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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第四章
41/208

非日常への慣れ

「はっ!?」

 

 辰道が意識を取り戻したその時、彼は欝蒼とした森の中で円形に木が途切れている不自然な場所にいた。

 彼は瞬きを数回繰り返し、混乱する頭を落ち着ける為に大きく深呼吸をした。

 落ち着いた頃にぐるりと周囲を見回す。

 すると近くの木に辰道が付けた目印が確認できた。

 この事から彼は、この場所があちらの世界に行く前に『塔』があった場所である事に気がついた。

 

「塔が……消えている」

「そうみたいだな。あのフォレストウルフの気配も無いぞ」

 

 いつの間にか彼の横にはタツミの姿があった。

 あちらの世界で負ったダメージは外見的には見られない。

 元気そうなその姿に辰道は密かに息をついた。

 

「というか相変わらずこっちに来るのが唐突だな。あっちはどうなってるんだ?」

「わからん。ただ今までの傾向からすると大丈夫そうな気はする。なんというか『区切りが付いたところ』でこちらに戻ってきているからな」

「ああ、それは確かに。今までのケースが『スケルトンを倒した後』、『アギ山の件が片付いてフォゲッタを出た後』だもんな。あっちに戻った時にいきなり戦闘とかにはなってないし、そう考えると虫使いを倒して外壁に押し潰されたところでガレスでの事件は一区切り付いたって事になるか?」

「たぶん、な。さすがに断定は出来ないが」

 

 雑談をしながらも彼らはお互いを視界に入れるよう意識して周囲を探索する。

 しかし1時間もの間、周囲の探索が行われたが成果は挙がらなかった。

 確かに存在したはずの『窓の無い塔』が、もうこの近辺に無いのだという事がわかっただけだ。

 

「そろそろ下山しないとまずいな」

「そうだな……仕方ない、この辺で切り上げよう」

 

 西に落ち始めた太陽を見上げながら辰道は決断する。

 塔が存在する事、フォレストウルフの事、そして塔の中で見た病院とそこにいた少女の映像の事。

 事の核心に届くかはまだわからない。

 しかし一定の成果を上げる事は出来た。

 それなりの達成感を感じながら彼らは山を降りていった。

 

 

 

「お? 双葉君、なんかすっきりした感じだね?」

 

 週明けの月曜日。

 出勤先のオフィスへ向かうエレベーターで出会った上司は彼の顔を見るなり開口一番にそんな事を言った。

 

「おはようございます、嶋さん。よくわかりましたね?」

「うん、おはよう。まぁなんとなくかな? 機嫌良さそうというか……いつもより雰囲気が明るいと思ったんだ。まぁ直感だけどね」

「なるほど」

 

 挨拶を交わし笑いながら語る裕也に、辰道は納得半分呆れ半分の相槌を返す。

 

「色々と私事で収穫がありましたので」

「そりゃ良かった。じゃ今週もよろしく」

「こちらこそ」

 

 会話が途切れたタイミングでエレベーターが止まる。

 2人は肩を並べてエレベータを降り、オフィスへと歩き出した。

 

 

 仕事を終えた辰道は携帯に親友からメールが来ている事に気がついた。

 

「(一義から? あいつ、こっちに戻ってたのか?)」

 

 仁田一義にった・かずよし

 辰道とは高校の頃から友人であり、自他共に認める親友。

 能天気な楽観主義者で、その場のノリで行動する事が多い。

 定職には付いていない、自由人という名の無職である。

 今は学生時代の頃からやっていたアルバイトで溜め込んだ金を使って日本縦断旅行をしている。

 

 メールの内容は『帰って来たから会おうぜ!』という簡潔な物で『いつ』や『どこで会うのか』という事すらも書いていない。

 しかし辰道は一義の性格と定住地が無い事から、これが『仕事が終わり次第』に『辰道の家で』だという事がわかった。

 彼は仕事が終わった旨と摘まみを買ってから帰る旨をメールに返信する。

 自宅付近のコンビニに寄って適当に買い込んだ摘まみと缶ビールや缶チューハイが入ったレジ袋を片手に歩いていると、『マンションに近い小さな公園で待っている』というメールが一義から来た。

