白い狼と病院
瘴気と塔が確認された翌日、辰道は早速オカルト版に新しく塔について情報を集めるスレッドを立てた。
同時に彼は既存スレッドを洗い直している。
こちらに戻ってきてすぐに立てた『白い狼』について目撃情報を募るスレッドもそうだが、彼自身が立てた物ではないスレッドの情報にも目を通していた。
この作業は相当の数のスレッドが立てられている為、まとめを見るだけでも時間がかかってしまう。
しかし時間をかけた作業の甲斐なく今の所は実を結ぶ事はなく、有益な情報は得られていない。
辰道は日々の仕事をこなしながら、自宅に帰れば時間の許す限り情報収集に努めていた。
タツミは自由に行動する事に慣れてきた為、辰道とは別に調査に乗り出している。
都内のど真ん中にすら塔と瘴気は現れる事がわかったのだ。
彼は見回りと称してそれらの捜索に乗り出していた。
最近では丸一日、家に戻らない事もある。
足を使っての捜査。
それも常人とは比べ物にならない身体能力を有した人間の行動範囲は広い。
さらに昼夜問わず駆けずり回っている。
その成果としてタツミは数回、人の身体から立ち上る瘴気とそれらを吸い込んでは消える塔を目撃していた。
彼らはお互いの情報を週末である金曜日の夜である今、確認し合う。
「共通点と言えるのは瘴気を生み出す奴は瘴気が出てくる前後に何か仕出かしてる。物に当たったり、誰かを怒鳴りつけたり、酷い時はなんらかの犯罪を行ったり、な。ただ気になるのはそういう行動をした奴全てから瘴気が出るわけでもないって事だ。俺がこっちに出てくるようになってから俺は性質の悪いナンパだやらかつあげやらの犯罪を見つけては阻止してきたわけだが、瘴気が出る事はなかった」
「う~ん……何が違うんだろうな? とりあえず前後の行動の規模って事じゃないんだろうが。推測としては……やっぱり感情か? よほど強く感情を爆発させた時に瘴気が発生する、とか?」
「確かにかつあげやら性質の悪いナンパをやってる連中は俺が知る限り遊び半分な感じだったと思う。もしも条件が今まで抑え込んできた感情が爆発した時だって言うなら、人によって行動の規模が違うのもまぁわかる話ではある。物に当たった時にも瘴気が出る事にも納得が出来る」
「……今の所はこの仮説が有力か」
「まぁ確定するにはもう少しパターンを洗い出したい所だな。とはいえいくら俺がオリンピック選手真っ青な足を持ってるっつっても行ける範囲には限界がある。どうやらあの念話もお互いが近くにいないと使えないみたいだし捜索範囲を伸ばすのも現状じゃ厳しい」
強盗犯の1件の時、無意識に使用していた念じるだけで言葉を伝え合うという連絡手段。
彼らはこれについて検証を実施し、どういう状況で使用できるのかを把握していた。
便宜上、『念話』と呼称する事にしたこの連絡方法はお互いが2~3メートル程度まで近い距離にいれば使える物で、それくらいの距離ならば防音ガラスで遮蔽されていたとしても会話する事が可能。
逆に言えば2メートル以上の距離が開くと、たとえ遮蔽物が無かろうと使う事は出来ない。
現状ではタツミの姿が見えない一般人の前で辰道がタツミと話す、という用途にしか使えない代物だった。
「とりあえずはこのままそれぞれのやり方で手がかりを探そう。幸いこっちの世界の瘴気は何かに憑いて暴れるって事はなかったから、まだあっちに比べればまだ危険性が少ないようだし」
「そうだな。とはいえそれもいつまで持つかわからんが」
「先の事で不安になっても仕方ない。その時はその時だ、くらいに割り切らないと気が滅入っちまうぞ?」
「わかってるさ。とりあえず成るように成るくらいに考えておく」
「そうしとけ」
そんな今後の方針を踏まえた談笑をしながら、辰道の目はパソコンのモニターに向けられていた。
日々の仕事を抱えている彼が持てる数少ない時間を使って、白い狼や塔、ゲームについての情報を集めようと彼は今日も今日とて掲示板で情報収集に励んでいるのだ。
しかし彼はゲームに関する出来事についての成果は掲示板には余り期待していなかった。
まさか現実にダイスロールが起こり、あろう事かその時に使用したスキルの熟練度がゲームに反映されているなど、そのまま掲示板に書いたところで『妄想乙』と切られて相手にもされないだろう。
「(これはもうゲーム関係者に聞くくらいの事をしないと何も進展しない気がする。……話が荒唐無稽過ぎて相手にされない可能性が高いが)」
ざっと掲示板を流し見ながら考え事をしていると、不意に後ろにいたタツミから声がかけられた。
「辰道、念話で考えが漏れてるぞ」
「ん? ああ、すまん。……これ、便利といえば便利なんだが無作為に思考が漏れるのも困るな。どうにか制御できないもんか」
この念話の欠点。
それは有効距離にいた場合、話しかけるつもりもない事まで相手に伝えてしまう事がある。
ふっと頭に過ぎった事や思い浮かんだ事までは拾わないが、ある程度深く考え込んだ事は全て伝わるというのが現状だ。
