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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第四章
51/208

泥人形退治_中

 彼らは仕掛けられた罠を破り、2体の泥人形を倒した。

 しかしその時からどこからともなく自分たちを見つめる視線を感じ始めた。

 

「タツミ様、キル君……」

「ああ、わかっている」

「ぼ、僕もわかりました」

 

 オイチが言外に、視線の事を問いかけると2人も同意する。

 全員で視線の元を探る物の、四方八方から常に感じ、移動しているように感じられるソレの元がどこなのかは探知出来なかった。

 コマンドとして気配察知を使用したタツミにすらもである。

 

「(……気配察知の範囲外からこっちを窺っているのか? だとすれば相当濃度の高い魔力核を持った個体が、視線の量の多さから複数がいる事になる。思った以上に厄介なクエストだったみたいだな。……いや、ここまでの事はギルド側の下調べや目撃者の情報だけではわからなかったと見るべきか)」

「こちらを窺っているだけで、動く気はないようですね」

「視線の感じる方角に強力な攻撃を放って炙り出すというのはどうでしょうか?」

 

 そっと服の裾から『爆』と書かれた符を取り出すオイチに、キルシェットが顔を引きつらせる。

 

「あ、あの。流石にそれはやめた方が! 一応、自然への影響は最小限にするっていう規定があるので!」

「あらあら? もちろん冗談ですよ」

 

 慌てて止めようとする彼を見て上品に笑いながら彼女は符を仕舞い込む。

 タツミだけは彼女が一瞬、残念そうに目尻を下げていた事に気づいていたが、あえてスルーして話を進めた。

 

「相手は俺たちの能力が高い事を警戒して、様子を窺ってるんだろう。このままやり過ごそうとしているのかもしれない」

「かといって無闇に追い回すと逃げられてしまうかもしれませんね」

「難しい、ですね」

 

 向けられる視線は相変わらず無くならない。

 彼らの挙動を全て見逃すまいとするかのように。

 

「……キルシェット。お前に囮を頼みたい」

 

 タツミからの指名を受けて、キルシェットは驚きに背筋をピンと伸ばして彼を見返した。

 

「囮、ですか?」

「ああ。理由は俺たちの中では攻撃力に乏しく敵に脅威だと認識されづらいから。さっきの攻防でも俺たちに比べればお前は派手な事はしていないだろう? 俺は剣で泥人形の強度を無視するようにあっさり両断してみせたし、オイチはこんな細腕の一撃で敵を粉砕しているからな。おそらくお前がこの中で一番狙われやすい」

「なるほど」

「ただ敵がどの程度の相手から強敵と認識するかわからないから。囮が不発する可能性もある。無駄骨になるかもしれないし、そもそも危険も大きいが……やってくれるか?」

「……」

 

 じっと見つめあう2人。

 その様子をオイチもまた黙って見つめ、彼らの判断を待っていた。

 

「……やります!」

 

 ゴクリと唾を飲み込むとキルシェットはぐっと拳を握って提案を受け入れる。

 

「俺たちはお前が敵をひきつけている間に、視線の元を探り当てて強襲する。どれくらいかかるかは悪いが断言できない。だからお前は1時間経っても何も動きが見られなければ森から逃げろ。いいな?」

「はい!」

「キル君。これを」

 

 話がまとまった所でオイチがキルシェットに符を一枚差し出した。

 

「私の生命力を注ぎ込んだ符です。これを破けば軽い傷ならば治り、体力が回復します」

「わ、そんな便利な物を……ありがとうございます!」

「いえいえ。仲間ですからこれくらい当然の事です」


 もらった符を後ろポケットに突っ込み、深く頭を下げるキルシェットに、ニコニコと笑うオイチ。

 和やかな空気が彼らを包み込むも、キルシェット自身がその空気を霧散させた。

 

「それじゃあ……行きます!」

 

 もっとも視線を感じた南へ向けて彼は駆け出した。

 すぐに見えなくなった彼の無事を祈りながら、タツミはオイチに視線を向ける。

 

「なるべく早く敵の大元を掴んで片付けるぞ」

「はい」

 

 真剣な面持ちの2人もまた、各々に出来る行動を開始した。

 

 

 

「うわっ!?」

 

 正面と右方向、さらに地面から泥人形の腕が迫る。

 時間差の攻撃に慌てながらも素早い身のこなしでキルシェットは回避した。

 

