黒幕の正体
タツミたちとトラノスケたちは期せずして南国の監視所の表門にほぼ同時に到着した。
「そっちの首尾はどうだった?」
「問題なく。上々の成果です。そちらも……見たところ大きな怪我は無かったようですね。安心しました」
2人の無事な姿にほっとして息を吐くトラノスケ。
オイチはそんな従者の言葉を困ったように笑いながら訂正した。
「いいえ。思ったよりもずっと厄介な状況になりましたから危なかったですよ? タツミ様も負傷されてしまいましたし」
「えっ! タ、タツミさん大丈夫ですか!?」
彼女の言葉に慌ててタツミに駆け寄ったのはキルシェットだ。
「ああ。もう血は止まってるし、念の為に包帯も巻いた。大丈夫だから安心しろ、キルシェット」
怪我をした右手を泡を食っているキルシェットに見せて落ち着かせる。
包帯こそ巻いている物の既に止血され、傷も癒されている事を確認すると彼は胸を撫で下ろした。
「あ、すみません。ちょっと慌ててしまいました」
「それだけ心配してくれたって事だろう? ありがとうな」
はにかむように笑うキルシェットに思わず和みかけた空気を立て直すようにタツミは咳払いを一つする。
「コホン。さて気を取り直した所で突撃するぞ。注意事項としては恐らく中にいる奴は問答無用で襲ってくるので気絶させる事を念頭に置く事。ただ俺なら寄生虫が入っているかどうか見分けられるから俺が指示する奴に限ってはその限りには無い。何かそっちで気になる事は?」
彼は最低限の説明を終わらせ3人を見回す。
「えっと……ありません」
「無いですね」
「ございません」
全員からの返答を確認し、タツミは頷くと目的地へと足を進める。
「行くぞ」
三者三様の返答を背に受けながら彼は先頭を切って建物へ入っていった。
東国の監視所を押さえた時に既に偵察に送り込んでいた式神の情報に加え、用途が同じな為か南側の監視所と同じような造りだった事もあり、監視所内の人が集まっている場所への移動に迷いはなかった。
中にいる人間がまたしても大会議室らしき部屋に集まっていた事も時間の短縮に一役買っている。
「明らかに罠ですよね、これ」
「東の時も同じだったな。実際、集まっていた連中はこちらを見て問答無用で襲い掛かってきたし、芸がないが罠で間違いないだろう」
「部屋にいた方々を一目見ただけでもう人ではないと看破されて叫ばれていましたね」
目的地につく間の僅かな時間。
緊張感を紛らわせる為か、彼らは軽口交じりに雑談をしていた。
「でも罠を張っているって事は襲われるって事がわかっているって事なのに、なんで見回りをさせている兵士を連れ戻さないんでしょう?」
「確かに。待ち構えるのなら大人数の方が良いでしょうし、単純に警備を強化するだけでも襲撃者も躊躇して二の足を踏む事も考えられますのに」
キルシェットの疑問の声に同調したオイチも言葉を重ねる。
純粋に疑問に思っている2人に対してタツミとトラノスケは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「そこはこのザル警備を指示した人間に聞かないとわからないな」
「なぁんか碌な事、考えて無さそうですよね。経験則ですけど、こういう戦いで基本的な事をしない人間って何手も先を読んでる天才か、自分が持ってる独特の価値観だけで行動する阿呆の二択が有力なんですよねぇ」
「……そうだな。あっちではそういう極端な奴が多かったな」
「おまけにこういう二択だと後者の方が多かったんですよねぇ。まぁ城主や領主なんて奴は一癖も二癖もある奴しかいませんでしたから比率的には当然といえば当然なんでしょうけど。はぁ……」
少し前までのヤマトでの生活、そこで関わってきた上司や他の領土の人間たちを思い出したのか、トラノスケは肩を落としながらため息を零す。
「無駄話はここまで、だな。着いたぞ」
タツミが立ち止まったのを合図に全員が足を止めた。
彼の目の前にある木製のドアにかけられたプレートには、東の時と同様に『大会議室』の文字があった。
「中の気配は……17、8でしょうか?」
「俺もそれくらい探知したな。で、どうします?」
「油断せずに、突撃あるのみだ!!」
言葉と共にタツミはドアを蹴破った。
砕けた木製のソレは室内へと飛んでいき、人がいるはずだというのに不気味に静まり返っていた大会議室の床に大きな音を発てて激突する。
「お~、派手な登場だねぇ。面白い面白い」
ホール状になっている会議室に気のない声と続いて拍手の音が響く。
室内に踏み入った4人は同時に声の元に視線を向けた。
長机に足を乗せ、椅子に踏ん反り返っているその男はシルクハットにローブというチグハグな格好をしていた。
しかもシルクハットを目深に被っている為にタツミたちにはその表情を読む事が出来ない。
