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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第四章
56/208

北への旅

 彼らの北への旅は順調に進む。

 馬車こそ利用していないが、冒険者を生業としているタツミやキルシェットは勿論、密偵や伝令としてヤマト中を駆け回る事が多いトラノスケ、姫でありながら戦場を駆け抜けた経験を持つオイチからすれば歩き旅と言ってもそう大した労力にはならなかった。

 野宿も手馴れた物だ。

 もちろん主である所のオイチの分はトラノスケが作業していたが。

 

「従者として当然の事をしているだけなんで。俺が死ぬまで誰にもこのお役目を譲るつもりはありませんよ?」

 

 手馴れた動作で甲斐甲斐しくオイチの世話をする彼自身の言葉に見栄や虚勢は無い。

 馬車を利用している時と比べて仕事量が格段に増えているにも関わらず疲れも見せない従者の姿に主である彼女は笑みを零した。

 

「昔からトラノスケには頼りっぱなしです。本当に助けられています」

「恐縮です」

 

 そのやり取りが語る信頼関係の深さに知らずキルシェットは息を呑む。

 

「とはいえ手伝える所を手伝っても罰は当たらないさ。キルシェット、あまり深く考えなくていい。あの二人は昔からああらしいからな。トラノスケが忙しそうにしていて自分に余裕があったら手伝ってやればいい」

「は、はぁ……」

 

 オイチ用である簡易テントを物の数分で用意してしまったトラノスケの姿を唖然とした顔で見つめながらキルシェットはタツミの言葉に生返事を返していた。

 彼らの間にある他人にはない絆を羨んでいたのかもしれない。

 そんな他愛の無いやり取りを昼夜問わずに続けながら彼らは東国内を北進していった。

 

 非常に順調と言っていいペースで彼らは進む。

 偶に現れる盗賊や山賊を蹴散らし、立ち寄った村で依頼されるクエストをこなして食料や飲料水を補充する。

 タツミがAランク冒険者である事もあり、行く先々でクエストを依頼されて仕事に困るという事も路銀が無くなるという事もなかった。

 彼らの実力があれば、油断や慢心さえなければ多少難しい程度のクエストを失敗する事などありえない。

 クエスト達成率100%を維持するパーティとしてタツミ率いる彼らの噂は着実に大陸中に広まりつつあった。

 本人たちはそんな事、欠片も気にせずマイペースに旅を続けている。

 自分たちが有名になりつつあるなどトラノスケ以外は気付いてすらいなかった。

 

 

 さてそんな日々を過ごす彼らだがとある村に滞在した際にこんな話を聞いていた。

 

「闘技大会?」

「ええ。どうやらノーダリアで年1回やってた大会を繰り上げて来月に実施するのだそうです」

 

 彼らにその話を聞かせてくれたのは立ち寄った村の宿を切り盛りしている夫婦だ。

 

「先日、お泊りになったお客様のお話ですと過去最大規模の大会になるとか。今までは人数制限をつけて公式に実力が認められている人間のみの参加だったそうですが、今回は経歴も国籍も何も問わず募集をかけているのだとかで……今まではせいぜい一週間程度で終わる大会が、予選から本選まで一ヶ月を見込むほど大々的な物になるというお話です」

 

 コーヒーを入れながら話す夫婦の言葉に、タツミはしばし考え込む。

 

「(たぶんだが……大会は瘴気について公式発表された後の暗くなった空気を払拭しようと企画されたんだろう。国ぐるみでギルドも関与しているのなら規模が大きくなるのも頷ける。参加者の制限を緩くしたのも、参加者の増員を狙っての事なんだろうな)」

「てっきりお客様方も大会の参加者かと思ったのですが……」

 

 大会の事をまったく知らないタツミたちが意外だったのだろう。

 どこか困惑したような声音のおかみの言葉にキルシェットが首を横に振った。

 

「いえ、僕たちは別に……というか大会の事も初耳です」

 

 犬の耳をぴくぴくと動かしながら首を傾げるキルシェットに頬に手を当ててオイチが同意を示す。

 

「そうですね。どうやら我々が移動してる間に事が進んでるみたいですね。最近は山越え谷越えばかりで人里に寄るのも2、3週間ぶりですし耳に入らなくとも不思議ではないでしょう」

「にしてはずいぶんと急な話ですねぇ。ここまで急な話だと他人事ながら本当に参加者も含めて人が集まるのかが気になりますよ」

 

 トラノスケは差し出されたコーヒーに真っ先に口を付けながら自身の所感を話す。

 身内での雑談に入っていく様子を見て、応対していたおかみは「ごゆっくり」とだけ告げ、夫に後を任せてその場を離れていった。

 

「それが大会史上稀な4大国合同の企画らしいです。大陸を挙げてのお祭りだってお客様がおっしゃってました」

「それはまた豪気だな」

「よ、4大国合同って……王が変わる時の戴冠式くらいしか僕知らないです」

 

 未だかつてない規模のイベントに呆気に取られるキルシェット。

 

「戴冠式はあくまで招待客として集まるだけだ。企画から全てに関わるイベントなんて俺が知る限りは無かったと思うぞ(もっとも一般的に知られてないだけで裏で繋がってって言うのならあるだろうし、戦争なんかも含めればまったく無いとは言えないが)」

