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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第一章
3/208

目覚めた場所と二つの人生

 潮の匂いと、穏やかな波の音で彼は目を覚ました。


「っ!?」


 勢いよく上体を起こし、周囲を見回す。

 彼が気が付いた場所は砂浜だった。


 雲一つない青空と太陽の光を反射する綺麗な海とじりじりとした熱気を放つさらさらとした浜辺。

 彼は自宅はおろか室内ですらありえない目の前の光景を呆然と眺めた。


 およそ一分ほどそうしていたところで彼は頭を振って気を取り直し、自分の事を確認し始める。

 打ち上げられたような状態で仰向けに寝ていたのだが、服が海水で濡れているという事はなかった。

 横になっていた為にくっついていた砂はカラカラに乾いている為、手で払うだけで簡単に落ちていく。


 そして、やはりと言うべきか。

 彼の身体は直前までやっていたゲームのプレイヤーキャラである『タツミ』の身体になっていた。


「(ああ。うん、わかってた。あのよくわからない空間で『タツミ』と話して、あいつの手を握った時からなんとなく『こうなるんだ』って事は)」


 有り体に言えば、今の彼はタツミと融合している状態になっていた。

 あの真っ白な部屋で意識を失った時に感じたお互いの意識が混じり合っていく未知の感覚が彼の脳裏に過ぎる。

 不思議と、その時の感覚に対して恐怖や不快感は感じなかった。


 今も身体的に違和感は無い。

 歩く、走る、跳ぶなど思いつく限りの基本動作を試してみたが、タツミの身体は彼の思う通りに動き、その身体の動きに彼自身の反射神経もついていける事がわかった。


 違和感があるのは頭の、正確には『記憶』だ。

 今の彼には『タツミ』がこの世界でどうやって過ごしてきたかの記憶がある。

 しかし同時に向こうの世界で過ごしてきた二十数年の記憶もあった。


 まるで別の人生を並行して生きてきたように、人生の記憶が二種類あるという異常な状態。

 試しに向こうの世界の記憶を適当に引っ張り出してみる。

 

「(成人式に出た時に興奮して暴れて取り押さえられた馬鹿は15人。そのうちの4人は大学の同期だったから俺たちが止めたな)」

 

 懐かしくも印象深い思い出に思わず苦笑いをする。

 次に彼はタツミとしての記憶を引っ張り出した。

 

「(生まれ育った村を出たのは13歳。父親の形見だった剣で戦っていた)」


 何の違和感もなく、剣を取って常識外れの魔物と戦っている記憶も思い出す事が出来た。

 思い出した記憶に対して頭痛を感じる事も無い。

 先ほどの成人式の思い出のようにすらすらと引き出せた上に、その記憶が『自分の物』であると認識していた。


 その事に違和感を覚える。


「(融合したんだって思っていたけど改めて分析してみると『元に戻った』って感覚の方が強いかもしれない。けど二重に記憶があるって言うのは……なんで俺はこんなにも落ち着いていられるんだ?)」


 両方の記憶が彼自身の物だと言う事は直感的にわかった。

 そして彼には今、両方の生活で培われた感性が頭の中に入っている。

 理屈抜きに『そういう物だ』として受け入れられており、今も冷静に自分の事を分析出来る程に落ち着いている。

 だからこそ自分が『ありえない事を当たり前の事だと受け入れている』と言う矛盾した状態になっている事にも気づいていた。


 記憶を思い出せば懐かしく感じる。

 どちらの自分も正しく『自分』なのだという意識が記憶を掘り起こす度に強くなっていく。


 彼自身、今の状況について全て飲み込めたわけではない。

 わからない事は沢山ある。


 彼がこの世界の『タツミ』であるのなら、なぜあちらの世界に『自分』がいたのか。

 あちらの世界にいた自分とタツミを繋いだと思われるあの白い空間はなんだったのか。

 何故、今こうして『一つ』になったのか。

 何故、この世界に来たのか。

 

