行動開始、東の戦い
タツミとオイチの目の前には東国の衛兵たちが常駐している建物がある。
城壁のような他者を拒絶するような重厚な造りをされたその場所は小さな砦とも表現できるだろう。
街の中にあってその役目である監視を全うするに相応しい威圧感を放っている。
普段ならば兵士の行き交う姿が見られるその場所は、全ての人間が街中に散っている為か静まり返っていた。
オイチの肩に鳥の姿をした紙『式神』が戻る。
鳥その物の声で式神が囀り、彼女は目を閉じてその声に耳を傾けた。
「……中にいるのは5人。全ての人物が1つの大きな部屋に集まっているようです」
「露骨に罠っぽいが……居場所が分かっている当事者は限られているからな。片っ端から当たるならここは避けて通れん。行くぞ」
「はい。お供します」
周囲に人の気配は無く、閑散としている。
今までも近寄り難い雰囲気だったというのに今の状況のせいで近づく事すらも忌避されているのだろう。
そうでなくても見回る兵士たちのせいで出かける人間もほとんどいない状況だ。
まるで街が死んでしまったようだ、などと詩的な感想を抱きながらタツミは東国監視所の中へと足を進めた。
「(ギルドの解放は任せたからな。キルシェット、トラノスケ)」
別行動をしている2人に届かないエールを送りながら。
外から感じた以上に場内は静けさに満ちていた。
装飾として飾られている白銀の鎧兜もこうも人気がないとただただ不気味で寒々しい。
「オイチ、人が集まっているっていう場所まで案内を頼む」
「はい。こちらへ……」
彼女の肩に止まっていた鳥型の式神が彼らを先導するように飛び立つ。
案内役である式神を追って2人は歩き出した。
程なく大きめの部屋の前に辿り着く。
大きめの建物ではあったが、案内役の存在のお蔭で彼らは迷う事無く到着した。
部屋の役割を示すプレートには『大会議室』と書かれていた。
「行くぞ」
「はい」
必要最低限の声掛けだけを行い、彼はノックをしてからドアノブを回した。
何の抵抗も無くドアが開く。
中には訪問者を待ち受けるように背筋を伸ばして椅子に座った男たちの姿があった。
乱入者の存在を明らかに待ち構えていた様子の男たちをタツミは素早く見回す。
同時に彼らのステータスを確認し、舌打ちすると同時に構えた。
「オイチ、こいつらはもう人間じゃない!」
「っ!!」
怒号のような彼の叫びに言葉もなく視線を鋭くし、服の袖から霊符を取り出すオイチ。
そんな彼らの目の前で人の姿だったモノがその姿を変貌させた。
鎧兜を着込んでいた男の頭が兜ごと砕ける。
目玉が、歯、頭の破片が飛び散る。
しかし脳漿や血は一滴も出てこなかった。
代わりに緑色をしたカブトムシに酷似した虫が人の首の中から顔を出し、タツミたちをその黒い目で睨みつけてくる。
首の根元から生えているカブトムシ、さらに胴体が人間というアンバランスさに生理的嫌悪を感じるが、その程度で二の足を踏むような神経を持った人間はこの場にはいない。
「(『寄生虫』。ゲームやこっちで伝わっている情報では動物に寄生してその能力を乗っ取り強化する魔物。寄生した生物の同族を一定時間傍に置いているとその同族を操る事が出来るようになる。ゲームのイベントでは時間が経つ程に眷属が増えていく難敵っ!! 辺境の、秘境と呼ばれるような場所にしかいないはずのイベント専用の奴がなんでこんな街にいる!? しかもこいつっ!!)」
虫の身体から『瘴気』が溢れ出る。
ソレに伴い確認していたステータスが大きく変動した。
