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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第四章
52/208

泥人形退治_後

 ルプト沼の上空に現れた全長5メートルはあるだろう魔力核。

 それはまるで心臓のように鼓動し、至る所についている目は忙しなく視線を彷徨わせている。

 魔力核は周囲一体の泥を凄まじい勢いで纏いながら、その形を変える。

 今までの泥人形、人を模した出来損ないの人形などではない精巧な作りのソレは獅子の姿だった。

 全身が茶色で体中のところどころが流動しているが、その眼光は本物と見紛う程に鋭い。

 

「炙り出されて自棄になったか」

「あらあら、これは手強そうな……ですが倒し甲斐もありそうですわね」

「その偶に好戦的になるのはなんとかならないのか?」

「うふふふ、申し訳ありませんがこれも血筋ですので」

 

 彼女の顔は笑っているが、目は笑っていなかった。

 ヤマトにてその悪名を轟かせ、一時は天下に最も近い所にいたとされるノブナガ。

 その妹であるオイチにも気づかれ難いがその苛烈な心は確かに存在するのだ。

 

「まぁいいさ。その感情を向けるのが敵ならな」

 

 しかしヤマト時代からこの子の苛烈な一面に少なからず関わってきた記憶があるタツミが動じる事はない。

 慣れているからだ。

 

「うふふ、そうして貴方は私の一面を受け止めてくださる。さすが私の一番の友人です」

 

 2人は同時に武器を抜く。

 目の前で唸り声を上げる巨大な泥獅子は様子見のつもりなのか、こちらを睨みつけて威嚇するばかりで攻撃する素振りは見せなかった。

 

「せっかく勇ましい姿になったというのに。よもや怖気づいたのでしょうか? だとしたら拍子抜けです」

「ありえるな。なにせキルシェットと別れた最初、こっちには碌な戦力をよこさなかったんだから。勝てないと思って目標を絞り込む程度に頭が回るなら怖気づきもするだろう」

 

 挑発めいた彼らの言葉に怒りを感じたのか。

 泥獅子は奇声を上げながら飛び掛ってきた。

 武器を持っていない左手で彼女は符を地面に向けて放つ。

 

「大地には大地の力……地柱豪腕じちゅうごうわん・急々如律令」

 

 自分よりも遥かに小さい人間へ顔面から突撃する泥獅子。

 しかし泥獅子のオイチの正面、符が張り付いた地面から競りあがった巨大な腕2本が受け止める。

 押さえ込まれた泥獅子の横っ面をタツミが剣で切り捨てる。

 頬から下が切り裂かれ、地面へボトリと落ちる。

 だが無くした部分はすぐに身体の泥が補強してしまい、ダメージらしき物は見えない。

 

「普通に武器で攻撃したんじゃダメージは無いか」

 

 泥獅子の身体から鞭状の泥が形作られる。

 人の胴体ほどの太さのソレが空中にいる状態のタツミ目掛けて迫る。

 

「ずぁ!!」

 

 迫り来る泥鞭を剣で斬り捨てる。

 軽い手応えで鞭は両断、しばらく空中を舞うと地面に落ちていった。

 

 同様の攻撃を数撃捌き、タツミは地面に着地する。

 同時に彼の脳裏にサイコロが舞う。

 出目は『3』。

 

「っうぉあ!?」

 

 ぬかるんだ地面に足を取られそうになり、一瞬タツミの動きが止まる。

 その隙を逃さず彼の周囲の泥が隆起し、彼を飲み込もうと迫った。

 

「タツミさん!!」

 

 迫る泥の間をすり抜けるように身体をずらしながら駆け付けたキルシェットは動きが取れないタツミの腕を掴むと引っ張った。

 その勢いでタツミの足がぬかるんだ地面から抜ける。

 

「キルシェット! もう大丈夫だ! お前はそのままオイチに合流しろ!」

「は、はい!」

 

 腕を離し、そのまま駆け抜ける少年を見送りタツミは追いかけてきた泥の川目掛けて剣を左手に持ち替え、右手を突き出した。

 

「『真空波』っ!!」

 

 格闘家として得たコマンドスキルを実行し、迫り来る泥を空へと吹き飛ばす。

 ちらりと戦況を見れば、泥獅子はさらに増えたオイチの地面で作られた腕に雁字搦めにされており、まったく身動きが取れない状況だ。

 身体から出している泥鞭や泥腕はオイチや彼女と合流したキルシェットによって近づいてきた端から撃退されており、攻撃の手にはなっていない。

 

