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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第四章
59/208

王者の獅子

 何事もない夜を過ごした翌日。

 タツミたちは客がいない静けさから心地よい目覚めを向かえる事が出来た。

 美味い朝食を楽しみながら今日の予定を相談する。

 現在、それほど広くない食堂にいるのはタツミたち4人と厨房スタッフ2人。

 注文をすぐ受ける為なのか、スタッフの1人はこちらを窺っている。

 

「さて、今日はどうするか?」

「あ、なら僕。さっそく闘技場に行きたいです!」

「ふん、他に行きたい所はあるか? 俺は客寄せが激しかった武器屋を少し巡りたい」

「おかみから聞いたんですが闘技場の近くに大きな広場があるそうです。そこじゃ年がら年中、色んな大道芸が行われているそうで。闘技場を見に行った後に暇なら行ってみるのもいいのでは?」

「私は、特にありませんので皆様の行くところに同行させていただきます」

 

 話し合いはとんとん拍子に進む。

 朝食の時間はあっという間に終わり、それぞれ身支度を整えるとおかみやスタッフの「いってらっしゃいませ」を背中に受けながら『舞踏の休息亭』を後にした。

 

 

 

「で、さっそく闘技場に来て見たわけだが」

「なんだか僕たち、すごく注目されてますね」

「そりゃな。ここ数ヶ月で結構な数のクエストこなしてるんだ。顔が売れていてもなんら不思議じゃない。同業者が多いこんな場所にくれば注目されるもんだろ。別に手を出してくるわけでもないしあんまり気にしないほうがいいぞ。害は今の所ないしな(実際は冒険者連中よりギルドの方が俺たちの印象悪いしな。最近のクエストは現地から直接、って物ばかりだから、ギルドからすると仲介料が取れない実入りのない事されてるって事になる。ま、Aランク冒険者って肩書きのお蔭で因縁つけてくるようなのがいないのが救いだが……今考えればもうちょいクエストの数を減らすべきだったんだろうな)」

 

 トラノスケが責めるような目でタツミを見つめる。

 その視線に気付いた彼は頬を掻きながら困ったように笑い目を逸らした。

 

「(明らかに急を要する物だったり、人命がかかってると割と後先考えずに行動するからな、この人。気付いた時には終わらせる事も多いから止める事も出来やしない)」

 

 愚痴ってこそいる物のトラノスケ個人としてはタツミの行動を咎めるつもりはない。

 仮に彼が依頼を受ける場面に居合わせたとしても、止める事はなかっただろう。

 彼の甘さと優しさに触れ、日々明るくなっていったオイチの事を知っているからだ。

 

「(今更ながら主君以外の人間にここまで惚れ込むなんて昔からしたら考えられなかったなぁ。……侍従失格かね?)」

 

 遠巻きに向けられる探るような視線の数々。

 それらの意図するところは彼らの格好についての物珍しげな物から、敵意に似た物を感じさせる物に変わっている。

 それすらも完全に無視し、キルシェットとオイチと談笑するタツミを見つめながら思う。

 昨日も見た仲睦まじい様子にトラノスケは何度目か自分でも覚えていないほどに繰り返してきた決意を改めて固めた。

 

「(うん、ほんともうあれだ。姫様にはなんとしてもこの人と良い仲になってもらおう)」

 

 その瞬間、タツミの背筋に言い知れぬ悪寒が走ったのは本人だけが知っている。

 

 

 

「それにしても、大きい所ですね」

「キルシェットは確か大陸の北側に来るのは初めてだったな?」

「はい。ずっと南で青い兜の皆さんと冒険者として過ごしていましたから。ヴォラスや闘技場の事は噂でしか聞いた事がありません。こうして建物を直に見れてすごく嬉しいです!!」

 

 気にしていた周囲の視線は話しているうちに意識から外せたのか、キルシェットは目の前に鎮座する巨大な施設を見て無邪気にはしゃいでいる。

 

「うふふ、楽しんでいるようですね」

「いやいや、さっきまで周りの空気に当てられて縮こまってたはずなのになんかもう慣れてるんですが。いずれ大物になるかもな、あいつ」

 

 彼らの後ろを歩くオイチは2人の様子を微笑ましげに見守り、その順応能力の高さにトラノスケは顔を引きつらせていた。

 そしてそんな彼らに向かって1人の男が近づいてくる。

 

「よぉ、最近売り出し中のAランク冒険者『タツミ』ってのはお前か?」

 

 3メートルを超える巨躯。

 ギリシャ彫刻のような引き締まった上半身を惜しげもなく晒し、ただ立っているだけで威圧感を感じる。

 一目見て獣人、それも獅子のソレとわかる顔立ちをした男は、鋭い視線を奇妙な鎧姿をしたタツミを見つめた。

 

