早く現場の状況を確認するタツミの耳にぐしゃりと言う何かを握りつぶした音が届く。

 周囲を見回していた視線を騎士へと戻すと、彼の目に血を滴らせた左手で躯と化した蛇を地面に放り捨てる姿が映った。

 およそ3メートルほどの距離を取って着地したタツミは慎重に騎士の様子を窺う。

 

「(辰道が話していた騎士と特徴は一致してる。間違いない)」

 

 近所の住人は火達磨になっているトラックとすぐ傍に佇む騎士を見つめ、悲鳴や怒声を張り上げている。

 

「(あの騎士。こっちの人間にも見えている?)」

 

 身体から異様な勢いで黒い靄を噴き出している謎の騎士。

 その姿は騒ぎに引き寄せられるように集まった人々の目にしっかりと捉えられていた。

 怒声を上げ、罵声を向け、指を差す彼らの姿がそれを証明している。

 

「(同じ向こうの世界の存在だってのに、俺は相変わらずこっちの人間には見えない透明人間のまま、か? 一体どういう理屈なんだか……)」

 

 彼の心情の通り、タツミの姿には注目は集まっていない。

 騎士と対峙している形になっている彼の姿が衆人環視の目に入らないはずはないと言うのに。

 誰も飛び込んできたタツミの存在に気付いていなかった。

 

「(まぁ下手に注目されて身動きが取れなくなるよりはずっといいんだけどな)」

 

 そう前向きに考えながらタツミは腰の刀を抜き、威嚇するように騎士に向ける。

 遠巻きに自分を取り囲み、声を張り上げている人に何の反応も示さなかった騎士は、刃を向けられてようやくタツミへとその瘴気が纏わりつくようにして覆い隠された頭を、その視線を彼へと向けた。

 

「(こいつには俺が見えている。つまりフォレストウルフになっちまったあの爺さんの同類。瘴気を浴びたあっちの生き物って事になる)おい。俺の声が聞こえてるなら、なぜこんな場所にいるのか。なぜこんな事をするのか。素直に話した上で、今後はこーいう事をやめてくれるか? 少なくない人間に迷惑がかかってるんだが……」

「……」

 

 騎士は彼の言葉に返事を返さない。

 しかし態度で応えていた。

 腰に佩いた鞘から剣を引き抜いたのだ。

 

「まぁ言って止まるわけも無いか」

「……邪魔を、するな」

 

 騎士が剣を大上段に振りかぶる。

 その行動に、周囲から悲鳴が上がった。

 逃げ惑う人々を尻目にタツミは両手で刀を持ち、正眼に構える。

 

「邪魔、ねぇ。そうは言うが……お前はほんとにその辺にいる猫やら蛇やら殺して満足なのか? こんな事が目的なのか?」

「……」

 

 騎士はタツミの問いかけに沈黙を持って応える。

 ピリピリとした緊張感が2人を中心に広がっていく。

 既に蜘蛛の子を散らすように逃げていった人々がこの場に1人でも居合わせたなら、殺気の伴った雰囲気に当てられ金縛りに合っていただろう。

 2人は互いを見つめる。

 期せずして同時に武器を持った手に力が篭り、そして。

 誰かが呼んだ救急車とパトカーのサイレンの音が近づいてくる中、2つの剣閃が激突した。

 

 

 

「……なんだ?」

 

 辰道はコンビニでコーヒーを購入し、タツミが戻ってくるのを外で待っていた。

 スマートフォンで掲示板を確認していた彼の耳にサイレンの音が届いた。

 ほどなく目の前の道路をパトカーや救急車、消防車が通り過ぎていく。

 それを見送り、車が向かった方向に目を凝らす。

 するとかなり遠目に黒煙が上がっている事が確認できた。

 

「(事故か火事か何かか? ……気になるが待ち合わせ場所から迂闊に動くわけにも)」

 

