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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第三章
33/208

監視と襲撃

「(こいつは酷い)」

 

 タツミの指示を受け、彼らよりも先にガレスに到着したトラノスケ。

 彼はピリピリとした緊張感が漂っている城門には近づかず、気配遮断をした上で城壁をよじ登りガレス内へと侵入していた。

 

 周囲を見回すとまだ昼を回った頃だというのに人通りはかなり少ない。

 代わりに殺気を振り撒きながら衛兵らしき人間が3、4人のグループで周囲を睥睨しながら見回っていた。

 

「(あれは見回りというよりは恫喝だな。外に出るなって脅しをかけてるようにしか見えない)」

 

 いつもなら客寄せが響き渡るのだろう商店街が、まるでお通夜のように静まり返っている。

 店こそ開いているが衛兵たちのせいで客など寄ってこないのだ。

 

「(しかも……衛兵同士でも睨み合ってるのがいるな。赤い肩当てをつけてる連中と緑の肩当をつけてる連中。どっちかが東でどっちかが南か。開戦間近の緊張感を思い出す。何を切欠に爆発するかわからない危うさが感じられる。どーも俺たちが考えていた以上に切羽詰まった状況みたいだな、これ)」

 

 トラノスケは路地裏を、民家の屋根を、気配遮断しながら音も無く縦横無尽に駆け回り情報を集めていく。

 

「(町に入る人間は拒まないが、街から出ようとする人間をいちゃもん付けて外に出さないようにしてる。街にいた人間から外に情報が漏れないようにってところか。東側も南側も示し合わせたように同じ行動を取ってる。どっちもやる気満々って事だな)」

 

 何もかもを街の中での出来事として情報封鎖して押し込み、全てが終わった後に都合の良い報告を国とギルド上層部に上げる。

 少なくとも国軍の動きには、そういう意図が感じられた。

 

「(ギルドってところは特に厳重だな。周囲一体を埋め尽くす兵隊。捕り物ってわけでもないのにあの殺気。タツミ殿が言ってた抑止力への警戒って事か)」

 

 これから焼き討ちでもするかのように殺気立った人間たちがギルドの建物を包囲する様を確認する。

 

「(しかし盗賊ギルド、っつったか。そいつらの動きが掴めないな。もうちょい深く踏み込んで調べないと駄目そう……ん?)」

 

 トラノスケは複数の気配が近づいてくる事に気付く。

 気配を消せば真正面から近づいても気付くことが難しい自身を真っ直ぐに目指してくる気配。

 

「(探す手間が省けたな。姫様たちが到着するまでになるべく情報集めとかないと)」

 

 彼の視界に入る6人の黒尽くめ。

 ナイフや円月刀を手に迫る敵から逃げず、あえて腕を組んで待ち構えながらトラノスケは口角を吊り上げた。

 

 

 

 トラノスケに遅れる事、数時間。

 タツミ、オイチ、キルシェットもまたガレスの東城門前に到着していた。

 ラムダには荷物を受け取った上でサレートに引き返してもらっているので彼らは徒歩だ。

 

「前来た時よりも雰囲気が悪くなっていますね。なんだかピリピリしてます」

「そうなのですか?」

「ああ。俺たちが考えていた以上に状況が悪くなっているみたいだな」

 

 城門で街に入る際の手続きをする時、タツミとキルシェットは身分証明としてギルドカードを提示した。

 その時、タツミのギルドカードの内容に門番たちが動揺した事を彼らが見逃すはずもない。

 

「Aランク冒険者がこの時期に街に入ると困ると自白しているような反応だったな」

「そりゃあAランク冒険者ってBランクまでと格が違いますから……正規の軍隊を1人で相手にしても引けを取らないって言われてますし。そんな人たちよりも上のSランク冒険者なんて僕たちからすれば何が出来るかわからない雲の上の人っていう認識ですよ?」