「瘴気で能力が強化されて人間にまで寄生できるようになっているのかっ! しかも取り憑いていたのが虫の方だから、外装である人間を見ただけじゃ瘴気の存在に気付けなかったっ!!」
敵の情報をまとめながら腰の刀を素早く引き抜き、正眼に構える。
刀を振り回すには充分なスペースがこの部屋にあったのは幸運だった。
先に仕掛けてきたのは寄生虫たちだ。
寄生した人間の身体を本当の手足のように巧みに操り、剣を抜いて斬りかかる。
熟練した技巧は乗っ取った人間たちの身体に染み付いた鍛錬の賜物なのだろう。
「うおおっ!」
果断なく放たれる5人の斬撃。
瘴気によって強化された為か、見た目以上に力強い攻撃を受け止めたタツミは部屋の外へと弾き飛ばされた。
入れ替わるように彼の肩をすり抜け、室内に霊符が飛翔する。
「『雷縛・急々如律令』っ!!」
霊符に封じられた雷の力が開放され、室内がのたうつ稲光に蹂躙される。
符の効果が切れると同時に体勢を立て直したタツミが部屋へと飛び込んだ。
頭部を庇う姿勢を取っていた5体の元人間たちは雷を浴びた影響で硬直し動けなくなっている。
「でぇええいい!!」
頭部を庇った姿勢から動けなくなっている為にがら空きになった腹部を狙っての一閃。
タツミの気合の声と共に振るわれた横薙ぎの一撃が1体の胴体を切断する。
力無く倒れこむ1体目を尻目に、彼は硬直が解けた他4体の攻撃に備えるべく刀を上段に構えた。
「タツミ様! 斬り捨てた者がまだ動いています!!」
「なぁっ!?」
倒したと思っていた1体目は頭部の虫が無傷だった為か、上半身の腕の力だけで這い回ってきていた。
その這い回るというには素早すぎる動きに、タツミは虚を突かれてしまう。
側面から飛びかかってきた寄生人間に刀ごと腕を拘束され、虫の頭部の噛み付きを右手に受けてしまった。
「ぐぁっ!? っつう、このぉ!!」
強力な顎による噛み付きは指を食いちぎらんばかりの物で、タツミは思わず悲鳴を上げる。
だが痛みに武器を手放す事はなかった。
噛まれていない左手で右手に噛み付いている寄生人間の身体を殴りつける。
「ピギィイイイ!!」
耳障りな奇声と共に壁に叩きつけられた上半身だけの怪物。
「そちらは私にお任せを!!」
「頼んだ!!」
背後からの凛とした声。
力強いその言葉に殴りつけた寄生人間の相手を任せ、タツミは迫り来る4体の敵を迎え撃つ為に刀を構える。
「(真っ二つにしても動くなら露出している本体を潰すっ!!)」
タツミの狙いを読んだのだろう4体は剣を頭を庇うように構える。
しかしただ備えただけでは彼の攻撃は防ぐ事は出来ない。
「(『一刀両断』ッ!!)」
コマンドスキルを発動し防御力を無視する斬撃が放たれる。
一番近い位置にいた人型の剣、腕、そして首から顔を出していた虫の頭部をまるで豆腐に包丁を入れるかのように抵抗を感じさせずすっぱりと切断した。
切断した部位から人の物とは違う緑色の体液が噴き出し、本体を切断された寄生人間は力を無くしたようにその場に倒れ込む。
「あと4体っ!!(光属性の攻撃でなくても倒せる! リザードマンや大蜘蛛同様、瘴気に防御力の強化はあっても憑いている魔物自体を守る力は無いらしいな)」
次の相手に斬りかかる彼の背後でオイチの声が轟く。
「『炎霊熱燃・急々如律令』ッ!!」
壁に叩きつけられていた上半身だけの化け物に向かって霊符から飛び出す複数の人型の炎。
それらは身動きの取れない化け物に突撃、接触をすると同時に炎となって怪物を包み込んでいった。
全ての人型が炎へと姿を変えると、そこにあるのは球体の炎の塊。
