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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第四章
55/208

出立

 青い兜との馬鹿騒ぎの翌日。

 

「ただいま戻りました」

 

 人々が起き始める明け方にひっそりと戻ってきたトラノスケは、タツミたちが身支度を済ませて集まったところで彼らの前に姿を現し、床に膝を付いて帰還の挨拶をした。

 

「おかえりなさい、トラノスケ」

「トラノスケ。お疲れ様だ」

「お帰りなさい、トラノスケさん!」

 

 突然、現れたようにしか見えなかった彼の挨拶に動揺もなくタツミたちは応える。

 新参者であるはずのキルシェットも彼の神出鬼没さに慣れているようで、ごく自然に挨拶を返していた。

 

「あちらはどのような様子でしたか?」

「とりあえず皆は元気でした。……ええ、ほんと元気過ぎるくらい元気でしたよ、ええ」

 

 何を思い出したのか顔を青くしてどこか遠くに意識を飛ばすトラノスケ。

 キルシェットとオイチが彼の様子に首を傾げる中、タツミだけは彼の態度の理由に気付いた。

 

「……翁が暴れたか? それともセイ辺りが文句を言ったか? ……それともタンバがこっち来ようとしたか?」

「…………全部です。俺や他の皆はあの3人を止めるのに丸一日かけました」

 

 その時の様子を思い出したのかげっそりとした顔をするトラノスケに、タツミは同情の目を向けてため息を零した。

 

「大変、だったんだな」

「ええ、ほんとに。特に翁はいい歳なんで、もうおとなしくしていてほしいんですけど」

 

 男たちが通じ合う横で、オイチとキルシェットは2人のやり取りの意味がわからず首を傾げていた。

 

「それはともかく。トラノスケも帰ってきたし、そろそろこの街から出て行こうと思うんだが……」

 

 気を取り直し、タツミは今後の方針を告げる。

 

「確か北へ向かうのでしたね?」

「ああ、瘴気に関係するかどうかはわからないが、気になる事があってな。ついでに故郷に寄ろうとも思ってる」

 

 タツミの言葉にキルシェットが相槌を打った。

 

「タツミさんの故郷……ノーダリアにある村、でしたね」

「ああ。ギルドも無い、外からの客の目を引くような物もない、そんな小さい村だ。名前はヴェルガ。俺が離れてからかなり経っているから今はどうなっているかもわからないな。まぁ色んな意味で逞しい人たちが住んでいるから、早々潰れるとも思えないけどな」

 

 故郷の住人たちを思い出し、タツミの口元が僅かに綻ぶ。

 

「……ご両親の墓もそこに?」

「ああ。墓参りに行くだけでも意味はあるかと思ってな」

 

 トラノスケの言葉に、笑みを収めて真剣な表情で彼は頷いた。

 

「3人の方で何かあるか? 行きたい場所とかあれば遠慮なく言ってくれ。一応、目的があっての旅だが寄り道の1つや2つなら問題はないからな」

「いえ、僕は特にありません」

「私も。タツミ様の行く所に付いて行きます」

 

 キルシェットとオイチの即答に思わず苦笑いする。

 

「(遠慮しているってわけじゃないから俺としてはありがたいんだが、もう少し提案とかあってもいいんだがな)」

 

 そんな詮無い事を考えながら、彼は顎に手を当てて考え込むようにしているトラノスケへ視線を送る。

 トラノスケはタツミの視線に気付き、口を開いた。

 

「俺としても北に行く事に異論はありません。ただ瘴気と関係するかはわかりませんが翁たちが気になる情報を掴んでいたので」

「気になる情報?」

 

 全員の視線がトラノスケへと集まる。

 トラノスケは一度、考えをまとめるように視線を落とすとゆっくりと口を開いた。

 