「売り出し中かどうかは知りませんがタツミは俺の名です。貴方は?」

 

 タツミはギルドカードを提示しながら名乗り、真っ直ぐにその獅子の顔を持つ男を見つめ返す。

 

「俺は『ズィーラス・レオーネ』。ここじゃそれなりに名が通ってる男だ。冒険者じゃねぇが、それなりの腕前だ」

「よろしくお願いします(レベル97の狂戦士……いや正直このレベルは『それなり』じゃないだろ。とどめに称号は『闘技場チャンピオン』ときた)」

「おう。ここは荒くればかりの場所だから、丁寧な挨拶なんてなんか新鮮だぜ。で、そっちがパーティメンバーか?」

 

 ズィーラスの視線がキルシェット、オイチ、トラノスケへと移る。

 

「ええ。横にいるのがキルシェット、後ろの2人は右からオイチ、トラノスケです」

「よろしくお願いいたします」

「よ、よろしくお願いします。い、今の闘技場のチャンピオンに会えるなんてこ、光栄です!!」

「……」

 

 折り目正しくお辞儀するオイチ。

 慌てて頭を下げて思わぬところで遭遇した有名人相手に緊張で言葉を上ずらせるキルシェット。

 トラノスケだけが彼を警戒してから無表情になって浅く一礼しただけだ。

 

「よろしくな。あと用件だが別にそう大した事じゃねぇ。ただ実力者の集まりを見つけたから挨拶をしておきたかっただけなんでな。だからニーちゃんもそう警戒しなさんな」

「失礼な態度だとは重々承知ですが、お断りします」

 

 失礼な態度のトラノスケに喉を鳴らすように笑いかけるズィーラスに対してトラノスケはにべも無い態度のまま。

 キルシェットはそんな彼の様子を驚きながら見つめた。

 初対面の人間に警戒するにしても、彼はこれほどあからさまな態度は取らないという事を知っているからだ。

 

「連れが不快な態度を取って申し訳ない」

「気にすんな。どうも、面倒なのが見てるみたいだしな。こっちこそ悪い、騒がしたせいでお前らまで目を付けられたらしい」

 

 謝罪の言葉を言い終えると、ズィーラスが殺気を漲らせある方向を睨みつける。

 すると彼が接触してきてから感じていた、トラノスケが警戒していた嘗め回すような視線が消えた。

 

「姫様。少し外します。タツミ殿とキルシェットから離れないようにお願いします」

「ええ、お願いね。トラノスケ」

「はっ……」

 

 瞬きをした瞬間、トラノスケの姿がその場から消える。

 彼らの動向を見守っていた周囲の人間がざわめき出すが当事者たちは気にせず会話を続けていた。

 

「『ボロス』の手下どもか。あの蛇野郎が……」

「『ボロス』?」

 

 キルシェットが鸚鵡返しに聞き返すと獅子の顔をくしゃりと歪め、ため息を一つついた。

 

「『ボロス・ミットガルド』。このヴォラス闘技場のNo2だ。実力はあるんだが、それ以上にその陰湿な手口と嗜虐性が有名だな。闘技場の試合なんざ有名になる為の手段としか思ってねぇ。武芸者より政治家やら官僚なんかの裏でこそこそ動き回ってる方が似合ってる、なんて陰口を公然と叩かれるようなヤツだよ」

「『黒蛇のミットガルド』!! ……確か本名は公式記録では出てなかったんですけど」

 

 キルシェットの口から出た名前に、ズィーラスは渋い顔で頷く。

 

「ああ、そうだな。ここヴォラス闘技場は交渉さえすりゃ本名隠しての参加もありだ。だから大陸じゃ野郎の名前はメジャーじゃねぇ。あくまで『黒蛇のミットガルド』としてのやり口が広まってるだけだ」

「なるほど。しかしそんな闘技場の顔の部下がなぜ俺たちに目を?」

「お前さんたちは最近、名が売れてるからな。そんな実力者たちがこぞって大会に出ないかの監視、調査ってところか。あとはまぁさっき言った通り、俺が声かけたせいだろうよ」

「それは……面倒ですね。自分たちは今の所、大会に出るつもりはないんですが」

「ありゃ、そうなのか? 俺としてはさっき出て行った男、トラノスケだったか? ヤツとお前さんとは是非とも闘いたかったんだが」

 

 タツミの言葉に心底残念そうに肩を落とす大男。

 3メートルの巨躯の大男がやっていると言うのにその仕草には愛嬌があった。

 