その中には奇声を上げて悶え苦しむ寄生虫の姿がある。
「跡形も無く燃え尽きていただきます」
オイチの言葉に呼応するように炎の球体は内部の温度を上げる。
石造りの壁はその温度に耐え切れずに溶け出していた。
中に閉じ込められた魔物がどうなったかなどもはや語る必要もない。
炎の球体が消えたその時、標的は灰すらも残さず焼失していた。
「ふんっ!!」
同時に閃く刀の一撃。
二度目の防御無視の効果は絶大で、寄生虫は対策を取る事も出来ずに2体目の魔物が斬り捨てられた。
頭部から股下までも真っ二つにされた寄生人間は切り口から緑色の体液を撒き散らしながら倒れ痙攣する。
「あと……」
「2体です!」
駆け出すタツミ。
霊符をかざすオイチ。
その場の空気を台無しにするようにタツミの脳裏で舞うサイコロ。
「ちぃっ!!」
しかも今度は2体の敵のうち、奥にいた1人の頭上でもサイコロが舞っていた。
出た目は……タツミが『4』、寄生人間の1人が『6』。
「うおおおっ!!(悪い出目じゃない。このまま押し切る!!)」
相手の出目の方が大きいが、まずは自分の出目の良さを利用して敵を1人でも減らす。
そう考え、タツミは三度目の『一刀両断』を使用する。
タツミの切り上げは剣を振り上げた姿勢だった男の腕ごと頭部を切り飛ばした。
「(相手の『6』の分は何が起きる!?)」
「『雷矢穿孔・急々如律令』!!」
かざされた霊符から雷が迸る。
一瞬にして雷は矢の形に変化し、標的に向かって回転しながら飛翔する。
サイコロが見えていないオイチは、これで倒せると確信していた。
事実、雷の速度は寄生虫の反応速度を超えている。
躱す事など出来はずが無いのだ。
普通ならば。
「「っ!?」」
突然、寄生虫の首元から光が迸る。
眩い閃光に思わず2人は手で目を庇った。
タツミは視覚に頼らず相手を感知できる気配察知に意識を集中させる。
すると自分に迫る最後の1体を感知できた。
「(大丈夫だ。敵の速度もわかる。行動も読める。目を閉じたままでもやれる)」
自らを鼓舞し、ずきずきと痛む右手をそのままにタツミは刀を握りしめる。
敵が刀の間合いまで近づいてきた瞬間、彼は下段に構えていた刀を斬り上げた。
「(……! 気配が2つ!? 違う、寄生した身体から飛び出したのか!?)」
閃光が収まり目を開く。
目の前には両腕を失い、硬直したようにその場に立っている人間の身体。
その頭部にいるはずの虫がいなかった。
彼の気配察知は身体から離れてタツミの攻撃を躱した虫が背後に移動している事を捉えている。
「(狙いは俺じゃない!) オイチ、虫がそっちに行ったぞ!!」
予め備える事が出来たタツミと違ってオイチは未だに謎の閃光で目が眩んだ状態から立ち直れないでいた。
タツミの言葉は聞こえたようで警戒はしているようだが、目が見えないせいで虫の動きを捉える事が出来ない。
自分が見えていない事を察しているのか、カブトムシのような姿の寄生虫は耳に残る羽ばたき音を立てながらオイチの背後へと回った。
タツミは寄生虫の動きに嫌な予感がした。
「今度はオイチに寄生するつもりかっ!!」
慌てて床を蹴る。
しかし虫がオイチを対角線上に挟んでいる為、一足飛びで斬り捨てる事が出来ない。
「(間に合わない!) オイチ!! 後ろだっ!!」
妙に尖った角をオイチの首元に向けて寄生虫は突撃を開始した。
「オイチ!!」
慌てて叫ぶタツミは、着物の裾で目元を隠していた彼女の口元が笑みを浮かべていた事に気づく。
同時に凛とした彼女の声が聞こえた。
「『風守・急々如律令』!!」