 それでもなんとなくそちらの方を見続けるのは、あちらの世界で過ごしてきたお蔭で培われた直感が働いたのかもしれない。

 そしてなんとはなしにそちらを見ていたから気付く事が出来た。

 こちらに背を向けて飛んでくる、いや吹っ飛ばされてくるタツミの姿に。

 

「なぁっ!?」

 

 目を見開いて驚く。

 そんな彼の頭上を通り過ぎてタツミはコンビニの駐車場に突っ込んだ。

 

 衝撃でコンクリートの地面が砕ける。

 コンビニのレジにいた店員が、窓際の本売り場を整理していた店員が、自分と同じようにコンビニの外で一息ついていたスーツ姿の女性が、煙草を吹かしていた作業着姿の男性が、何の前触れもなく砕けた地面に驚いている。

 

「ぐっ……」

「(タツミ!)」

 

 周囲の目がある事を気にして、辰道は念話で倒れているタツミに声をかける。

 タツミはゆっくり立ち上がりながら、辰道に返事を返した。

 

「(おう、辰道。驚かせて悪かった)」

「(そんな事は気にしなくていい! それよりこれは一体)……っ!?」

 

 背筋が寒くなる感覚に息を呑む。

 辰道は反射的に自分が感じた視線の方向を睨みつける。

 

 そしてまたしてもあちらの世界で冒険者として過ごしてきた直感が働いた。

 先ほどのように曖昧ではない、明確な自身の危機を察知した彼はその場から横っ飛びになる。

 同時に彼がいた場所を斜めに断ち切るように風の刃が貫いた。

 受身を取り素早く立ち上がりながら今の出来事を分析する。

 

「(今のは、『斬空』か?)」

 

 あちらの世界で自分たちが使っていたスキル。

 それがコンビニの窓を叩き割り、店内を切り裂いたのだ。

 

 スーツ姿の女性の悲鳴が上がる。

 作業着姿の男性は慌てて店内に駆け込んでいった。

 

「(来たぞ。あれ、お前が見たって言う騎士だろ?)」

「(……ああ、そうみたいだが。なんだ、あの目は……)」

 

 いつの間にそこにいたのか、正面の道路の中央にソレはいた。

 ゆらりとこちらに近づいてくる姿は、幽鬼じみていて見る者の不安を煽る。

 辰道の夢と寸分違わぬ姿だ。

 相違点はただ1つ。

 瘴気を纏い全貌が掴めなくなっている頭部から、こちらを覗き込むように見える赤く輝く瞳だけ。

 

「(お前はそこの女とコンビニの中の連中を逃がしてくれ。ちとキツイがあいつは俺がなんとかする)」

「(本気でやらないとまずい、って事か。なら確かに俺や他の人はいるだけで邪魔だな。わかった。無事に戻ってこい、タツミ)」

「(わかってるさ、そっちも気をつけろよ?)」

 

 タツミの意図を正確に把握した辰道は突然の出来事に腰を抜かしてしまっている女性に肩を貸してコンビニへと移動していった。

 

 この世界はあちらの世界と違い、ひどく雑然としている。

 ゲーム内では基本的なスキルである斬空を使うだけでも周囲の被害は馬鹿にならない。

 それがAランク冒険者であるタツミならば、尚の事だ。

 故に彼は街中で自分の力を振るう際には、慎重にならなければいけない。

 とはいえここまで本格的な戦闘はこちらの世界では初めての事だ。

 タツミは今、眼前の敵を倒した上で周りの被害を抑える為の力加減を模索しているところであり、故にその動きはあちらの世界に比べて精彩を欠いていた。

 その威力や効果範囲から火縄銃はもちろんそのスキルも大掛かりで派手な物は使えない。

 今の彼にとって傍に誰かがいる事その物が足枷になってしまうのだ。

 

 彼は騎士と辰道たちの間の空間を遮るように立ち、刀を八双に構える。

 

「(それに……身体が重い。思ったように力が出ないぞ)」

 

