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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第三章
40/208

事件の収束

「やるなぁ、あの青年。光属性の攻撃じゃなく純粋な魔力攻撃で瘴気に憑かれた存在を消し飛ばすとは。魔法特化型でも難しい事のはずなんだが」

 

 ガレスの街の外。

 街道から外れた平原で男が1人寝転んでいた。

 魔物がいつ現れてもおかしくないはずの場所で、彼は驚くほど無防備な態度だ。

 彼はまるで街の中で起きた事を全て見ていたかのような独り言を呟く。

 

「途中からえらく動きが良くなったし、服装が変わったと思ったら動きの質も変わってたな。あれ、なんだったんだろうな……」

 

 上半身を起こし、ガレスの外壁を眺めながら考え込むように顎に手を当てる。

 

「『異質な力』……か。Sランクになれる素質あり、だな。先が楽しみだ。確か名前は……『タツミ』だったか?」

 

 懐から掌サイズの水晶球を取り出すと男は薄っすらと輝くそれ『念信球』に呟いた。

 

「『瘴気憑き』の消滅を確認。ただし対処したのは俺ではなくAランクのギルド冒険者だ」

 

 すると念信球からは若い女性の声が返ってくる。

 

「ほう? 見所がある奴がまた新しく出てきた、と言う事か? お前が遅れを取ったのなら将来有望だな」

 

 皮肉げな女性の言葉に男は頭を掻きながら気だるげに回答する。

 

「まぁ出遅れたのは事実だし、獲物を先に片付けられたのも事実だし? 有望なのも間違いないだろうから何も言わないけどね」

「ははは、冗談だ。そう拗ねるな。そっちでの仕事が無くなったなら適当に休んでから戻ってこい。ではな」

「はいはい」

 

 一通りのやり取りを終えると水晶球から発せられた淡い光が消えた。

 

「さて、と。今街に入ってドタバタに巻き込まれるのはごめんだし。あっちには寄らずにさっさと離れるか」

 

 彼はガレスに背を向けて何処かへと歩き去っていく。

 彼の首から鎖で吊るされているギルドカードには『Sランク』と記されていた。

 

 

 

 ガレスで引き起こされた事件は、タツミが黒幕と思われる虫使いを倒したことで収束に向かいつつあった。

 

 あの戦いが終わった直後、タツミは気を抜いたところに不運にも落ちてきた崩れた壁の一部の下敷きになり意識を失った。

 彼は2日経過した現在もギルドの救護室で眠っている。

 余談だが崩れた壁の下敷きになったのは、気を抜いたタツミに不意打ちのダイスロールが行われ、結果が『2』となったせいである。

 身体的にはギルド所属の医師や僧侶たちの治療によって回復しており、起きないのは疲労による物と診断された。

 ただ身体的、精神的に酷く疲労しており目覚めるには時間がかかるかも知れないとも言われている。

 自然に目を覚ますまでゆっくり休ませておくべきとして今も彼は眠り続けている。

 

 タツミ以外では思い至る事が出来ない事だが、彼の極度の疲労状態は戦いでの疲れの他に称号『運命に立ち向かう者』の反動が大きい。

 『運命に立ち向かう者』は所持者のHPが半分以下になる事で発動する自己強化型の称号である。

 ゲームでは影響を受けるのが画面上のキャラクターであるが故に体力が減っていても問題は無かった。

 しかし現実にHPが半減した状態で自己強化が発動すると、疲労や怪我などの要因と相まって称号所持者へ多大な負担がかかってしまうのだ。

 今回、虫使いの攻撃でゲーム的に換算すると彼のHPは1/3まで削られた。

 それによって強化された基礎能力は通常時の1.5倍だ。

 平常時の1.5倍の力を平常時の半分以下の体力で操らなければならない彼の精神的、身体的な負担は想像を絶する物だった。

 仮にダイスロールによる不意打ちが起こらなかったとしても遠からず彼は倒れていただろう。

 『運命に立ち向かう者』をこの世界で使用するという事は正に諸刃の剣と言えた。

 