 疑問は挙げればキリが無い。

 しかし。


「あっちの世界で生きてきた俺は間違いなく存在した」


 自分に言い聞かせるように呟く。

 両親に愛され、遊び、勉強し、仕事をしてきた自分は間違いなく存在するのだ、と。

 しかし同時にこちらの世界で鍛錬し、冒険し、魔物を倒してきた自分も存在するのだ。


 そして今の彼は二つの人生の記憶を持ったまま、この世界『The world of the fate』にいる。


「あ~……うん。やっぱり何がどうなっているのかさっぱりわからないな」


 不自然な程に落ち着いた頭で状況を整理すべく思考を巡らせ、タツミは何度目かの独り言を呟いた。



 唸り声を上げながら考え込んでいた彼は立ち上がった。

 このままじっと考え込んでいてもどうにもならないと判断したのだ。


 冒険者として過ごしてきた記憶を持っている彼は、何もない場所で野宿する事も可能だ。

 しかしあちらの世界でごく平凡な社会人として生活してきた記憶から野宿への忌避感もあり、出来れば宿に泊まりたいというのが本音である。


「(それに魔物に襲われないとも限らないし、な)」


 タツミは自分の状態を客観的に分析し、もしも魔物が現れた場合でも対処する事は可能だと考えている。

 だが可能ならば戦いに類する行動を回避したいとも考えていた。

 自分の置かれた状況が不透明すぎる事から、何がどう自分に不利に働くかわからないからだ。


「この風景は確か……南の国『グランディア』か」


 タツミとして生きてきた記憶の中に今見ている風景があった事から彼は、この場所がどこかを正確に把握する事が出来た。


 大陸の南に位置し、もっとも大きな領土を持つ国グランディア。

 その国の中で特にリゾート地として貴族や王族がお忍びでやってくる事もあるという街『フォゲッタ』付近の浜辺。


「……何をどうすればいいかさっぱりわからないが、動かない事には始まらない」


 MMORPGをやり始めてから格段に増えてしまった独り言をしながら彼は立ち上がり、フォゲッタを目指して歩き出そうと一歩を踏み出す。

 と同時に。

 頭の中にサイコロが現れ、『3』を出した。


「はっ?」


 予想外の出来事に彼は思わず間抜けな声を上げる。

 タツミとして鍛え上げてきた身体能力を使う事も出来ず、彼は砂に足を取られて頭から浜辺のサラサラとした砂の中に突っ伏す羽目になった。




 不意打ちと言ってよい出来事から数分。


「……マジか」


 いきなりの事でしばらく突っ伏した状態で呆然とした後。

 タツミは砂まみれになった頭を波打ち際に突っ込む事で洗い、砂浜にあった座りやすそうな岩に腰を下ろして頭を抱えていた。


「まさかゲームシステムのはずのダイスロールシステムが、『この世界』でも有効になっているなんて」


 タツミの過ごしてきた記憶の中では、この世界でこのシステムが働いた記憶はない。

 つまりあちらの世界にいた『彼』という存在が、こちらの世界に来た事で何らかの影響を及ぼした結果だと考えられた。

 手元にある数少ない情報からではそうとしか考えられないとも言える。


「とりあえず思いつく限りのゲームシステムを試そう。何が起こるかわからないし、認識してるかしていないかで突発的な事態に対処できるかどうかの確率が変わってくる。まずは……」


 顎に手を当てて考え込む。

 彼は周囲に被害を及ぼす事なく確認できるだろうシステムに目星を付けるとさっそく検証を始めた。


「ステータス……」


 声に出して呟くと彼の頭の中に見慣れた画面が浮かび上がる。

 コントローラーを操作する様子をイメージし、詳細を確認するように念じる。

 すると彼の思い通りに画面が切り替わった。


 名前、職業、装備、スキル、称号、アイテムリストが項目として表示される。

 さらにアイテムリストをクリックするイメージを思い浮かべる。

 持っている武器、アイテムの中身までもが彼の頭の中に表示された。

 それらの状態は全て『運命神の試練場』を攻略していた時の物と同じ状態だった。


「(試しに装備を変更してみるか)」


 装備の項目から今の装備品である刀を選択、アイテムリストに入っている武器と交換する。

 すると腰に佩いていた刀が光と共に消え、同じように光ったかと思うとタツミの右手には交換した武器である火縄銃『鬼殺し』が握られていた。

 手に馴染む重さとこれで戦ってきたタツミの記憶による実感によって、手にある武器が『本物』だと言う事がわかる。


 この鬼殺しはタツミがかつて漂流した末に辿り着いた異大陸『ヤマト』で入手した武器だ。

 日本の歴史で語られている火縄銃とは威力が異なりもっとも弱い一撃ですら岩を粉砕する事が可能。

 ただし放つ弾丸の種類を問わず、周囲に轟音を響かせるのでとても目立ってしまう。

 ヤマトでならば火縄銃は珍しい物ではないが、今いる場所はグラムランドだ。

 他に類を見ない騒音に引き寄せられる生き物がいないとも限らない。


 なので性能を確認する為の試し撃ちはせず、火縄銃は再びアイテムリストに仕舞い込む。

 タツミは刀を再び装備し、武器の確認に一区切り付ける事にした。


「次は……」


 スキルの項目を操作し、詳細を表示する。

 八種類の職業をマスターする事でとても小さくなっているスクロールバーをゆっくり下に下げていく。

 ざっと目を通す限り、彼がゲーム内で覚えたコマンドスキル(プレイヤーが任意で使用できるスキル)の名前が確認できた。


 確認できた盗賊系コマンドスキル『鷹の目』を選択、目の前に広がる海を眺める。

 すると10数キロ離れていると思われる程に遠くで漁をしている船が見えた。

 その船員たちの顔や動きを粒さに確認する事が出来た事からスキルが正常に使用できる事を確信する。


「コマンドスキルは意識すれば使える。装備の切り替えもゲームの感覚で可能。……スキルはともかく装備の方はタツミの記憶だと普通に持ち歩いていたからゲーム側の恩恵、だよな? ……これは人前じゃやらない方がいいな。絶対に悪目立ちする」