 彼は今、単独で敵の攻撃を躱し、しかし攻撃してきた敵の方に向かわず、視界の悪いルプト沼を囲い込むように群生している欝蒼とした森の中を駆け抜ける。

 さらに足を進める彼の元に殺到する土くれの腕。

 それらの攻撃を彼は跳びはね、身体を捻り、木の裏へ身を隠して躱す。

 

「(敵の攻撃が激しくなってきている。こっちには行って欲しくないって事?)」

 

 わざと音を発てるように進み、時に木を蹴って盛大に揺らす。

 彼が行動し始めて5分と立たずに、泥人形は攻撃を仕掛けてきた。

 最初は1体ずつ、しかしキルシェットが傷一つなく現れる敵に対処していく様子に危機感を覚えたのか、今では2、3体のグループで現れるようになっていた。

 そしてキルシェットは沼の周囲を囲む森をぐるりと回るように突き進み、ふとした違和感に気付いていた。

 

「(僕が沼から遠ざかろうとすると攻撃が激しくなる……)」

 

 攻撃を躱し、時に反撃しながら自らの獣人としての感覚と学んできた技術を使って敵の行動を考察し続ける。

 まるで鞭のようにしなり、彼の身体を打ち据えんとする複数の泥腕。

 もはや人の形を取る事もやめたらしい異形の姿を目端に捉えながら、姿勢低く彼は森を駆け抜ける。

 沼から離れる方角へ彼が向かうと途端に進行方向を変えるように土くれの壁が地面からせり出してきた。

 

「(僕を沼の方へ誘導しようとしてる……。獲物を逃がさないようにしてるんだ)」

 

 当たる攻撃だけをナイフで捌き、沼に近づくように移動する。

 するとより一層、沼へと追い込むように敵の攻撃が苛烈さを増した。

 

「(もしかして大掛かりな罠はルプト沼の近くじゃないと使えない? 獲物を沼に追い詰めたいって事?)」

 

 推測を確かめる為に、ルプト沼へと駆け出す。

 向けられた背中に向けて泥が飛礫となって降り注ぐ。

 背後から感じられる殺気、飛礫が風を切る音を感知し、キルシェットは背後を振り返ることなく攻撃を避け、さらに速度を上げた。

 

「(もしも僕の推測が正しいなら……泥人形の本体、司令塔と言える奴は沼の近くで隠れて待ち構えてる!)」

 

 キルシェットは腰に装着していたポーチから冒険者ご用達の合図用打ち上げ花火を取り出す。

 導火線に素早く火をつけ、上空へ放った。

 

「タツミさん! オイチさん! 敵はルプト沼の近くにいます!!」

 

 タツミとオイチに向かってキルシェットは叫んだ。

 

 

 

 彼の声は2人には届かなかった。

 しかし彼が放った合図は、確かに2人の目に届いていた。

 

「沼の方角に黄色い合図を飛ばしたな。色が赤じゃないって事は確信があるわけじゃなくあくまでキルシェットの推測ではあっちに何かあるって事か」

「ですが推測とはいえ合図を行えるほどに情報を収集出来たという事。情報を手に入れられるようキル君は頑張っているんですね」

 

 キルシェットが向かった方角とは逆方向に2人は歩く。

 頭上から見ると彼は現在、沼を中心に右回りに動いているのに対して、彼らは左回りに動いている。

 なるべく合流が容易くなるように大まかにではあるが、どう移動するかだけは打ち合わせをしておいたのだ。

 とはいえこれだけ深い森の中、敵の攻撃をかいくぐらなければならない以上、何の拍子に方向感覚が狂ってしまうかわからない。

 2人に出来るのはキルシェットを信じる事と、彼が伝えてくる情報を正しく理解し姿を見せない敵を1人も残さず倒す事だ。

 

 花火が指し示した方向へ走り出す2人。

 その間にも会話は続く。

 

「……敵はやっぱりキル君を集中攻撃しているようですね」

「そのようだ。出来ればキルシェットにこんな無茶をさせたくなかったんだが」

 

 苦虫を噛み潰した表情を浮かべるタツミにオイチはくすくすと涼やかに笑った。

 

「タツミ様はキル君に対して過保護ですのね」

「……そんなつもりはないんだが」

「うふふ……でしたら無意識に、という事ですね。まるで私に対する兄のようです」

「兄、というと……話に聞くノブナガか」

「ふふ、そのやり方が余りにも常識外れで、非人道的だった為に魔王と呼ばれ恐れられた兄ですが……私にはとても優しい方でした」

 

 思い出を噛み締めるように、懐かしむような穏やかな声音でオイチは語る。

 しかしその表情は、寂しげで悲しげな物だった。

 

