表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第三章
28/208

騒動の火種

 夕食を宿の一階にあるレストランで取った後、2人は早々に部屋に引っ込んでいた。

 この街での日が落ちた時の外出は、慣れていないと非常に危険だ。

 厄介事の量は昼の比ではなく、たまたま寄った旅行者などは特に標的にされやすい。

 

 今日と明日。

 たった2日の滞在期間ならば、よほどの事がなければ外出する必要はないとタツミは判断していた。

 有体に言えば引きこもる事にしたのだ。

 犬も歩けば棒に当たるというが、そもそも出歩かなければ棒に当たる事もない。

 

 しかし部屋に引きこもっていても、何がしかの厄介事が何者かの手で引き起こされる可能性も残っていた。

 昼間の騒動が起きた場所には直接手を出してきたあの男以外にも十数人が彼らを監視していたのだから。

 だからタツミは昼間のうちにあえて目立つ行動をし、全容を隠しながらも自分たちの力を大衆の面前で公表し、後ろ暗い事を考えていた者たちを牽制した。

 2人はいずれもBランク以上の冒険者であり、正規ギルドの一員であるという後ろ盾とその実力を評価されているという事実がある。

 これだけの要素があれば少しでも頭が回る人間ならば、そちらの方から避けるようになる。

 本人たちの実力による躊躇いも勿論あるが、それ以上に正規ギルドに所属しているとなれば大なり小なり国の保護を受けている事になるからだ。

 普段、いがみ合っている東の派閥と南の派閥も実力のある冒険者が絡む話となれば、内情はどうあれ協力して事に当たらなければならない。

 それは黙認という形で闇にまぎれて動き回る盗賊ギルドにとって非常に良くない事だ

 藪をつついて蛇を出したがるような、見えている地雷原を進んで歩くような真似をする人間など早々いない。

 

「そういえばこういう治安の悪い国境沿いの街には行った事無かったのか? 冒険者なら一度は行ってるものだと勝手に思ってたんだが」

「えっと、そうですね。僕はずっとグランディア国内で暮らしてましたし、青い兜の皆さんもリドラさん以外は地方は違いますけどグランディアの出身ですから他所の国にはまったく」

「じゃあずっと南のギルドでクエストを受けていたのか?」

「はい。僕が入る前はわからないですけど、その後はずっとフォゲッタを拠点にして依頼を受けてきました」

「そうなのか……(たぶんキルシェットを冒険者の仕事に慣れさせる為に土地勘があるフォゲッタを拠点にしたんだな。愛されてるな、この子は)」

 

 青い兜の面々がキルシェットを自分たちの手で大事に育て上げるつもりだったのだろう事はタツミにはよくわかった。

 本人の意向とはいえ、そんな子供を付き合いの浅い彼に預けた彼らの心情はどのような物だったのか。

 タツミにはその気持ちを全て理解する事は出来ない。

 ただ彼は、青い兜の面々の判断を裏切るような真似だけはしないと改めて誓った。

 

「気配察知のスキル書を使って、街にいた気分はどうだった?」

「最初はすごく頭が痛くて、辛かったです。5日前、街に入る前に読んでおいて良かったって思います。人通りの少ない所でタツミさんやラムダさん、通りがかる魔物で気配を察知する事に慣れてなかったらと思うとぞっとします」

「少しは今の感覚に慣れてきたって事でいいのか?」

「はい。こんなに沢山の気配を感じ取った事ありませんでしたから、なんていうか頭の中がぐしゃぐしゃになって気持ち悪くなっちゃいましたけど、今はなんとか……」

 

 照れくさそうに、しかしどこか得意げに語るキルシェットの言葉にタツミは素直に驚いた。

 

「すごいな。もう慣れたなんて。もう少しじっくり慣らしていくつもりだったんだが……無理はしてないよな?」

「大丈夫です! と言っても気配遮断の方はまだ全然なんですけど」

 

 元気のよい返事に加えてその顔色も悪くない。

 タツミに心配をかけまいと見栄を張っているわけでは無さそうである。

 

「まぁ焦る必要はないぞ。そっちは追々使いこなしていけばいい(本当に慣れたのならそれは凄い事だ。獣人だから普通の人間に比べて感覚を使う技能の適正が高いのか? ゲームだと獣人は人間と比べて能力の伸びが良かったからな)」

「はい!」

 

 成長が実感できる事が嬉しいのか、キルシェットは楽しそうに笑いながら快活な返事をした。

 その人懐っこい笑い方は、タツミにあちらの世界で助けた男の子を連想させる。

 