 

 キルシェット、オイチ、トラノスケもタツミと同じ部屋で寝泊りしている。

 3人は既に意識を取り戻しており、怪我や体調については既に治療を受け、もう大丈夫だと太鼓判を受けている。

 タツミと同じ部屋にいるのは彼を案じ傍にいる事を希望し、ギルド長であるマルドが快くその希望を受け入れた結果だ。

 とはいえ常に彼の傍にいるのはオイチだけである。

 

 オイチは食事の時間以外はタツミの傍を離れようとしなかった。

 一重に眠り続けているタツミを心配しての事である。

 しかし彼女自身、自分の中に生まれたある気持ちに戸惑っていた。

 おぼろげに記憶に残る傷ついた彼の姿がどうしても頭を離れず、彼の傍を離れたくなかったのだ。

 

「(傷ついた貴方のお姿を思い出すと胸が締め付けられます。無事なお姿を見るとほっとします。笑っているお姿を見ると心の奥が暖かくなります。ヤマトにいた頃もこんな事がありましたが……再会を果たしてから症状が酷くなっているように思えます。これは一体なんなのでしょう?)」

 

 その気持ちが、愛しい者を想うが故の物だと彼女が気付くのはもう少し先の話である。

 

 

 キルシェットはトラノスケに本格的に師事し、明るいうちは鍛錬に勤しんでいる。

 戦闘能力が高かったとはいえ虫に苦戦を強いられた事をひどく気にしており、鍛錬にも熱が入っている様子だ。

 

「どうした!? もっと素早く動け! 決して立ち止まるな! 相手から目を逸らすな! どんな時でも観察し続けて隙を探せ!!」

「はいっ!!」

 

 ギルドが所有する鍛錬場の一角を使っている2人の鍛錬は、まるで実戦さながらの緊張感を持って行われており、同じく鍛錬をする為に訪れる冒険者たちの注目を集めていた。

 

「お前や俺のような非力な奴が戦おうって言うなら、如何に相手よりも速く、長く動けるかが基本だ! それでようやく一歩目! さらに上を目指すつもりならば、どれだけ素早く的確に相手の急所を探し当てられるか! 如何に相手の動きを何手先まで読めるか!! 如何に相手の隙を付けるか! 観察力と洞察力が物を言う!! どれほど切羽詰まった状況であっても心の一部は冷静であれ!! その心得が起死回生の一手になる!!」

「う、わっ……くっ!? は、はい!!」

 

 戦い方を口で教えながら、トラノスケはキルシェットへの攻撃を続ける。

 動きを先読みして投げつけられる手裏剣の雨をキルシェットは紙一重で回避しながら返答した。

 避け切れなかった一部の刃が彼の皮膚を裂くが、気にも留めず彼は反撃へ転じる。

 しかし彼が投げたナイフはトラノスケを掠める事も出来ず躱されてしまった。

 

「苦し紛れの反撃は自分の隙を晒すだけだぞ!!」

「あっ!? ぐあぁ!!」

 

 トラノスケから投げつけられた拳大の石がキルシェットに激突する。

 彼は頭部の1発で頭を揺さぶられ、足に当たった2発の石の痛みで動きを止めてしまう。

 その一瞬、怯んだ瞬間にトラノスケは10メートルはあった間合いを詰め、彼の喉元にクナイを突きつけていた。

 

「隙を探すのに集中する余り、自分の隙を晒すな。本末転倒も良い所だぞ?」

「う、うう。わ、わかりました」

「では立て。まだ日が落ちるまで時間があるぞ!!」

「はい! ご指導よろしくお願いします!!」

 

 2人の鍛錬はキルシェットが疲れて力尽きるまで続けられる。

 

「(まだまだタツミさんには届かない。もっともっと頑張らないと……あの人の力になんてなれない!!)」

 

