目覚め
「……うっ」
暖かい日の光が差し込んでくる。
彼はその暖かさを感じながら目を開いた。
最初に彼の飛び込んできたのは木で出来た天井。
眠りに付いた自宅マンションとは似ても似つかないその場所を見回し、タツミは自分がまた世界を移動した事を察した。
「本当に慣れたもんだな、俺も」
簡素なその部屋には彼が使っているベッドの他にも3つ同じ造りの物が置かれていた。
使われた後こそある物の、寝ている人間がいないことがわかる。
上半身を起こし、手を握り開くを数回繰り返す。
ずっと寝ていたのか、凝り固まっている身体をゆっくり動かし、ほぐしながら彼は大きく深呼吸をし脳裏にステータスを思い浮かべた。
「(HP、MPは全快。状態異常は無し)」
軽く身体を動かしながら、自身のステータス状態を確認。
異常が見られない事を確認したところで彼は、最後に自分自身に声をかけた。
「(タツミ?)」
辰道が暮らすあちらの世界ではすぐに返ってきたはずの応答は無い。
「(前に聞いた限りだと、タツミの意識は今も俺の中にあるらしいしあっちから呼びかけもされているって話だったが……俺にはあいつの声は聞こえない。なんでこっちではあっちのように意思疎通が出来ないんだ? 俺がタツミの身体を使っているから、なのか?)」
口をへの字にしてタツミは考え込む。
しかし彼がいる部屋に近づいてくる気配を感じ取った。
「んっ? (……誰か来るな)」
思考を中断し、唯一の出入り口であるドアを見つめる。
近づいてきた人物はこの部屋の前で立ち止まった。
控えめなノックの後、静かにドアノブが回される。
入室してきた人物はタツミと目が合うと目を丸くして驚いた。
「目を覚ましたのね」
タツミもまた入ってきた人物が予想外だった為に驚いていた。
「フィリーさん?」
「ええ、そうよ。少し振りね、タツミ君。起きたばかりのようだけど……思ったよりも元気そうね」
安心したように微笑むと彼女は彼の元へ歩み寄る。
手に持っていた水桶をベッド脇に置くと、フィリーは静かな所作で椅子に座った。
「どうしてこの街に?」
「ここに来たの偶然よ。パーティで大陸の北にでも行こうかって話になってまず南と東の国境を越えようとガレスに来たの。街が荒れていたのにはびっくりしたわ。ギルドで話を聞いたら街の復興を目的とした依頼が色々とあったから路銀稼ぎを兼ねて幾つか受けて、私は街で起きた事件の怪我人や病人の介護を請け負ってここ、ギルドが経営している病院に来たの。そうしたら貴方が入院していると聞いてね。キル君を探して部外者が聞いてもいい事情を聞いたの。他のパーティメンバーにもその時に会ったわ。大変だったみたいね」
同情の眼差しを向けられ、タツミは頬をかきながら苦笑いする。
「ええ、まぁ。……ちなみに俺が倒れてからどれくらい経っているか聞いていますか?」
「えっと、確か今日で5日だと思うわ」
「(5日……) キルシェットたちは無事でしょうか? 今、どうしているかわかりますか?」
「3人とも無事よ。貴方が一番重傷だったの。オイチさんはもうすぐ食事から帰って来ると思うわ。トラノスケさんとキル君は鍛錬か、そうでなければ街の復興作業をしているはずよ」
「そうですか。……無事なら良かった。情けない話ですが黒幕を倒した後、すぐに気を失ってしまったので」
「その時の事は聞きかじりだけど、5日も眠り続けていた事から察するに心身ともに相当疲労していたのね。敵を倒して緊張の糸が切れたというのも仕方ない事よ。幸いにも大事には至っていないのだし、貴方を心配していた人たちに謝って、しっかり反省して次は気をつけるようにしなさい。いいわね?」
「ええ、もちろんそのつもりです」
「ふふ、素直でよろしい。ゴダとギースにも見習ってほしいわね」
しばらくの間、ゆったりとした空気の中で雑談が行われた。
「んっ?」
最初に近づいてくる足音に気づいたのはタツミだった。
粛々ととしてほとんど音がしないその足音は靴が主流のグラムランドでは馴染みの薄い物だ。
タツミはすぐに足音の主を2人にまで絞込む。
さらにその仕事柄、足音を消して歩く癖を持っているトラノスケを外し近づいてくる足音の主を特定する。
「(オイチ……)」
彼が足音の主を思い浮かべると同時にドアがノックされる。
「フィリーさん。いらっしゃいますか?」
タツミの意向をアイコンタクトで確認し、彼が頷くのを確認してからフィリーはドアの向こうの人物に入室の許可を出した。
「ええ、オイチさん。入っていいわよ」
「失礼いたします」
物音を立てない静かな所作で流れるように入室する。
日常生活における動作1つ1つが洗練されている事がわかる。
彼女の教養の高さは、誰の目にも一見して理解できるのだ。
「あっ……」
そんな彼女の動きが上半身を起こしているタツミの姿を捉えると同時に驚きで崩れた。
驚きに全身を強張らせ硬直したように動きを止めた彼女と目を合わせ、タツミは安心させるように笑いかける。
「おはよう、オイチ。心配かけてすまなかった」
「……ふふ、おはようございます。お元気そうなご様子でオイチは安心いたしました」
権力者に連なる者として身につけた仮面の笑みではない。
心の底から浮かべられる満面の笑みを彼女は浮かべ、彼が寝ているベッドに足早に歩み寄る。
異性はおろか同性ですら目を奪われる魅力溢れるその表情。
しかしタツミはそれに見惚れる事も無く会話を続けた。
「お前の方は大丈夫だったか? あの虫使いの攻撃で重傷だったはずだが」
