調査と接触
「ここが話にあった中庭か。あっちと比べると清潔というか、綺麗だな」
きちんと手入れが行き届いた庭をゆっくりと周囲を見回す東洋甲冑を纏った男。
その様子は異様であり、普段ならば見つけた人間が通報するだろう光景だ。
しかし看護師に付き添われながらベンチに座っている入院患者や、お見舞いに来た人間の子供などその場にいる人間はタツミの存在を認識していない。
「やっぱりここでも俺を認識できる人間はいないか。楽っちゃ楽なんだが……」
彼の存在に気付かない人間が近づく。
真正面から近づいてくる看護師の女性は、そのまま彼の身体をすり抜け立ち止まる事なく建物の中へと消えていった。
「……」
タツミは目的の存在を見つけるために視線を忙しなく動かしながら、人の声に耳を傾けて有益な情報が無いかを探る。
看護師が患者を気遣う声、患者同士の穏やかな談笑。
それらの中で自分たちに必要な情報を求める。
そして彼はベンチに座る2人の看護師の談笑が耳に入った。
「個室の空井さん。最近になって少し回復したって聞いたけど……」
「ええ。今まではずっと意識不明のままただ眠っている状態で何をしても反応が無かったのだけどね。最近になってほんの少しだけご両親の言葉に反応するようになったわ」
「事件に巻き込まれてからこっち、ずっと寝たきりだったのに。先生の話だとそれまでと特に変わった事はなかったそうだけど……何が切っ掛けになったのかしらね?」
「詳しい事はわかってないって話よ。まぁなんにせよ患者さんが良くなるのは良い事だわ。あんな若い女の子なんだし」
「それもそうね」
近くに人間がいない事を良い事に声を潜めながらとある患者の事を話し合う2人。
彼女たちは昼休みだったようで中庭のベンチに座り、昼食の菓子パンやおにぎりを食べながら世間話を続けた。
念の為に彼女たちが去るまでタツミは会話に耳を傾けていたが、彼が気になるような情報はそれ以上出てくる事はなかった。
「(意識不明の若い女の子……こっちの塔の中で見たあの子の可能性がある、か)」
タツミは彼女たちの話を聞いて、山の中の塔で見た『病室と思われる場所で寝ていた少女』の事を連想していた。
「(この身体なら病室の行き来も自由。覗きでもしてる気分になるが……ってやってる事は覗きと一緒か。個室の人たちすみません)」
罪悪感を誤魔化すように心中で謝罪し、彼は行動を開始する。
「エレベーターに便乗できるならしたいが、都合よく3階以上に止まるかわからないんだよなぁ。俺が操作すると勝手に昇降ボタンが押されるっていう怪談のような事象になっちまうし。余計な騒ぎは起こさないに限る。……となるとやっぱり階段だな」
速やかに決断し、タツミは階段から上階に昇る事にした。
入院患者を収容する3階へと上がり、個室とされている部屋を巡る。
「(3階にはそれらしい姿は無かった。とすると残るは4階……)」
階段を駆け上がり、最上階である4階へ昇る。
さらに個室を1つずつ回っていくと、タツミは突き当たりにある部屋から『あちらの世界で見知った力』を感じ取った。
思わず驚きに目を見開く。
「(……これはもしかして『魔力』? ここまで近づかないと気付けないくらい弱い。……というか瘴気やフォレストウルフ、俺がこっちに存在する以上、魔力があってもそれほど驚く事でもない、か?)」
僧侶や魔法使いが魔法を行使する際に使う力である魔力。
微弱ながらその力を感じ取ったタツミは力の元があるだろう突き当たりの個室へ向かう。
問題の部屋の表札には『空井静里』と書かれていた。
部屋の中へ、警戒をしながら侵入する。
彼の視界に他の部屋同様、綺麗に整頓され清潔感を保たれたその部屋のベッドが映る。
そしてそのベッドの上にタツミが探していた少女の姿があった。
「(間違いない。あの時、塔の中で見た子だ)」
足音など聞こえはしないだろうが、それでもタツミは慎重に彼女が寝ているベッドに近づく。