「(決定打を与えるには本体である魔力核に致命傷を与えないと駄目だ。あれだけ分厚い泥を纏われるとまず泥を剥がさないと魔力核に攻撃は届かない。それに魔力を内包した核は、魔法やソレに類する攻撃では効果が薄い。物理攻撃でなければ致命傷は与えられない)」

 

 先ほどのオイチの風術や今彼が使った真空波では広い面積に対する炙り出しは出来ても、対象を奥深くにまで攻撃を届かせるのには向かない。

 

「(真空波が思いのほか効果がある事がわかった今、オイチに炙り出しを任せる必要はなくなった)」

 

 タツミは剣を鞘に戻し、両手を何度か握って開く。

 彼の動作に嫌な予感を感じたのか、泥鞭や泥腕、さらに地面から幾つもの巨大な手が出現し、彼へと襲い掛かる。

 

「『真空防壁しんくうぼうへき』」

 

 その場で右足を軸に回転する彼の軌跡をなぞる様に風の壁が立ち昇る。

 触れようとした泥の攻撃は全て細切れにされ、風の勢いに乗って散り散りに吹き飛ばされた。

 相手の攻撃を受け止めると、彼は間髪いれず風の壁の内側から掌を壁の外側にいる泥獅子に向ける。

 

「続けて『真空発破しんくうはっぱ』!!」

 

 放射状にカマイタチを放つ真空波と異なり、真空発破は直線状に風の奔流を放つ。

 その一撃は泥獅子の表皮とぶつかると破壊しながら、さらに泥の中へと突き進む。

 最後には反対側へと貫き、そこで力を失い風化していった。

 

「核には当たらなかったか(だがこれならどうにでもできそうだな)」

 

 そこまでタツミが考えたところで風の壁が無くなり、手をこまねいていた縄や腕がここぞとばかりに彼の元へと殺到する。

 

「くっ!?」

 

 しゃがみこんだ彼の頭上を勢い良く通り過ぎる泥の塊。

 タツミは素早くその場から駆け出す。

 同時に先ほどまで彼のいた場所を無数の泥の武器によって叩き割られた。

 

「(威力が泥人形の攻撃の比じゃないな)」

 

 レベル差はあれど、いつもの鎧を装備していない今のタツミではそれなりのダメージを負う事だろう。

 

「だがその程度のリスクを恐れる理由は無い!!」

 

 未だに拘束されている泥獅子に駆け寄る。

 近づいてくる脅威を排除する為に地面から、泥獅子の身体から泥で出来た様々な武器が射出される。

 

木壁守護もくへきしゅご・急々如律令!!」

 

 射出された泥とタツミの間を遮るように巨大な木が出現する。

 それはタツミが泥獅子へ近づく為の道を作るかのように次から次と出現し、敵の攻撃からタツミを守る。


「タツミさん! 行ってください」

 

 木では抑えきれない足元から出現する泥縄や泥腕。

 キルシェットはそれらをナイフで切り裂きながらタツミの後ろを離れずについていく。

 

「任せろ!!!」

 

 巨大な木を一足飛びで昇る。

 あっという間に頂上へ至り、木の枝を踏み台にさらに跳躍。

 泥獅子の背中へと飛び乗った。

 

「『真空波・極め』」

 

 タツミは泥獅子の背中に掌を押し付け、通常の10回分のMPを消費する大技を放つ。

 放射上に広がる風の波。

 その勢いに負けて泥獅子は地面へと身体を押し付けられる。

 そして彼の一撃を浴びた場所からどんどん泥が剥がされ吹き飛ばされていく。

 

 しかし技の勢いと泥が剥がされていく関係で踏ん張りが利かず、彼の身体は宙へと浮かび上がっていった。

 それでも彼は技を止めない。

 そして体内の奥深くに隠されていた魔力核が顔を見せる。

 またしても外界に自らの姿を晒した事で動揺しているのか、核に張り付いている目玉は盛大に瞬きを繰り返し、視線を上下左右へ振り乱していた。

 タツミの予想通り真空波では核に細々とした傷しか付けられなかったようだが、本体を曝け出す事には成功していた。

 

「キルシェット! オイチ! ヤツを砕けぇええええ!!」

 