 

 キルシェットとタツミが企画の大きさについて話す一方で、こんな会話が繰り広げられている。

 

「……自らの技を競い合う大会、ですか。面白そうだとは思いますが」

「姫様、お願いですから自重してください」

「ふふ、わかっていますわ」

 

 主の雰囲気が変わりかけている事を察して釘を刺すとオイチは誤魔化すような笑みを浮かべて応えた。

 その間髪いれずの返事を疑いながらトラノスケは一人会話に入らず考え事に耽っていたタツミへと水を向ける。

 

「タツミ殿。俺たちはこのまま北に向かうという事でいいんですかね?」

「う~ん(なんとなく闘技大会が引っかかる)」

 

 意見を求めるトラノスケにタツミは唸り声を上げながら考え込む。

 周りを見渡せばパーティメンバーは皆、彼の意見を待つように注目している。

 

「(……開催都市のヴォラドはルートから少し外れる。けど予想以上に速い速度でここまで来れている。多少の寄り道も問題ないと言えば、問題ない。なんでこんなに気になるのかはわからないが)」

 

 直感と呼ばれる物が『闘技大会』という単語を気にしていた。

 時に命を預ける事もあるその直感を無碍にする気はタツミにはなく。

 

「行ってみるか。ヴォラドに」

「何か気になる事でも?」

「いや、今までにない規模の闘技大会って言うなら見るだけでも面白そうだしな。別に急ぎ旅ってわけでもない」

「そうですか。ま、タツミ殿がそうおっしゃるなら俺に否はありませんよ」

「ふふ、楽しみですね。キル君」

「はい!」

「ガレス以上に人混み凄そうだし逸れるなよ~、キルシェット」

「だ、大丈夫ですよ。トラノスケさん!」


 わいわいと騒ぎ出す3人を見ながらタツミは少し笑う。

 

「(偶にはしっかり休んで英気を養わないとな。俺とトラノスケはともかくオイチとキルシェットは疲れが溜まっていたし丁度良いな)」

 

 体力面で劣るキルシェットに合わせての行程だったのだが、どれだけ気を遣っても疲労は溜まっていく。

 戦場には慣れていても少人数での旅に慣れていないオイチも本人の気づかぬ所で疲労は溜まっていた。

 トラノスケとタツミも2人ほどではなくとも疲労していた。

 どの道、どこかでしっかりとした休息が必要なタイミングだったのだ。

 

「それじゃコーヒーを飲み終わったらさっそく行くか。『武人の集う街ヴォラド』に」

 

 タツミの言葉に皆は一斉に頷く。

 彼は頷き返すと手元に置かれているコーヒーカップを手に取り、ゆっくりと口に含んだ。

 

 

 

 フォゲッタのギルド。

 そのギルド長の執務室に1人の人物がいる。

 この部屋の主であるギルフォードだ。

 その女性に勝るとも劣らぬ麗しい顔、その眉間には深い皺が刻まれている。

 目の前の書類を睨みつけ、何事かを考え込んでいるようだ。

 

「(やはり最近になって瘴気の目撃情報が増えている。現在までにギルドが確認しただけでも17件。そのうち解決した物が13件。アギ山やガレスでの1件のように事が大きくなる前に収拾が付けられている事だけが救いか)」

 

 冷めたコーヒーを一息に流し込みながら、さらに今まで見ていた物とは別の紙を手に取る。

 

「(ヴォラド大闘技大会。一般市民の目を瘴気から逸らし国の威光を示す為の企画、か。瘴気の事を公表した事で民は少なくない不安を抱いている。故に民心を盛り上げる為に行われるこの企画その物に異論は無い。しかし明確な対策がまだ出来ていない今の状況での開催はいささか性急過ぎる。……ギルド上層部や国は瘴気をどれほどの脅威と位置づけているのだ?)」

 

 トントンと執務机を指で叩きながら、彼の思考は進む。

 しかし彼の鋭敏な感覚は考え事に集中していて尚、環境の変化を捉えている。

 

「戻ったか」

 

 背後に現れた見知った気配にそう呼びかける。

 すると気配は机を挟んでギルフォードの正面に移動してから頭を下げ、彼の呼びかけに応えた。

 

「はい、ギルド長。ラヴィス・クラストロイ、ただいま戻りました」

「無事のようで何よりだ。……ではさっそく報告を聞かせてもらえるかね?」

「……はい」

 

 ラヴィスから差し出された報告書を受け取り、ギルフォードは文面に目を通し始める。

 しばらくの静寂の後、ギルド中に響き渡るほどの轟音と共に執務机が破壊された。

 ギルドマスターの安否を心配し部屋に飛び込むギルドの職員たちは、冷徹な面持ちのまま片手で報告書を握り締め、もう片方の手を爪が食い込むほどに握り締めて机に叩きつけている彼の姿を見る事になる。

 常と変わらぬ表情に、誰が見てもわかる程の怒りを宿す彼の姿に職員たちは例外なく青褪めた。

 

 ギルフォードが何を知り、何に怒りを覚えたのか。

 それをラヴィス以外が知る事になるのは、もう少し先の話である。

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