 タツミが今感じている違和感は実の所、彼がこちらに現れてからずっと存在した。

 今までは真っ当な戦闘を行ってこなかった事で表面化しなかっただけだ。

 先に彼が吹き飛ばされたのも、被害を抑えるために住宅街から離れようとしたところを斬りつけられ、あちらの世界では吹き飛ぶ事などなかったはずの一撃に対して踏ん張りが利かずに吹き飛ばされた結果だ。

 

「(集中しろ。……『力が出せない程度のハンデ』、問題になんてならない修羅場を越えてきたはずだ)」

「邪魔を……するなぁあああああああああああああ!!!」

「それしか言えないのかよ、お前っ!!」

 

 金切り声と共に斬りかかって来る騎士。

 大上段から振り下ろされたその攻撃を、怒鳴り返しながら右手で持った刀で受け流す。

 

「ふんっ!!」

 

 空いた左手での握り拳を体勢を崩した騎士に叩き込む。

 瘴気の上からでも響く衝撃が騎士の身体を空中へと舞い上げた。

 

「『斬空』っ!!」

「ああああああああ!!」

 

 斜めに斬り上げられた刀の軌跡に沿って真空の刃が飛翔する。

 騎士の絶叫と共に振り下ろされた剣の軌跡をなぞり、同様の真空刃が打ち出される。

 激突する両者の攻撃は周囲の空気を巻き込み破裂。

 その衝撃は木々を揺らし、割れた窓のガラス片を吹き飛ばし、駐車場に止められた車を揺らした。

 

「(ある程度加減したが……やっぱりだいぶ力が落ちてる。大体、あっちでの力の半分くらいか)」

 

 着地する騎士から目を離さず、自身が持つ今の力を検証する。

 

「うぁああああああああああ!!!」

 

 地面を砕く程の強さで蹴り、突撃してくる騎士。

 剣を正面に突き出し、突撃の勢いを利用した刺突だ。

 タツミは迫る刃を刀の切っ先で身体の外側へと逸らす。

 

「隙有りだ。『五光ごこう』!!」

 

 斬撃の五回攻撃。

 甲冑を、瘴気に包まれた肉体を、縦横無尽に斬りつける。

 『斬撃・聖光』も合わせ、瘴気の抵抗を突き抜けてダメージを与える事に成功した。

 

「あぁぁぁぁぁっ!?」

 

 五連撃の最後に放った横一文字の薙ぎ払いを受けた騎士は悲鳴と共に吹き飛んだ。

 コンビニの駐車場を削り取りながら地面を転がる。

 両手を地面について即座に立ち上がる騎士が顔と思しき部分をタツミに向けた。

 騎士が見た者は。

 

「斬空・三連!!」

 

 タツミが刀を振るう姿。

 真空の刃による追撃は、体勢を整えられていなかった騎士を直撃。

 甲冑に罅を入れながら標的を背後の壁に叩きつける。

 

「……(これで終わりじゃないだろうな。今まで瘴気を纏ったヤツの事を考えると)」

 

 彼の予想通り、騎士は崩れた瓦礫を吹き飛ばして立ち上がった。

 

「やっぱりか(なら次は……)」

「ああああああ、うううがああああああああああああ!!」

 

 獣のような雄叫びを上げる騎士。

 その叫びに内包された荒れ狂う感情に呼応するかのように体中から噴き上がる瘴気の量が増加する。

 噴き出した瘴気は周囲の壁や床を叩きながら勢いを増していく。

 

「(暴走したって感じか? 警察が来る前にとっとと片付けないとな。サイレンの音がこっちに近づいてきてるし、時間はもうない。次で決めてやる)」

 

 呼吸を整え、両手で刀を握り引き絞るように身体の後ろに下げ水平に構える。

 『斬撃・聖光』によって刀に光が集まる。

 『五光』の時は短時間に練り上げた聖なる力を、今度は入念に時間をかけて刀に集め始めた。

 刀身から漏れ出た力が腕に纏わり付き出すほどに自身の魔力を注ぎ込む。

 