「今の所、距離を取るくらいしか対策も無いんだよな」
「まぁそっちはとりあえず気になるようなら離れるしかない。それよりも……うん?」
パソコンを操作していた辰道の脳裏にサイコロが現れた。
こちらの世界では久しぶりのダイスロール。
結果は『5』。
「こっちでのダイスロールか。これも何で起きるのかわからないんだよな」
「向こうで使えてたステータスは使えない。なんでこれだけが残っているんだろうな」
タツミと会話しながらオカルト関連の掲示板を更新する。
すると更新されたページ、彼自身が作ったあるスレッドに最新のレスが付いている事に気付いた。
「……白い狼について」
「何か情報が出たのか!?」
その呟きが耳に入ったタツミはソファから跳ね起き、辰道の方に振り返る。
「ちょっと待ってろ。えっと……塔を目撃したあの山と同じ県にある病院の中庭に1日に1回必ず現れる。じっとある病室を見つめていてまったく動かず、誰も気に留めない。微動だにしない事から最初は投稿者自身は狼の形をしたオブジェだと思って気にしなかった、と。ある時、その狼が蜃気楼のようにぼやけて消える現場を目撃、驚いて看護師や医師に確認した所、中庭に白い狼型のオブジェなんて置いていない事を教えてもらった。それ以降、注意深く観察すると狼がランダムな時間に1日1回、その場所に現れる事がわかった。投稿者は狼がいつも見ている部屋がなんなのか気になり、看護師に聞いたところ重病の患者の個室である事だけ教えてもらえた、と」
「俺たちが知ってる狼と同一かどうかはわからんか」
「写真は無いからな。話だけだとさすがに判断出来ない」
さらに更新してみると『釣り乙』や『面白かったww』などなど囃し立てるレスが増えている。
他の目撃情報が増えていない事を確認し、辰道は病院の情報をメモに書き写してからPCの電源を落とす。
「どの道、手掛かりはないんだ。気になった所は片っ端から調べていくぞ」
「じゃあまた明日にでも行くか?」
「もちろんだ。仕事に支障は出さないようにするんなら休みをフル活用するしかないからな」
「世知辛い話だよなぁ」
「まぁな。とはいえ自分の事だから文句なんて言っても始まらないだろ」
ソレきり会話は終わり、2人はそれぞれの寝床で眠りについた。
手掛かりが掴めるかもしれないという期待を胸に。
辰道は調べた最短ルートでその病院を目指す。
今は電車の車内で、運良く空いていた席に座って降りる駅を待っている。
タツミは辰道の身体から出て彼の話し相手になっていた。
「(そういえば辰道。お前ってゲームではダイスロールに手を加えないって拘り持ってたよな?)」
「(うん? ああ……ノンダイスカードも使わないっていう一種の縛りプレイを楽しむ酔狂なプレイヤーだった。そういえば最近、ゲームはやってないな。ログインしても専用の掲示板で情報を集める程度だし。まだそんなに経ってないはずなのにゲームに熱中していた頃が懐かしく感じる)」
「(あ~、そうだな。まぁそれは置いといてだ。お前、あっちの世界では運命逆転を使うのに躊躇しなかったよな? 今までずっと拘ってた事をやめるのに葛藤とか無かったのか?)」
「(葛藤、と言ってもな。そもそもがゲームでの話だし、あれではダイスの結果で迷惑をかけるのは自分だけだったからな。だがあっちの世界は現実だろ。ダイスの結果次第じゃ死ぬ可能性もあるし、他の人間にも迷惑をかける。それを考えれば葛藤も躊躇いも無いさ)」
「(そういう物か。ま、俺がお前の立場でも同じことするかな)」
辰道はあちらの世界で死んだ人間たちの事を思い出す。
突然のスケルトンの襲撃で壊滅したフィンブ村の村人たち。
アギ山の魔物に食い殺された冒険者たち。
「(あんな事にならないようにする為なら、俺の拘りなんて考慮する必要もないくらい小さな事だ)」
それは彼の正直な気持ちだった。
電車を乗り継ぎ、最寄駅から徒歩30分の場所に狼が現れると言われた病院はあった。
敷地の外をぐるりと見回る限り、手入れが行き届いているようで外壁、外から見える中庭と綺麗にされているようだ。
「(病院だから衛生管理がしっかりしてるのは当然の事か)」
「(いやぁこっちの世界のこういう場所はすごいよなぁ。あっちと比べると科学技術の凄さってのがよくわかる)」
「(そりゃあっちと比べればな)」
人通りがある道を歩いているので、2人は念話で会話をしている。
彼らが外から見た限り、異常らしい物は見つからなかった。
「(となるとここは予定通り)」
「(ああ。タツミだけで病院を調べてきてほしい。俺は周辺を見て回る。とりあえず2時間後に病院前に集合しよう)」
「(了解。それじゃ早速行ってくる)」
「(騒ぎは起こすなよ?)」
「(わかってるさ)」
タツミはその場で跳躍、病院の外壁を乗り越えて敷地に潜入する。
その様子を見る事無く、辰道は予め買っておいた近辺の地図を片手に歩みを再開した。