 家に帰るまでの通り道にあるその場所に向かうと、ベンチに深く腰掛け背もたれに体重を預けている男の姿が見える。

 その足元には大型のキャリーバックがある。

 辰道が近づいてきている事に気づいた男は暗い空を見上げていた視線を彼へと移し、右手を上げた。

 

「よ、辰道。元気そうだな。なんか安心した」

「心配かけて悪かったな、一義。そっちもノリで始めた日本縦断は順調そうだな」

「まぁな。よっし、お前の家行くか!」

 

 一義は跳ねるようにベンチから勢いをつけて立ち上がる。

 キャリーバックを引きずりながら歩き出す彼の後に続いて辰道も歩き出した。

 隣り合って歩く2人の間に流れる気安い空気。

 それは確かな付き合いの長さを感じさせる物だった。

 

「しかしいきなりニュースにお前の名前が出てるのを知ったときはびっくりしたぜ? 温泉入って良い気分で晩酌してたのに。思わずテレビ二度見したわ」

「大騒ぎになったからな。助けに入った事は後悔してないが、毎日毎日インタビューやら取材やらで追い回されるのはきつかった。父さんたちにも、仕事先にも迷惑がかかったし、みんなに心配かけたしな」

「ま、先の事なんて考える余裕なかったんだろ? 助けるのに必死で」

 

 缶ビール片手に2人は他愛の無い話をする。

 

「お前、明日からどうするんだ? またすぐに旅行再開か?」

「いや駅前のホテルにでも泊まって2、3日はいるつもりだ」

「そうか。ならその間どっかで豊子も交えて飲みに行くか?」

「お、いいなそれ」

「というか帰って来たってメールはあいつにも送ったのか?」

「送ったけどさぁ。あいつ、『そうか』なんて感動もへったくれもない返信してきたよ。まぁらしいっちゃらしいけどさ」

「ははっ、ほんとにあいつらしいメールだ」

 

 今後の予定を立てながら彼らの酒宴は続く。

 しかし2人で消化していけば飲食物がなくなるのも早い。

 小さな酒宴はあっという間にお開きになった。

 

「今日のところは泊まっていけよ。まぁ寝床はソファか座布団敷いて床だがな」

「お、ありがたい」

「最初からそのつもりだったろ?」

「ばればれってか? ま、一晩よろしくな」

 

 後始末を終えて、順番に風呂に入ると彼らはすぐに眠りに付いた。

 

「じゃお休み~」

「ああ、お休み」

 

 暗くなった室内はしばらくして2人の寝息のみが聞こえるようになる。

 辰道の身体からすっとタツミが浮かび上がり、ベッドの横に降り立った。

 足音も発てずにすっとソファーでタオルケットをかけて寝ている一義へと近づいていく。

 まだ酒が残っているのか赤らんだその顔をじっと見つめるとタツミは考え込むように顎に手を当てた。

 

「トラノスケに、似てる。豊子はギルフォードに雰囲気がそっくりだったな。思い返してみれば……拓馬はキルシェットに似ていた気がする。……この妙な共通点にも何か意味があるのか?」

 

 寝返りを打つ一義から距離を取り、パソコンの傍にあった椅子に座る。

 タツミは唸りながら考えを巡らせるも、結局答えらしい答えを出す事は出来なかった。

 

「(明日、辰道に伝えるか。俺1人の話ってわけじゃないしな)」

 

 そう結論付けると彼は辰道の身体の中へと溶け込むように消えていった。

 

 

 

 翌日、一義は安いホテルを探すために朝食も食べずに辰道の家を後にした。

 

「辰道……話しておくことがある」

「ん? なんだ?」

 

 身支度で慌しい辰道の背中にタツミが声をかける。

 真剣な声音に辰道はネクタイを締めながら振り返り、続きを促した。

 