霊符がその言葉を受けて、彼女の周囲を取り囲むように風の壁を作り出す。
寄生虫の突撃はその壁にあえなく弾かれた。
「いい加減に終われ!!!」
刀を水平にした突きが攻撃を弾かれて隙だらけだった寄生虫を貫く。
貫かれた虫はしばらく痙攣を繰り返すとやがて力尽きて動かなくなった。
アギ山での一件の時のように別の魔物に取り憑き直すような事もない。
「……あまり心配かけるような事はしないでくれ。オイチ」
「うふふ、すみません。出来るだけ引きつけておきたかったものですから」
常と変わらぬ態度のオイチに、タツミはため息をつく。
「はぁ……まぁ無事で良かった」
「ご心配をおかけしました」
刃を返し貫いた虫を切り裂くと、タツミは刀身に付いた虫の体液を払い鞘へ納める。
ようやく閃光の余韻が抜けたのか、何度か瞬きをしながらオイチはタツミの傍へ歩み寄った。
タツミは周囲を見回し、常に発動している気配察知に意識を集中させる。
「それにしても私の術を弾いたあの光はなんだったのでしょうか?」
「……ああ、それはどうやらこれの効果のようだ」
タツミは物言わぬ躯の首元を探り、やや古びたロケットペンダントを引き出した。
装飾と呼べる物が中心の黄色い宝石だけという簡素な物だ。
「……これは」
「この小さな宝石『雷のタリスマン』が雷の魔術を弾いたんだ」
タリスマンシリーズと呼ばれているアクセサリーには色に対応した属性の魔法を一定回数だけ無効化する能力が備わっている。
寄生された人間の死体が持っていた物は黄色だから雷の魔法を無効化したのだ。
「たぶん、この身体の主の方が元々持っていた物なんだろうな」
「……持ち主を守ったのですね」
ロケットペンダントを開く。
そこにはペンダントの持ち主と思われる40代前後の男性と同じ年代の女性が寄り添うように描かれた絵が入れられていた。
「やり切れないな」
「せめてこの方たちの魂だけは救えたと信じたいですね」
「……行くぞ。次は南国の方の施設だ」
物言わぬ躯たちに僅かな時間だけ黙祷するとタツミは踵を返して部屋を出て行く。
何も言わずただ頷くとオイチの彼の背に続いた。
タツミたちが東国の施設から出て行った頃。
「ん~、驚いた。何匹か殺されちゃった」
南国の監視所。
タツミたちが戦った大会議室と同程度の広さの部屋で、男は長机に足を乗っけて椅子に座るという無作法な事をしながら、何かに気付いたように中空を見上げる。
「『黒い靄の加護』で強化されたアレが寄生した奴ってけっこう強くなるのになぁ? 誰だか知らないけど強いのが来ちゃったのか。面倒だなぁ」
ギシギシと椅子を揺らしながら男は妙に子供っぽい口調で独り言を続けた。
「でもなぁ。せっかく盗賊ギルドも国の連中も支配下に置いたのに逃げるのもなぁ。せっかく良い感じに実験できそうな環境になったのになぁ。手放したくないなぁ」
宙を彷徨わせていた視線を部屋の中へ戻す。
彼の視線の先には無言で座り込む10数人の男女の姿があった。
かっちりとした鎧を着た者、身軽そうな格好をした者、果てはその辺の店の従業員のような風体の者と、その姿は多種多様。
しかし彼らの目は例外なく何も映っていない。
時折、彼らの顔が内側から何かに這い回られているかのように蠢いた。
「やっぱり迎え撃つのがいいかなぁ? アレを倒せる人間なら捕まえれば立派な実験材料になるしなぁ。うん、そうしようそうしよう」
男は納得したのか、また何もない部屋の天井を見上げ始める。
「あはは~、早く来い~、誰かさん~~」
楽しさなどまったく感じられない虚ろな笑い声が大部屋に響き渡った。