「行こう。キルシェットにばかり負担をかけるわけにはいかない」

 

 その表情の意味にはあえて深く触れず、タツミは話を切り替える。

 

「はい。気を取り直して、参りましょう」

 

 2人は走る速度を上げて森の中を駆け抜けていった。

 向かうのは合図の花火が飛んでいった方角。

 

 タツミたちが動き出した事を察知した視線の主は、ほとんど手を出さなかった2人に対してキルシェットに向けた以上に苛烈な攻撃を始めた。

 泥腕による四方八方からの攻撃、泥腕で自生している木々を引っこ抜いて投げつけ、泥人形数体がまるでミサイルのように突撃し爆発するような攻撃すら行ってきた。

 2人の事を脅威に感じているが故の猛攻。

 これはタツミだけが知っている事だが、この時に2度のダイスロールが行われていた。

 

 タツミに1回。

 サイコロの出目は『2』だ。

 この効果で両足を泥腕に拘束され身動きが取れなくなったところに泥人形ミサイル攻撃の直撃を受けている。

 ダメージは受けたが、泥人形その物の攻撃力はタツミにとって脅威にはならない。

 大将軍の鎧を預けている関係で防御力も下がっているが、それを差し引いてもダメージは僅かな物だ。

 

 オイチに1回。

 こちらの出目は『5』。

 彼女が泥人形のミサイル攻撃を躱した拍子に、彼女の背中を狙っていた泥人形にその攻撃が直撃。

 まるでボーリングの球のように勢いを保ったまま、他の仲間を巻き添えにして爆発四散した。


 そして今、再びオイチの頭上でサイコロが舞った。

 出目は『6』。

 ロールの結果が出た瞬間、周囲を見回していた彼女は、突然タツミの腕を掴むと駆け出した。

 

「どうしたんだ!?」

「こちらから我々に向けられる殺意を感じました!!」

「なにっ!?(観察力か第六感の強化か!?)」

「逃がしません!!」

 

 オイチはタツミの腕を引っ張っているのとは逆の手で符をかざす。

 そして真っ直ぐに見つめる先、僅かに感じられる殺気に向けて術を放った。

 

風鳥突破かざどりとっぱ・急々如律令!!」

 

 符から出現する拳大の風の塊。

 それは周囲の風を取り込み、空高く舞い上がると鳥の姿を形どる。

 そして巨大な羽根を羽ばたかせてオイチが指し示す方向へと急降下。

 全身を使った突撃攻撃を行う。

 彼女の狙いは正面から見てルプト沼の北東付近。

 沼全体の中では比較的、地面が乾いている箇所だった。

 

 轟音が響き渡り、地面を大きく揺らす。

 

「派手に、やったな(理屈はわからんが、恐らく今のオイチの攻撃は『必中』のはず。そんな状態での上級魔法クラスの技。ダイスロール『6』の出目の恐ろしさが改めてわかった気がする)」

 

 なんと言っていいかわからず思いついた言葉を口にするタツミ。

 その心中ではこの恐るべき攻撃を生み出す切っ掛けになったダイスロールの影響力に戦慄していた。

 

「手応えありました。……炙り出す事は出来たようです」

 

 彼女の攻撃が命中した地点から地響きが聞こえる。

 そちらに視線を向けながらタツミは周囲を窺う。

 今までの猛攻が止まっていた。

 周囲には泥人形の姿は見当たらない。

 その全てが形を崩し地面に転がっていた。

 地響きに意識を割きながら、観察を続ける彼は崩れ落ちた土くれの中にあるはずの物が無い事に気づいた。

 

「魔力核がない?」

「タツミ様、恐らく沼の中を伝って核はアレに吸収されたのではないでしょうか?」

 

 彼女の指し示す方向。

 そこには全長5メートルはくだらない魔力核がその姿を現していた。

 不気味な事にその核には至る所に目玉がついており、その一つ一つが忙しなく外界を見回している。

 

「感じていた視線の正体はアレか。気持ち悪いな」

「うふふ、そうですね。しかしあの大きさと感じ取れる魔力。かなりの力を蓄えているようです」

「何十体も手足として泥人形を生み出しても余裕があるくらいだからな。まぁ何はともあれ親玉は引きずり出せた。あとはキルシェットとの合流と……」

「あの敵を倒すだけ、ですね?」

「ああ。行くぞ」

「はい」

 

 沼全体からぬかるんだ泥を纏い、その姿を変えていく巨大泥人形を見据えながら2人は武器を構えた。

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