彼の周りにある机には部屋の外で感じ取る事が出来た他の人間も座っているのだが、踏み入ってきたタツミたちに対して何の反応も示さなかった。
身動ぎ1つしない男たちをざっと見回し、タツミは思わず舌打ちする。
東の時と同様、彼らも手遅れであるとわかったからだ。
「どう見てもここの兵士じゃないな。何者だ?」
「この街を実験台にして色々やってた男でぇ~す」
足を投げ上げたままゆっくりとした動作で男はタツミたちに向かって手を振ってみせる。
軽そうな見た目とは裏腹の鈍重な動き、その動作一つ一つがタツミたちの不快感を煽っていた。
「今まではばれなかったけど調子に乗ってペース上げたらあんたたちに勘付かれちゃいましたぁ~~。いやぁ失敗失敗。あはは~……あひゃ、ひゃは、あひゃひゃひゃひゃ!!」
男は口を三日月の形に歪めて最初はゆっくりと、しかしすぐに堪え切れなくなったように大声で笑う。
口を限界まで開けて天井を見上げて笑う姿は狂っているようにしか見えない。
そんな狂笑がホール状の大会議室に響き渡り、タツミとトラノスケは耳に残るやかましさに顔を歪めた。
その後ろでキルシェットは顔を青くしている。
「……あの人から変な気配を感じます。沢山の気配が1つになっている、というか……」
「身体の中に蟲を『飼って』ますね、あれ。1匹寄生しているだけとかだと外側の気配と同化しててわかり難いですけど、あんなに身体にいると気配でもわかっちゃいますね」
「アレ? 俺の体の事わかるんだ。優秀だねぇ、そっちのお二人さん」
茶化すように笑う男のローブの内側がもぞもぞと動く。
二の腕や鳩尾、太ももで掌サイズの何かが蠢いている事がそれなりに距離がある彼らの目にもわかった。
さらにタツミには蠢いている存在が男とは別の存在として認識された大小様々な虫である事がステータスの表示により理解できた。
「虫使い……それも一般的に秘境とか呼ばれる場所でしか生息していないはずの寄生虫を操る程の力を持った奴。そんな使い手がいたらすぐに国やギルドから良い意味でも悪い意味でもマークされるはずだが」
彼の言葉に男はまたしても声を上げて笑う。
楽しくて愉しくて仕方が無いというニュアンスを滲ませたソレは聞く者の耳に不快さを残す物だった。
「あひゃひゃひゃひゃ! そんなお役所仕事、1人分の抜け道くらい幾らでもあるって。盗賊ギルドなんて非合法組織を黙認してるとこも多いんだぜ?」
「まぁ、それもそうだな」
あっさりとタツミは引き下がった。
目の前の男の言葉通り、今のガレスの状況では法的な抜け道など幾らでもあるのだ。
それに彼が本当に聞きたい事は他にあった。
「それはともかくお前、出来れば戦う前に幾つか聞きたい事があるんだがいいか?」
「ありゃりゃ? ずいぶん殊勝な態度だねぇ? 問答無用でその細いけど切れ味抜群の刃物抜くかと思ってたんだけど?」
張り付いていた笑みを収めて心底意外そうな顔で男はタツミを見つめ首を傾げる。
彼に対するタツミの回答は簡潔かつシンプルだった。
「安心しろ。聞く事を聞いたら抜くし、お前が答えなくても抜くつもりだ」
その駆け引きも何もない直球な言葉にキルシェットやトラノスケがぎょっとした顔でタツミを凝視する。
オイチは変わらず男と室内を交互に見つめていた。
問いかけた本人はタツミの言葉に数瞬黙り込むと次の瞬間に爆笑した。
「あーーひゃひゃひゃひゃっ! わかりやすくていーね! そーいう明け透けなの好きだぜぇっ!! いいよ、俺が飽きるまでなら答えるよ」
「そうか、そいつはありがたい(素直に答えてくれるとは思わなかったから脅し半分で言ってみたが……まさかこういう形で上手くいくとは。独特の価値観で動く人間の琴線はわからんな)」
腹を抱えて大笑いしながら答える気になった男にタツミは内心で驚いていた。
しかしその感情を表に出す事はなく、相手の気が変わる前にと質問を切り出す。
「お前は盗賊ギルドの人間か?」
「いやぁ違うよ。俺は街の外から来たんだ。ちょっと人が多いところで試したい事があってさぁ」
あっさりと情報を吐き出す男に疑問を抱きながらもタツミは質問を続けた。
「試したい事? さっき言ってた『この街を実験台にして』というのに関係した事か?」
「そーそー。俺って人嫌いだから虫が沢山いる森の中でひっそり虫たちと暮らしてたんだよ。でも唐突に思いついちゃったんだよねぇ。『俺が手塩にかけて育てた虫を人に寄生させたらどーなるんだろ?』てさ。魔物に寄生させた事はあるんだけど、人は試したことなかったから気になっちゃってさ。気になっちゃったら試したくなって、そこそこ大きくて、隙が多くて、何より俺の住んでるところから近い街を捜したんだよ」
あまりにもあっさりと人を害する事を思いついたと語る男。
既に正気など残っていないと思われるその発言にキルシェットは憤りを感じて拳を握り締めた。