「俺も負けてられないな。とはいえ今日はもう外には出ないし、少し早いがもう休むか?」

「そう、ですね。慣れたは慣れたんですけどやっぱり疲れちゃいましたし」

「明日は気配遮断の練習も兼ねて少し街を散策しよう。習うより慣れろと言うしな」

「はい! それじゃ灯りを消しますね?」

 

 部屋には夜用の灯りとしてランタンがシングルベッド2つそれぞれの脇と窓際、出入り口の近くの計4箇所に配置されている。

 これらを手分けして消していき、最後にベッド脇の物に手をかけた。

 

「お休み」

「おやすみなさい」

 

 挨拶をしてから2人は意図せずして同時に灯りを吹き消した。

 部屋を暗闇が支配する。

 宿その物が大通りに面している為に、窓を閉めていても喧騒が部屋に届いた。

 まるで関わらないようにしていても、周りが放っておかないという事を暗示するかのように。

 

 タツミはまさか過去に起こした騒動のせいで自分が盗賊ギルド全体から注目されているとはこの時は考えてもいなかった。

 それは『過去のタツミ』がこの街で起きた出来事を日常茶飯事と捉えてしまっている事から、『今のタツミ』もこれくらいの事で注目などされまいと思ってしまった事が原因である。

 こちらの世界にいる時、彼の感性はこちらのタツミの認識に引きずられ変化してしまう。

 この事による他者とタツミの致命的な認識の相違が、彼の元に騒動の種を持ってくる事になったのだ。

 

 

 

「どうにも嫌な予感がするね」

 

 レストランを閉め、酔っ払って突っ伏した客を叩き出した後の静かになった山猫の欠伸亭。

 深夜受付を他の人間に引き継いだおかみ『シルドル・リバーサイド』は首筋がチリチリとする感覚に思わず独白する。

 仮にも盗賊ギルドの一角を纏め上げている女性だ。

 危機察知能力は桁外れに高く、それを最大限に活かしたからこそ今の地位にいる。

 その能力を彼女が疑う事は無い。

 

 ガレスの勢力図の一角を担っている盗賊ギルドは現在、危ういバランスで成り立っている。

 思想が異なる複数の派閥に分裂、虎視眈々とお互いの勢力の撃破、吸収を狙っている状態だ。

 そこにきて以前この街で騒動に首を突っ込みめちゃくちゃにした男(当時はAランク冒険者ではなかった)の来訪。

 また何かしでかすかもしれないという危惧から、どの勢力にもその動向は監視されているという状況。

 そこにきてギルドの頭が隠れ蓑にしている宿への宿泊。

 何かあると勘ぐられるには十分過ぎた。

 

 それでも尚、抑止力になりうると考えたからこそ彼女は適当な理由をつけて宿泊を拒否する事はなかったのだが。

 20人以上の偵察が今も尚、この宿を見張っているとなるとその判断は甘かったのかもしれない。

 

「(まさかとは思うが藪蛇になる事も厭わずに仕掛けてくる気か? どこの勢力だが知らないがまた同じ事を繰り返す気じゃないだろうね?)」

 

 以前の騒動をシルドルは思い出す。

 あの時、タツミという男はたまたま事件が起きた現場に居合わせたが為に盗賊ギルドに襲われた。

 しかし彼は圧倒的な強さで襲い掛かった連中を叩きのめし、その時は何もせずにその場を去っていったのだ。

 彼の口から情報が漏れる事を恐れた一部の盗賊ギルド所属の人間は再三に渡る襲撃を行った。

 彼はそれらの襲撃を全て躱すと反撃に出た。

 たった1人の冒険者に襲撃され、彼を狙ったギルド関係者はわずか3日で壊滅させられている。

 もしも彼がこの時『盗賊ギルドその物』を敵視していたならば、一週間と立たずに壊滅していたとすら言われている。

 ガレスに根を張る裏社会の人間ならば、新参者でなければ、否新参者であっても相手を選べという教訓として教えられる。

 この出来事はそういう類の出来事だ。

 

 ちなみにタツミはこの時の騒動を日常的な物として認識している。

 彼の周りは、昔からこの手の騒動に事欠かなかったからだ。

 そんな波乱万丈な人生を独りで過ごしてきたが故に構築されてしまった歪んだ価値観。

 『今のタツミ』もそちら側の感覚でいる為、歪みを正す事が出来る人間も突っ込む事が出来る人間もいなかった。

 