「そこまで尾ひれが付くとこっちとしても困るんだがな。無理難題を押し付けられそうで」

「何をおっしゃっているんですか。敵対しておられたミツナリ様の軍勢を1人で食い止めていらっしゃったと言うのに。過ぎた謙遜はいけませんよ?」

 

 タツミとキルシェットがそれぞれ気配察知で周囲を警戒し、2人に両側から挟まれながらオイチが歩く。

 彼女とタツミが談笑する様子は自然体だが、キルシェットはしきりに周囲に視線を巡らせていた。

 これでは彼らの様子を窺っている者たちからは警戒している事が丸分かりだろう。

 

「キルシェット。監視がどれくらいいるかわかるか?」

「前の路地裏に3人、後ろの幾つかの家の屋根に分散して5人です」

 

 自分の気配察知に自信を持ったのか、タツミの質問に答える彼の顔はどこか得意げな物だ。

 しかし自信があったが故にタツミからの返答に面白いように動揺してしまう。

 

「少し足りないな。前の方には気配遮断している奴があと2人いるぞ」

「えっ!?」

 

 思わずタツミの顔を見つめる。

 信じられないと語る彼の目を見つめながら、タツミは静かに指摘した。

 

「前の3人の気配を感じ取りすぎて他の2人の気配が隠されているんだ。もう少し精度を上げられるようにしないとな」

「うう、頑張ります」

「そうしょげるな。覚えたばかりの技に振り回されないでよくやってるよ、お前は」

 

 2人のやり取りをオイチは微笑みながら眺める。

 

「お2人はまるでご兄弟のように仲が良いのですね。なんだか羨ましいです」

 

 タツミとキルシェットは目を丸くしてオイチに視線を向ける。

 

「ほら。今の動作も寸分違わず一緒で、そっくりです」


 そんな息ぴったりの様子に彼女は着物の裾で口元を隠しながらクスクスと上品に笑った。

 

「まだそれほど付き合いがあるわけじゃないんだがな」

「一ヶ月経ったくらい、でしょうか? でも、なんだか僕は嬉しいです」

「ああ、うん。そうか。キルシェットが良いなら別にいいさ」

 

 キルシェットの笑みと共に向けられる好意の言葉に、歯切れの悪い返事を返しながらタツミは顔を背ける。

 その態度に首を傾げるキルシェットだが、オイチには彼の行動の意味が理解できた。

 

「あらあら。タツミ様、照れてらっしゃいますね?」

「……勘弁してくれ、オイチ」

「??」

「うふふ」

 

 見透かされた事の気恥ずかしさで、タツミは赤くなった顔を手で隠しながら空を見上げる。

 やり取りの意味が理解できずに首を傾げながら疑問符を浮かべているキルシェット。

 そんな2人の様子を微笑ましそうに眺めるオイチ。

 街の殺伐とした様子とは正反対の穏やかな空気が3人の間に流れていた。

 

 

 それを『隙』と見たのか、彼らを監視していた者たちが動き出す。

 狙われたのはオイチだ。

 冒険者である2人よりも如何にも箱入り娘といった風情の彼女の方が組し易いと思われたのだろう。

 しかしその判断は大きな誤りである。

 襲撃者たちは彼女が戦場を駆け回った事もあるという事を知らないのだ。

 大の男数人を薙刀を巧みに使って文字通りの意味で薙ぎ払っていた事など想像もしていないのだ。

 実力者ならばわかる彼女の隙の無い所作に、この者たちは気付かなかった。

 

 オイチを狙う者たちの実力がタツミには理解できた。

 

「(とはいえわざわざオイチの実力を相手に教えてやる必要もない)」

 

 狭い路地故に使用できる武器は限られる。

 だからタツミは刀を抜こうとはせず、徒手で後ろから迫る5人に突っ込んだ。

 キルシェットは前方から迫る3人を小振りのナイフを片手に待ち構えている。

 

