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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第四章
50/208

泥人形退治_前

 翌日。

 タツミたちはクエストで指定されていた場所『ルプト沼』を訪れていた。

 予想以上に柔らかく、ジメジメとした地面を歩いたせいで彼らの膝から下は完全に泥濡れになっている。

 オイチは街で着ていた着物ではなく、トラノスケが用意していた戦装束に着替えている。

 

 彼らの中には息切れをした者すらいない。

 キルシェットも、オイチも、タツミも、ここに来るまで2時間ほど歩き通しだったにも関わらず息を乱していないのだ。

 

「なんだか不思議な気分です。前は息くらい切れていたはずなのに……」

 

 キルシェットは自分の身体の成長、体力が今だかつて無い勢いで増している事実に戸惑っていた。

 

「それだけ頑張ってるって事だろう。俺たちに追いつこうとして、な」

「その通りですよ、キル君。資質がある物が努力を続ければ結果は必ずついてくる物です」

「あ、ありがとうございます」

 

 2人の賛辞に顔を赤くして俯きながら礼を言う少年をオイチはくすくすと笑いながら微笑ましく見つめる。

 タツミは彼女らのやり取りに笑いながら頭ではキルシェットの異常な成長の考察をしていた。

 

「(キルシェットは俺たちとパーティを組み、自分よりも遥かに格上の存在である蟲使いと戦った事で大幅なレベルアップをした。今感じてる戸惑いは能力値の上昇に意識が付いていっていないだけだ。まぁ普通はレベルが50以上差のある相手相手と戦っても倒す事は出来ないからそもそもこんな事になる機会がなかったんだろう)」

 

 パラメータを視認する事で本人の能力をある意味で本人以上に知る事ができ、ゲーム上の観点からも物事を判断できるタツミでなければキルシェットの急成長の正確な理由を解明する事は出来なかっただろう。

 説明が出来たところでレベルなどと言う自分以外にわからない概念が含まれている以上、それを誰かに説明する事は出来ないのだが。

 

 

 かなり広い沼地を周囲を警戒しながら歩く。

 姉弟のように笑顔で談笑する2人を一歩引いた所で眺めながらタツミは考える。


「(パラメータやアイテムリスト、職業変更……出来れば話しておきたいんだが)」

 

 パーティを組んでいる、客観的に見ても仲の良いと思える者たち。

 信頼する彼らに自分の事を隠し続ける事に、タツミは罪悪感を感じていた。

 

「(こっちの世界観に合わせて必要な事だけ話せばこいつらなら信じてくれる……。そう信じられる。ただ……都合が悪い事をぼかして伝えても、勘が鋭いキルシェット、権謀術数の世界で生きてきたオイチと彼女のすぐ傍で共にその世界と戦ってきたトラノスケ。話していない所にまで気付かれてしまうかもしれない……難しいな)」

 

 排除対象である泥人形を探し、気配察知を発動させて周囲を警戒しながら、タツミは悩み続けた。

 

 

 

「タツミさん、オイチさん、あれを見てください……」

 

 心持ち声を潜めてキルシェットが彼に呼びかける。

 

「ん? 何か見つけたのか?」

 

 音も発てずにキルシェットの元に駆け寄り、彼が指し示す方向に2人は視線を向ける。

 彼らから30メートルほどの距離を置いたところに『ソレ』はいた。

 シルエットだけ見ればデッサン人形のようなソレは全身が赤茶に近い茶色。

 しかしその全身は絶えず波打つように流動していた。

 頭部らしき部位に目はなく、卵のようにつるつるとし、時折波打つ様子が不気味だ。

 

「……泥人形マッドゴーレムで間違いないな。こっちに気付いていないようだが油断はするなよ(レベルは……41か。このメンバーなら特に問題ないが……ギルドからの情報では複数いるはず。近くにいるのか、それともバラバラに徘徊していて群れているわけじゃないのか)」

 