「一義って、トラノスケに似てないか? 顔もそうだし雰囲気が」

「!! ……言われてみれば、確かに」

「まぁやってる事はあいつに比べてずいぶん破天荒だけどな」

「豊子はギルフォードに似ていた。……まさかこれも何か関係あるのか?」

「そこまではわからん。ただ前に助けた双子。あいつらもあっちの人間に似てる気がするんだ。少なくとも拓馬はキルシェットに似ていると俺は思う。まぁこっちは気がする程度の事だから気のせいかもしれないけどな」

「いや俺も、拓馬君に関してはそんな気がしてた。……とりあえず気にしておこう。今は考えてもわからん」

「そうだな」

 

 話をそこで切り上げ、辰道は鞄を持って玄関へ向かう。

 タツミは既に彼の身体の中へと戻っていた。

 

「いってきます」

 

 

 

 昨日、一義と話していた飲み会は豊子の都合に合わせて2日後に取り付けることが出来た。

 一義からはその日の夜、無事にホテルを取ることが出来たという連絡がメールで送られてきている。

 

 不可解な現象についての調査に進展は見られない。

 新しく手に入れた手掛かりである『病院と思われる場所にいた少女』、『白い狼』。

 増えたキーワードを元にネットをメインに捜索しているが、有力は情報は得られていなかった。


 『The world of the fate』の情報を確認する事も忘れていない。

 あちらで戦った虫使いやガレスのギルド長であるマルド。

 調査した結果、これらの人物はゲーム上には存在しない事がわかっている。

 さらに1つ。

 あちらの世界で何度か使用していたコマンドスキル『運命逆転』の熟練度が上がっていた。

 スキルレベルが上がるにはまだ足りない物のその使用回数は明らかにゲーム内で使用した回数よりも多い。

 これが意味するところはすなわち。

 

「(あちらの世界に行って使用した分の回数、経験がゲーム上のステータスに反映されている? やっぱりこのゲームとあの世界にはなんらかの繋がりがあるのか?)」

 

 解決の糸口と呼ぶには足りない。

 しかしまた1つ、異常と呼べる点を彼は見つけていた。

 

「(まだまだ先は長そうだ)」

 

 遅々として進まない調査に焦りや苛立ちはある。

 しかしこの異常事態を共に解決する存在がある為か、その精神はとても落ち着いた状態だった。

 彼自身にとって不本意な事ではあるが、自身を取り巻く異常事態に辰道は慣れ始めてきたという事もある。

 

 

 2日後。

 辰道はほんの少し仕事の都合で残業した為、待ち合わせより1時間遅れて居酒屋に向かっていた。

 既に豊子、一義それぞれにメールで連絡は入れているので遅れること自体は問題はない。

 問題はないはずだった。

 

 飲み屋に行くには心許ない所持金を補充するためにATMを使う為に辰道はコンビニに寄る。

 無事に金を下ろした彼は、そのままコンビニを出て行った。

 しかし彼がコンビニの駐車場を出て歩道に出ようとしたところで遠くから近づいてくるパトカーのサイレンが聞こえてきた。

 

「(近づいてくる? なにか事件でも起きたのか?)」

 

 他人事のように考えていた彼の元に車道から猛スピードで走ってきた車が突っ込んできた。

 

「うおわぁっ!?」

 

 命の危機を感じた辰道は横っ飛びになって猛突進してくるワゴン車を避ける。

 車は彼がさっきまでいた場所を猛スピードで抜けていき、そのままの勢いでコンビニに突っ込んでいった。

 その後ろからパトカーが数台、まるでワゴン車を追いつめるように囲んで止まる。

 

 辰道が唖然として事の推移を見守っていると、中から男たちが降りてくる。

 目元以外を隠す黒いマスクを付けているその男たちに辰道は嫌な予感がした。

 なるべく音を発てずにその場から距離を取る。

 遠目から辰道が見たところ車に乗っていたのは3人組のようだ。

 彼らはお互いを罵倒し合うとその懐から黒い物を取り出し、パトカーから降りて近づこうとしていた警察官に威嚇するようにソレを向けた。

 