 武器も構えず突っ込んでくるタツミの姿に動揺したのも一瞬。

 襲撃者たちは2人がそのままタツミに突っ込み、他の3人はその場で足を止めた。

 前衛同士が接触する。

 タツミの胸目掛けて振り下ろされる2本のナイフ。

 それらを両手の甲で身体の外側に弾き、勢いそのまま握り拳を2人の襲撃者の顔面に叩き込む。

 綺麗に入ったカウンターが男たちの身体を水平に吹き飛ばした。

 

 返り討ちにされた仲間に動揺する素振りを見せず、後ろに控えていた3人はタツミ目掛けて投げナイフと球形の物体を投擲する。

 

「(ナイフは毒付き、丸いのは……煙幕か!!)」

 

 奴らの狙いはぶれずオイチに向いていた。

 タツミの意識を釘付けにし、彼らのアキレス腱だと思われる彼女を奪う。

 その為に仲間2人を犠牲にした。

 

 危なげなくナイフを躱す。

 導火線に火がついた状態の複数の煙玉に手をかざした。

 

「『真空波』!!」

 

 威力を調整した風の奔流が掌から放たれる。

 煙幕の導火線が切り裂かれ、爆発する事がなくなった球体を投げつけた者たちに跳ね返す。

 

「はぁあああ……!!」

 

 気合の一声と共にタツミは地を蹴った。

 あっという間に煙玉を追い越し、次のナイフを構えていた襲撃者たちに肉薄する。

 

「っ!?」

 

 一瞬のうちに自分たちの間合いを侵略したタツミに声無き悲鳴が上がる。

 しかし何か行動を起こそうと彼らが身体を動かすよりもタツミが攻撃する方が遥かに速かった。

 正面の敵の鳩尾に右拳を叩き込む。

 くの字に折れ曲がった男は口から息と胃液を撒き散らしながらふわりと宙に浮き上がった。

 

 タツミはその場で右足を軸に後ろに半回転、彼から見て右にいた相手の横腹に後ろ回し蹴りを仕掛ける。

 動揺からは立ち直れずとも反射的に身体が動いたのか、襲撃者は蹴りの軌跡に自身の両腕を挟むことに成功した。

 しかし防御した両腕ごと彼の身体もまた水平に吹き飛ばされてしまう。

 踏ん張りなど意味を成さなかった。

 

 蹴りを食らった男が壁に激突する轟音。

 同時に宙に浮いていた男が地面に倒れ込む音。

 瞬きする間に仲間が次々と倒され、余りの実力差に最後の1人は思わず後ずさる。

 判断その物は賢明だったが遅かった。

 顔面に迫る拳が見えたのは一瞬。

 次の瞬間、頭部を貫く衝撃に彼の意識は吹き飛んだ。

 

 

 

 キルシェットは近づいてくる3人を前に使い慣れてきた気配遮断を行う。

 勿論、タツミのようにコマンドとして実行するのではなく感覚的な実行。

 

「(意識を落ち着けて、息を潜めて、身体に入れる力は最小限に……周囲に溶け込むイメージ)」

 

 襲撃を受けている状況で平静を保つ事は難しい。

 しかし常日頃から冷静である事を意識して保つようにし、魔物の襲撃の間も常にそれを念頭に置いていた彼はある程度の平静を維持できるようになっていた。

 

「……消えた!?」

 

 相手には目の前でキルシェットの姿が消えたように見えたのだろう。

 実際はその場から動いてもいない。

 視覚ではなく敵の意識から自身の存在を遮断させる力。

 キルシェットは自身の素早さを活かし、腕力の無さを補う強力な力を自分の物にしつつあった。

 敵の背後に回りこみナイフの柄を首筋に叩き込む。

 うめき声を漏らしながら襲撃者の1人は倒れ込んだ。

 

「「っなに!?」」

 

 彼らの視線が倒れた人間に集まる一瞬。

 持ち前の素早さで次の標的の背後に回る。

 

「させるか!」

「っつ!? (気付かれた!?)」

 