「ギルドの方々に治療していただきましたので。特に後遺症もありません」
「そうか。……フィリーさんに聞いたがトラノスケとキルシェットはもう動き回ってるみたいだな」
「トラノスケは私を守れなかった事に責任を感じているのです。鍛え直してきますと言って路銀稼ぎも兼ねて精力的に依頼を受けていますね。トラノスケに鍛えて欲しいと頼み込んでいたキル君も一緒におりますよ」
「そうか(あいつはオイチの御付きである事に誇りを持っているからな。いくら相手が強かったとはいえ主を傷つけられた上に自分もやられたとあればじっとしていられないのも当然か。……キルシェットを無茶な事に付きあわせていなければいいんだが)」
主が相手であってもフレンドリーに接するトラノスケの持つ隠されたプライドを知っているタツミは、彼の行動に納得するとそれに付き添うキルシェットの身を心配していた。
「話が弾んでいるところ申し訳ないのだけど。タツミ君の問診をさせてもらってもいいかしら? 元気そうだけど後遺症の心配はあるし早めに確認しておきたいの」
申し訳なさそうに話に割り込むフィリー。
彼女の言葉を受けて口元に手を当ててはっとするとオイチは名残惜しそうに席を立った。
「そうですね。では私は席を外しますので。フィリー殿、タツミ様をよろしくお願いします」
「ええ。任せて」
「タツミ様。起きたばかりですのでご無理はなさらないでください」
「わかってるよ」
フィリーにペコリと頭を下げるとオイチは、タツミに心配げに念押しする。
苦笑いしながらその言葉に彼が頷くと彼女は満足げに笑い静々と部屋を出て行った。
「良い娘ね」
「ええ。本当に心配をかけてしまいました」
「さっきも言ったけれどしっかり反省しなさいね。あんな良い娘を泣かせたら私も怒るわよ?」
「気をつけます」
「よろしい。それじゃ幾つか質問をするから正直に答えて。まずは……」
フィリーの問診は患者であるタツミが5日も眠り続けていた事から念入りに行われた。
その結果を元に彼の今後は他の僧侶や医師たちと協議される。
ガレスを襲ったあわや戦争と言う未曾有の危機を解決した最大の功労者の身体の事だ。
適当な事で済ませるという気の抜けた事をする者はガレスに関わる医師の中には存在しなかった。
その結果、日常生活には問題なしという結論が出た物の大事を取って3~4日は冒険者としての活動を自粛させるという結論になった。
「そういうわけだからゆっくり休んでね? 外出する時は誰かしら伴うようにお願い。近いうちにギルドの方から貴方が請け負った依頼について軽く事情を聞きに来るそうだから外出するにしても遠出は控えてちょうだい」
「わかりました(事情、ね。まぁ表沙汰に出来る事でもないし釘刺しも兼ねてるんだろうな)」
下手をすれば二国が本格的に戦争になる所だったのだ。
東国としても南国としてそんな事を吹聴されるわけには行かない。
両者の間を取り持つギルドとしても今回の件は表沙汰にして、いらぬ火種を撒く事を良しとはしない。
故に今回の件を黙らせる為の交渉こそギルドから来る人間たちにとっての本題だろうとタツミは予想していた。
「……最低でも3日はガレスに滞在、か。大事を取る為とはいえ快調なのにじっとしているのはもどかしいな」
オイチと2人きりの部屋。
ベッドに横になった状態でタツミはぼやく。
フィリーの手前、聞き分けの良い対応をしていたが彼としては今すぐにでも旅を続けたかったというのが本音だった。
あちらの世界でフォレストウルフ、いや空井健志や空井静里について知ってしまった事から彼の心の中に『早く塔を見つけなければ』という焦燥感が生まれていた。
「あの方たちが貴方の身を案じて判断された事なのですから文句など言っては罰が当たりますよ? 急いては事を仕損じるとも言います。休める時にしっかり休む事も大切ですよ」
タツミが落ち着きなく視線を泳がせている様子に控えめな笑みを浮かべながら、オイチは彼を諌める。
「……そうだな。今の状態じゃ出来る事も出来なくなる」
彼女の言葉を受けて、多少なりと落ち着いたタツミは深呼吸をするとベッドに深く沈み込んで目を閉じた。
「少し寝るよ。オイチも適当な所で休めよ」
「はい。良い夢を」
数秒としないうちに寝息を立て始めるタツミ。
そんな彼を愛おしげに見つめながら、オイチは微笑む。
「(私には貴方様が何に焦っているのかはわかりません。ですがどんな事があろうともオイチは貴方様のお力になりとうございます。傍に寄り添いたいと思っております)」
彼女の脳裏に思い出されるのは緑色の閃光に飲まれた時の事。
必死に彼女の名を呼ぶ声、そして己を抱き締め守ってくれたごつごつとした男らしい腕。
「(……)」
早くなる胸の鼓動。
思わず彼女は自身の左胸を押さえた。
「(良かった。タツミ様が起きてくれて……)」
医師の診察でいずれ目を覚ますとは言われていたが、それでも彼女は不安が拭い切れていなかった。
もしも目が覚めなかったら?
ふとした瞬間に過ぎるその考えが恐ろしかった。
タツミが目覚めている姿を見た時。
彼女の自制心がもう少し弱かったなら、彼にしがみついて泣き喚いていたかもしれない。
それほどに彼女はタツミを心配していた。
そして彼女はタツミが笑いかける姿を、今まで自分が見てきた彼の姿を思い浮かべる度に今までと異なる胸の高鳴りを感じ、その事に戸惑っていた。
「(私は、どうしてしまったのでしょう?)」
その気持ちに彼女が気づくのはもう少し後の事だ。