 指折り数えてわかった事を挙げながら、彼は方針をまとめていく。


 続けて彼は『職業変更』を試す事にした。

 ステータス画面から職業を選択、今の職業である『大将軍』を『武道家』に変更する。

 すると武器を変更した時と違い、タツミの身体全体が光った。

 そして瞬く間に光は収まり、その服装は白に青のアクセントが入った胴着に変わっていた。

 こちらの世界はゲームと違い、一度転職するとスキルや能力こそ引き継ぐが前の職業に戻る事は出来ない。

 タツミとして過ごしてきた記憶で彼にはそれが分かっている。

 この事からこれもゲーム側の恩恵になるのだろうと結論付けた。


「これも人前ではやらないようにしよう。普段は……何が起こるかわからないから自衛を考えて基礎能力値が高くて使いやすい大将軍にしておくか。格好が目立つのはこの際、仕方ない」


 ぶつぶつと呟きながら、しかしすぐに職業を戻す事はしない。

 大将軍用に持ち歩いている装備、鈍い赤色の甲冑を着るのは気温が高い上に燦々と降り注ぐ太陽の下では非常に蒸れるのだ。

 有事ならともかく、今はタツミの周りに魔物はいない。

 盗賊系パッシブスキル(覚えると自動発動するスキル)『気配察知』で、人であれ魔物であれ何か近づいてくるモノがいれば感知する事が出来る。

 つまり人目を気にする必要は無い。

 わざわざ暑い場所で暑苦しい装備を着る意味はないのだ。


「あとは実際の力の確認、か」


 ゲームシステムがこちらで使えると言う事実は彼にとってもこの世界の住人にとってもイレギュラーなものだ。

 今の所、ダイスロールシステム以外は彼に不利益な物はない。

 しかし他にも無いとは限らない。

 しっかり検証しておくべきだと考え、再び思考を巡らせる。

 この世界の住人に出来ない事が出来る以上、言動や行動も慎重に考えなければならない。

 思い付く限りの事を行っておくべきで決して後回しにしてはいけない事だ。

 彼とこの世界に住んでいる他の住人との間にある認識の差異が問題を引き起こす可能性は充分にあるのだから。


「はぁ……前途多難だ」


 何をするかも決まっていない上に、彼がやらなければならない事は多い。

 しかしこのまま誰もいない場所で悩み続けても状況は変わらない。


「(とりあえずは武道家のスキルを軽く確認しておこう)」


 MPを大量に消費するスキル、いわゆる『大技』はその威力の高さ、ゲーム時で言うところのエフェクトの派手さ故に目立ってしまう。

 今は周囲一帯に人がいないとはいえ、火縄銃と同様にこんな場所で使用する事は出来ない。


「(ダンジョンなんかでモンスター相手に実戦する方が確実だろうな)」


 彼は試す為の場所、この国にあるダンジョンを思い浮かべて候補地をまとめる。

 一先ずの今後の行動に目星を付けて立ち上がり、その場で深呼吸を一つして気持ちを切り替えた。


「始めるか」


 タツミは手頃な岩を前に拳を握り締めて構えた。




 それからおよそ一時間かけて、タツミは武道家としての自身の能力を確認した。


 結果は良好。

 思い通りにコマンドスキルを扱う事ができ、その効果もゲームで使っていた時と同じ物だった。

 現実に起こる事象としてもこちらで生きていた記憶の物と差異は見られない。

 よってスキルの使用については問題無いだろうと判断する事が出来た。

 

「(これなら、たぶん大技についてもゲームと同様の効果が起こるんだろうな。少なくとも大きな変化は無い……はず)」

 

 現在は職業を大将軍に戻し、海岸沿いに整地された道を歩いている。

 武士甲冑を身に纏い、兜のみ外して腰に下げている状態だ。

 

 兜だけをアイテムリストに入れてしまう事も考えたが、そうするといざと言う時に人目を気にしながら装備しなければならないという事になる。

 一度の油断で取り返しがつかない事になりかねないこの世界で、そんなタイムラグが発生する真似は出来ない。

 だから彼は多少、嵩張っても取り回しの良い場所に置いておく事を選択した。

 いずれどこかでボロが出る可能性はあるが、なるべく目立つ事は避けたいという考えがあった。

 期せずして手に入れてしまったこれらの特殊能力の使用には気を遣わなければならない。

 彼自身が何度も自身に言い聞かせている事だが、ステータスを見る能力やそれに付随するアイテムの瞬間交換などはこの世界には無かった物なのだから。


 こちらの世界での生活常識に則って行動すればいい話なのだが。

 なまじ楽が出来る方法があり、そんな選択肢が増えてしまうと考える事は増えてしまうだろう。

 そして人間ならば、ついつい楽が出来る方に物事を考えてしまう事も多い。

 上手く自分を律しなければ、余計な厄介事に巻き込まれる可能性が高かった。


「記憶が確かならそろそろ……ああ、見えてきた」


 まだ距離があると言うのに、タツミには人が作り出す喧噪が伝わってきていた。

 冒険者として鍛えられたタツミの感覚が、あちら側の世界で生活していた時には考えられない鋭敏さで周囲の状況を感知しているのだ。

 馴染んでいる感覚があると言うのに、どこか慣れ切っていない違和感。

 今まで感じていた歪でちぐはぐな自分の中身を、彼はより強く意識した。



 この街『フォゲッタ』は元々、港町としてそれなりに栄えていた。

 他国との貿易の要として昔から人の出入りが激しかった事から、そこに目を付けた権力者がリゾート地として開拓したところ大当たり。

 街はさらなる発展を遂げ、今やグランディア南部の顔とまで言われる程に大きな街になった。

 しかし急成長を遂げた事から起こる貧富の差などの歪みもある。

 街民に知られていない隠れた所では厄介な事件も起きていた。

 