 その瞳から滲み出る熱意と呼ぶには熱すぎる意思に危うい物を感じながら、トラノスケは彼が疲れ果てて倒れ込むまでその鍛錬に付き合い続けた。

 

 トラノスケとしてはキルシェットを鍛え上げると共に、生真面目な彼のストッパーである為にその鍛錬に付き合うようにしている。

 タツミが心配でないわけではないが、肉体的に完治していると言うのならば自分が傍にいても出来る事はないと割り切ったのだ。

 

「(姫様がついていれば大丈夫だろうしな。……それにこういう機会に2人きりの時間作ってれば大なり小なりタツミ殿を意識するはず。ヤマトじゃ必ず2人の他に俺たち傍仕えの誰かかイエヤス様なんかがいたからなぁ)」

 

 タツミの身を案じながら主君の恋を応援し、さらに年下の少年の面倒を見る。

 トラノスケは苦労を自分から背負い込み、それを苦と思わない人種であった。

 

 

 

 彼らが自分たちに出来る事を行っている間、ギルドは上層部及び東西南北の各国に対して今回の事件の顛末を報告した。

 首謀者は名前もわからない虫使い。

 彼が人に寄生できる虫を使用し、盗賊ギルドの構成員及び街に常駐していた東国『イース』、南国『グランディア』の兵士のほとんどを意のままに操り、行く行くは街その物を手中に収めようとしていた事。

 虫使いと対峙したタツミたちの証言のみの突拍子のない話ではあったが、寄生虫を初めとした虫はギルドが回収しており分析が進められている。

 遠からず人にすら寄生する事が証明されるだろう。

 さらに虫使いが瘴気に取り憑かれていた事も報告されている。

 瘴気は人には取り憑かないという長年の前提が覆るこの事例は、ある意味で寄生虫よりも厄介と言えた。

 少なくともこの報告を受けた者たちが大騒ぎするのは誰の目にも明らかだ。

 

 それでもガレスのギルド長であるマルドは包み隠さず報告した。

 ギルドが瘴気持ちの魔物の情報に踊らされ、事態が悪化した際に的確な対応を取ることが出来なかった事も含めて全てを、だ。

 

「正直なところ、全てを無かった事に出来ればどれほど楽かとは考えました。……しかし事の重大さは一部始終とは言え現場を見た私にそのような真似は出来ません。根が小心者なので」

 

 後に、わざわざ今回の件について直接訊ねに来たフォゲッタのギルド長との会話で彼はこう語っている。

 

 

 駐在していた軍人の大多数が洗脳され、指揮官が虫の餌食になっていたという事態に東国も南国も慌てふためいた。

 なにせ他国への備えとして配備した兵のほとんどが使い物にならなくなったのだ。

 その人的損害は計り知れない。

 しかしそのまま事が起こった事を嘆いても意味はない事も彼らは知っていた。

 現在、両国ともに新しい人員を派遣する為に自国で様々な調整を行われている。

 新しい人材が派遣されるまでの間、ガレスの治安維持はギルドに一任される事となった。

 

 盗賊ギルドの構成員はタツミたちが泊まった宿のおかみであるシルドルを頭に置いた一派以外は虫使いに洗脳されたか、冒険者たちの手でほぼ壊滅させられている。

 その勢力を大幅に減らした彼らについては、自然消滅するだろうと判断され放置される事となった。

 これから先、盛り返すことが出来るかどうかは残った者たちの行動次第だろう。

 

 ガレスは今、街が作られた当初と同様の混乱の渦中にある。

 しかし街の人間たちは緊張状態が解けた事に安堵し、また商いに、日々の生活に精を出し始めていた。

 一時はどうなる事かと戦々恐々としていた者たちが、恐怖を忘れて騒がしい日常を取り戻し始めた。

 壊れた街の再生は既にそこかしこで始まっているのだ。

 

 

 静かに眠り続けるタツミ。

 開いた窓から聞こえる人の喧騒を感じ取ったのか、その顔はどこか満足げに笑っているように見えた。

 

この話で第三章は終了となります。

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