ガレスギルドマスターとの会合
今、タツミは1人でギルドに来ている。
報告だけならば1人で充分だと言い、キルシェットとオイチには先に宿に戻らせたのだ。
いつまでも泥だらけの状態でウロウロするのは衛生上良くないという事もある。
タツミがここにいるのは一番汚れが少なく、少し払えば外出しても問題なかった為だ。
「おい、あれ……」
「例のAランクじゃねぇか、ってなんだありゃ?」
タツミたちが足を踏み入れるとギルド内がにわかにざわめき出す。
それは彼らが今、注目の的である事もあるが、注目を集める一番の理由はタツミが肩に担ぐように持っている冗談のような大きさの魔力核にあった。
既に内包する魔力は地面に流れ出し、僅かに魔力の残滓を残すだけのただの欠片。
しかしその残滓と欠片でありながらも2メートルはあるだろうその大きさにその場にいた全員の目は釘付けになっている。
自分に向けられる不躾な視線にもはや慣れてきた彼は、それらを綺麗に無視するとクエスト受付へと向かった。
自分たちの依頼を受け付けてくれた逞しい男性は、タツミをじっと見つめながらも頭を下げて彼を出迎える。
「お疲れ様です。色々とお聞きしたい事もありますがまずは手続きを済ませましょう」
彼が持ってきた巨大な魔力核の欠片を受け取り、奥にいた鑑定士らしき人物に渡した。
なにやら受け付け奥の部屋が騒がしくなっているようだが、男性はその騒々しさには慣れているようでまったく気にせず流れるような動きでタツミの元へと戻ってくる。
男性はこれまた手馴れた動作で『ルプト沼の泥人形退治』についての書類を取り出し、タツミから預かったギルドカードにある個人識別する文字列を書き写した。
「では、こちらにサインをお願いします」
手渡された書類にざっと目を通し、確認者の氏名に自身の名前を入れる。
「(こっちの文字を書く時、自然と手が動く。これもタツミとの記憶や感覚の共有の影響なんだろうが、違和感はもうほとんど無くなってるな。……必ずなんとかしてみせる)」
彼は自分を取り巻く環境を何気ない行動で再認識し、解決する意志を奮い立たせた。
サインを終わらせた書類を受付男性に渡す。
彼はサインを確認するとその無骨な顔に似合わない営業スマイルを浮かべ、頭を下げた。
「はい、確かに。今回の依頼については不測の事態が起きたようですので明日にでも事情聴取を取らせていただきますがよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
通常の魔物退治依頼ならばこの場で証拠となる倒した魔物の一部を渡せば依頼は終了なのだが、今回は証拠にと持ってきた魔力核が規格外の大きさだ。
その事について事情を聞き、場合によってはギルド側もなんらかの対応をしなければならない。
場合によっては依頼自体が立ち消えになって報酬ももらえなくなる、という事もありえる。
実際、タツミは以前の護衛任務で襲撃者側と一緒に護衛対象を袋叩きにして、依頼報酬を無しにされた事がある。
その時は色々と事情があり、その事はギルド側も考慮したのだが、それでも依頼としては失敗とされている。
「報酬につきましては聴取の後にお渡しいたします。一先ずではありますが、クエストお疲れ様でした」
丁寧に頭を下げる男性。
同じく会釈を返すと、タツミは踵を返しギルドを出ようとする。
その彼の耳に声を潜めた男性の声が届いた。
「別件につきましてもその時にお話をしたいとの言伝をギルドマスターから預かっております」
「わかりました。ご伝言、ありがとうございます(こっちの伝言はちゃんと届いていたみたいだな)」
振り返らず答え、タツミはそのままギルドを出て行った。
「今、戻った」
「おかえりなさい、タツミさん」
戻ってきた彼を出迎えたのは部屋着に着替えたキルシェットだ。
女性という事でオイチは1人部屋を取っているのでこの部屋にはいない。
「ああ。明日、あの馬鹿でかい破片について聴取、それと虫使いの一件について話をしに行くから一緒に来てくれ」
「はい、わかりました。でもやっぱり依頼の方はそうなったんですね」
「ああ、まぁ当然だろうな。あんな物を証拠として出したんだ」
「あれだけの大きさの核を持っていた泥人形なんてBランクの依頼じゃないですもんね。請けた冒険者が無事に帰ってきたから良かったですけど、本来なら依頼元の責任問題ですし」
「今回の泥人形、擬態が巧かったからな。表立って出てくるのは分身である人型と罠だけ。この件を担当したギルド調査員の実力は知らないが、遠目からじゃ騙されても仕方ない。こっちの命に直結するからもっとしっかり調査してから依頼して欲しいとは思うけどな」
実の所、今回のように巨大且つ影響力の大きい魔物が、この辺りにいる事は珍しい。