 冒険者として過ごしてきた記憶を手繰ってみればタツミ自身にも、何度か厄介事に巻き込まれ成り行きで関わった事があった。

 各地を放浪する旅をして過ごしてきたタツミにとって珍しいといえるほどに長期間滞在をした為、良い意味でも悪い意味でも彼にとってフォゲッタは思い出深い街と言える。



 そこまで記憶を引き出したところで彼はふと気づいた。


「……そういえば俺って身分証明出来るのか?」


 街に入るためには身分証明証を提示する必要がある。

 フォゲッタには外との仕切りとして街全体をすっぽりと包み込むように分厚い外壁が設けられている。

 そして三ヶ所の出入り口があり、それぞれが見上げる程に大きな門によって遮られているのだ。

 当然の事ながらそういう大きな街であれば警備も厳重に行われており、各門の脇には自警団の詰所が存在する。

 備え付けの詰所には門番が数人、彼らが3~4人1組になって街を訪れる者たちを検査し、怪しい動きがないかを監視していた。

 ある程度大きな街であればやって当然の防衛手段である。


 ゲームでは冒険者ギルドに登録する事で『ギルドカード』という身分証代わりの物を作成してもらい、それを門で提示する事で街へ入る事が出来る。

 こちらの世界でも同様で、冒険者になった時にタツミも作成してもらい、フォゲッタを初めて訪れる前には既にカードを所持していた。

 ゲームでは一度作ってしまえば同じ物を使い続けていられたのだが、こちらの世界では違う。

 こちらではランクが上がる毎にカードを作り直すのだ。


 タツミの冒険者ランクはA。

 Aランクはギルドで認定できるランクとしては最高位の物だ。

 下からF、E、D、C、B、A、Sのランクが存在し、Sランクのみ特殊で国に認められるような偉業を成し遂げなければならない。


 話を戻すがタツミは今、自身の身分を証明するギルドカードを持っていない。

 砂浜で色々と試している時にアイテムリストも確認したが、それらしい物は存在しなかった。


「……面倒な事になったぞ」


 街に向かっていた足を止めて彼は考え込む。

 身分証明も兼ねているカードを紛失したという事実は痛い。

 

「というかなんで装備一式あるのにギルドカードが無いんだ?」


 カードを守るという事は冒険者としての最初の義務と言っても良いほどに基本的で重要な事だ。

 そしてカードの再発行には代金の支払いが必要で、無くした事によるペナルティが課せられる。

 そんな物を無くすような出来事について覚えがないかタツミとしての記憶をまた探る。

 すると彼が思っていたよりも遥かに早く原因に思い当たる事が出来た。



 2年前、タツミは船で移動している際、大嵐に巻き込まれて乗っていた船が沈没。

 海に放り出された結果、異大陸『ヤマト』に漂流した。

 その時に持ち歩いていた物は装備もアイテムも何もかもを全て紛失してしまっていたのだ。

 両親の形見であった剣はもちろん、ギルドカードも一緒にである。

 