「最近、ノーダリアの魔物に変化が起きているそうです」

「変化、というと?」

「ノーダリアは年中、雪が積もるような寒冷地帯です。魔物もその環境に適用した寒さに強い種類ばかりです。例として上げると、冷気を操るような魔物、寒さに耐えられるよう毛むくじゃらになった熊型、狼型などです。その生態系がここ数ヶ月で崩れてきているそうです。具体的には今まで見つからなかった鳥型や昆虫型、あと炎を纏った精霊や亡霊の類と思われる魔物が現れているのだとか」

「なるほどな」

 

 タツミは彼の説明を受けて視線を落として考えを巡らせる。

 オイチも考える素振りを見せるが、それ以上にトラノスケの説明にあったある部分に対して嫌悪を抱いていた。

 

「昆虫、ですか。ついこの間、酷い目にあいましたから……良い予感がしませんね」

「まったくもって同感ですよ、姫様。」

「……僕もあまり良い予感はしないです」

 

 例の虫使いの事を思い出してしまい目に見えて機嫌が悪くなる彼女に従者は肩を竦めながら同意する。

 彼女に同意するキルシェットは、珍しく眉間に皺が寄っていた。

 

「確かに気になる情報だったな。瘴気関係なのかそれとも他の何かかまではわからないが、これから向かう場所の事だし注意しておこう」

「そうした方が良いですね。まぁ俺からは以上です」

「よし。それなら明日、出発しよう。やりたい事は今日中に済ませておいてくれ」

 

 全員の返事を確認し、タツミは早速とばかりに椅子から立ち上がった。

 

「どちらへ行かれるのですか?」

「昨日、ギルドでガルバから伝言をもらってな。預けていた俺の装備一式の修理が終わったそうだから取りに行ってくる」

 

 青い兜と再会する前、彼は強面のギルド受付からその伝言をもらっていた。

 なし崩しに飲み会にまで発展してしまったから昨日は取りにいけなかったのだ。

 

「私も同行してもよろしいですか?」

「もちろん良いぞ。キルシェットとトラノスケはどうする?」

 

 音もなく立ち上がり、おずおずと同行を申し出るオイチにあっさりと頷くタツミ。

 水を向けられた2人は少し考えるように一拍の間を置くと、首を横に振った。

 

「あ、僕はギースさんたちに挨拶をしてこようと思います」

「俺はギルドへ。一応、ギルド長とは顔見知りですしね。代表って事で挨拶してきますんでタツミ殿は気にせず姫と一緒に装備取りに行ってください」

「わかった。キルシェット、俺たちの分も挨拶しておいてくれ。それじゃオイチ、行こうか」

「はい」

 

 2人の言葉に頷くとタツミはオイチを伴って部屋を出て行った。

 少し聡い人間ならばタツミに返事をしたオイチの声音が嬉しそうに弾んでいる事に気づいただろう。

 もちろん、タツミ以外の2人はその事に気付いていた。

 彼らはタツミたちが去っていくのを見送ると目を合わせて同時にため息をつき、やがてぽつりと呟いた。

 

「「……見ていてじれったい(です)」」

 

 その一言に2人の気持ちは集約されていた。

 

 

 

「ほらよ。預かっていた品だ」

「これは……凄いな(ステータスを確認しなくてもわかるくらいに綺麗に仕上がってるなんてな)」

「素晴らしい出来ですね」

「そうだろうそうだろう」

 

 先日、足を運んだガルバの工房。

 その部屋の中央の床に敷かれた清潔な布の上に丁寧に並べられた装備一式の状態にタツミとオイチは感嘆の息を漏らした。

 ガルバは彼らの様子を見てご満悦の様子で、胸を逸らして誇らしげにしている。

 小さな体躯で行うその仕草は妙に子供っぽく見えるが、彼の実年齢はタツミたちよりも遥かに上だ。

 

 タツミは床に置かれた鎧、その手甲を手に取りじっくり眺める。

 見た目が綺麗になっただけではない、戦場で使い続けた事で草臥れていたはずの品がまるで新品同様。

 

「(むしろ素材からもう一品、同じ物を作ったって言われても信じるだろうな。預けてからそんなに経ってないというのに……人間業とは思えん。まぁドワーフなんだが)」

 

