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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第三章
31/208

旅の道連れ、増える

「ではまず私たちが何故ここにいるのか、という事をお話しますね」

 

 ヤマトの文化に不慣れなキルシェットに玄関先で靴を脱ぐ事を教え、客間に通される。

 なぜかある畳の床に戸惑うキルシェットを宥めながら出された座布団の上に座った。

 トラノスケが人数分用意した木製の盆の上ではお茶が湯気を上げている。

 

「ではまず改めて名乗らせていただきます。私はオイチ。こちらでは異大陸と呼ばれているヤマト大陸にある小さな国で姫として過ごしていた者です」

「ヤマト統一まであと少しというところまで行った男の妹のどこが小さな国のお姫様なんだ? まったく」

「うふふ、私自身はそう大した事はしておりませんので。それにイエヤス殿に任された国は分相応の小さな国でしたから嘘ではありませんわ」

 

 『オイチ』。

 かの織田信長の妹である『お市の方』を元として作られたゲームイベントキャラである。

 あちらの世界の史実と異なり、彼女はノブナガという兄の死後にイエヤスを頼り、彼の庇護の元で生活していた。

 タツミはヤマトにいる頃、仕えていたイエヤスを経由して一時期彼女の屋敷で過ごしていた。

 彼は最初、子供のように異国の話をせがむオイチに世間知らずのお嬢様といった印象を抱いていた。

 しかし彼女は有事に薙刀やヤマト独特の魔法技術『陰陽術』を操り、率先して民を守る為に戦う男顔負けの女傑だった。

 見た目の美しさとは裏腹に猛々しい豪胆さを併せ持つ正に『戦姫』と呼べる人物である。

 

「俺の名前はトラノスケ。オイチ姫に仕える傍仕え…こっちで言うところの騎士? 侍従? まぁそんなもんをやってる。タツミ殿が行方不明になったと聞いて探しに行くと言って聞かないこの姫に同行してきた。他にも何人か部下がいるんだが今はちょっと出かけてる。そっちは追々紹介させてもらうぜ」

 

 『トラノスケ』。

 甲賀流忍術の忍『青山虎之助』を元にしたオイチの護衛だ。

 ゲーム上ではオイチ同様イベントでしか出てこない為、能力の詳細は不明とされていた。

 タツミはオイチと関わるようになってから彼とも知り合い、戦友として友情を育んでいる。

 忍者である事を隠し、あくまで護衛としてオイチの傍にいるがその正体を知らない人間はいない。

 その技術はとても高く、さらに戦闘技術以外にも家事全般をもこなす事が出来るスーパー家政夫でもある。

 

「お姫様と、その騎士様? え、あ……あ、えっとキルシェット・レガナ、です。タツミさんとは一緒に旅をさせていただいています。ぼ、冒険者です。よろしくお願いします」

 

 2人のやんごとなき身分に、ガチガチに緊張しながら自己紹介を返すキルシェット。

 その様子にオイチは微笑み、トラノスケは同情するような視線を向け、タツミは苦笑いを零した。

 そして全員の視線が自身に集まったのを合図に今度はタツミが口を開く。

 

「俺の事はどっちも知ってるから自己紹介は省略する。それで、だ。さっそくだが状況を整理したい」

 

 タツミが自己紹介をしないのが不満らしくオイチが責めるようにじっと彼を見つめる。

 しかしタツミはそんな彼女の様子など知った事かと言わんばかりに話を進めた。

 

「俺はヤマトからグラムランドに戻る時、イエヤスが用意してくれた船に乗せてもらった。その後、気がつけばグラムランド南の大陸に打ち上げられてたんだ。俺は船に乗っている間、何があったのか覚えていない。まずそこについてはっきりさせたい」

 

 タツミの言葉にヤマトから来た2人は一瞬驚くもすぐに真剣な表情になり、自分たちが知る情報を公開する。

 

「私たちは航海の途中、突然海から浮き上がるように現れた黒い靄を迎撃しようとしたタツミ様が靄に飲み込まれ海に消えてしまったと聞いています」

「その時の船は送り届けるはずの客人が消えてしまった為にヤマトにとんぼ返りしています。イエヤス様や俺たちは戻ってきた彼らにその情報を聞きました」

「……(黒い靄、また瘴気か? しかしそんな物に飲み込まれて海に落ちたというのに俺はこうして無事だった。いや瘴気に飲み込まれた事であの『真っ白い空間』に行くことが出来たのか?)」


 2人の証言にタツミは眉間に皺を寄せて考え込む。

 

「で、姫様はいても立ってもいられずご自分で船を手配して荷物をまとめて俺も含めた少数の護衛引きずってこっちに来たんです。まったくあの時の姫様の手際の良さには驚きました。俺らが止める暇なんてありませんでしたからね」

 