「……来い」

「ああああああああああああああああああっ!!!」

 

 瘴気の力で力を増した騎士は、その全てを剣に纏わせて跳躍した。

 瘴気を纏った剣。

 大きく振り被られたその剣が巨大化した。

 まるで太陽すらも飲み込もうとするかのような漆黒の巨剣。

 

「こっちに対抗したつもりか!? ならそれごと斬り捨ててやるっ!!!」

「うぁあああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 雄叫びと共に振り下ろされる巨剣を前に、しかしタツミは刀を構えたまま動かなかった。

 迎え撃つわけでもなく、避けるわけでもない。

 そしてそのまま振り下ろされる剣が地面に突き刺さり、轟音と共に大爆発を起こした。

 

 黒々とした土煙が辺りを包み込む。

 しばしの静寂の後、煙が晴れたそこには。

 甲冑を瘴気の防壁諸共、正面から突き破ったタツミの愛刀によって貫かれた騎士の姿があった。

 先ほどまで巨大になっていた剣は元の大きさに戻って地面に転がっている。

 罅割れ、今にも粉々に砕けてしまいそうな有様は、まるで騎士の状態を暗示しているかのようにも見えた。

 

「悪く思うな……なんて言わないぜ。これで、終わりだ」

 

 刀に力を集める過程で漏れ出ていた魔力を彼は自身の右手にあらかじめ収束していたのだ。

 威力は先に放った斬撃に遠く及ばない。

 しかしもう一押しだった場合の保険としてならば充分過ぎる。

 

「うおおおおおおらぁああああああ!!!」

 

 光り輝く右手を強く握りこみ、タツミは棒立ちになっていた騎士の胸部を殴りつけ地面へと叩きつけた。

 防御する事もままならず鎧が砕け、地面と拳に挟まれ騎士は倒れこむ。

 

「あ、あぁ……」

 

 擦れた声を出しながら中空に手を彷徨わせ、しかし1分と経たずにその手からも力が抜け、騎士はやがて動かなくなった。

 

「ふぅ……終わった」

 

 動かなくなった騎士から数歩の距離を取り、タツミはようやく肩の力を抜いた。

 騎士の息の根は止まっている。

 最後の一撃は相手の首と胸を繋ぐ頚椎と鎖骨、胸骨を砕いていた。

 

 取り憑いていた人物の死によって力を無くしたのか、噴き出していた瘴気は既にその勢いをなくし、煙のように上空へと舞い上がるだけとなった。

 そして今まで黒い靄によって隠れていた騎士の顔が露になる。

 

 声質から予想されていた事だが、騎士は女性だった。

 手入れなどされていないボサボサの黒髪、顔に走る無数の傷。

 歴戦の勇士の風格を持っていただろう、その顔に今や生気はない。

 あれほど爛々と輝いていた紅い瞳も輝きを失っていた。

 

 サイレンの音はもうすぐそこまで迫っていた。

 

「俺も行くか。結局、あんまり被害抑えられなかったな」

 

 周囲を見回し、荒れに荒れた景色に陰鬱なため息を零す。

 コンビニは戦闘の余波で半壊、駐車場に置かれていた車などコンクリートの破片が突き刺さって見るも無残な姿になっている。

 

「(人が死ななかった事だけが救いか)」

 

 自分を慰めるように心中で呟き、彼はその場を後にした。

 

 

 

 運送業トラックが騎士に襲撃された事件とコンビニが騎士によって破壊された事件は、それぞれ別件として報道される事になる。

 トラックは道の真ん中に立っていた人間を避けようとして事故を起こしたものとして処理された。

 

 コンビニの事件は、爆破テロとして処理されている。

 しかし爆発物の破片と思われる物は現場で発見されず、現場にいた人間は皆口を揃えて『甲冑を着た人間に襲われた』と証言、現場に破壊痕以外『何も残っていない事』も相まって犯人捜査は難航している。


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