それでも飛び出さなかったのはタツミがまだ質問を終わらせていないという事と自分ではこの男を倒す事は出来ないだろうと頭に僅かながら残っていた冷静な部分が告げていたからだ。
「それが、ガレスだったと?」
「そゆ事。いやぁ条件に一致する街が思いのほか近くにあって助かったわぁ。盗賊ギルドの連中も、イースとグランディアの駐屯兵も、頭を抑えたらあとはすっげぇ楽だったしさぁ」
「この街で起きてる東国イースと南国グランディアの反目の激化は盗賊ギルドの頭を抑えたお前の暗躍による物だった。そういう事でいいのか?」
「そうそうその通り。盗賊ギルドって下っ端が頭に絶対服従って言うか心酔してるって言うか、まぁそんな感じだったから下の人間に違和感さえ持たせなけりゃ馬車馬のよーに働いてくれたよ。頭の指示が顔も知らない俺からの物だったなんて疑いもしなかったからやりやすいったらなかったわぁ。まぁそれもそいつの記憶を脳ごと食って取り込んで、しかもそれらしく振舞える俺の優秀な虫だから出来た事なんだけどさ」
宝物を自慢するような無邪気さで男は己の血に塗れた犯行を自白する。
そこに殺した人間への哀悼などという気の効いた感情は読み取れない。
オイチは男の歪み切った感性を哀れに思った。
「ギルドが瘴気の対応で手薄になったという話があったがあれにもお前が関わっているのか?」
「そーだね。ギルドとか街の上層部が瘴気に過敏になってるのは感覚を共有出来る虫にこの街のギルドを張らせてるうちに知ったからさ。微妙に遠い場所に似たような黒い靄を放つ虫を飛ばしてそれっぽく見せてみました。上手くいって何より何より」
「それじゃあ瘴気を纏った魔物が出たって言う情報その物が貴方の流した偽情報だったんですか?」
怒りを押し殺して問いを重ねるキルシェットに、彼の気持ちなど1ミリも理解していないだろう男は溌剌とした声で答える。
「そーでーす! ま、あとは戦力のいなくなったギルドが手をこまねいてるうちに、盗賊ギルドの連中に国同士の諍いを促進してもらって、隙を見て両方の指揮官とその側近連中にも虫を寄生させて、あとは虫の近くにいる連中を少しずつ操って寄生させる虫を増やして、ゆくゆくはギルドの連中も含めてこの街全体を俺の意のままになるって寸法、だったんだけどねぇ」
これ見よがしにため息をつきながら男はシルクハットに隠れた視線をタツミたちへと向けた。
「あんたたちのお蔭で物の見事に俺の壮大な計画がぱぁになったよ。あーああ、まったくやってらんね~~」
机の上に放り投げていた両足を子供のようにバタバタさせながら男は投げやりに言い放つ。
「そいつは残念だったな。ちなみに全てを白日の下に晒して自首するって気は?」
「あひゃひゃひゃひゃ! 一発ネタとしては面白そうだけどそれはやらないかなぁ? 俺が捕まっちゃうと虫の研究が出来なくなっちゃうし~」
ここまで感情を表に出す事なく質問を続けていたタツミは肩を落として大きくため息をついた。
「最後に1つ」
「お、もう最後でいいの? なんだか楽しかったしもうちょっとなら続けてもいいよ?」
妙に馴れ馴れしい男の言葉を無視しながら、タツミは質問を口にした。
「失敗して自分が殺されるかもしれないとは考えなかったのか?」
タツミとしては今までの態度、言動からこの質問にこの男がどう答えるか予想はついていた。
しかし聞かずにはいられなかった。
自分の命すらも軽んじる男に私利私欲の為に殺されたとあっては、守るモノがあったはずの寄生された者たちが報われないとそう思ったからどうしても確認せずにはいられなかった。
「ん~……全然。だって俺、強いから死なないし」
「……ならもう聞く事はないな。さっさと終わらせるぞ」
分かりきっていた答えにタツミは納得し、刀を抜く。
同時に溢れるのは先ほどまで必死に押さえ込んでいた男への憤怒の感情。
タツミから噴き出す怒りの感情に背筋が粟立つのを感じながら、キルシェットが、トラノスケが、オイチが自身の得物を構えた。
「さっさと終わるのは困るなぁ。俺としてはまだまだ続けていきたいし。だぁかぁらぁさぁ……」
男は投げ出していた足を机から降ろすとのろのろとした動作で立ち上がり、シルクハットの下から爛々とした目をタツミたちへ向けた。
その目は新しい玩具を与えられた子供のようで、今の血生臭い状況に酷く不釣合いな物だった。
「あんたたちも俺の虫の餌食になっちゃってくれよぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
絶叫と共にローブが内側から弾け飛ぶ。
ローブの中から出てきた様々な虫が床に、机に着地し、中空へと羽音を響かせながら舞い上がった。
「行くぞ!!」
「はいっ!!」
「了解っ!!」
「参りますっ!!」
ガレスで起きている事件。
その解決の為の最終戦が始まった。