「ここに来たのはただの寄り道及び観光ですからね」

「ま、やる気がねぇのに誘っても仕方ねぇか。気が変わったらいつでも来い。俺はここで挑戦を待ってるからよ」

 

 彼は右手で自身の背後にある闘技場を指し示す。

 先ほどまでの愛嬌は鳴りを潜め、王者としての貫禄がその姿からは感じられた。

 

「ええ。機会があれば」

「おう。じゃあな」

 

 踵を返し、闘技場の方へと去っていくズィーラスを見送りタツミたちは注目を外す為に小走りでその場を後にした。

 

 

 

「ち、ズィーラスの野郎。おっそろしい威嚇しやがって」

 

 震える身体を理性で抑え込んで走っているのは先ほど、獅子の殺気を受けて逃げ出した舐め回すような視線の元である人物だ。

 引き締まった体付きと素早い身のこなしは、彼が一介の戦士である事を語っている。

 

「珍妙な鎧男によくわかんねぇ模様の服着た女にその侍従っぽい優男、犬の獣人。最近、売り出してるって冒険者パーティで間違いねぇ。他のは知らねぇが鎧のヤツは強いって聞いてるし、さっそく旦那に報告しねぇとぐげぇっ!?」

 

 しかし一介の戦士では彼の追跡から逃れることは出来ない。

 突然、背後から受けた衝撃にくの字に折れ曲がって男の身体は前方に吹き飛ぶ。

 蹴られたのだと認識する間もなく、目の前に現れた男の拳が垂直に飛ぶ男の額へと吸い込まれ、悲鳴を上げる暇も与えずにその意識を刈り取った。

 

「ふん。大した使い手じゃなかったな。ガレスのごろつきより多少はマシって所か。手応えのない、まぁこちらとしては相手が弱いのはありがたいんだけども」

 

 パンパンと手を払いながら相手の実力を評価するトラノスケ。

 

「……(こいつを倒せば誰か出てくるかと思ったんだが、その気配は無し。こいつは切り捨てても問題ない末端の使い捨てでしか無いらしいな)」

 

 気絶している男を担ぎ上げ、その場から走り去る。

 

「末端程度じゃ持ってる情報も知れたもんだろうが……一応調べさせてもらうか。悪く思うなよ? 姫様はもちろんタツミ殿やキルシェットにちょっかいかけようってんなら俺とて黙ってるつもりはないんでな」

 

 侍従としての意思と友を思う気持ちを胸に、トラノスケはこれから自身が行う『汚れ仕事』の内容を思案し始めた。

 自分を遠くから見つめる目に気付かぬまま。

 

 

 

「お~、ここがヴォラスって街かぁ」

 

 肩や胸、腰など要所を守る軽装鎧を身に着けた背の高い少女が街の入り口から道行く人を物珍しげに見つめる。

 せわしなく視線を彷徨わせるその様子は、周囲から見るととても滑稽な物に映るだろう。

 

「こらこら、あまりキョロキョロするものじゃないわよ?」

「お、おう。悪い、ルン」

 

 鈴の音のような透き通る忍び笑いを漏らしながら、幼い子供のようにはしゃぐ少女を諌めたのは全身をローブで包み込んだ妖艶な雰囲気の女性。

 フォゲッタでタツミたちと縁があった蛇使いのルンだった。

 

「(この人の数じゃ仕方ないですよ、ライコーさん。僕も気圧されてしまいました)」

「あはは! 気を遣ってくれてありがとな、カロル」

 

 諌められた彼女をフォローするのは意図的に言葉を使う事を封じて魔力を高める風習を持つ隠れ里の魔法使いカロル。

 

「やれやれ。我々は遊びに来たわけではないんだぞ?」

「わぁかってるって、アーリ。闘技大会で腕試しするんだろ! 俺も今から楽しみだぜ!」

 

 槍を持ち、背後に飛竜を従えた女性の言葉にライコーと呼ばれた少女は快活に笑った。

 

「ふふ、ああまったく今から楽しみだ。どんな強者がいるのか」

「はぁ……血気盛んねぇうちのリーダーと新入りさんは」

「(でも強い人たちだから、頼りになるよ)」

「それはそうだけど……周りが見えなくなるのは困り物よ」

 

 悩ましげなため息を零すルン。

 彼女の服の裾から顔を出し、彼女の頬を心労を労うように舐める蛇リューの頭を優しく撫でる。

 

「(僕も手伝うから頑張ろう?)」

「ため息が止まらないわね。タツミがいた時は被害が彼に集中していたから楽が出来たのだけど……」

 

 ただいるだけでも目立つ4人組は周囲の注目を浴びながら滞在する為の宿を探すために街の喧騒の中へと消えていった。

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