 そしてヤマトにはそもそもギルドは存在しなかった。

 何もかもを無くした状態だったが故に生活を安定させることを最優先に考え、タツミはカードを無くした事実をすっかり忘れてしまっていたのだ。

 なにせ先立つ物が何もなかった為、生きる事に必死にならざるをえない。

 村に出る魔物を倒したり、無法を働く浪人崩れを叩き潰し、世話になっている村の畑仕事を手伝い。

 彼が記憶を思い返すとタツミは本当に色々な事をやっている事がわかった。

 さらに腕が立つ流れ者などと噂され、地元の領主からのスカウトを受けてからは給金こそ良くなった物のタツミの忙しさはさらに増していく。

 そんな生活を2年も続けていれば、利用されないギルドカードの事など忘れていても仕方がないと言えた。


「(漂流からヤマトに流れ着くこの流れは俺がゲームでやっていた時の内容と変わらない)」


 ゲームでは語られなかった日々の生活についての記憶は彼の中にあるが、大筋の流れは変わっていない。

 しかしそこまで思い出したところで彼は気が付いた。

 あちらでの生活が一段楽した時、タツミはあちらでできた仲間たちの厚意により船を一艘貸し与えられ、グラムランドに戻る事になった。

 別れを惜しみながら船に乗り、出立した時の記憶はある。

 だと言うのに船の上で過ごしたその日の夜から、フォゲッタ近辺の海岸までの記憶が無かった。

 引っ張り出せた記憶によればタツミが小型船で眠りに付いた後、何の前触れもなく気が付いた時にはあの白い世界にいた。

 一瞬だったか、数分だったか、数日だったか、もしかしたら数年だったかもしれない時間をあの世界で過ごし、そして『自分』と出会っている。


 眠った後のタツミに一体何があったのか。

 謎がまた一つ増えた。


「思考が逸れた。……ギルドカードについてはどうしようもないな。無くした事を正直に言ってギルドに確認してもらうのが妥当か」


 止めていた足を再度、進める。

 開き直ったが故かその足取りは妙に軽快だ。


「(よくよく記憶を掘り起こしてみれば俺はフォゲッタに知り合いが多いし、ギルドにも結構通っていたから顔も覚えられている、はずだ)」


 カード紛失のペナルティはもちろんあるだろうが、Aランクの実力を有する人間にとってはそこまで気にする必要も無い事だと彼は気付いた。


 Aランク冒険者はベテランであり、そこまで単独で至る事が出来る冒険者はさらに稀少。

 そしてギルドにとってランクの高い冒険者は心強い戦力だ。

 よほど本人に問題が無ければ無碍には扱われない。

 ギルドカードの紛失で重いペナルティを課すよりも、周りへの示しとしてそれなりのペナルティを課した上で扱き使う方が建設的なのである。


「フォゲッタのギルド長は変わってなければあいつのはず……たぶん大丈夫だろう。難題吹っかけられそうだが」


 彼は頭に浮かべた人物の性格を思い出しながら、憂鬱なため息を零した。

 それでもようやく人に会えると言う事もあり、タツミの足取りは軽かった。




「はい、確認出来ました。ようこそ、フォゲッタへ。では次の方どうぞ」


 考え事をしながら街に入る手続きを待つ長蛇の列に並ぶ事一時間。

 ようやく彼の番が回ってきた。

 ゲームで良く見かける典型的な西洋の鎧を着た如何にも実直そうな青年が、羽ペンとスクロールを持ちながら次の訪問者であるタツミを見つめている。

 運が悪い事にタツミの顔見知りではないようだ。


「すまない。冒険者なんだがギルドカードを無くしてしまったので身分証明が出来ないんだが……」

「え? ……そ、そうですか。えっと、ではギルドに確認を取りますのでお名前と出身地をお聞かせ願いますか?」

「名前はタツミ。出身は北方の国『ノーダリア』だ」

「はい、わかりました。少々お待ちください」


 詰所に駆けこんでいく青年を見送り、タツミは門の脇にあるベンチに腰を下ろす。

 下手に動き回って怪しまれる事を嫌い、門番の目の届くところでおとなしくしている事にしたのだ。


「よぉ、タツミ。ギルドカードを無くしたってホントか?」

「ん?」


 しばらくベンチに座ったまま泰然と構えているとタツミの右肩に急に重量がかかった。

 そちらに首だけで振り返るとさっきの青年と同年代と思しき若草色の髪をした青年が彼の肩に寄りかかっている姿がある。

 すらりとして整った顔立ちをして人好きのする笑みを浮かべていた。



『オーヴォル・テイラント』。

 フォゲッタの自警団に勤めており、タツミが初めてフォゲッタに来た時の身分証明を行った事が縁で友人になった男だ。

 気さくな性格と整った容貌で割とこの街の女性に人気がある。

 ただ本人にはまだ身を固める気はないらしく、お友達以上の付き合いをした女性はいない。



「オーヴォル。今日はここの担当だったのか?」

「おいおい、久しぶりにあった友人に対してずいぶんそっけなくねぇか? ったく2年も音沙汰無いからなんかしくじってくたばっちまったんじゃないかって心配してたってのに……」

「ああ……それは悪かった。色々とあってな。カードを無くしたのもその関係だ」

「そうなのか? しっかしランクAの冒険者がギルドカード無くすとか相当の事だろ」

「まぁ、本当に色々あったんだ。別に話してもいいが……長くなる。どこかで腰を落ち着けてからだな」

「へぇ、なんか面白そうだ。装備もこっちじゃ見かけない代物になってやがるし。この2年間の話、後で聞かせてくれよ。今夜、『渡り鳥の止まり木亭』で一杯どうだ? 再会記念って事で」


 ジョッキを飲む仕草をするオーヴォルにタツミは思わず笑みが浮かんだ。

 色々と訳のわからない事態に見舞われているせいか、こうやって変わらず接してくれる人間がいる事が彼には嬉しかったのだ。


「今日中にギルドカードの件が片付いたらな」

「おっけおっけ。じゃ俺は仕事に戻るわ」


 無骨な鎧を身に纏っている事を感じさせないような軽やかな動きで詰所に戻っていくその背中をタツミは見送った。




 オーヴォルが去ってさらに十数分後、ギルドの人間が先の青年と一緒にタツミの元にやってきた。


「やれやれ。2年ぶりに戻ってきたと思えばまさかカード紛失とはな」

「『ギルド長』? わざわざあんたが来たのか?」


 これ見よがしな溜息を零し、口よりも雄弁に呆れたと語る冷たい視線をタツミに向ける美少年。

 尖がった耳と金色の長髪、人間離れした整った容貌に緑色の瞳が彼がエルフであると告げている。



『ギルフォード・ラル・フォンバルディア』。

 自然と共に生きる種族『エルフ族』の男性だ。

 少年の見た目に反して齢300歳を超えている。

 しかし長寿種族であるエルフとしてはまだまだ若輩者だ。

 エルフという種族は気位が高く、自らの出自に騎士や貴族以上に誇りを持っている。

 そうであるが故に他種族を見下し、己の有能さを誇示する傾向が強い。

 だがこの男は結構な血筋の直系に当たるはずだと言うのに、何故か他種族に紛れてギルドに勤務している。

 エルフという種族から見れば変わり者と言ってよい人物だ。



「Aランクのギルドカードを紛失するなど滅多にない事象だ。受付や一般職員に判断させるわけにはいかない。カード紛失が嘘で、Aランクの冒険者に成り済まそうとする不届き者がいた場合を考えれば私が直接出向くのが順当だ。さらにそいつが変装に長けている可能性も考慮すれば尚更な」