 その時のオイチの様子を思い出したのか、トラノスケはげっそりとした表情を浮かべながら補足する。

 

「……また無茶な事をしたのか? 少しは自重しろ、オイチ」

「そう言われましても。私にとって初めて出来た殿方の友人が行方不明になったと聞かされて、何もしないというわけにはいきませんわ」

「心配してくれるのは嬉しいんだ。ただもう少しやり方を考えてくれ」

 

 米神を押さえながらため息をつくタツミ。

 口を尖らせて不満を露わにするオイチを見つめてトラノスケは処置なしと首を横に振った。

 

「しかし黒い靄か……キルシェット、どう思う?」

「安直だと思いますけど、瘴気ではないかと思います。これまで2回も関係する事件に関わってきたせいで黒い何かと聞くとどうしても瘴気を連想してしまいますから」

「俺もそうだ。こうも縁があるとやっぱり最初にあれである可能性を考えてしまう。とはいえその時の事を俺が思い出せない以上、確証が得られないな」

 

 キルシェットと2人で唸るように考え込んでいるとオイチが小首を傾げながら疑問の声を上げる。

 

「タツミ様。その瘴気という物は一体なんなのでしょうか?」

「俺も気になりますね。どうにもタツミ殿たちと浅からぬ因縁がありそうですし」

「そうだな。もしかしたらお前たちも遭遇するかもしれないし、前情報無しだと相手をするのは骨が折れる。教えておこう」

 

 タツミが彼女らに教えた情報。

 黒い靄のような物を瘴気と呼称している事。

 瘴気は魔物に取り付き、その能力を様々な形で強化する事。

 瘴気は魔物の強化内容に関わらず光属性の攻撃が有効である事。

 そして瘴気は謎の建造物である窓の無い塔から噴出するように出てくる事。

 

「タツミ殿。あんた、こっち戻ってきても厄介事が寄ってきてるんですか?」

「はっきり言って不本意なんだが(俺の今の状況も含めて、な)」

「まぁそうでしょうねぇ」

 

 眉間を揉み解しながら大きなため息をつくタツミに哀れみ半分同情半分の言葉を送るトラノスケ。

 

「そのような危険な物がこちらの大陸にはあるのですね……」

「言葉だけじゃ上手く伝わらないかもしれないがかなり厄介だぞ。単体では大した事が無いはずの魔物が瘴気に取り憑かれただけでこっちの腕利きを殺せるくらいの力を得るからな」

「それは……私が考えている以上に脅威ですね」

「おまけに瘴気の情報はどういうわけか国とギルド上層部が今までずっと隠していた。ギルドでそれなりの権力を持っている友人が動いたお蔭である程度の情報は引き出せたが、綺麗な形で解決するには情報が足りない、というのが実状だ」

 

 トラノスケはタツミが説明を続けていく内にオイチの表情が決意に満ちていく事に気づき、今度は何をするつもりだと顔を引きつらせた。

 

「タツミ様。貴方はその瘴気を追うつもりですか?」

「個人的な都合もあるが……アレの被害も目の当たりにしているんだ。放っておくつもりはないさ」

 

 オイチは彼の言葉に薄く微笑むと真っ直ぐに彼の目を見据えこう告げた。

 

「相変わらずの心強いお言葉、安心しました。ですが貴方を守る人間も必要だと思います。私とトラノスケを同行させてはいただけませんか?」

 

 その言葉にタツミは驚き半分、納得半分といった表情で米神を押さえた。

 半ば予想していた言葉だったからか、トラノスケはおどけるように肩をすくめるだけだ。

 自身の主たる姫を止めるつもりはないらしい。

 キルシェットはタツミとオイチの顔を交互に見つめて困惑した顔だ。

 

「この大陸の事は、お前たちには関係ない事だぞ? 仮にも一国の姫がそんな物に首を突っ込むのか?」

「国はこちらに来る前にイエヤス様に返還致しました。今の私はただ生まれが良いだけの元姫です」

「はっ? ……おい、本当か? トラノスケ」

 

 諦めさせようとした言葉に予想外の言葉を返され、タツミは驚きに目を瞬かせる。

 オイチが国も関わるような事柄で大事になるような嘘をつく人間ではないと知っているタツミだが、それでも思わずトラノスケに確認してしまった。

 トラノスケはその時の事を思い出したのか重いため息を吐き出すとタツミの問いかけに頷いて答えた。

 

「ええ、信じられない事に。というかこれに関しては姫、今回の件よりもかなり前からイエヤス様に相談してたみたいです。で、イエヤス様もオイチ様に自由に生きて欲しいと思ってたみたいで……快諾しちゃったんですよ」

「あいつ……いやまぁヤマト側に問題がないなら、俺が反対する理由は無いが」

「うふふ、では今後ともよろしくお願いしますね。タツミ様、きるしぇっと様」

 