「(抑止力になると踏んで呼び込んだが……まさかタツミがいる事自体が問題になるような何かを企んでるのかねぇ?)」

 

 そこまで彼女が考えていた所で客室である2階から何か堅い物が破られる乾いた音が響いた。

 

「っ!?」

 

 勢いよく椅子を倒しながら立ち上がる。

 

「嘘だろ!?」

 

 聞き間違いでなければ今の破裂音が響いたのはタツミたちの部屋だ。

 カウンターを飛び越えて階段を登る。

 他の部屋の客が何事かと出てくるのが今の彼女はそちらに構っている余裕が無かった。

 

「お客さん! なんだい今の音は!!!」

 

 到着した彼らの部屋のドアを乱暴に叩きながら呼びかける。

 しかし呼びかけに応える声はなかった。

 代わりに中から聞こえてくるのは怒号やうめき声。

 それらの音も時間にして1分と経たずに止まった。

 

「開けるよ!!」

 

 首にかけていた予備の鍵を使って彼女は中に踏み込む。

 そこで彼女の見た光景は。

 

「キルシェット。無事だな」

「はい。タツミさんは?」

「ああ、こちらも平気だ」

 

 外側から割られた窓。

 何事もなかったようにベッドに腰掛けて談笑する2人の客。

 そしてベットのシーツで縛り上げられ、床に転がっているいかにもな全身黒尽くめの不審者4人の姿。

 

「な、なんなんだい。これは……」

 

 思わず零れた声に反応してシルドルの存在に気付いた2人は申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「ああ、おかみさん。夜分遅く騒ぎ立てて申し訳ない」

「お騒がせして本当にすみませんでした」

「え、あ。ああ……」

 

 真摯な謝罪に出鼻を挫かれたシルドルだったが、とりあえず一般的な宿の人間として振舞う事にした。

 

「そ、そうじゃなくてね。これは一体どういう事なんだい?」

「どう、と言われましても。俺たちは今日この街に来たばかりなので正直こんな風に襲われる心当たりはないんですが……。なぁキルシェット?」

「はい。もしかしてお金を持ってるって思われて目を付けられたんでしょうか?」

「それはない、と思うんだが。そこまで良い服を着ていたわけでもないのだし」

 

 襲われる心当たりは無いというタツミの態度に、シルドルは心中で頭を抱えた。

 

「そ、そうなのかい(こいつ、本気で言ってるの!? 前にこの街でしでかした事、まさか忘れてるの!? ギルド構成員や犯罪者予備軍みたいな連中を100人近く叩き潰しておいて!?)」

 

 過去の出来事を思い出しながら彼女は、頬が引きつりそうになるのを必死にこらえる。

 

「っとそれはともかく彼らはどうしましょうか? 兵士に引き渡すにしてもこんな時間に余所者の僕たちが通報しても対応してもらえるんでしょうか?」

「ああ、確かにどうすればいいでしょうか? あと俺たちが悪いかどうかはともかく手間賃やら迷惑料、ベッドのシーツと窓は弁償代も必要ですよね?」

「ああ~、っとそうだね。こいつらの連行は私の方からお願いしておくから任せてくれるかい? シーツについては替えがあるし、どう見ても悪いのは伸びている奴らだろうからあんた方が気になさる必要はないよ」

 

 シルドルの言葉に胸を撫で下ろすキルシェット。

 しかしタツミは何を考えているのかじっと彼女を注視している。

 

「ただ、悪いとは思うんだけど他のお客様の安全を考えると……」

「原因がわからないが襲われた俺たちを泊めておく事は出来ない、ですかね?」

「悪いとは思うんだけどね……その通りだよ」

 

 タツミはシルドルの言わんとする事を理解するとキルシェットを見つめる。

 彼も状況を理解したのか少し悲しそうな顔をすると頷き、部屋に戻って荷物をまとめ始めた。

 

「お騒がせしました。これは少ないですが迷惑料です」

「い、いや、こんな物もらうわけにゃいかないよ……」

「まあまあ夜分にご迷惑をかけたお詫びですので、こちらの顔を立てると思って受け取ってください」

 

 明らかに迷惑料の域を超えた量の紙幣を半ば無理やりシルドルに握らせると、タツミは遠巻きに様子を窺っていた他の宿泊客に頭を下げて部屋へと戻る。

 5分と経たずに荷物をまとめた2人は彼女にもう一度頭を下げると多くは語らず、山猫の欠伸亭を後にした。

 何が起きたか理解していない従業員や宿泊客を尻目に彼女はなんとはなしに握らされた紙幣を眺める。

 