「そういえばあんたは相手の嘘を見抜ける『真偽のしんぎのまなこ』を持ってたな」


 納得したという顔をするタツミに対して、美しい双眸を細めながらギルフォードは頷く。


 『真偽のしんぎのまなこ』とはその名の通り、相手の言葉の真偽を見極める異能だ。

 相手の言葉が嘘であった場合、使用者はそれが直感的に理解できる上に相手の本音を文字として視界に映す事が出来る。

 嘘を付けば本音も含めて見抜く事が出来るというかなり高性能な能力だ。

 高潔な種族であるエルフにのみ許された能力でもある。

 しかしエルフの中でもこれを使える者は極めて少数であり、この能力を持っているという事実が種族の中でも高位の存在である事の証明でもあった。


「ああ、そうだ。というわけでこれからお前に質問をする。質問には全て『はい』で答えたまえ」

「はいはい」

「はいは一度だ。では質問する。……お前の名前はタツミだな」


 じっとタツミを見上げるギルド長。

 その瞳が淡い緑色の輝きを増している事から能力が発動している事が窺えた。

 身長差が30㎝はあるだろう二人が見つめ合っている姿は、事情を知らない人間が見ればかなりシュールな光景だろう。


「はい」

「出身地はノーダリアだな?」

「はい」

「お前がAランクになった際のクエストは私が依頼した『リボー山のランドドラゴン退治』でクリア証明として提示を求めたのは『ランドドラゴンのの牙、瞳、鱗』のいずれかだったな?」

「はい」

「……ふむ、よろしい。この者がランクAの冒険者タツミである事をフォゲッタギルドマスターであるギルフォードの名において証明する」


 瞳の淡い輝きが消え、緊張を解くようにギルフォードは息を吐き、肩の力を抜いた。


「まったく。何故、カードを無くしたかはギルドの方で追及させてもらうぞ。2年間、ギルド全体に対してまったく音沙汰が無かった件についてもだ」

「了解了解。別に隠すような事でもないし、洗いざらい話させてもらうよ」

「……やれやれ。ああ、門番の君。この男の身柄はギルド長である私が保障する。後日、彼自身に再発行したカードを提示させるので通行証を用意してくれ」

「は、はい! すぐにお持ちします!」


 こうしてとんとん拍子に話が進み、タツミは二年ぶりにフォゲッタの街に足を踏み入れる事になった。




 冒険者ギルド二階の応接室。

 街の華やかさとは真逆の質素な造りの部屋だ。

 どんな種族でも入れるように作られているこの部屋は天井がとても高い。

 調度品は華やかさこそないものの年季とそれに見合った風格を感じさせる物で部屋全体に落ち着きのある雰囲気を作っていた。


 タツミとギルフォードは対面するソファに向かい合って座っている。

 部屋には彼らの他に秘書官である人間種族の女性がギルドマスターの脇に控えていた。


 二人は腰を落ち着け、秘書の女性が用意したお茶で一息入れる。

 しばらくの間を作った後、彼はギルドカードを無くした経緯と2年間の動向を話し始めた。

 ギルフォードは興味深げに相槌を打ちながら聞いている。


「まさか異大陸に漂流していたとはな。何故、お前は何もしないのに気が付けば厄介事に関わっているんだ?」

「俺が知るわけないだろう」

「まぁいい。事情はわかった。カードは再発行しよう。ミストレイ、登録用の水晶を持ってきてくれ。2年も異国で戦っていた以上、かなり成長しているはずだ。倉庫の奥に保管している純度の高い水晶を持ってきてくれ。多少時間がかかっても構わない」

「はい、わかりました」


 ミストレイと呼ばれた秘書官の女性は彼らに一礼すると部屋を出て行った。


「……で、それだけではないんだろう? 異大陸で過ごしていたと言ったが、それだけではお前が纏う気配が2年前と比べて大幅に増していて且つどこか不安定になっている事の説明がつかない。一体何があったのだ?」

「さすがギルド長。誤魔化せなかったか」

「お前とは文字通りの意味で年季が違うからな」


 さてどう話したものか、とタツミはしばし黙考する。

 タツミとして生きてきた自分と、別世界に存在した自分という二つの存在が融合してしまったという異常な事態。

 さらに向こうでやっていたゲームのシステムが今の自分に引き継がれてしまったという事実。

 ヤマトから戻ってきた時の記憶を持っていないという謎。


「お前が不必要に隠し事をする男ではない事はそれなりの付き合いの長さから知っている。2年ぶりではあるがお前とこうして会話をした結果、その根本的な性質は変わっていないと感じた。とすればよほど言い辛い事なのだと察せられるが……出来れば話してほしいところだな」