 真空波を解除し、自由落下しながら彼は叫ぶ。

 その声に頷きで返した2人は再び泥の身体を纏おうとした魔力核に各々の獲物を突き立てた。

 

「だぁああああ!!」

「せいっ!!!」

 

 薙刀の一撃は魔力核の中央に突き立てられ、大型ナイフの一撃は頭頂部に突き立てられた。

 突き立てられた傷から罅が広がり、核の脈動が早くなり、その明滅も勢いを増し、目玉が一斉にキルシェットを睨みつける。

 泥獅子が痛みに狂ったかのように暴れ出し、拘束を解こうとする。

 

「もう一つっ!!」

 

 しかし彼は目玉の威圧に屈する事無く次の行動に移った。

 ナイフから手を離し、もう一本のナイフを取り出すと同様に核目掛けて突き立てる。

 さらにその場で高く跳躍すると。

 

「うううううあああああああっ!!!」

 

 突き立てたナイフ目掛けて蹴りを叩き込んだ。

 ナイフによって生まれていた亀裂がさらに深くなり、罅が核全体へと広がっていく。

 

「突き崩させていただきます!」

 

 オイチは突き立てた薙刀を返し、横薙ぎに振り抜いた。

 目玉の半数がオイチへと視線を向ける。

 しかし睨みつけてくる無数の目玉に、オイチはまったく動じる事はなかった。

 横一文字に大きな傷が付き、キルシェットがつけた傷と繋がる。

 

「とどめ!」

「これで終わり!!」

 

 予備にと装備していた3本目のナイフの一撃。

 大上段に構えられた薙刀の一撃。

 それらは示し合わせたかのように同時に魔力核に打ち込まれた。

 

 それが致命傷になったのだろう。

 狂ったように身体を動かしていた泥獅子の動きが止まる。

 そして毒々しい明滅と生理的嫌悪を及ぼす目玉の動きを繰り返していた魔力核は、その心臓めいた鳴動と共に沈黙した。

 

「お、終わっ、た?」

 

 崩れ落ちていく泥獅子を見上げながら確認するようにキルシェットが呟く。

 

「キル君、油断は禁物です。悪足掻きや狸寝入りという事も考えられますので」

「わ、わかりました」

 

 置いてくる泥を避けてその場を離れながら2人は周囲を警戒する。

 何事も起こらずに泥獅子が完全に力の無い泥の塊と化した事を見届けると、彼らはようやく肩の力を抜いた。

 

「2人とも怪我はないか?」

 

 真空波の反動で思いのほか遠くに吹き飛ばされていたタツミが2人に合流する。

 

「こちらは大事ありません」

「僕もかすり傷くらいです!」

 

 くたびれた様子のタツミに苦笑いしながら目配せするキルシェットとオイチ。

 

「そうか。なら良かった。さっさと帰ろう」

「はい」

「そうですね」

 

 力のない声音で促す彼に2人は頷き、連れ立って歩き出す。

 そんな2人に向けてタツミは音もなく泥色に変化した腕を振りかぶり。

 

「たぁっ!!」

「はぁっ!!」

「せいっ!!」

 

 三者三様の言葉と共に繰り出された武器にその身を三分割された。

 

「見事な悪足掻きだったな。まさか外見だけじゃなく声音まで真似られるとは……」

「とはいえ成り済ましと言うにはお粗末な物でしたね。土くれ独特の匂いが残っていては少し勘の良い者なら気付く事が出来ますわ」

「そうですね。僕もあのタツミさんもどきにはすぐに気付くことが出来ましたよ」

 

 自分に化けていた泥人形が崩れ落ちた泥の中から小さな魔力核を見つけ、タツミは踏みつけて破壊する。

 

「さて……これで依頼完了だな。5メートル級の魔力核なんて早々あるもんじゃない。最近、色々と事件が起きてる事も考えて、これを提出してしっかり調査をしてもらわないとな」

 

 そう言う彼の手にはいつの間にか確保していたのか5メートル魔力核の大きな欠片。

 持ちにくいそれを肩に担ぐように持ち替えると、彼は2人を促した。

 

「さっさと帰るぞ。キルシェット、オイチ」

「はい!」

「分かりました!」

 

 偽者にしていた時と比較にならないほど元気の良い回答をする2人。

 そんな2人の心中など知らず、タツミはクエストが無事に終わった事に安堵していた。

 

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