 泥人形はその名の通り、漂っている自然的な魔力が凝り固まって出来た魔力核が泥で形を作った存在だ。

 自然発生型のゴーレム(自立型自動人形)とも呼ばれる。

 形作られている体はあくまでただの皮に過ぎず、核を潰さなければ魔力が切れるまで蘇り続ける。

 基本的に人間の形を取るが、その姿は変幻自在であり、核が持っている魔力が持つ限りありとあらゆる姿に変身する事が出来る。

 報告によれば小さな砦や家その物が巨大な泥人形だったという事例があるという。

 その習性も様々で、1体を頂点として群れとなる者もいれば、意志も感じさせずただただ徘徊するだけで危害を加えない者もいる。

 個体によって能力も危険度も上下する不安定な存在であり、見た目の弱々しい印象で決して侮る事は出来ない魔物なのだ。

 

「1体だけのようですが……どこかに潜んでいると見るべきでしょうか?」

 

 声を潜めて話しかけるオイチに彼は僅かな首肯で答える。

 

「可能性としては高くもなく低くもない、ってところだな。……見た感じ、あそこにいる奴の魔力核は小さいから能力はそれほど高くないだろう(加えてステータスも低いし)。あそこまであからさまだと頭が良い泥人形が囮にしてる可能性も疑うべきだろう」

「な、なるほど……勉強になります」

 

 感心したように何度も頷くキルシェット。

 彼の感情に呼応してか耳がぱたぱたと忙しなく動いている。

 

「まぁ虎穴にいらずんば虎児を得ずという言葉もある。難しく考えすぎて動かないよりも、最大限警戒して行動する方が建設的だ。あくまで俺の考えだが」

「行動するならば慎重に、と言う事ですね。わかりました、やりましょう」

「私も異論はありません」

 

 2人の同意を得たタツミはガルバに預けた刀の代用品として仕入れた両刃の剣を抜いた。

 ガルバが武器を卸している武器屋で見繕ってきた幅広の長剣。

 使い慣れた刀と比べればぎこちないが、元々この世界の最初はこの手の武器を使っていたのだ。

 勘を取り戻すのにそう時間はかからないだろう。

 彼が剣を抜くと同時に、オイチは腰に差していた折り畳み式の薙刀を素早く組み上げて水平に構え、キルシェットは腰のナイフを引き抜き逆手に構えた。

 

「初手は俺が行く」

「お任せします。後ろはお任せを」

「精一杯頑張ります!」

 

 心強い言葉を背に、タツミは地面を蹴る。

 腰ほどの長さまで伸びた雑草を飛び越えてウロウロと意味も無く徘徊していた泥人形へ彼は文字通り飛び掛かり袈裟切りにした。

 

 

 結論から言えばタツミの推測は当たっていた。

 彼が剣を振るい、泥人形が何も出来ずに斜めに両断された直後。

 タツミと泥人形の周囲一体に地面から5本の柱がせり上がった。

 せり上がって来た柱はまるで花びらが閉じるようにその包囲を狭めていく。

 しかしタツミたちからすればこの動きはあまりにも鈍重だった。

 

「せぇいっ!!」

 

 柱が彼を捕らえるよりも早く、彼は柱一本を斬り捨て包囲を脱する。

 

「はぁっ!!」

 

 入れ替わるように飛び出したオイチの薙刀による薙ぎ払いが罠を粉々に粉砕した。

 

「そこっ!!」

 

 罠を真っ向から破られた事に動揺したのだろう。

 隠れていた何者かが僅かに立てた草を揺らす音を、キルシェットは捉えた。

 即座に物音の方へ走り寄り、見えた影に向かってナイフを振るう。

 甲高い音と共にその攻撃は受け止められていた。

 

「っ!? 2体目の泥人形!!」

 