ルプト沼に存在する泥人形は土地が持つ僅かな魔力を吸収して生まれる存在であり、人型を維持する事が出来る魔力核が精製される事すらも稀だ。
さらに明確な敵意や害意を持って人を襲うようになるほどの意志を持つようになる確率はさらに低い。
今回のような並の冒険者なら圧倒できるような個体が、突然現れるなど予想できなかった事だろう。
「(突然変異か、そうでなければ『誰か』が造ったのか。……もしかしたらまた瘴気が関わっているなんて事もあるかもしれない……)」
タツミの脳裏にあちらの世界で出会った狼の姿をした老人と眠り続けている少女の事が過ぎった。
「とにかくルプト沼近辺は調査をし直してもらわないと同じような奴がいた場合、他の冒険者が遅れを取るかもしれない。しっかり俺たちの話を聞いてもらうさ」
「そうですね。冒険者がそういう仕事だっていう事はわかっていますけど、被害は少ないほうが良いに決まってますもんね」
「その通りだな」
この話についてはここで打ち切られた。
最終的な判断を下すのはギルドだ。
自分たちに出来るのは明日、起きた出来事をギルドに包み隠さず報告し、調査するよう進言する事だけ。
彼らはそれからは他愛のない雑談へと話題を変えた。
タツミが帰ってきた事を知って部屋にやってきたオイチも交え、夕飯までの時間を雑談して過ぎていく。
翌日。
タツミたち3人は約束通り、ギルドに向かった。
昨日と同じ受付の男性に声をかけ、奥の応接室に通される。
部屋にはギルドマスターであるマルドが椅子に腰掛けていた。
彼はタツミたちの姿を見て立ち上がる軽い会釈と共に迎え入れる。
「本日はわざわざご足労ありがとうございます。ギルドマスターのマルド・ロックフィールドです」
「Aランク冒険者のタツミです。こちらはオイチ、そちらはキルシェットです」
「オイチと申します」
「キ、キルシェットです!」
「ご丁寧にありがとうございます。どうぞお座りください」
改めて自己紹介を交わし、3人はギルドマスターの促すままに対面にあるソファに並んで座る。
「そちらの事情はある程度、理解していますのでお気になさらず。そちらも多忙でしょうから話に入りましょう」
「お気遣いに重ねて感謝を。それではさっそく用件に入らせていただきます」
書記であろう部屋にいた秘書がマルドの隣に座り、書類と羽ペンを手に取った。
「それではまずは確認を。あの魔力核についてですが……あれは泥人形の核という事で間違いないでしょうか?」
「ルプト沼の泥人形の本体です。前情報では人間サイズの泥人形のみという話でしたが、本体は5メートルサイズの魔力核を持っていました」
「ふむ。ではルプト沼での仕事の様子を掻い摘んで説明していただけますか」
「情報にあった人型は分裂した手足と言える存在でした。ギルド側で見つけたのがおそらくこいつらでしょう。当ても無く彷徨っているところを発見し、我々が倒しました。しかし他の個体や泥で出来た罠などの存在で、どこかにそれらを操る本体がいると考え、最終的にそいつを引きずり出す事に成功。引きずり出した本体と思しき魔力核は、自身を隠せるほどに巨大な獅子に変貌、襲いかかってきました。しかしこちらのオイチ、キルシェットによって核を砕く事に成功し、獅子は泥へと戻っています。最後の悪あがきなのか、泥人形は2人を不意打ちする為に俺の外見を模倣、2人が言うには声までそっくりに化けたそうです。しかし初見で気付くことが出来る程度の拙い模倣でしたので無事に撃退。そしてバラバラになった破片の中で特に大きい物をギルドに証拠として提出。というのが今回の依頼の詳細です」
「ううむ。なるほど」
淡々と報告される出来事を眉間に皺を寄せながら聞き入るギルドマスター。
誰も口を挟むような真似はせず、部屋には秘書が書類にペンを走らせる音以外に雑音と言える物はなかった。
「破片全てを回収する事は出来ませんでしたので幾らかはまだルプト沼に残っていると思います。といっても既に魔力は大地に溶け込んでいるとは思いますが」
「なるほど。しかし同等の個体がいないとも限りませんな。改めて調査団を結成する必要があります」
「同意します。仮に同じ強さの個体がいた場合、あれはBランクでは手に負えない可能性が高い。それにあれが突然変異であればそれでいいのですが、今のガレスの状況から考えるとむしろ何者かによる作為的な物である可能性の方がありえそうです」
タツミの言葉にマルドは憂鬱そうにため息を付いた。
「そうですね。ギルドの介入によってどうにか体裁は取り繕っていますが、現在のガレスは外部からの介入にほとんど抵抗できません。これを機に良からぬ事を考える者もいるでしょうし、調査はもちろんの事、街中の警戒も密にする必要がありますね」