「心を読んでいるわけじゃない、よな?」

「そこまでの力は持ち合わせていない。……話を逸らして誤魔化そうとするな」

「あ~、いやそんなつもりは無い。しかし、どこまで話せばいいかわからなくてな」


 顎に手を当てて自分の思考をまとめる。

 その態度が気に入らなかったらしく、ギルフォードは不機嫌そうに鼻を鳴らしてタツミを睨みつけてきた。


「私を目の前にして話す事を悩むとは良い度胸だな。いい加減に観念して洗いざらい話したらどうだ?」

「あんた、さっきまで『出来れば話してほしい』とか言ってなかったか? なんでいきなり高圧的になってるんだ?」

「クックック、もうまどろっこしいのはやめという事だ。私としてはお前がそこまで隠す事柄がどんな物かに興味があるのでな。さぁさっさと話してしまえ。それとも真偽の眼による尋問をお望みか?」


 ニヤリと見た目の若さと正反対の老獪かつ邪悪な笑みを浮かべる見た目美少年。

 どうやらこの男の癖が出てきてしまったようだ。


 ギルフォードは下手な学者よりも好奇心と探究心が旺盛で、気になった事は徹底的に調べないと気が済まないという悪癖がある。

 どんな些細な事も自身の琴線に触れれば、とことん追求してくるのだ。

 この悪癖の被害者はギルドの同僚から冒険者まで色々なところにいる。


「(まぁこの男ならどんな突飛な言葉でも一考してくれるから、全部話してしまっても問題は無いような気もするな)」


 見た目は見目麗しい美少年だが人間よりも遥かに長い人生を生きている。


「(もしかしたら自分に起こった事象について何か心当たりがあるかもしれない)」


 タツミはそう考え、観念して答える事にした。


「わかった。細かい点は省くが俺に起こった事を全部話すよ。お前なら俺の今の状況を利用して良からぬ事を企む事もないだろうしな」

「ふふ、信用してもらえて嬉しいよ。では話してくれ。私はお前の言い分を笑わず、真摯に聞き、可能な限りの助力をする事を約束する」

「頼もしい限りだ。……じゃあ話すぞ」


 考えた結果、彼は次の三つの点をギルフォードに話す事にした。


 異なる世界にいたもう一人の自分と呼べる人間と接触、融合した事。

 今まで別々の人生を送ってきた二人の人間の融合したという前例のない出来事に対して今の所、違和感は見られない事。

 ヤマトからこちらに戻ってくる間の記憶が不自然に途切れている事。


 これらの点をタツミから聞いたギルフォードは唸るように声を上げながら、考え込み始めた。


「とりあえず今の所、目に見える形で問題は発生していないんだが……俺自身にもよくわからない点が多すぎて不安でな。なにかわかる事はないか、ギルド長?」

「お互いを自分だと認識している他世界の人間との融合……か。限りなく近い存在同士の融合であったから違和感が無かったと考えられるが……しかし融合に至った経緯がわからない事が問題だな。加えて不自然に途切れている記憶という本人にもわからない不透明な部分がある事が気になる。ヤマトからこちらに戻って来る際に取った航路はわかるか?」

「東方の国『イース』の最東端の港『ウインダムア』を目指していたはずだ」

「ヤマトはグラムランドの遥か東にあるとされる国だからな。最短航路としては当然そうなるか。しかしお前は船が到着したという記憶を持っておらず、何の前触れもなくこの国に現れた。ふむ……たったこれだけの情報、それもお前主観の物しかないのではな。せいぜいお伽噺にしか存在しないはずの瞬間移動魔法でも使わなければ不可能だろうという推察しか出来ないな」


 芝居がかった仕草で肩を竦めながら両手を降参とでも言うように上げるギルフォード。

 妙に様になっている辺りはさすがの貫録だが、真剣に悩んでいるタツミとしては無性に腹が立つ仕草だった。


「この程度の情報ではこれ以上の推論は立てられん。……船の目的地だったウインダムアまで行ってみてはどうだ? お前を乗せていたヤマトの船について何か情報が得られるかもしれん」

「やっぱりそれしかないか」


 ギルフォードには話さなかったがタツミには手がかりと言える物がもう一つある。


 『運命神の試練場』。

 彼が『タツミ』と出会い、今の自分になった切っ掛けのダンジョンだ。

 もしかしたらあそこの最奥に、この状況に関わる何かがあるかもしれない。

 ダイスロールの結果であの真っ白い部屋に飛ばされた事を考えるとダンジョン自体にはこの状況との関連性はない可能性もあった

 あくまで『かもしれない』という希望的観測のレベルなので過度な期待は出来ないが、それでも手がかりの一つには違いない。


「(闇雲に探すよりは良いはずだ……たぶん)」


 とはいえ試練場に行くには問題が一つあった。

 ダンジョンが北の国ノーダリアにあるという事だ。

 南に位置するフォゲッタから向かうとなると、相応の長旅を覚悟しなければならない。

 大陸の広さから見てどれだけ最短の道を行ったところで年単位で旅をしなければならないだろう。

 彼はいまだに第三者視点からのゲーム感覚が残っている今の自分では、長旅の伴う移動は危険だと考えていた。


「とりあえずはウインダムアに行って俺が乗っていたヤマトの船について調べる事にしようと思う。俺がいなくなった事で船長たちがウインダムアに行かずにヤマトに帰ったって事も考えられるが、まぁ他に手がかりも無いしな」