 こちらの世界の常識と照らし合わせてもありえないこの鍛冶士の腕前を前に、半ば現実逃避気味に拉致も無い事を考えながら慎重に自身の甲冑を検分する。

 

「ふふん。どうだい、満足してもらえたか? しっかり礼になっているか?」

「……ああ、充分過ぎるくらいですよ(装備のステータスが軒並み上がっている。これ以上を求めるのは贅沢だってレベルだな、これは)」

「そうか。なら何よりだ」

 

 タツミの言葉に、満足げに笑うとガルバは工房の奥へと引っ込みすぐに戻ってきた。

 その手には彼が預けた武器がある。

 

「ほらよ。こっちも中々良い出来に仕上がったぜ」

 

「……(これも攻撃力が上がっている。ここまでされると御礼とはいえこっちが申し訳なくなってくるな)」

 

 差し出された愛刀を受け取り、鞘から引き抜く。

 

「これは……なんて美しい」

 

 タツミの横からその刀身を見たオイチが、陶酔したように呟く。

 

「剣とはそもそもの用途が違うようだったからな。これが謝礼の一環だって事を忘れて研究に没頭しちまった。どれほど薄く、どれほど鋭く、どれほど強く出来るかを突き詰める。実に奥深い武器だった。良い勉強になったからむしろこっちが礼を言いたいくらいだぜ」

「あちらでも、果たしてここまでの刀があったかどうか……」

 

 タツミの絶賛の言葉に、オイチも静かに頷く。

 

「はい。ガルバ様。貴方は素晴らしい腕前の持ち主です」

「おいおい、よしてくれ。まだまだ鍛冶の道は長いんだからよ」

 

 ガリガリと乱暴に自分の頭を掻きながら照れくさそうにそっぽを向く。

 

「ガルバさん。貴方が鍛え直してくださった鎧と刀。大切に使わせてもらいます」

「おう。そうしてくれ。そいつらも喜ぶ」

 

 葉巻を一つ口に咥え、鍛冶士ガルバは歯をむき出しにしてカラリと笑った。

 

「武器やら防具の事でなんかあったら俺のところに来な。まぁ次からは対価をもらうがな」

「ええ、その時は是非」

 

 タツミとオイチは深々と頭を下げ、ガルバの工房を後にした。

 新品同様の鎧を着込んだタツミの姿は宿に戻るまでの間、至る所で注目を集める事になった。

 

 

 翌日。

 彼らは明け方の静けさに紛れて国境の街ガレスを後にした。

 

「タツミさん。なんでこんな早朝に街を出る事にしたんですか?」

「まぁ一応の用心さ。また盗賊ギルドの残党が何かしないとも限らないからな」

 

 表向きには盗賊ギルド壊滅はギルド主導の物とされている。

 そして派手に立ち回った為に、その立役者がタツミたちである事は少し調べればわかってしまう。

 彼らは職にあぶれた元盗賊ギルドの人間たちからすればもっともわかりやすい報復対象なのだ。

 

「あっちからすれば俺たちが組織壊滅させたようなもんですからねぇ」

「上手く立ち回ろうとしても上手くいかない事はありますから。これくらいは仕方のない事です」

 

 トラノスケとオイチの言葉にタツミはため息を零す。

 

「別にやりたくてやったわけでもないんだがな。まぁ理不尽だとは思うが、だからこそ警戒しないといけない」

「……そう、ですね」

 

 気を取り直すようにタツミは胸の前で両手を打ち鳴らす。

 

「まぁあまり気にしても仕方ない。これからしばらくは歩き旅になる。どうせなら楽しく行こう」

「はい!」

「まぁそうですね」

「ふふふ、勿論です」

 

 そして彼らは歩き出す。

 目指すは北の国『ノーダリア』の辺境。

 あるかどうかもわからない『運命神の試練場』と、故郷であるヴェルガ村だ。

 

 タツミの前途多難な旅路はまだまだ終わりそうにない。

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