「その通りだと思います。盗賊ギルドが無くなり、後ろ暗い所がある程度改善されたとはいえ、街その物という地盤が歪み、浮き足立っていると言える今の状況、長く続けばそれだけ悪意のある存在を招き寄せる事になるでしょう」
ヤマトで同様の状況を経験した事があるのかオイチの言葉には説得力があった。
「ええ、まったくもっておっしゃる通りです。だからこそ僅かな可能性も排除するよう動かねばなりません」
マルドはオイチの言葉に驚きつつも同意を示し、自身の決意を言葉にした。
「貴重な情報のご提供ありがとうございました。この話はここまでといたしましょう。最後に報酬についてですが結果的にクエストのランク虚偽と言う事になりますので提示した額の2倍を用意させていただきます」
彼の目配せに頷き、秘書の男性は懐から分厚い封筒を取り出すとそっとテーブルに置く。
マルドと目を合わせ、彼が頷くのを確認するとタツミは封筒を手に取り、自身の懐へと収めた。
「これで1つ目の用件は終わりになります。続けて虫使いが起こした事件についてお話をさせていただきたい」
「はい。といっても事のあらましはトラノスケが伝えたと聞いています。私たちから何かあらためて伝える事は無い、という認識でいるのですが?(俺の職業変更についてはなるべく知られたくない。聞かれたら誤魔化そう)」
探るような視線をマルドに向けるタツミ。
その視線を真っ向から受け止め、彼は静かに言い放った。
「お話と言うのは、この一件についての情報を極秘とし貴方方には決して口外しないでほしい、という要請になります。下世話な話ではありますが報酬に加えて口止め料も支払わせていただきます」
「やはり、そういうお話になるのですね(都合の悪い事を世間から隠し、蓋をする。政治ではごくごく当たり前の手法ですもの)」
半ば予想していた事態にオイチは口元を服の裾で隠し、ため息をついた。
「むぅ……」
キルシェットは不満げに口をへの字にする。
死者の数はどう少なく見積もっても7、80人に届く。
被害者の数ならば3桁を軽く超える。
遺族や被害者に本当の事を黙っているというのは彼には納得できなかったのだ。
「私どもとしましても心苦しいとは思っております。しかしたった1人の人間の悪意に街1つが滅ぼされかけたという真実に一般人は恐らく耐えられない。そして彼らの気持ちは役に立たなかった兵士たちに、そして果てはギルドも含めた国その物に向けられるでしょう。それだけは防がねばなりません。その為にも、少なくともこの街が落ち着くまでは……どうかご理解いただけますようよろしくお願いします」
目の前のテーブルに額を擦りつけかねないほどに深く彼は頭を下げた。
「(言った言葉に嘘はないと思うが……それだけでもないんだろうな。今回の件が表沙汰になればギルドにも飛び火するのは間違いないんだから)……こちらとしても無闇に吹聴する気は元からありません。報酬と口止め料はありがたく受け取っておきましょう。約束の証という意味で」
「ありがとうございます」
頭を上げたマルドが再度、秘書に目配せする。
彼はその意を察して応接室のテーブルの中から2種類の封筒を取り出し、彼らに差し出した。
「そちらの封筒はお金です。そしてもう一方はフォゲッタ及びガレスのギルドマスター連名による大陸通行証になります。ご確認ください」
指し示された二通目の封筒を促されるままタツミは開け、中身を確認する。
ギルドカードと同程度の大きさの黒縁に白磁の金属片だった。
中央に2人のギルドマスターのフルネームとタツミの名前が彫られている。
「これをギルドがある街の門番に見せれば細かい手続きを飛ばして街に入ることが可能です。加えて入場する為の代金も頂きません。いわゆるフリーパスのような物ですね」
「それはすごく便利ですね! そんな凄いものをもらえるなんて」
旅をする者にとって街に入る為の手続きは絶対に省けない重要事項だ。
それをある程度省略できて且つ入場料を払わないで良いという事にキルシェットは驚いていた。
「今回の事件はそれだけ貴方がたの中で重い物であるという事、ですね」
「はい。私どもが今出来る精一杯の誠意です」
「……確かにお受け取りしました。この件について我々は誰にも口外しません」
「ありがとうございます」
話は終わったのだろう。
マルドは肩から力を抜き、自身が座っているソファに身を委ねた。
「それでは、俺たちはこれで失礼します」
タツミが立ち上がり、それに追随してオイチとキルシェットも立ち上がる。
「はい。またご縁があればお会いしましょう。これからの貴方方の冒険が実りある物になる事を祈っております」
ギルドマスターの見送りの言葉を聞きながら、彼らは応接室を出て行った。