「ふむ、そうか……」


 話し合いを続ける二人。

 その話し合いを中断するように控えめにドアがノックされた。


「失礼します。ギルドカードの登録用水晶をお持ちしました」


 入ってきたのは先ほどギルフォードに命じられて倉庫に向かったミストレイという女性だ。

 その手には両手で包み込める程の大きさの透き通った水晶がある。

 ゆっくりとした足取りで彼らの元に歩み寄ると、丁寧な動作でテーブルに台座を置きその上に水晶を乗せた。


「ご苦労。さてタツミ、さっさと登録を済ませろ」


 ギルフォードはミストレイを鷹揚な態度で労いながら彼に登録作業を促す。


「ああ」

「ではこちらへ。水晶に手をかざしてください。水晶が光り出しましたら、しばらくそのままの姿勢でお願いします」

「はい。……しかしAランクになって以来か。なんだか懐かしいな」


 丁寧に説明するミストレイの言葉に頷きながら、タツミは以前Aランクに昇格した時の感覚を思い出しながら水晶に右掌をかざした。


 青白い光が水晶から放たれ、タツミの手を包み込む。

 しばらくそのままの姿勢でいると光は手から離れ、四角い形に変化していく。

 そしてそれはあちらで言う所のクレジットカードくらいの大きさの赤銅色をした板になり、タツミの手の中に吸い込まれるように飛んでくる。

 飛んでくるカードを危なげなくキャッチし、彼はカードの表面を確認した。


「妙な境遇故、何か問題が出てくるかと心配したが……。ふむ、特に問題なく出来たな」

「そう、みたいだな」


 カード表面には写真のように精工なタツミの顔、その隣には大きく『A』と描かれている。

 以前、作ってもらったカードとまったく同じ物だ。


「よろしい。カードの再発行はこれで完了だ。後でお前が通ってきた通用門詰所にソレを提示しろ」

「ああ、わかったよ」


 カードを懐に仕舞いながらタツミは頷く。

 問題なくカードが出来上がった事に満足げに頬を緩めていた。

 しかしギルフォードの次の言葉に彼は眉間に皺を寄せる羽目になる。


「よろしい。ああ、あと不可抗力とはいえカードを無くした件に関してはペナルティが課せられる。ギルドで指定するクエストを5件程こなしてもらおうか」

「おいおい、さっき俺の今後の方針は話しただろ?」

「それはそれ、これはこれだ。流石にペナルティ無しとするわけにはいかん。周りへの示しもあるしな」


 ギルドマスターとしての当然の言い分であり、彼としても理解は出来る。

 しかし込み入った事情がある事から、この世界の事象に積極的に関わる気概が今のタツミには欠けていた。


 しばらく思考を巡らせながらの睨み合いが続く。

 しかし最終的にタツミの方が折れる事になった。


「……仕方ないな。だが出来ればウインダムアへの道中で出来る奴にしてくれないか?」

「善処はしよう。お前に任せるクエストについては早いうちに伝える。そうだな、二日後にもう一度ギルドに来てくれ」

「わかった。それまでは二年ぶりになるこの街を見て回るさ」

「ああ、そうしろ。せいぜい楽しむと良い」


 彼が席を立つと、ミストレイが先だって歩きドアを開けて頭を下げた。

 彼女に軽く会釈を返し、タツミは部屋を出ていくべく足を運ぶ。


 しかしドアの外に足を踏み出したその時。

 またしてもサイコロが現れた。

 彼の頭の中にではなく、ミストレイの頭上に。


「げっ!?」

「えっ?」


 思わず叫んでしまった彼に、何がなんだかわからないという態度で彼女は首を傾げる。

 どうやらこの世界の人間には、ダイスは認識されないようだ。


 サイコロの結果は……『1』。

 彼女の頭上に天井の壁に立てかけられていた木製の置物が落ちる様子がタツミの視界の端に映った。

 反射的に彼女を抱きかかえてその場を飛び退く。

 置物は重々しい音を発てて、先ほどまでミストレイがいた場所に突き刺さった。


「あ、あぶな……」


 さすが最悪の『1』だと言える。

 古いとはいえしっかりとした造りになっている応接室の床に穴を開けるような勢いで置物が落ちてくるきたのだから。


「二人とも、無事か!?」

「ああ、俺は平気だ」

「わ、わたしも平気です……」


 起きた事が理解できていないのか、呆然と上司の言葉に答えるミストレイ。

 タツミは割れ物を扱うようにそっと彼女を降ろし、落ちてきた置物が置かれていた天井に目を向ける。


「老朽化してたのか?」

「確かに古い建物ではあるが……よもや何の予兆もなくこんな事になるとはな。早急に修理を依頼しよう」

「ついでだから建物全体の調査もしてもらえよ。他にもガタが来てる箇所がないとも限らないぞ」

「……そうだな。予算をケチって怪我人を出したなどという馬鹿な話は御免だ」


 最後に一波乱が起きたが、こうして彼のギルドカード再発行は終わった。

 性格に難ありだが、ある程度の事情を知る仲間が増えた事も喜ばしい事だ。


「(しかしわかっていた事だが……前途多難だ)」


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