 しかし今度はキルシェットが攻撃態勢に入る前に背後を取った襲撃者に気付かれてしまった。

 僅かに漏れた攻撃の気配を敏感に感じ取ったのだろう。

 一筋縄ではいかない相手の様だ。

 

 振るわれた腕、その手に逆手で握られたナイフがキルシェットに迫る。

 思わず飛び退き、その攻撃を避けると襲撃者2人の視線が彼に集中した。

 

「目の前にいて見失うとは芸達者なガキだな。正直、甘く見てたぜ」

「だが種が分かればどうって事ねぇ。覚悟しな」

 

 子供を相手にしているという驕りや油断は彼らの心から消えていた。

 しかしそうしてキルシェットに意識を集中させたのは彼らにとって重大な失敗だった。

 なぜならこの場にはタツミとキルシェットの他にも戦える人間がいるのだから。

 

「えい」

 

 襲撃者たちの背後でボフンという音と共に濃い藍色の煙が上がる。

 彼女のトレードマークと呼べる着物を煙の中に紛れ込ませ、一時的にでもその安全性を確保する為にとトラノスケとその臣下たちが作った特性の煙玉だ。

 

「うぉっ!?」

「煙幕!? だがあいつらのじゃねぇぞ!!」

「えっ!? 何がっ!?」

 

 キルシェットも襲撃者たちも混乱させたその煙を巻き起こしたのは勿論オイチである。

 

「油断大敵、ですね。『土縛・急々如律令』」

 

 青い煙に紛れて放たれた霊符。

 襲撃者たちの足元に張り付いた符に封じ込められた力が彼女の言霊によって発動する。

 地面が粘土のように柔らかく変化し、彼らの足首までを覆い尽くす。

 纏わり付いた地面は彼らの足を捉えたまま硬化、彼らは棒立ち状態になった。

 

「あ、足が!?」

「う、うごかっ!?」

 

 その隙を逃さずキルシェットが2人の意識を刈り取る。

 青い煙は風に巻かれて既に消えており、微笑を浮かべたままのオイチがキルシェットに近づいてきた。

 

「キル君。お疲れ様です」

「あ、まだ油断しちゃ駄目です! まだ2人、こっちの様子を見てる人がいるんですから!!」

「あらあら。大丈夫ですよ、彼らはもう意識を失っていますから……」

 

 キルシェットが危惧していた者たちは、頭上から飛んできた鳥の式神によって放たれた符によって意識を刈り取られていた。

 

「あの時にそんな事までしてたんですか!? オイチさんも凄いんですね」

「あらあら。キル君もあんなにも身体が大きい方を一撃で倒されたではありませんか。充分凄い事ですよ?」

「あ、ありがとうございます」

 

 2人が談笑している所にタツミが走り寄ってくる。

 

「騒ぎを聞きつけて国の方の連中が来た! さっさと逃げるぞ!!」

 

 キルシェットを右腕で俵抱きに、オイチを左腕で脇に抱えるようにして彼は全速力で駆け出した。

 

「うわわわっ!? タツミさん!! 僕、自分で走れますよ!!」

「悪いが余裕がないんでな! しばらく我慢してくれ!」

 

 甲冑の重さなど感じさせない軽快さで狭い路地に入り込む。

 その速度が自分には出せない物だとわかったキルシェットは渋々ではあるが黙り込んだ。

 

「あらあら。なんだか懐かしい気持ちになりますね」

「ああ、そういえばあっちではお前をこうやって運んだ事がかなりあった、な!」

 

 路地から路地へ軽業師のような身軽さで跳躍する。


「目立ち過ぎたな。どこかで腰を落ち着けられればいいんだが……」

「狙われてる僕たちが隠れられるような場所なんてあるんでしょうか?」

「……一応、心当たりはある。他に候補もないしそこに行ってみよう(前に泊まろうとして襲撃された宿なら……盗賊ギルドの動きについて情報を得られるかもしれない)」

 

 ステータスの職業が『盗賊ギルド長』と表示された女性を思い浮かべ、タツミは走る速度をさらに早めた。

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