生きているかどうか判別が難しい病的なまでに青白い顔。
か細い呼吸を繰り返し、僅かに上下する身体だけが、作り物めいた白い肌の彼女が生きている事を主張している。
「見つけたのは良いんだが、この子の意識が戻らないと話も聞けないな。塔の中で見たあの光景、こっちの世界で今まで感じた事のなかった魔力を持っている事を考えると……この子が塔と何か関係がある可能性が高いんだが」
とはいえ中庭で小耳に挟んだ情報では、彼女は回復に向かっているといっても未だに眠り続けているのが現状である。
「スキルかアイテムが使えればなんとかなったかもしれないんだが。何も出来ないって言うのは歯がゆいな、くそっ」
タツミは身体能力こそあちらの世界のままで、手持ちの武器ならば手足のように扱う事が出来る。
しかしスキルやアイテムを任意で使う事が出来なくなっていた。
これは彼が辰道の身体から分離できる事がわかった当初、騒動を起こすのを防ぐ為に真っ先に確認した事だ。
よって今のタツミには彼女を回復させる術は無い。
仮に彼女が起きることが出来たとしてもそもそもほとんどの人間に姿が見えない彼には彼女から情報を聞きだす術も無いのだが。
「……」
今すぐどうこうできる手段がなく八方塞がりになったタツミは何かないかと部屋を見回す。
するとすぐ傍の棚に幾つかの写真が写真立てに入れて飾られている事に気が付いた。
「(これは……家族との写真か)」
ベッドに寝ている少女、塔の中で見た光景にいた彼女と似た顔立ちの女性、四十代程の年齢と思われる男性が並んで笑っている写真。
タツミはさらに別の写真立てに視線を向ける。
そちらには3人に加えて杖を突く老人と彼に寄り添うようにしている大型の真っ白い毛を持った犬が写っている写真があった。
「(ん? この犬……でかいな。大きさだけならフォレストウルフと同じくらいか)」
タツミが注目したのは写真に写っている犬の方だった。
真っ白い体毛、人間の子供を簡単に押し倒せてしまうほどの体躯がこちらの世界にもいてあちらの世界で殺したはずの白狼を連想させた。
「(けど……一番の特徴だった獣とは思えない理性的な目付きがこいつには無い。その辺にいる飼い犬と同じ、普通の目だ)」
写真の中の犬は嬉しそうに尻尾を振りながら飼い主であろう杖を突いた老人に寄り添っている。
その瞳には獣以上の知性は見られなかった。
姿形は似ていてもあの特徴的な目が無い以上、同じ存在だとは思えない。
それほどフォレストウルフの目は印象的であり、特徴的であり、異質な物だ。
「(むしろ目は……この子の祖父だろうな。こっちの爺さんの方が近いか)」
恐らく家族なのだろう少女とその両親と写る老人の瞳は、笑みを浮かべている状態であっても深い知性を感じさせる。
人間であるからこそ違和感の無い目。
その目はフォレストウルフの目に良く似ていた。
「……」
一通り見れる範囲の物を調べ、調べる過程で動かした物を全て元に戻す。
幸いな事に彼が家捜しのような事をしている間、誰かがこの部屋に近づいてくるような事はなかった。
勝手に部屋を調べた事に罪悪感を抱きながら、タツミは目覚めぬ少女に一礼して部屋を後にする。
彼が去った後、少女の口がほんの僅かに動いた事実は不幸な事に誰にも知られる事はなかった。
病院前の大通り。
人を待っている風を装いながら辰道は外壁に寄りかかり時計を確認する。
「(結局、こっちは成果無し。まぁ宛ても無く近場を巡ってただけじゃな)」
地図を頼りに病院周辺を練り歩いた辰道の方では何も発見する事は出来なかった。
何の手掛かりもなく勘に任せてフラフラしていただけなのだ。
彼自身、それで成果が上がるとは考えていない。
縁者が入院しているわけでもない完全な部外者である為、辰道は病院内を調べる事が出来ない。
正直なところ、何もしないよりはマシという気持ちで行動しただけなのだ。
