闘技都市ヴォラド
北国ノーダリアにある都市ヴォラド。
東国との国境から馬車で1週間の距離にあるその街は、ノーダリア首都の『ランドリオン』に次ぐ賑わいを見せる大都市である。
街の中央に円形の造りの闘技場、その闘技場を囲い込むように街並みが広がっている。
闘技場では毎日のように腕に覚えのある猛者たちが戦いを繰り広げられていた。
腕試しと称して名うての冒険者が参加する事もあり『誰が勝つか』という賭け事が主催者の手で行われ、観戦者たちは戦いの結果に一喜一憂している。
リゾート都市であるフォゲッタとは異なり、やや殺伐とした意味合いで人が絶えない街なのである。
年1回の闘技大会を目玉としており、その時期になると4大国からいつも以上に人が集まり、その時ばかりはこの街が大陸の中心と言っても過言ではなくなるのだ。
良い悪いに関わらず。
そして今年。
大陸中に広がった瘴気の情報。
それによって広がった人々の不安を払拭するという目的で、例年よりも時期を早められた今回の大会。
出場制限を大幅に引き下げ、大々的にお触れが出された事で今までに無い規模になる事が予想されており、それはほぼ確実だ。
タツミたちは太陽が真上に昇る頃、ヴォラドに無事到着した。
入る為の手続きを終え、街へと入った4人の前に広がるのは多種多様の人の群れ。
フォゲッタと異なり、道行く人々の雰囲気に物騒な気配が多くキルシェットなどはその空気に当てられ、反射的に唾を飲み込んでいる。
「多いな。さすがに……」
「多いですねぇ。あちらのオオサカはサカイの街を思い出します」
鮮やかな着物を着た見目麗しいオイチ、珍しい武士甲冑に刀を携えたタツミは自分たちを見つめる好奇の視線を慣れた様子で無視してマイペースな会話をしていた。
「暢気っすね。お二方。キルシェットなんて圧倒されてるのに」
「あ、えっと……すみません。ちょっと雰囲気に当てられちゃって。お2人は全然動じてないですね」
「あの2人はそこが未開の地だろうと態度が変わらんからな」
呆れたように言うトラノスケと苦笑いしながら頬を掻くキルシェット。
まったく動じない2人と常識的な見方で彼らに突っ込みを入れる2人。
これがこのメンバーの通常運転の様子である。
彼らはその後、観光を兼ねて街をざっと見て回った。
闘技場があり、頻繁に腕試しと証した大会が行われている為か、やはり武器や防具を売っている店が多く、呼び込みにも気合が入っている様子が窺える。
闘技場は用意された刃引きの武器とその職業に応じた一般的な防具が用意されており、個人の装備が使われる事はない。
しかしそれでも闘技場に挑む者たちに自分の店が扱っている武器を使ってもらえれば、『闘技場の猛者の眼鏡に適う品を扱っている店』として客足が増えるという計算をしているのだろう。
客足が伸びる店があればその分、他の店の客足は減ってしまう。
だからこそ呼び込みを行う店員には相応の必死さが感じられた。
「宿を取った後、お店に入ってみませんか? 僕、ナイフとか見てみたいです!」
「確かに。お前の武器はかなり酷使しているから切れ味が鈍ってきているし、そろそろ買い替え時かもしれないな。ここなら何か掘り出し物が見つかるかもしれないし後で見て回ろう」
「キル君。小刀や短剣の類でしたらトラノスケが詳しいですから、もし迷うようなら相談するといいですよ」
「ま、迷うようなら相談しろ。まずは自分で見てから、だけどな」
「はい! ありがとうございます!」
談笑を続ける4人は無事に宿泊施設が固まっている区画に到着した。
しかしここで問題が発生した。
「まさかこれだけの数の宿が軒並み満室とは……」
「ちょっと、闘技大会の人気を舐めてましたかね?」
「まだ大会その物まで時間があるのにこれは……凄いですね」
「俺たちが大会の事を聞いてこちらに来るのは大会のお触れが出てからずいぶんと経っていた。少し考えればこうなる事は予想できたな」
「最近は野宿ばかりでしたから仕方ないと言えば仕方ない気もしますね」
街に到着したというのに宿泊先が無いという割と切実な問題を抱えていながら、彼らの会話に焦りなどは見られない。
彼らにとってこの事は慌てるほどの問題ではないという事なのだが、それにしても会話だけだと異様な物だ。
「せっかく大きな街に入れたんだ。どうにかオイチだけでも宿に泊まらせたいんだが……」
「皆が宿に泊まれないというのに私だけというわけには参りません。もし野宿という事になるならば私も一緒です」
タツミの気遣いをばっさりと切り捨てるオイチ。
彼はその言葉を予想していたのか、ため息を付きながら肩を落とす。
「はぁ……。まぁお前ならそう言うだろうと思っていたが。……もう少し探してみよう。日が暮れるまで時間はまだある。酒場に陣取って夜が明けるまで交代で寝るって手もあるし野宿にはならんと思うが」
「嫌な客ですね」
「金を払えば問題ない」
止まっていた足を動かし、彼らは宿探しを再開する。
同時に脳裏を舞うサイコロ。
出目は『6』。
「もし……宿をお探しですかな?」
「ん?」
声をかけられた4人はそちらを振り返る。
路地の前に人の良さそうな中年男性が立っていた。
「確かに我々は宿を探していますが……貴方は?」