「? これは……」

 

 紙幣の間に各部屋に備え付けられていたメモが挟まっている事に彼女は気がついた。

 

「……おいおい、気付かれてたのかい」

 

 メモに書かれていた言葉を見て、シルドルは背筋に冷たい物が滑り落ちる感覚を味わう事になる。

 メモには『次は無い』とそれだけが書かれていた。

 

「(先走った馬鹿どもの狙いが何かはわからないがこれ以上は本気で藪蛇になるね。早いところ事を収めないと前より確実に腕を上げただろうあいつに今度こそ盗賊ギルドが壊滅させられちまう)」

 

 営業スマイルを浮かべながら騒ぎ始めた宿泊客を落ち着けていく。

 その表情の裏で彼女は黒尽くめたちにどうやって情報を吐かせるかを冷徹に思考していた。

 

 

「(完全に失敗した。まさか泊まった宿のおかみが盗賊ギルドの長だったなんて……最初にステータスを確認していれば別の宿を捜す事も出来たってのに)」

 

 夜中でありながらいまだに騒がしい街。

 そこを宛てもなく歩きながら、タツミは自分の行動を猛省していた。

 自身のミスを責め立てている為か、その雰囲気は暗く足取りも重い。

 

 彼がシルドルの素性に気付いたのは黒尽くめを叩き潰した後だ。

 彼らのステータスを確認し『盗賊ギルド構成員』と表示されたお蔭でに『どこの差し金』かはすぐに判明したのだが、警告したにも関わらず襲ってきたその理由まではわからなかった。

 そこに現れたおかみのステータスをなんとはなしに確認し、彼女の職業が『盗賊ギルド長』となっていた事で彼女が指示を出したのではないかと考えた。

 話の流れに乗って突発的に宿を後にしてしまったが、実のところ彼はこの後どうするかについてはあまり考えていないのだ。

 

「(さっきの対応を見る限り表立って事を荒立てるつもりは無さそうだったが……あの脅しが効いてくれる事を祈るしか出来ないな。相変わらず監視は残ったままなのが気になるが、こっちから出向いてこれ以上事をややこしくするのもな。今は先を急ぎたいし)」

「もう日が変わっているのにまだかなりの数の店がやってるんですね」

 

 タツミが憂鬱そうに眉間を揉み解す横でキルシェットが物珍しそうに周囲を眺める。

 

「そうだな。どこか朝までやってる店があればいいんだが……」

「お酒を出してる店なら朝までやってるんじゃないでしょうか? よくギースさんやゴダさんはそういう場所で一夜を明かしてましたよ?」

「あ~……今やってる店ならどこでもいけそうだな。とりあえず適当に入ろう」

「はい!」

 

 タツミの内心を知ってか知らずかキルシェットは明るい調子で頷く。

 彼の様子に元気をもらったのか、タツミの足取りはほんの少しだけ軽くなっていた。

 この後、彼らは近くにあった酒場に入り一夜を明かす事になる。

 

 

 その翌日から彼らは襲撃もなく平和に街を見て回る事が出来るようになる。

 タツミもキルシェットも可能な限り周囲を警戒していたが、昼を回る頃には遠巻きにしていた監視はほとんど姿を消していた。

 気配察知をした際にタツミがダイスロールで『6』を出した事も関係するのかもしれない。

 しかしここで気を抜く事は出来ないと考えた彼らは、この日も夜は適当な酒場で過ごしている。

 

 ラムダとも予定通りに合流することが出来た。

 自分たちが襲われた事から彼にも何かあったのではと心配していた2人だが、別れた時とまったく変わらない様子で微笑む彼の姿を見た時は肩の力を抜いて安堵していた。

 少なくとも彼らには特に何もなかったと語る彼の表情に嘘は感じられなかった。

 

 

 こうしてガレスでの滞在は1日目こそ慌しかったが、以降は監視があった事にさえ目を瞑れば平和な時間を過ごす事になる。

 彼らは自分たちへの襲撃が何の為に行われたのか知らないまま、タツミの意向により先を急ぎガレスを後にした。

 

 この1日目の騒動が何の為に行われたのか彼らが知るのは再びこの街を訪れた時の事となる。

 そしてそこから始まる出来事に自分たちが巻き込まれる事になろうとは。

 この時の彼らはまだ知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