「(……拳銃!?)」

 

 明らかに殺気立っていた男たちの様子から堅気ではないと思っていたが、まさか拳銃が出てくるとは思わず辰道は思わず目を見開く。

 男は怒鳴り声を上げながら発砲。

 乾いた音と共に一発の銃弾が駐車場のコンクリートを穿つ。

 警察官たちが怯み、野次馬は非日常的な光景に悲鳴を上げ、我先にと逃げ出しあるいは恐怖からその場で頭を抱えてしゃがみこんだ。

 その隙を逃さず男たちはコンビニの中に入り、唯一残っていたレジの店員に拳銃を向けた。

 店員は遠目から見ていてもわかるほどに青ざめて両手を上げて無抵抗を示している。

 

「(人質、か。これはずいぶんとややこしい状況になったな)」

 

 野次馬に紛れて距離を取りながら辰道は冷静に思考する。

 

 警察官たちは男たちに投降するよう呼びかけているが、男たちはまるで聞く耳を持っていない。

 男たちの説得に参加していない警察官たちは周辺の人払いを開始した。

 辰道を含めて騒ぎに集まってきた野次馬たち、座り込んでいる者たちを手を貸してやりながら現場から遠ざけていく。

 その間、警察官たちの話に聞き耳を立てていた辰道にはこんな事がわかった。

 

 あの3人組は銀行強盗を行い逃亡。

 パトカーによる追跡からの逃亡中にハンドル操作を誤ってコンビニに突っ込んだのだという。

 

 自分たちの仕事を妨害され、逃亡手段が無くなった。

 おまけに警察官に取り囲まれている状況。

 先ほどの発砲と言い、犯人たちが相当頭に血が上っている事が窺えた。

 

「(……タツミ。誰の目にも触れないようにあいつらを倒せるか?)」

「(もちろん出来るし、行くつもりだったが……お前から提案してくるなんて珍しいな?)」

 

 双子の高校生を助ける時は、いきなりの事態に思わず身体が動いていた。

 しかし近くでカツアゲやら盗難などが起きた事をタツミに教えられても、辰道は自分から動こうとはせずタツミの判断に任せてきた。

 そう考えるとこの状況で辰道が介入するような意見を出した事がタツミには意外に思えた。

 

「(目の前でこんな事が起こったら、な。何とかできるようならしたいさ。……といっても俺は身体能力は上がってるが流石に拳銃の相手は出来ないからな。だからお前が良ければやってくれないか?)」

「(ははっ、冷静だな。元々やるつもりだったって言ってるだろ? そう畏まって頼む必要はねぇよ。それじゃ手早くやってくるわ)」

 

 辰道の身体から辰道が浮かび上がる。

 しかしその異様な光景に周囲は気付かない。

 タツミの姿は辰道にしか見えていないのだから。

 

「(じゃ手早く片付けてくる。お前は先に一義と豊子のところに行ってろよ)」

「(あ、忘れてた)」

 

 タツミに言われてタツミチは約束があった事を思い出す。

 コンビニから始まった一連のドタバタで、忘れてしまっていたのだ。

 

「(悪い、そっちは任せた)」

「(おう、行って来い)」

 

 慌てて野次馬の中から離れ、約束の居酒屋を目指して走り出す辰道。

 そんな彼の背に一声かけると、タツミは膠着状態になっている強盗たちと警察官の元へと歩き出した。

 

「あれ? 今……念じるだけで言葉が伝わってたか?」

 

 思わず振り返るが、既に辰道は走り去った後だ。

 

「あ~~、まぁ後で後で確認すればいいか」

 

 気を取り直し、タツミはコンビニへと歩き出す。

 この事件が彼にとってすぐに終わる物ではない事を知らぬまま。

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