事前に近づいてくる気配を感じ取っていたトラノスケは自然な動作で男とオイチの間に身体を滑り込ませ、現れた男を警戒する。
「これは失礼を。私は『ルドルフ・エドガー』。小さな民宿を営んでおります。お困りのようだったので声をかけさせていただきました」
唾付きの帽子を取り、静かに一礼する男性。
こちらを気遣う気持ちが感じ取れる声音と所作に、キルシェットやオイチは気を緩める。
しかしタツミとトラノスケは彼に対して警戒を解くことはなかった。
トラノスケはオイチの護衛として初対面の人間に完全に警戒を解くつもりは元々無いが、タツミはステータスで彼の事を見たが故だった。
ステータスに示されている名前は名乗った通りだった。
しかしその職業は『宿の主人』ではなく『役所所員』となっていた。
今までステータスを見てきた人間は今の職業を表す言葉が表示されていた。
レストランで働いていれば『ウェイトレス』や『ウェイター』、冒険者であれば『戦士』や『僧侶』といった本人が就いている職業が表示される。
ならば目の前の人物の職業は名乗った通りの物ではないという事になる。
ガレスで泊まった宿の女主人が盗賊ギルドの首魁だったという前例が頭を過ぎり、タツミは警戒を解く気にならなかったのだ。
「(とはいえダイスロールで最高の結果である『6』を出すと同時に声をかけてきたこの人が、自分たちにとってマイナスになるとも考え難いんだよな)」
考えをまとめたタツミは男性に向かい合うように立ち、会話に応じた。
「……それはありがたいお話ですが、我々は手持ちがそれほどありません。4部屋を数日取るとしてどの程度のお値段なのでしょうか?」
「お一人様一泊1000ゴールド、朝及び夜の食事付きで1600ゴールドです。この辺りの店は宿もレストランも高級店ばかりですので相場としては私どもの宿の倍額はくだらないかと……」
「ふむ……(さっきまで回っていた店は宿泊だけで3000ゴールド程度が当たり前だったな。それに比べればずいぶんと財布に優しい。どの道、これを逃すと宿は取れそうにないし……ダイス目を信じてみるか)」
一瞬、彼はトラノスケに目配せする。
「わかりました。そちらでお世話になります。案内をお願いしてもよろしいですか?」
最小限の警戒を忘れるなというその意図を察したトラノスケが僅かに頷くことを確認するとルドルフと名乗った男性に肯定の言葉を返した。
「それは良かった。それではご案内いたしますので着いてきてください」
その自然で無駄の無い所作にタツミとトラノスケは警戒を強め、気付いているのかいないのかオイチとキルシェットは宿が取れた事を喜び談笑しながらルドルフの後に続いた。
ルドルフに案内された場所は街の表通りから少し外れた宿だった。
彼の言葉通り、表の店に比べればこじんまりとした造りで外観に煌びやかな装飾はほとんど見られない。
人通りから外れている為か、静謐な雰囲気を醸し出している。
「こちらです。どうぞ中へ」
開け放たれた玄関を手で示し、そっと浅く一礼しながら中へ入るルドルフ。
彼に続いて中へ入るタツミ一行は、宿の内装に感嘆の息を漏らした。
静かな外観を裏切らない、石造りの内装はシンプルその物。
しかし素材にされている石の壁や床は綺麗に磨かれており、無骨さを感じさせない。
灰色一色にならぬよう所々に置かれた観葉植物や置物のインテリアが宿の中の雰囲気を柔らかくしていた。
ルドルフが受け付けに置かれた呼び鈴を鳴らす。
すると静々とした動作でありながら、異様な早さで歩み寄ってくる女性の姿が見える。
「お待たせしました。4名様、お泊りでしょうか?」
妙齢の女性が一礼するとショートボブの髪が揺れた。
「ああ、お客様だ。丁重に持て成してくれ」
「またオーナーご自身が客引きをされていたのですか? いい加減ご自重なさってください」
「ははは、時間があったからこそだよ。こほん。……お客様方。ようこそ『舞踏の休息亭』へ。改めて名乗らせていただきます。私、この宿のオーナーであり、ヴォラドの役場に勤めております『ルドルフ・エドガー』と申します。こちらは宿を取り仕切っている『マルガレーテ・ハイドウェルド』です」
「ご紹介に預かりました。マルガレーテと申します。宿泊される間、お客様へ快適な空間をご提供させていただきます」
あっさりと隠していた正体を明かしたルドルフに警戒していたトラノスケとタツミは内心で拍子抜けした。
それでも最低限の警戒は解かずに、宿の関係者である2人の一挙一動を観察している。
タツミとトラノスケには身元が確かになったからと言って気を緩めるつもりは毛頭ないのだ。
「えっと、泊まるって事でいいんでしょうか? タツミさん」
「そうだな。良い所みたいだしここにするか。オイチ、トラノスケは問題ないか?」
「私は皆と泊まれるのでしたら構いません」
「俺はまぁ姫様が良いならいいですよ」
「と、そういう事ですので4名食事付きで。そうですね、一週間お願いできますか?」
「はい、畏まりました。それではお部屋にご案内いたします」
オーナーだと名乗ったルドルフから案内役を引き継いだマルガレーテは、彼らを先導するようにゆっくり歩き出す。
彼女についていく4人をルドルフは深々と頭を下げて見送った。