 三つ指をついて静かな所作で頭を下げるオイチ。

 完全に彼女のペースで話が進んでいる事に微妙な表情を浮かべながらもタツミは肯定の言葉を口に出す。

 

「わかった。実際、お前とトラノスケは頼りになるしな。よろしく頼む」

 

 キルシェットも彼に続いておどおどしながらも頭を下げる。

 

「あ、あの……そ、その、よろしくお願いします。あ、でも様付けなんてしなくていいです。よ、呼び方も言い辛そうですから呼びやすい呼び方で全然構いませんから」

「あら、そうですか? ではキル君、って呼びますね」

「は、はい!!」

 

 タツミは2人のやり取りをトラノスケと一緒に一歩離れた所から眺めていた。

 

「ははは、さすがは引く手数多と言われる戦国一の美女。さっそくキルシェットが虜になったな」

「そうですねぇ(いやあの人自覚無いけどあんたにぞっこんだから他の男って友人以上に見てないんですけどねぇ。野暮だから言いませんけど)」

「ん? どうした、トラノスケ? 何か言いたそうな顔してたが」

「いえいえ。なんでもないです(この人もなぁ。厄介事に振り回されてるせいで余裕がないから恋愛事に関しては微妙なんだよなぁ。出来れば横槍なんて入れたくないんだけど、姫様の為にもせめて気持ちには気付いて欲しいんだよなぁ)」

 

 今後の主の前途多難な恋とその想い人の動向を考え、トラノスケはどうしたものかと頭を掻く。

 しかしその口元は苦労する事が決まったというのに、楽しそうな笑みの形を作っていた。

 

 こうして多少のどたばたはあったが、彼らの先の見えない旅に新しい仲間が加わる事になる。

 

 

 

 場所は変わり、フォゲッタのギルド長執務室。

 

「ふぅ。ようやく全ギルドへ瘴気の情報が通達されたか。まったく上層部の動きの遅さには苛々させられるな」

「こちらをどうぞ。甘い物でも飲んで少し落ち着いてください」

 

 普段の三割り増しに鋭くなった切れ長の瞳で報告書類を睨みつけながら毒づくギルフォード。

 そんな彼の元にカフェオレを入れたカップを置きつつ諌めるのは秘書官のミストレイだ。

 

「ふむ、ありがとう。……しかし瘴気の事もそうだが、ガレスもなにやらきな臭くなっているな」

 

 彼が読み進めている報告書は国境の街『ガレス』にある正規ギルドからの物だ。

 全てのギルドに対して一斉に送られているその報告書には『東国所属の人間と南国所属の人間の諍いが加速度的に増えている事』、『盗賊ギルドの活動が活発化してきた事』、それらの影響か『一般市民が襲われる事件が増えている事』が記載されていた。

 ガレスのギルドにいる人材だけではこの事態を収拾する事が出来ない為、増援を要請する文書も別途で送られてきている。

 

「ギルドの介入が困難な程、混迷した状況。表面化していないが未だに燻っている国同士の争いの縮図。真っ先に傷つくのは渦中にいる者たちではなく関係の無い市民。相変わらずふざけた流れだ」

「ですが増援と言われましても……表立って行動を起こせばガレスで暗躍している者たちを刺激する事になります」

「ああ。正式にクエストの依頼を出すのは無理だろう。恐らく他のギルドはそれを理由に増援を送らないはずだ。触らぬ神に祟り無しと考えてな。我々もこの要請については同じ回答を送るつもりだ」

 

 豪奢な執務椅子に背中を預けながらギルフォードは言葉を続ける。

 

「しかし秘密裏に増援は送る。こちらの手の者だと悟らせずに打てる手を、な」

 

 彼は鍵を閉めていた引き出しを開ける。

 厳重に保管していた水晶を取り出すと、ミストレイもギルフォードが何をしようとしているのかを理解したようだ。

 

「タツミさんにお願いするのですか?」

「甚だ不本意ではあるが、な。そろそろウインダムアに到着した頃だろう。そこからならガレスはさほど遠くない。こちらから使える人材を送り出すよりもずっと早くガレスに到着できる。フォゲッタとは国境を挟んで逆方向であるサレートからガレスに入れるというのも良い。私とタツミが遠くにありながら連絡を取り合えるという事実はほとんどの人間が知らない。このアドバンテージは不意を打つのにまさに絶好と言える。これを使わない手は無い」

 

 ミストレイに説明するというよりも自分を納得させるようにタツミの状況の利点を語ると、ギルフォードは不満そうに顔をしかめたまま念信球に魔力を込める。

 

「奴に借りを作る事になるな」

 

 友と認識している男を頭に浮かべながら彼は念信球から応答が返ってくるのを待った。

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