 幅広の刃の大型ナイフ、小柄とはいえ人間1人の体重が乗った攻撃を受け止めてもびくともしない目の前の泥人形。

 そんな存在を前にしてもキルシェットは平静を乱す事はなかった。

 受け止められた腕とは逆の腕が彼に向かって振るわれる。

 泥人形の全身、そして自分たちの周囲への警戒を緩める事無く、彼はバックステップでその攻撃を躱した。

 

「っつ!?」

 

 距離を取る彼に追いすがるように攻撃に繰り出された泥人形の腕が伸びる。

 その名が示す通り、泥人形はその身体の大部分をぬかるんだ地面から生成されている。

 伸縮はもちろん強度も自由自在、魔力核の密度によって精度も異なるのだ。

 

「(タツミさんが倒した1体目よりも強い固体!)」

 

 タツミが切り伏せた個体と彼が今相手取っている個体ではその行動の精度が違うと一目でわかる。

 キルシェットは目の前の個体こそが本命だとそう確信した。

 

「(冷静に。敵の動きを、その攻撃を読む!! トラノスケさんが教えてくれた事を!!)」

 

 伸びる腕が自身の身体に触れるか否か。

 その瞬間、キルシェットは身体を前に倒し、それまでバックステップしていた足を真逆の方向、つまり前方へと踏み出した。

 彼の急制動、急加速についていけず無防備に伸び続ける腕。

 伸びた腕の真横を駆けながらキルシェットはソレにナイフを突き立てた。

 そのまま勢いを殺す事無く駆け、ナイフを滑らせ腕部の泥を切り裂きながら彼は真っ直ぐ泥人形に向かって走る。

 

「もらった!!」

 

 無防備な姿で棒立ちしている泥人形目掛けて腕を切り裂いたナイフにくわえてもう一本のナイフを左手で繰り出す。

 勝利を確信した為か、思わず声が出る。

 

 しかし。

 蠢く泥人形の身体は彼の刃が触れる寸算、大きく膨れ上がり、そして彼が回避行動を取る暇もなく爆発した。

 

「うわぁあああっ!?」

 

 周囲に飛び散る泥の塊。

 それらは殺傷力を持った飛礫だ。

 攻撃を繰り出す直前だったキルシェットにそれから逃れる術はない。

 それでも彼は爆発の衝撃にあえて吹き飛ばされ、身体の重要な部位に当たるだろう泥の飛礫だけは強引に避け、またナイフで叩き落した。

 以前の彼では決してこのような行動は取れなかっただろう。

 獣人特有の恵まれた反射神経と動体視力で『視る』事は出来ても、対応する事は出来なかったはずだ。

 それは短い時間とはいえタツミと共に過ごし、その遠い背中に追いつこうと努力してきた事による確かな成長だった。

 

「ぐっ!?」

 

 爆発の衝撃に吹き飛ばされたキルシェットは背後にあった自分の身体ほどの胴回りを持つ巨木に激突する。

 思わず漏れた苦悶の声を押し殺すと意識を切り替え、素早く周囲を見回し状況の把握に努める。

 そして爆発した泥人形がいた場所に視線を送ると赤い球体がまるで心臓のように脈動しながら浮いている事がわかった。

 

「あれが……魔力核」

 

 彼が立ち上がり、ナイフを構えると同時に浮いたままの魔力核を泥が纏わり付き始める。

 

「また殻を作る気っ! ってえっ!?」

 

 赤い球体が泥に覆い隠されようとしたその時、飛んできた剣が魔力核を貫いた。

 キルシェットは見覚えのある剣に思わず剣が飛んできた方向に顔を向ける。

 

「不測の事態にも冷静に対処できたようじゃないか。よく頑張った、キルシェット」

 

 剣を投げつけた姿勢を戻し、歩み寄ってくるタツミとその後ろに続くオイチの笑顔を見て。

 キルシェットはほっと息を吐き、返すように笑みを浮かべて頭を下げた。

 

「はい! 助けていただいてありがとうございました!!」

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