「(少し遅れてるな。あっちは何か成果があったって期待してもいいのか、それとも単純に時間がかかってるだけか)」
辰道はタツミなら不足の事態が発生しても対応できるだろうと考えている為、約束した2時間が経過しても彼が集合場所に現れない事についてはそれほど心配はしていない。
「よっと! 少し遅くなったな。悪い悪い」
病院の壁を飛び越えて辰道の前にタツミが着地し、両手を合わせながら謝罪の言葉を言った。
「(いや、それほど待っていないから気にするな)」
「(なら良かった。……それなりに得る物はあったぜ)」
独り言を行き交う人々に聞かれないようにと念話で応えた辰道に合わせ、タツミも会話を念話に切り替える。
成果があった事に満足げにニヤリと笑うタツミに釣られるようにして辰道は笑った。
「(それは楽しみだ。とりあえずどっか休める所に行こう)」
「(おう。……!?)」
突然、タツミは何かに気付いたのか弾かれたように病院の正面入り口を睨みつけた。
「どうした?」
「どうやら情報源があっちから来てくれたみたいだぜ」
思わず声を上げて問いかけた辰道に答えるタツミ。
ただならぬ緊張感に真剣な面持ちで彼はタツミの見ている方向に視線を向ける。
そこにはいつかと同じようにひっそりとあの『フォレストウルフ』が佇んでいた。
「っ!?」
驚きに一瞬硬直する辰道。
しかしすぐに気を取り直すとこちらを静かな瞳で見つめているフォレストウルフを見つめ返す。
「(フォレストウルフ……)」
「(相変わらず突然出てくる奴だ)」
「(まったくだ)」
白い狼は辰道たちが自身の存在に気付いた事を察したのか、ゆっくりと彼らの元へ歩き出した。
辰道たちの緊張感が高まる。
フォレストウルフは彼らの緊張感を察したのか、一定の距離まで近づくと足を止めその場で頭を垂れた。
「今ならば会話をする事が出来る」
「「!?」」
狼が人語を話した事に驚き、2人は同時に目を見開いた。
そして彼らは今更ながらあちらの世界で、このフォレストウルフが最期に人語を話していた事を思い出していた。
「改めて名乗らせていただく。私はあちらの世界で君たちがフォレストウルフと呼ぶ種族の1体であり、そしてこちらの世界では空井健志という老い先短かった老人の魂とシンと呼ばれていた老犬の魂が入り混じり犬の形を取った、いわゆる幽霊と言う存在だ」
自己紹介というには色々と突っ込みを入れたい単語の数々に辰道たちは唖然とする。
「そちらも聞きたい事があるだろう。私も話したい事が沢山ある。突然で申し訳ないが時間もない。話を聞いてくれないだろうか?」
こちらを下から窺うように見て再度、狼は頭を下げた。
なんとも人間臭い、まるで年季の入ったサラリーマンを彷彿とさせるその仕草に、辰道は驚きの連続で痛くなってきた米神を揉み解す。
「とりあえず……ここでは何かと目立つ。病院の裏側に小さな公園があるからそこに行こう。付いて来てくれるか?」
首輪を付けていない大型犬と鎧姿の大男の姿は普通の人間には見えない。
しかしそれはつまりこの場で話し続ると、人通りの多い病院の正面玄関で一点を見つめて独り言を言っている男が出来上がるという事になる。
端から見れば不審人物にしか見えないだろう。
既に辰道は通りすがりの人間の一部から訝しげな視線を向けられている。
「裏手……あそこだな。それくらいの距離なら問題は無いはず。わかった、そちらに従う」
「よくわからんがそっちは時間がないんだろう? 少し急ぐか」
「そうだな」
先頭を歩く辰道。
彼に続くタツミ。
さらにその後を一定の距離を置いてついてくる幽霊を名乗った大型犬。
「(害は無いと思うが一応、警戒しておいてくれ)」
「(ああ、任せろ)」
いきなりの展開にまだ混乱していた2人だが、それでも彼らの後ろを付いてくるフォレストウルフへの警戒は忘れなかった。




